失態

「明るい話題を提供します」と言っておきながら、新年早々、軽い火傷をしてしまいました。

コーヒーポットでお湯を注ごうとして、ポットの柄が焼け火鉢のように熱くなっているのに気が付かないで、そのまま鷲づかみにしてしまったのです。

「ぎゃっ」と声にもならない声を発した時は手遅れでした。掌と右手の小指の甲に水ぶくれができていました。痛みは3時間経ってもまだ引きません。

水ぶくれを見て、ふと思ったのですが、「心の傷」というのも、できたとしたら、こんなものかもしれない、ということでした。

心の傷は、決して見ることはできませんが、ストレスで病気になると、水ぶくれのような傷ができるのでしょうね。

火傷をすると、いとも簡単に一瞬で傷がつきます。それは、それは見事です。

言葉の暴力でも人は傷つきます。

傷つけた人は一瞬で忘れますが、傷つけられた人の痛みは、いつまでも続きます。

「気をつけなければならないなあ」と肝に銘じています。

新年愉快

「新年愉快」-。中国語で、明けましておめでとう、のことです。
皆さん、今年はどんなことがあろうと、悩んでばかりいないで、愉快に過ごそうではありませんか!

賢い人は「そんなことありえない」と言うかもしれません。

そう言うなら、言わせておけばいいのです。

我々は自由です。

大晦日、お正月だというのに、私のブログを訪問してくださった方にはーもちろん偶然、訪れた方もいらっしゃると思いますがー感謝申し上げます。

今年は、明るい話題をご提供できたらいいなあ、と思っています。

年の瀬

年の瀬ともなると、誰しも感傷的になるものですが、今年ほど、ひどく感傷的に落ち込む年もなかったです。

2005年という年は「大転換期」として日本の歴史に刻まれることでしょう。

まずは、戦後60年という節目の年でした。

ということは、「もはや戦後ではない」という悠長なことを言っている年ではないのです。「もはや戦後ではない」と「経済白書」で謳ったのは、まだ戦後わずか11年しか経っていない昭和31年のことでした。
戦後も60年も経てば、「戦中派」の人が次々と亡くなります。(元陸軍曹長だった私の父も11月に亡くなりました)戦争体験者が亡くなれば、戦争の記憶も風化するのは当り前です。そうなると歴史は繰り返すのでしょうか?実際に戦争に行くのは若者であるという事実を若い人は自覚した方がいいでしょう。

今年は、場当たり的な少女殺人事件が相次ぎ、日本人の倫理観がどこに行ってしまったのだろうか、と暗澹たる思いをしたのは私だけではなかったはずです。

ライブドアの堀江君、楽天の三木谷君、村上ファンドの村上君らは、皆、私より年下ですが「人生、金こそがすべて」という拝金主義者です。昔は、そういう人も沢山いましたが、人前で公言せず、しこたま金を溜め込んだら、文化人や関取のパトロンになって帳尻を合わせるという美徳がありました。渋沢栄一然り、原三渓然り…。

しかし、今の時代どうでしょう。

耐震偽装問題にしても、関係者は責任のなすり合いで、まるで他人事です。

ー震度5クラスの地震がきたらどうなりますか?
姉歯建築士 「ぺしゃんこになりますね」

そこに住む人の生活や人生に思いを馳せる想像力さえ失っています。しかも、「圧力を受けたから」とか「仕事がなくなるから」といった全く個人的な理由だけを優先しています。

このままでいけば日本はどこへ行ってしまうのでしょうか?

くしくも2005年は日本の歴史上初めて人口が自然減したエポックメイキングの年となりました。

もう10年前の話ですが、ある高名な地球物理学者にインタビューした際、最後に彼が言ったことが今でも忘れません。

「あと100年もすれば、人類は滅亡します。地球温暖化が進み、太陽の熱で、地球に人類は住めなくなります」

これが「事実」だとしたら、パニックになるのですが、パニックにならないところを見ると、この事実を知る人が少ないということでしょう。

彼は言いました。
「でも安心してください。100年後は、今ここにいる殆んどの人は亡くなっていますから」

中川昭一氏と鈴木宗男氏

昨日の鈴木宗男さんに続いて、今日は中川昭一農水相に会いました。

お会いしたと言っても、彼を囲んで20人ぐらい同席していたので、私の顔と名前が一致しているとは思えませんでしたが…。

よく知られていることですが、鈴木宗男さんは、中川昭一氏の父親の中川一郎氏の秘書を長らく務めていました。昭和58年に一郎氏が、不可解な死を遂げてから、「後継者」を巡って、息子の昭一氏と凄まじい闘争を繰り広げたことは、今でも語り継がれています。

結局、宗男さんが帯広から隣の釧路に選挙区を「鞍替え」することで、二人は両立しました。

その後の「宗男バッシング」や、昭一氏の閣僚歴については飛ばします。

ここでは、間近に見た二人の違いについて書きたいと思います。

まさに、「月とスッポン」「水と油」「表と裏」。どちらがどっち、という意味で例を挙げたのではなく、二人はまさに容姿から育ちから性格に至るまで正反対であることを伝えたかったのです。

