ショーケンの死、NHK岩田解説委員、コンビニ営業時間、モノに執着しない生活

 今日は、種々雑多の心に浮かぶよしなしごとをー。

 ■ショーケンこと萩原健一さんが3月26日に亡くなっていたそうで、ご冥福をお祈り申し上げます。難病に掛かり、2011年から闘病されていたそうですが、まだ、68歳という若さですから御本人も無念だったことでしょう。

 テンプターズのヴォーカルとして「神さまお願い」や「エメラルドの伝説」などのヒットを飛ばした頃(古い!)、私の世代のアイドル的存在でしたから、ある時代が終わった感じがします。破天荒な人に見えましたが、私生活でも、女性遍歴やら薬物使用やら、破天荒だったようです。

 先日観た映画「翔んで埼玉」のことを書きましたが、ショーケンも埼玉県出身。旧与野市の鮮魚店の子息だと聞いたことがありましたが、今のようなネット時代は色んなことが書かれていますね。大スターというのは、色んなものを背負っていて、生まれ持った重い影が「暗ければ暗いほど、輝く」というのが鉄則だというのは、芸能担当記者だった頃に業界関係者から聴いた話でした。ショーケンは17歳でデビューして大スターになりましたが、その理由が分かった気がしました。

alhumbra, Espagne

 ■一昨日、このブログで「新元号」のことを書きましたので、少し責任感を感じて(笑)、「NHK熟年の美人記者が元号スクープという舞台裏」という見出しで、新元号のことを取り上げていた「週刊新潮」を買ってしまいました。私は、「新元号をスクープするメディアはどこになるか気になる」と書きましたが、「週刊新潮」は「首相官邸周辺は、NHK解説委員の岩田明子氏にスクープさせる動きがある」といった趣旨のことを書いてました。

 えっ?あの、世間では「安倍首相のお気に入り」と評判の岩田女史ですか。どうやら、安倍首相の自宅に近い所にあるマンションを購入して、安倍首相の母親の洋子さんとも親密になっている、とも書かれていました。

 なるほど。岩田さんが、4月1日の臨時閣議後の正式発表前に、恐らく5分ぐらい前に「新元号は○○です」とテレビカメラに向かってスクープするのでしょうか?

 岩田さんは、最高学府を出られたという噂は聞いてましたが、気になって調べたら、高校は名門県立千葉だったそうですね。いやあ、この高校、どうでもいいですけど、個人的に、心の傷が疼くほど、思い入れがある高校です。そうでしたかあ…。

Alhumbra, Espagne

■最近、と言っても、半年ぐらい前ですが、私が利用する最寄り駅の駅前の一等地にあったパチンコ屋さんが、コンビニになっていました。駅至近距離には既に4軒もコンビニがあるのですが、やはり、コンビニは、パチンコ店を席捲するほど勢いがまだまだあるんですね。

 最近、コンビニの「深夜営業」を巡って喧しいですが、私自身は、ほとんどコンビニを利用しないので、真夜中、未明までオープンすることはないと思ってます。少数意見かもしれませんが。

Espagne

■3年ほど前、病気になり車の運転ができなくなり、そのまま自家用車を売却してしまいました。

 生活的に不便にはなりましたが、でも、そのお蔭で、自動車保険や駐車場代などが一切掛からなくなり、家計的には大いに助かるようになりました。いざという時は、タクシーに乗ればいいと思いましたが、結構、健康のために歩くようにしたら、徐々に健康を取り戻すことができました。

 さて、何でこんなことを書いたかと言いますと、会社の同僚が、自宅に保管している蔵書が増えすぎたため、自宅近くにロッカールームを借りたという話を聞いたからです。畳二畳ほどの広さで、月額8000円。「わー高(たか)!、田舎の駐車場代並みだなあ」と思ってしまったのです。

 蔵書については、またまた個人的ながら、病気で読めなくなってしまった際、かなりの数、1000冊ぐらいの本を処分してしまったので、今や私の書斎にはほとんど残っておりません。

 やっぱ、モノに固執しなければ、お金も掛からないってところですかねえ?

新元号、スクープ記者は語り継がれる?

 今日は3月27日(水)。5日後の4月1日(月)に閣議決定を経て、今上天皇御退位に伴う新元号が発表されます。

 ワイドショーかなんかでは盛んに新元号名が予想されているようですが、見ていないので分かりません。

 でも、私が個人的に得た情報によると、現在の日本の国家の最高権力者の名前から一字取った「安」が入るのではないかという憶測が流れております。

ソニー生命保険が、2018年3月16日~19日に、全国の平成生まれの男女(20歳~28歳)と昭和生まれの男女(52歳~59歳)1000人に対し、「平成生まれ・昭和生まれの生活意識調査」をネットで調査したところ、新元号の予想として、「安久」が3位、「安寧」と「安泰」が10位に入ったため、この調査が基準となり、情報が一人歩きしたようですが。

 その程度の情報が拡散しているとしたら、こうなったら、四字熟語の「安心立命」から拝借して、「安立」とか「安命」とかいう元号になるかもしれません。えっ? 四字熟語? お相撲さんの口上じゃあるまいし、「まさか」でしょうね。恐らく、また、四書五経など中国の古典から引用されることでしょう。日本の古典からという説もありますが、当たったらどうしましょ。

 そもそも、こうして庶民が新元号を予想すること自体は、戦前なら「不敬罪」に当たり、逮捕されていたことでしょう。しかし、今回は生前退位であり、国民の象徴として、次第にタブー視されなくなったことから、元号予想が百花繚乱の趣を呈していると思われます。