昭一氏の父親は、十勝の広尾町の出身ですが、昭一氏は東京生まれの東京育ちで、麻布から東大法学部ー興銀ー国会議員とエリートコースを絵に描いたように渡り歩いた人です。

方や、宗男氏は、足寄町出身で、拓大出身。父親の協(かのう)さんが、彼の学費を捻出するために、一番良い馬を売った話は、有名です。

宗男さんは、人間的な、あまりにも人間的な人です。極めて俗人的な人で、辛酸を嘗めて、地べたから這い上がってきた感じがします。義理人情に厚い人です。57歳にもなれば、達観したり、諦めたり、普通はするのですが、彼に限って、まだまだ、ギラギラとした野心を持っています。「もうそこまで、でしゃばらなくてもいいんじゃないか」と端から見て思うのですが、彼は疲れを知りません。全国を飛び歩いています。そして、憎めないところがあります。

昭一さんは、とっつきにくい感じの人です。本当に信頼する人しか心を打ち明けないタイプで、いつも鎧兜をかぶっています。相手に隙を見せることはありません。理路整然とした話し方をしますが、結局、面白くないのです。事務的というか、心を打ったり、琴線に触れるような言葉を発することはありません。人はそれを都会的エレガンスと呼ぶかもしれませんが、冷たい感じがします。それに、地元の人の一部は、昭一さんのことを快く思っていません。「選挙の時にだけやってくる東京の人」と捉えています。

ここまで、書いて、自分でも、もう詰まらなくなりました。

私という人間は、どうも政治的人間には興味をもてないようです。

足寄

鈴木宗男さんと松山千春さんの出身地、足寄に行ってきました。

寒い日でした。その寒さは、肌を突き刺すほど、痛みを伴いました。

夜、鈴木宗男さんと帯広市内の居酒屋で会う機会がありました。
28日に会う、と以前書いたのでその報告をしなけばなりません。

彼は自信満々でした。
何しろ、9月の総選挙で、44万票も獲得したのですから。
近著『闇権力の執行人』の中で、その醜態を暴露された外務省の松田邦紀ロシア課長や2億円の機密費を流用した杉山晋輔中東アフリカ局参事官らから、名誉毀損なり、何らかのアクションがありましたか?と聞いたところ、鈴木氏は、「何もありませんよ。すべて事実で、正直に書いたのですから。むしろ、向こうから何か言ってくることを待っているくらいですよ。もっと、暴露してあげますから」と胸を張っていました。

鈴木氏によると、これまで、鈴木氏批判的だったいわゆるリベラル派の人間が、最近、「宗男派」に鞍替えしてきたと言います。「『噂の真相』の岡留さんや、ジャーナリストの魚住昭さんや宮崎学さんらが、私の味方になってくれますよ」と言うのです。

やはり、勝てば官軍なんですね。

鈴木氏の出身地は、足寄の大誉地という所です。足寄の街中からまた離れた山奥です。彼の新党『大地』の名前は、松山千春さんが考えたそうですが、大と地の間に「誉」を入れると自分の出身地になる、と一人で悦に入ってました。

居酒屋の隣の座敷では、20代くらいの若い人が宴会をしていて、鈴木氏を見ると、大声で「宗男だ。宗男だ」と大はしゃぎで、一緒に携帯で写真撮影をしてもらうために群がってきました。

鈴木氏は「もう、自民党や民主党の時代じゃないよ。大地の時代だよ」と、若い人にアピールすることを忘れませんでした。

さすが、政治家だ、と感心してしまいました。

如是我聞⑨

不安と恐怖は幻です。

もし、不安と恐怖を感じたならば、逃げないで、そのまま、たっぷり不安と恐怖を感じなさい。

もし、真剣に不安と恐怖に立ち向かったのならば、トンネルを抜けるように、その感情は消えてなくなるでしょう。

不安と恐怖は幻だからです。

時間が経てば、最初から不安も恐怖もなかったということは分かるでしょう。

存在の耐えられない痛さ 

帯広で3回目の冬を迎えていますが、今日初めて、地吹雪なるものを経験しました。

昨日、帯広では30センチの雪が降りました。今日は、快晴でしたが、異様な強風が吹き荒れ、昨日降った雪が、周囲に舞い散りました。

こう書くと、多少風情があるように聞こえますが、外を歩くと容赦なく、地吹雪は顔に叩きつけて、まるで砂粒が当たったように痛くて、痛くてしょうがありません。もちろん、目も開けられません。プロレスのデストロイヤーのマスクが欲しくなったくらいです。

私が東京にいた頃、北海道赴任経験者から「あそこは人間が住むところではない」と言った言葉がよぎったほどです。

帯広で生まれ育った人なら慣れているでしょうが、初めて体験した者としては、本当に参りました。周囲を見たら、あまり人は歩いていません。
こういう日に歩いているのは、何も知らない「外地の人」ばかりのようでした。

仕事で清水町にまで行ったのですが、案の定、強風のため、特急列車は運休し、普通列車も50分も待たされてしまいました。
地元の人は「またか」といった感じで、誰も駅員に食ってかかる人はいませんでした。