Alhambra, Espagne

 ま、いずれにせよ、私が注目しているのは、どこのメディアが新元号をスクープするか、です。今から30年前の「平成」は、毎日新聞が発表の35分前にスクープしたのですが、「号外」を出さなかったといいます。なぜかというと、大正から昭和に改元される際に、毎日新聞の前身の東京日日新聞が「次の元号は光文」という大誤報の号外を出してしまった過去のトラウマがあったからでした。「二度と誤報は繰り返したくない」という、平成改元当時の毎日上層部の慎重な判断があったようです。

 しかし、今回は、首相官邸側が「新元号が事前に漏れ、報道されるようなことがあれば必ず差し替える」とメディアを恫喝していると言われます。となると、菅官房長官の大嫌いな美人記者のいる東京新聞は、まずスクープは無理でしょう。「大正」をスクープした朝日新聞や、毎日新聞は安倍首相に嫌われているので論外。日本経済新聞は、財界からの情報頼みか。となると、「御用新聞」面目躍如の読売新聞か、産経新聞のどちらかになるでしょう。でも、産経は「人手不足」ですから脱落。やはり、日本のメディアで一番政財界に食い込んでいて、読み応えのある読売が抜くかもしれません。

 とはいえ、30年前と違って、紙のメディアは著しく後退して、ネットメディアが台頭しています。取材力でいえば、人員豊富なNHKか共同通信、もしかして意外にも米国のAP通信辺りがスクープするかもしれません。

 えっ?5分や30分のスクープが何になる?くだらない、ですって? いやいや、スクープはジャーナリズムの醍醐味です。新元号をスクープした記者は、後々の世まで、代々語り継がれますからね。

 ちなみに、「大正」をスクープしたのは朝日新聞の政治記者だった緒方竹虎(1888〜1956)でした。後に同社の主筆兼副社長となり、退社後、情報局総裁、戦後は内閣官房長官、自由党総裁などを歴任した超大物政治家です。昭和11年の2・26事件で、有楽町の朝日新聞本社が襲撃された際、青年将校と対峙した人ですから、この人、よっぽど、歴史の変革に居合わせる運命を持つ稀有の人だったことが分かります。

映画「翔んで埼玉」は★★★★

  あまり公表したくはないのですが、私の「終の棲家」は埼玉県です。九州出身の父親が、御縁のあった埼玉県内の「聖地霊園」を手に入れて鬼籍に入ったので、私も、いずれは、そちらでお世話になるつもりだからです。

 ですから、日本全国の中で、一番気になる県は埼玉県なのです。

 とはいえ、埼玉県のイメージがあまりにも悪い。ダサイタマだの、クサイタマだの、田舎もんだの、世間では鼻つまみものです。私は東京生まれで、埼玉出身ではありませんが、許せませんねえ。

 それなのに、埼玉県を馬鹿にしたような映画「翔んで埼玉」(武内秀樹監督)が世間では大うけで、しかも、全国的に大ヒットしているというのですから、見逃すわけにはいきません。仕方がないので、ロングラン中の埼玉県内にある映画館に遠出して観に行ってきました。

 原作は30年以上も昔に発表された同名のコミック(魔夜峰央・作、1986年)だそうで、埼玉県人が東京に入るには「通行手形」がなくてはならず、三等市民扱いです。埼玉県特有の恐怖の熱病「サイタマラリヤ」まであります。

 「埼玉県には何もない。海もない。郷土愛もない」 

 「埼玉県人は、そこらへんの草でも喰わせておけ!」

 凄い台詞が飛び出します。

 とはいえ、パロディーであり、実は、かなり埼玉県民に対する愛情に溢れ、ホロリとしてしまう場面も出てきます。勿論、大いに笑えます。

 よく観ると、同じ関東圏なのに、 東京と横浜のある神奈川県は一等市民扱いですが、群馬県や茨城県や栃木県は、埼玉県以下の扱いです。

 所詮、荒唐無稽の架空のバカっ話なのですが、生徒会長・壇ノ浦百美役の二階堂ふみも、米国帰りの転校生・麻実麗役のGACKTも、執事・阿久津翔役の伊勢谷友介も、こちらが恥ずかしくなるくらい真面目に演じています。

 細かく観ると、大宮と浦和が仲が悪いことなど、しっかり「取材」しており、もう一度観てみたくなるほどです。ヒットする要因が少し分かった気がしました。

 最初に書いた通り、私の場合、埼玉県が終の棲家になりますので、少し、埼玉県を擁護する薀蓄を述べておきます。

 埼玉の語源は、「幸御魂(さきみたま)」と言われ、これは「人に幸福を与える神の霊魂」を意味します。凄いですよね。この映画のように、他人様を笑わせ、埼玉県の位置を知らしめて、全国的にも有名にしてしまったのですから。

 また、かなり歴史もあり、行田市に「さきたま古墳群」があります。古代に豪族が支配し、文明が開けていた証拠です。大和朝廷時代には「武蔵国」とされ、江戸時代にはその一部が、江戸になったため、将軍さまは、「武蔵守」みたいなものでしょう。だから、大岡「越前守」とか、島津「薩摩守」などは名乗ることは許されても、「武蔵守」を名乗ることは禁止されました。それだけ、「格」があったのでした。

以上

永井荷風は抵抗して太宰治は屈服していたとは…

 昨日は、東京・早稲田大学で開催された第26回諜報研究会(NPO法人インテリジェンス研究所主催)に「学徒」として参加して来ました。非常に面白い、興味深い話がたくさんあり、充実した時間を過ごすことができました。

 改築された早稲田大学3号館(政経学部)は、室内もトイレも高級ホテルのような清潔感あふれた立派な会場です。「学問の自由」を掲げ、誰にでも門戸が開放され、私のような怪しい(?)人間でも自由に立ち入りできるわけですから、関係者の皆さんにはいつも感謝しています。

 さて、今回は2人が登壇されました。(話が長くなりますので、内容はかなりカットします)

 お一人は、インテリジェンス研究所特別研究員で毎日新聞オピニオングループ部長委員の岸俊光氏で、演題は「内閣調査室を巡る対日工作:序論」でした。岸氏は、現役の新聞記者ながら大学院に通って博士号まで取得されました。羨ましい限りです。

 内閣総理大臣官房調査室は1952年4月に新設されますが、その活動内容については秘密のヴェールに包まれ、「通史」はなく、現在でも情報公開法に則って、情報公開を請求しても、内閣府からは「不存在」といわれるようです。

 第2次大戦後、1945年9月2日から52年4月28日までの約7年間、日本はGHQによって占領下に置かれました。その間に、東西冷戦があり、中華人民共和国の成立(1949年)、朝鮮戦争(1950~53年)などがあり、そんな中に内調が新設されという時代背景があります。ということは、米軍による影響があったことが容易に推測できます。

 講演では、吉田茂から松本清張まで、色んな方の名前が出てきましたが、私は2人の方に注目しました。

 一人は志垣民郎という方で、内調新設の時のメンバーの一人で現在96歳。岸氏は彼にインタビューを重ね、今夏にも彼の回想録を出版するそうです。志垣氏は「告発する」というより、かなり信念を持った方で、中国の影響で日本を共産化してはいけないという反共思想の持ち主だったようです。

 もう一人は、吉原公一郎という人で、ジャーナリストで現在90歳ぐらい。「週刊スリラー」1960年5月13日号で、内調による中ソ戦略地図などを暴露し、飛鳥田一雄代議士の国会質問のネタを提供したりしたといわれます。内調関係者から極秘資料を入手し、「中央公論」1960年12月号に衝撃作「内閣調査室を調査する」という論文を発表します。岸氏はもちろん、吉原氏とも何回も面談を重ねております。

 私は、本筋よりもエピソードの方に興味を持つ人間でして(笑)、この中央公論には、あの深沢七郎の「風流夢譚」も掲載されていたといいますから、時代の空気が分かります。(「風流夢譚事件」については、こちらをクリックしてみてください)

 もう一つ、吉原氏が当時、編集記者・デスクを務めていた「週刊スリラー」は、森脇文庫から出版されていたもので、社主はあの森脇将光でした。金融業者で吹原産業事件などを起こし、石川達三の小説「金環蝕」のモデルになった人です。この小説は映画化され、モデルの森脇を宇野重吉が見事に演じてました。

 吉原氏が入手した極秘資料は段ボール箱3箱分ぐらいありますが、そのうちの1割しか活用されていないようです。今後の解明が期待されています。


次に登壇したのは、インテリジェンス研究所理事長の山本武利氏で、演題は「永井荷風のGHQへの妥協ー占領期検閲資料からの検証」でした。

 これが実に面白かったです。

 日本占領軍GHQは、1949年11月まで、新聞や出版物などに厳しい検閲をかけます。反米思想が高まり、占領に支障をきたすことを防ぐためです。ですから、堅い思想や哲学や軍国主義などを取り締まるのなら分かりますが、山本氏によると、GHQが特に神経を尖らせたのは、「フラタニゼーション(交歓)」描写だったというのです。例えば、米兵と日本人娼婦との交歓などを小説や随筆に書こうものなら、即座に「削除」「書き換え」です。(写真となると、真っ先にやられます)

 「濹東奇譚」などで知られる永井荷風は、風俗描写と権威や権力に対する批判精神こそが真骨頂で、多くの読者を獲得してきました。終戦時66歳の老作家は、当初、GHQに抵抗します。そのやり方は、「削除」された部分は、そのまま書き換えたり、加筆したりしないのです。削除された部分は、空白にするわけにはいきませんから、そのまま、文章を詰めます。そうなると、文章が飛び、繋がりがなくなり、文章にならなくなってしまいます。

 特に、荷風の決め手である最後のオチである「風刺」が削除されては、読む価値さえなくなります。そうなると、本が売れなくなります。戦後の強烈なインフレで資産価値が暴落し、次第に荷風も生活に困るようになり、妥協し、譲歩した文章を書かざるを得なくなります。が、同時に戦前のような名作は書けなくなるのです。

 これらは、山本武利氏が、「プランゲ文庫」のデータベースを事細かく渉猟して、「発見」したものでした。このほか、武者小路実篤や太宰治は逆に、検閲された箇所を丁寧に同じ行数で「書き換えて」いる箇所を見つけたそうです。

 ショックですね。特に、太宰治は、私が高校生時代に熱中して全集の作品と書簡を全て読破した作家でしたから、GHQに屈服していたなんて、知りませんでした。山本氏が発見したのは、プランゲ文庫所蔵の「薄明」(新紀元社、1946年、145ページ)でしたが、他に名作「トカトントン」なども書き直しを行っていたようです。