こういう厳しい自然環境の中で生きている人が、たくさんいるということを今更ながら知った次第です。

27歳の80億円

例のみずほ証券の誤発注事件を今更ながら取り上げます。記録として残しておきたいからです。

25歳の若い証券マンが、人材派遣会社「ジェイコム」株を「1株を61万円」で売るところを、間違って「61万株を1円」で発注し、約400億円の損害を齎したというあの事件です。

なんで損害が約400億円で済んだのかというと、まず、1円で株売買取引は成立せず、「ストップ安」で、約57万円の値が付いたようです。みずほ証券は誤りに気づいて、躍起になって買い戻しましたが、約9万株が、買い戻すことができず、約90万円で取引が成立したようです。要するに、みずほは、90万円ー57万円×9万株=297億円。それやこれやで、約400億円の穴があいたということでしょう。

その間、わずか13分間の出来事だったそうです。

この際に、千葉県市川市に住む27歳の青年が、7100株を取得し、20億円以上の利益を得ていたというのです。20億円の莫大な利益で驚いていたら、何と、彼は、このために34億円の自己資金を投じていたというのです。

何でそんなにお金を持っているのでしょう?

やっと北海道でも発売された「週刊新潮」の記事によると、彼は今年1年だけで、株取引で他に60億円もの利益を出しており、「お金の使い方もよく分からないし、今特に欲しいものはない」と、この青年は話しているそうです。

週刊誌ですから、27歳の「無職男」とか、「ボロ儲け」とか、「大豪邸住まい」とか、綺麗な言葉は使っていませんが、彼はれっきとしたデイトレーダーであり、大変なリスクをかけてリターンを得て税金も払っているとしたら、そこまで非難されるべきものではないとは思いますが、私のような株の素人でも、大変な時代になったという実感があります。

彼が株を始めたのは、1999年頃で、元手は100万円。それがー。

2001年初 300万円
2001年末 6000万円
2002年末  1億円
2003年末  3億円
2004年末  10億円
2005年末  80億円

もう、すごいの一言です。この数字を見て、我も我もと株を始める人が増えることでしょう。まさしく、バブル経済の再現です。

しかし、バブルは必ず弾けます。私は、来年の夏あたりかなと思っているのですが、人伝に聞いたりしただけで、私自身が経済的強固な根拠を持っているわけではありません。初めて私のブログを読んでくださった方は、悪しからず。

外国語と日本語

「バーゲン」とか「コンピューター」などはもちろん、外来語です。「掘り出し物」とか「電子計算機」と書くより、もう外来語の方が響きがいいというか、変な意味で日本語のニュアンスをうまく伝えています。

これらの言葉は、もともと日本になかったのか、あったとしても、概念として発達しなかったから日本語として定着しなかったのでしょう。最近のコンピューター用語は、例えば「ダウンロード」や「インストール」にしてもほとんどカタカナですからね。

同じように、というより、全く正反対に日本語がそのまま「外来語」になった言葉もあります。「寿司」「てんぷら」などはもともと日本にしかないから、当然でしょうが、 TUNAMI(津波)などはもう立派な国際語になっています。

KAROUSI(過労死)も「外来語」としてOEDに載っています。英国に過労死の概念がなかったわけではないでしょうが、日本ほど当該件数が少なかったから言葉として定着しなかったのでしょうか。日本にとっては不名誉な言葉ですが…。

言葉って面白いですね。

新型インフルエンザ

私事ながら、昨年、インフルエンザの予防接種をしながら、インフルエンザに罹り、一週間も寝込んでしまいました。どうやら、インフルエンザにはA型だのB型だの3種類あって、おそらく、私が受けたワクチンとは違う種類のインフルエンザに罹ったらしいのです。

まるで、丁半博打みたいですね。

しかし、新型のインフルエンザに関しては、もう冗談は通じません。世界保健機関(WHO)も「Pandemic」(大流行)といって、警戒を強めています。

新型インフルエンザというのは、高病原性鳥インフルエンザのH5N1と呼ばれるウイルスがその一つで、鳥から鳥へ感染していたものが、変異して、鳥からヒトへ感染し、ついにヒトからヒトへ感染したものを指すらしいのです。

全く素人が書くものなので、詳細というか真相を知りたい方は自分でお調べになった方がいいのですが、この新型インフルエンザが、1918年のスペイン風邪(全世界で4000万人が死亡)や1968年の香港カゼのように、世界的に大流行すれば、日本では、2500万人が感染し、そのうち200万人が入院し、60万人から70万人の犠牲者が出ると予想されています。

とんでもない数字ですね。専門家は「一刻も早い対策を」と警鐘を鳴らしていますが、一般の人にはさほど危機感を感じていないようです。

予防策は、まず罹らないことなのですが、流行してもワクチンがなく、せいぜい、ワクチンができるまで半年は掛かるという話ですから、防ぎようもありません。半年も経てば夏になって、流行も終わっていることでしょう。とにかく、ウイルスにとって、乾燥した冬場が勝負なのですから。

皆さん、気をつけましょう。
この冬を乗り切って、生き延びましょう。