Alhambra, Espagne

 講演会が終わった後の、懇親会にも参加しました。

 諜報研究会に参加するような人は、大変失礼ながら得体の知れない変わった方が多い感じで、誰も名前も職業も明かしません(笑)。

 それでも、ある60歳前後と思しき男性が、コップ3杯のビールで開放的になったのか、色んな話をしてくれました。

 「米中貿易戦争なんて、茶番劇ですよ。戦争になるわけがありませんよ。第一、トランプ大統領のトランプ・タワーの1階に入居しているのが、中国最大の中国商工銀行のニューヨーク支店ですからね。入居したのは、リーマン・ショックの直後だったから、トランプは『有難う、中国、サンキュー・チャイナ』と何度も叫んだんですよ。そんな中国と貿易戦争するわけない。第一、今、中国人が投機で買ったカリフォルニア州やワシントン州の土地を売っているので、土地価格が下落している。ダウ株だって、中国人が買って支えていることは、ウォール街関係者なら皆知ってますよ」

 へー、なるほど。よくご存知ですね。

 「ファーウエイ事件だってねえ。創業者は人民解放軍出身だっていったって、3番目の妻の娘は21歳で、今、米ハーバード大学に留学しているんですよ。しかも、専攻はコンピューターサイエンス!(笑)。そして、超美人。自由気ままに世界中旅行もしています」

 へー、随分詳しいんですねえ。何でそこまでご存知なんですか?

 「彼女がインスタグラムに投稿しているからですよ。ホラ(とスマホを取り出して)、これは、どうも、プロのカメラマンが撮ったものばかりです。モデルさんか女優さんみたいでしょ?腹違いの姉(ファーウエイ副社長)が捕まったというのに、バンクーバーにも行ってるし、このパリのホテルは、エッフェル塔が見える〇〇ホテルのバルコニー付きだから、一泊30万円はくだらない。そして、これこれ、見てください。米マイクロソフトにまで行ってる写真がありますよ。本気で米中貿易戦争をするつもりなら、ファーウエイの娘をマイクロソフトなんかに招待しますかねえ。でも、何で、今の日本のメディアは上辺だけ報じて、本質を報道しないですかねえ?」

 あらまあ、私も得体の知れない変わった人間ですから、相手に名前も職業も明かしませんでしたが、そう言われてもねえ。。。今や、ネット時代では、普通の人でも、諜報に興味がある人なら、誰でも、マスコミ人以上に色んな情報に接することができる時代なんですね。

 何と言いますか、メディアにいる端くれとして、インスタグラムもやらず、不勉強でした。でも、もう「インスタ映え」するような歳じゃありませんからね(苦笑)。

3月のふぐ料理 東久留米に温泉が出た

 春分の日の前日の20日に、シーズン最後のふぐ料理を食してきました。

 ふぐの「旬」は、「秋の彼岸から春の彼岸まで」と言われてますから、2018年度の旬は、9月23日から3月21日までだったというわけです。

 ふぐ料理は、庶民にとっては高嶺の花ですが、観念よりも「食いしん坊」が優ってしまい、中学時代(世間では無名の東久留米市立東中学校)の同級生の誘いに乗って、参加してきました。何よりもブログのネタになると思ったからでした(笑)。

 それでも、目の玉が飛び出るほど高いせいか、参加者はわずか3人でした。場所は、黒田さんが勤めていた石油会社の福利厚生施設で、何と都心の六本木にあります。

 六本木に足を踏み入れるのは10年ぶりに近いくらい久しぶりで、街の様子がすっかり変わってしまっていたのには驚きました。昔通ったディスコはなくなってました。大使館が近いせいか、昔から外国人が多い街で、以前は欧米人が多かったのですが、最近は、インド、パキスタン系、アフリカ系、イスラム系が格段に増えてました。警察官がアフリカ系の若者に職務質問しているのを見掛けました。

 騒音と雑踏は駅から徒歩圏で10分ぐらいですが、それを過ぎて、神谷町方面に向かって大通りを左折すると、閑静な高級マンション街となり、その一角に福利施設がありました。

 集合時間より30分も早く着いてしまい、何となく、「勘」で場違いな所に来てしまったような気がしましたが、それは少し当たってしまいました。

 何よりも、飲み物の持ち込みは自由だという話を聞いていたのですが、缶ビールをテーブルに置いた途端、それを見た接待してくれた和服を着た係りの女性が「瓶ビールはいいですが、缶ビールは駄目ですよ」とイチャモンを付けてくるんですからね。

 ふぐ刺しも、何か量が少ない気がしました(笑)。

 思えば、本格的なふぐ料理を食したのは、1985年3月、本場の下関でした。当時、プロ野球大洋ホエールズの担当記者をやっていて、オープン戦取材で下関球場に行った際、球団から「夜の接待」を受けて、フルコースをご馳走になったのです。癒着記者ですね(笑)。牧歌的時代でした。刺身から唐揚げから鍋しゃぶから、あらゆる料理で、それこそ、高級料亭で、目の玉が飛び出るほど高かったことでしょう。まあ、あの時を超えるふぐ料理はもう味わえないということでした。

 参加者は中学時代の同級生ですから、当然、半世紀も昔の話になりました。黒田さんは記憶力が良くて、授業中に高畠先生が話してくれた「輪廻転生」の話をまだ覚えていて、「あのお蔭で死が怖くなくなった」などと述懐していました。私の中学時代は、非行に走った不良でしたから、先生の話なんか聞かず、ほとんど覚えていません(苦笑)。

 大学卒業後、ノンキャリアで警察庁の警視にまでなり、今は某会社に天下り(?)している岡本君は、城先生によく殴られた話をしていました。(ちなみに、警視以上に出世できる警察官は全体約23万人の3%しかいません)我々の先生の世代は大正生まれで、鉄拳制裁を食らった軍隊経験の方が多く、暴力は日常茶飯事でしたね。

 中学校の隣にあった私が卒業した東久留米市立第四小学校は、児童数が減少して2012年3月に廃校になってしまいました。近くの公団や公務員住宅団地も建て替えやらで、廃墟となり、ゴーストタウンになりかかっていましたが、黒田さんの話では、何と、その近くで天然温泉が発見され、3月9日に「関東最大級」と銘打つスパがオープンして、凄い活況を呈しているというのです。彼女はもう7回も行った、と自慢していました。

 個人的ながら、東久留米市上の原周辺は、小学校1年生(当時は東京都北多摩郡久留米町)から中学、高校、大学、社会人まで21年間も住んだ私の故郷みたいな街です。子ども時代に駆け回っていた所に温泉が出たとは、驚くやら、嬉しいやら。皆さんも「話のタネ」に東京郊外に足を延ばしてみたら如何でしょうか。(上の「スパ」をクリックすると場所が出てきます)

 

名脇役があってこその主役

 昨日、ジャズ・シンガーの新倉美子のことを書いたところ、京洛先生から「ああたは、新倉美子も知らないんですか」と、早速、京都から、上から目線で電話がかかってきました(笑)。

 京洛先生は、私よりも一回り年長、という老世代ですから、よく御存知なのでしょう。それでいて、京洛先生は若作りですから、京都の街中では、2人でいると、ちょくちょく私の方が年上に、つまり老けて見られてしまい、若く見られた彼は大喜びしているのです。ずるいですね(笑)。

 「画家の東郷青児の長女のたまみ(1940~2006)だってジャズ歌手だったんですよ。朝丘雪路、水谷良重と『七光り三人娘』を組んで舞台に立ったこともあります」

 さすが、物識りの京洛先生。何でも知ってますねえ。朝丘雪路は、画家伊東深水の娘、水谷良重は、父が14世守田勘弥、母が初代水谷八重子でした。

 「水谷良重はジャズ・ドラマーの白木秀雄と結婚しました。えっ?知らない?駄目ですねえ。白木は東京芸大出身ですよ。後に離婚しますが、水谷の『愛しているから別れます』は当時の流行語になったんですよ」

 えー、知らなかった。1963年のことですか。白木さんは、晩年が悲惨で、自分のバンドも解散し、渡辺プロダクションからも解雇され、最後は、赤坂の自室で、精神安定剤の過剰摂取で亡くなったようですね。享年39。

 そう言えば、芸能プロダクションのナベプロの渡辺晋氏も、ホリプロの堀威夫氏も、もともとはジャズ・ミュージシャンでした。

Alhambra, Espagne

 「やれスマホだ、やれインターネットだの言っても、アナログの知識がなければ、言葉も知らず、検索さえできないのですよ」と言いながら、京洛先生は、不良中学生時代に毎日のように嵌って観た東映時代劇など映画の名脇役の名前をズラズラと列挙し始めました。

 「新倉美子のお父さん辰巳柳太郎は新国劇でしたね。沢田正二郎らつくった劇団です。辰巳と並ぶスターが島田正吾です。その弟子筋に緒方拳や若林豪らがいますが、他に、悪役で名を馳せた上田吉二郎石山健二郎らもいて、彼らも新国劇の出身者だということは知らないでしょう。えっ?上田吉二郎は知っているけど、石山健二郎は知らない。いや、写真を見ればすぐ分かりますよ。タコ坊主のような独特の容貌で、黒澤明監督「天国と地獄」で田口部長刑事役や山本薩夫監督「白い巨塔」では田宮二郎の義父役で独特の印象を残しました。やっぱり脇役がしっかり固めないと、主役が引き立たないんですよ」

 そういえば、悪役と言えば、私の子ども時代は、上田吉二郎でした。あの太った、独特のだみ声で「ふ、ふ、ふざけんじゃねえ」と、笑うように怒りながら、子分たちに向かって「お、おめえたち、やっちまえ」という台詞は今でも耳にこびりついております。

 京洛先生も、子どもの時分から主役に注目しないで、脇役ばかり見ていたとは変わった人だったんですね(笑)。さらに名脇役を言及します。

 「吉田義夫ね。この人は日本画家から俳優になった人ですよ。法隆寺壁画の修復にも参加した人です。テレビの「悪魔くん」でメフィスト役をやり、映画では『男はつらいよ』の常連です。チャンバラの悪役は山形勲。この人、ロンドン生まれです。『旗本退屈男』や『大菩薩峠』に出ていました。も一人は骸骨のような顔した薄田研二、家老役がぴったりでした。築地小劇場出身です。溝口健二監督の『山椒大夫』『浪華悲歌』などに出ていた「溝口組」の進藤英太郎。いかにも憎々しい役です。
 伊東四朗や財津一郎の師匠だった 石井均は、喜劇役者ですが、新宿で一座を持っていたのに解散して、大阪の曾我廼家十吾の松竹家庭劇に入った人です。この時、西川きよしがかばん持ちをやったことがあります。松竹新喜劇と言えば、高田次郎ですね。ドラマ『細うで繁盛記』や『どてらい男』でいじめ役で、実にうまい俳優です」と、キリがないほど、ポンポンと色んな役者の名前が飛び出してきます。

Alhambra, Espagne

 「脇役は、結構、裕福な家庭の出が多くて、道楽でやってるような役者も多いんですよ。それにしても今の俳優は、駄目ですねえ。目だけギョロギョロさせて下手で下手で、顔だけで演技していて見てられませんよ。迫力がない。何度でも言いますが、脇役に凄みがないと主役も目立ちません。その点、昔の役者の方がはるかに凄かったですよ」と、「芝居通」ぶりを発揮しておりました。

 確かに、昔の脇役や悪役には凄味がありました。

リキー宮川と新倉美子 ジャズこそがすべて

 インターネットは、若者向きかと思いきや、意外と中高年の皆様にも役立ちます。

 私もその一人(笑)。その理由の一つが、最新流行に付いていけなくなってしまったことがあります。特に音楽なんか、今の流行歌には全くついていけません。中でもラップなんか駄目ですねえ。しっかり、メロディーがないと心に染み渡ってくれません。

 でも、最新の流行歌についていけなくても、ネットの発達のお蔭で、以前はとてもレコードが手に入らなかったり、聴けなかったりした昔の音楽が簡単に聴けるようになり、恩恵を受けてます。昔は「音」だけしか聴けなかったのに、今では、動く姿、まさに「動画」まで見ることができますからね。ネットのお蔭です。

 最近、特に熱中しているのがジャズ・ヴォーカルです。先日も、このブログで1950年代に活躍したジュリー・ロンドンを取り上げましたが(CD買っちゃいました)、この間(3月9日)、また、NHK-FMの番組「世界の快適音楽セレクション」(毎週土曜、午前9時から放送)で初めてその存在を知ったジャズ歌手、リキー宮川(1911~49 )にはまってしまいました。
 この人の経歴について、あまり詳細に分かりませんでしたが、米シアトル生まれということから、日系2世なのでしょう。昭和8年に来日し、9年にコロムビア専属として歌手デビュー。その後、ダンサーとして知られるマヌエラこと山田妙子と結婚し、その後離婚。「ダイナ」「夢見る心」など多くのジャズを吹き込んだほか、「すみれ娘」(1935年)など多くの映画にも出演したようです。戦時中は南方戦線の暗号解読に駆り出されたといわれてます。

 あるサイトを見ていたら、彼は戦後も日劇のレビューなどで活躍しますが、「昭和24年に非業の死を遂げる」とだけ書かれていました。逆算すると、享年38か39ですから、事故か事件か何かだったのかもしれません。

 その話より、私は以前から、個人的に昭和初期に興味を持っていることは、このブログの熱心な読者の皆様も御存知だと思います。昭和初期と言えば、金融恐慌に始まり、軍部の台頭、大陸進出、テロ事件の横行と、何か、不穏で不自由な暗黒時代だとばかりを連想しておりましたが、いったん、芸能に目を向けてみると、案外庶民はしたたかで、「エロ」「グロ」「ナンセンス」が流行ったり、モボ、モガたちが銀座の並木道を闊歩したり、自由を謳歌していたんですね(ただし、戦況が悪化してからは、隣組で密告したり、「欲しがりません勝つまでは」で大変な時代だったでしょう)

 敵性言語だった英語が禁止され、野球も「セーフ」が「よし」に変えられたり、敵性音楽のジャズ演奏も禁止され、ディック・ミネも三根耕一と改名させられたり、大変な時代になりますが、それ以前の昭和初期は、かなりジャズが流行っていたことが分かります。

 リキー宮川も、軍部台頭もテロ横行も知っていたのか知らずにいたのか、大変失礼ながら、 かなり「能天気」な歌唱法です。聴いているだけでホノボノしてしまいます。「世帯を持つなら」という曲の歌詞も「箱根飽きたら熱海 熱海飽きたらまた箱根」などとどうでもいいことを照れずに歌っております。後世の人間から見ると、信じられませんね。案外、平和も戦争も紙一重だということかもしれません。

 それにしても、昭和初期は、明治に開国してまだ60年しか経っていないというのに、貪欲に西洋の文物を吸収して、ジャズ演奏もホンマモンと比較しても遜色ないほどの技術力があり、驚きです。日本人って努力家というか、器用なんですね。

 著作権の関係がよく分かりませんので、すぐ削除してしまうかもしれませんが、リキー宮川の顔が分かるように、その代表曲「世帯を持つなら」を下に引用しておきます。

リキー宮川

 リキー宮川を検索したりして遊んでいたら、偶然、新倉美子(しんくら・よしこ、1933~)というジャズ歌手を「発見」しました(笑)。

 勿論、私より一回り先輩の世代なら御存知でしょうが、私は全く知りませんでした。英語の発音はネイティブ並み。歌もうまいし、超美人。この人、どういう人なのかと思ったら、新国劇の辰巳柳太郎(1905~89)のお嬢さんだったんですね。新東宝映画「青春ジャズ娘」「娘ごころは恥づかしうれし」など30数本に出演していました。「 昭和26年にデビューし、昭和32年に結婚を機に引退」とありましたから、道理で私は知らないはずです。物心ついた頃は引退していたからです。

 当時は絶世の人気を誇ったというのに、忘れ去れてしまうんですね。儚いですね。(私だけが知らないのかもしれませんが)

 でも、ネットが発達したおかげで、今ではこうして、彼女の姿を見ることができ、そういう意味では良い時代にまで長生きできたと言えるかもしれません(笑)。

 下は、東京キューバン・ボーイズとの「マイアミビーチ・ルンバ」を引用させて頂きます。映画の一場面のようです。当時は、日本でも「マンボ」や「ルンバ」が大流行していたんですね。

新倉美子

 今の最新流行歌を聴いても、まったくつまらないのに、ルンバやマンボなどこういう昔の曲を聴くと、ウキウキしてきて、血湧き、肉が踊ってしまいます(笑)。(こちらも、「引用」ですが、著作権の関係で削除される可能性があります)

「旅の中の旅-加藤力之輔展」=東京・銀座

 京都にお住まいの京洛先生の御親友でもある加藤力之輔画伯の個展が、東京・銀座の風月堂ビル3階の「一枚の絵 olive eye gallery」で開催中ということで、覗いてきました。(Part IV:3月18日~23日、 Part V:3月25日~30日)

 京洛先生の「鶴の一声」で陸続と「関係者」も押し寄せているようで、私がお邪魔した時には、著名な経済ジャーナリストの阿部和義氏がちょうどお見えになっておりました。

 加藤画伯は、何回か、このブログでも登場させて頂いておりますが、昨年、個人的にスペインに旅行した際、マドリード在住の加藤画伯の奥方さまから、ピカソの「ゲルニカ」見学に連れて行ってもらったり、御自宅で御手製ランチ(イカスミライス)をご馳走になったり、大変お世話になってしまったのでした。

 加藤画伯は、プラド美術館で、4年間もティツィアーノの作品を模写研究された芸術家ではありますが、大変気さくな方で、大変、話好きです。多分、初対面の方でも、何の気兼ねすることなく画廊を訪れて、鑑賞したり、気に入ったら購入したりできますので、足を運ばれたらいいでしょう。


鎌倉の画廊でも展示されていた特大の人物画像も、今回出品されていて、加藤画伯にはその前に立って、写真を撮らさせて頂きました。

 「今日は取材で参りました。写真はブログに載せても大丈夫ですか?」とお伺いしたところ、「いいですよ」と快諾して頂きましたので、こうして皆様のお目にも留まることと相成りました。

「スマホなしの日」、または「断スマ」

 2017年9月に独立して、新しくこの《渓流斎日乗》ブログの専門サイトをIT専門家の松長氏の尽力によって立ち上げた時は、まだ元気いっぱいで、朝の通勤電車の中で、スマホを使ってブログ更新をしておりましたが、今ではそれが夢のようです。

 日々、仕事でパソコンを使っているため、最近は、酷い眼精疲労で、寝ても醒めても眼痛がひどくて、活字がぼやけて、更新するのも大変です。肉体的に限界になり、「スマホ休養日」を取ることにしました。先日の投稿記事「スマホを使うとバカになる」で書きましたが、川島隆太東北大学加齢医学研究所長の「LINEを止めると偏差値が10上がった スマホと学力『小中七万人調査』大公開」という論文にもモロ影響されました(笑)。

 川島氏によると、言葉も、ネット検索して調べていては、脳の器官が使われていないということでしたね。ということは、記憶として定着しないということです。私はこの10年近く、英単語も仏単語も電子辞書を使っていたのですが、これからは、なるべく紙の辞書を使うように戻しました(笑)。

 我ながら、人間が実に単純に出来ております(笑)。ということで、このブログも「毎日更新」から、眼が疲れている時は「お休み」に方針転換致します。ご理解の程、賜ります。

Alhambra, Espagne

 さて、英単語の話が出たことで、語学のお話をー。小生、老境の域に入りながら、いまだにこの年で、語学の勉強しています。哀しいかな、今や、覚えてもすぐ忘れてしまいます。もし、このブログをお読みの若い方がいらっしゃれば、語学は若いうちですよ、と御助言申し上げます。遅くても40代まででしょうね。50代になると急激に低下し、それ以降は言わずもがなです。

 先日、ラジオの「ビジネス英語」を聴いていたら、こんなフレーズが出てきました。

 Diplomacy is definitely the order of the day in a situation like that.

 単語はいずれも中学生レベルで、難しくありません。

 「外交は、そのような状況では、その日の決まった秩序になる。」という意味かと思ったら、な、な、何と「確かに、そういう状況でしたら相手にずばずば言い過ぎないことが重要です。」と訳されていました。

 Diplomacyは、外交のほかに、「婉曲にものを言う」という意味があるそうで、全く知りませんでしたね。the order of the day はイディオムで、「時代の風潮」とか「ふさわしい」「重要だ」という意味があるらしいのですが、かなりレベルが高いフレーズだと思います。

 このように、何歳になっても語学を習得するなんて夢のまた夢ですよ。

 若い頃からの「乗りかかった船」で、フランス語の勉強も続けておりますが、英語の常識とはかけ離れているので、面白い点が多々あります。

 例えば、

 ・smoking

 ・four

 ・email

 これが英語なら、上から下に「喫煙」「4」「電子メール」と答えるのが、「常識」ですが、もし、これが仏語なら、「洋服のタキシード」「かまど、オーブン」「エナメル」という意味になってしまうのです。

 つまり、何を言いたいかと言いますと、「常識を疑え」ってことですかね(笑)。

 

スマホを使うとバカになる

 《渓流斎日乗》は、ほぼ毎日書いておりますが、書き終わるたんびに「こんなこと書いても何の足しにもならない」と後悔してしまいます。自分は醒めた人間ですからね(笑)。しかも、何処からか原稿料を貰っているわけでもなく、職業として成り立っていないので、時間の無駄を感じてしまいます。

 とはいえ、最近は、ボチボチと「コメント」してくださる人も増え、当初の「世界最小の双方向性メディア」の目論見が少し達成できたようで、嬉しく感じでおります。全て皆様のお蔭です。有難うございます。

Alhambra, Espagne

 今日は、いつもと違って、凄く書きたくて書いております(笑)。大袈裟ではなく、実に衝撃的な論考を読んだからです。先週発売された月刊「文藝春秋」4月号に掲載されていた 川島隆太東北大学加齢医学研究所長による「LINEを止めると偏差値が10上がった スマホと学力『小中七万人調査』大公開」という論文です。

 乱暴に要約しますと。「スマホを使うとバカになる」と実証データで検証しているのです。(すみません。筆者の川島氏はそんな直裁的な表現はしてません。あくまでも、この論文を読んだ個人の感想です)

Espagne

 この話に入る前に他の話をします(笑)。ここ1カ月近くも読んでいた本を昨日やっとのさのことで読破できたからです。(そのため、月刊文春を読むのが遅れたのです=笑)

 今さらながらですが、船橋洋一著「通貨烈烈」(朝日新聞社)という本です。初版発行が1988年5月20日ですから、もう30年以上も昔の本です。「プラザ合意」の内幕を知りたくて参考文献を探していたら、「国際金融アナリスト」の肩書きを持つ会社の同僚が「日本の経済ジャーナリズムの頂点ともいうべき作品。たまたま2冊所有していたので、新しい経済学徒の貴兄に差し上げます」と有難いことに「謹呈」してもらったのです。

 著者の船橋氏は、御存知、まさにジャーナリストの頂点ともいうべき大手新聞社の「主筆」を務めた方で、現在、財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブの理事長を務めておられます。(この財団は色んな噂があるようですが)お会いしたことはなく、写真を拝見し文章を読んだだけですが、「鬼に金棒」「向かう所敵なし」といった漲るほどの自信に満ち満ち溢れ、私のようなドサンピンが100人束でかかっても負けない感じです。

 で、この本を読んでみて、実際そうでした。船橋氏は1944年生まれですから、この本を出版した時、43歳ぐらいだったでしょうが、その年齢で、よくあれだけのものが書けたものです。日本の中曽根首相、ベーカー米財務長官、ボルカーFRB議長、バラデュール仏蔵相、ペール西独ブンデスバンク総裁ら錚々たる世界各国の蔵相、財務長官、首相、中銀総裁ら普通の人がとても会えない金融、財政を取り仕切る重鎮100人以上に面談する桁違いの取材力です。失礼ながら、大手新聞社という看板があったからかもしれませんが、当時の筆者は、米国の国際経済研究所(IIE)の客員研究員として「出向」し、もともと英語で執筆したというのですから魂消ました。

1985年9月22日、米ニューヨークのプラザ・ホテルで五カ国蔵相・中央銀行総裁会議(G5)が開催され、米国の巨大貿易赤字解消のために為替問題が話し合われます。これがいわゆる歴史に名高い「プラザ合意」です。会議が開催された頃、1ドル=240円だったレートは、みるみると円高になり、1987年末には1ドル=120円と、何と「半額」になってしまいます。 

 同書は、そのプラザ合意からルーブル合意(87年2月21日、パリ・ルーブル宮で開催されたG5)に至る内幕を関係者の証言をアラベスクのように集積して推測、分析、論考したもので、ハルバースタムの名著「ベスト・アンド・ブライテスト」に匹敵するノンフィクションの金字塔かもしれません。

でも、私のようなドサンピンでは理解度が中途半端で、急激な円高やDM高などについては「よく分からなかった」というのが本音ですが、むしろ、プラスの意味で、理解できなかったということは、収穫でした。恐らく、当時の金融当局の権威者たちも、「市場の推移に任せた」ため、あそこまで変動するとは思わなかったのではないかと愚考しました。(同書が書かれた当時は、まだ「ベルリンの壁」が崩壊する前で、GDPよりもGNPを経済指標として重視していた時代で、中国も台頭していないので、現在の状況とは全く違うことも痛感できました)

Espagne

 これから、やっと本題のスマホの話です(書く方は疲れるのですが、読む方は、もっと疲れることでしょう=笑)

 川島氏の論文は、東北大学と仙台市教育委員会が共同で、2010年から継続して、毎年約7万人の仙台市立小・中学校に通う児童・生徒全員を対象に行った「学習意欲の科学的研究に関するプロジェクト」の調査結果を基に導き出したものです。内閣府の調査では、2017年に全国の小学生の約30%、中学生の約58%、高校生の約96%がスマホを利用しているといいます。

 調査では、携帯・スマホの使用時間と学習時間の長さと成績の関係も調べました。結論から先に言いますと、スマホの、特にLINEなどのSNSを使えば使うほど、学習時間や睡眠時間などに関係なく成績が落ちるというのです。タイトルにある通り、偏差値が10も低くなるというのです。

 川島氏は「脳トレ」で名を馳せた脳科学者でもありますが、こんなことを書いております。

 …たとえば、「忖度」という言葉の意味を紙の国語辞典とスマホを使ってネットで調べた場合、前者では左右の大脳半球の前頭前野が活発に動く一方で、スマホを使うと全く働いていませんでした。しかも、何もしないで放心状態でいるときよりも前頭前野の働きは低下していたのです。…

 私はこんな文章を読んだので、勝手に「スマホを使うとバカになる」と表現したのでした。それにしても、衝撃的な怖ろしい結果です。

 文部科学省は最近、小中学生でもスマホの学校持込みを容認する方向を打ち出しましたが、いいんでしょうかねえ?この川島氏の論文を読めば、子どもたちが将来、どんな大人になるのか一目瞭然です。

 ま、ほとんどの人が、文科省の役人も、教育委員会の人も、この論文を読まないでしょうから、「問題提起」として《渓流斎日乗》で取り上げさせて頂きました。