ふるさと銀河線

「ふるさと銀河線」何とロマンティックな名前なんでしょう。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」を連想させてくれます。
でも「ふるさと銀河線」は童話の世界ではありません。北海道の北見市と池田市を結ぶ営業140キロ、駅数が33ある、いわゆる第3セクターの鉄道で、正式名称は「北海道ちほく高原鉄道株式会社」。社長は、神田孝次北見市長が「兼務」しています。(この「兼務」が後から需要な意味を持ってきます)

その「ふるさと銀河線」が来年3月いっぱいで廃線が決まりました。理由は簡単明瞭。累積赤字です。今年度も経常損失が3億3千万円以上が見込まれています。1990年に年間約103万人いた利用者もこの年をピークに坂道から転がり落ちるように減少し、今年度はその半分以下の45万人しか利用しなかったようです。沿線人口の減少と自家用車利用の増加が最大の原因です。

資本主義の原理からいえば、廃線も仕方がないのかもしれません。でも、悲しい話です。絶滅稀種と同じで一度廃止されれば、二度と復活することはないでしょう。「ふるさと銀河線」の存廃問題については、2年も前から沿線自治体の首長ら関係者による協議会を北見市内のホテルで12回も開催して話し合ってきました。沿線住民も傍聴人として参加してきました。

この問題について深く取材してきた地元十勝新聞社の岩城由彦記者は「会場にはいつも、黒塗りの公用車が並ぶ。存続を願う住民が運賃収入に貢献しようと、仕事などの都合をつけながら『1駅でも2駅でも』と列車に揺られて傍聴に通ったのと対照的だった」と皮肉っています。さらに、経営コンサルタントの「会社経営が、首長の仕事の片手間でできるわけがない」というコメントを引き出して、怒りさえ滲ませています。

私も「ふるさと銀河線」には2度、乗ったことがあります。わずか1両の単線で、平日の昼間ということで、私以外の乗客は一人しかいませんでした。仕事で利用したので、のどかな旅情を味わうことはできませんでしたが、窓外の景色を眺めながら、何となく心が洗われる気分を感じることができました。

それにしても傍観者は無力です。廃線となる来年3月には、全国の鉄道マニアが駆けつけて「廃止するにはもったいない」と声を上げている姿が想像できます。傍観者は無責任でもあるのです。

ボツにされた原稿

以下は、先日、ボツになった原稿です。「何故こんなものが…」と思われる方もいらっしゃるのではないかと思い、掲載することにしました。これが、取材も執筆も編集も発表の場も「自己責任」で行えるブログの特典かもしれません。

◎自動車の燃費向上機器を発明
=帯広大谷短大生の財田直哉さん=
北海道帯広市に住む短大生が、自動車の燃費を向上させる機器を発明して、特許を申請。インターネットでも販売を始めたところ全国から問い合わせが殺到している。
この学生は、帯広大谷短期大学二年生の財田直哉(たからだ・なおや)さん(二〇)。 大学での専攻は「日本語日本文学科」で、全く専門外だが、中学時代からパソコンに熱中し、学生企業家としてホームページなどを製作するパソコンスクールを自宅で開業。機械いじりが得意で三月に卒業後はそのまま企業家として独立する。図書館に通い詰めて燃費向上機器を独学で開発した財田さんは「これほど全国から問い合わせがあるとは思わなかった。環境にもやさしく、燃費代が節約できます」と話している。
財田さんが開発した機器は「メガコンパクト」と命名された。縦5㌢、横7・5㌢、厚さ3㌢のプラスチックのケースにコンデンサー、ヒューズなどが入っている。運転席のたばこ用電源ソケットにプラグを差し込むだけで機器が作動するため、機械が苦手な女性や年配の人にも簡単に装着できる。
この機器を接続するとコンデンサーで蓄電されて電流が増幅され、安定的な電気の供給が可能になる。アクセルを踏んだり、エアコンや音響機器を使用したりする際もバッテリーへの負担が軽く済み、燃費の向上につながる。財田さん自身が高速道路で同じスピードと距離で実験したところ、ガソリン1㍑当たり10㌔だった走行距離が12㌔に向上したという。「僕自身は年間、2万㌔くらい走行しますが、ガソリン代が年間3万円以上浮きました。二酸化炭素などの排出も減少し、環境にもやさしい」と財田さん。当初はエンジンルームのバッテリーに直接接続する機器を開発したが、「プラスとマイナスを間違えてしまう。機械を触るのが怖い」という要望に応え、今年一月に新製品として開発に成功した。
バッテリーに直接接続する類似品は、1万円から2万円で市販されているが、簡単に取り付けられる「メガコンパクト」は3980円から発売。財田さんの手作りで年間約1万個の製作を目標としている。
問い合わせは、帯広市の雑貨店「タジーマジー」 フリーダイヤル0120-241332。http://www.rakuten.co.jp/tussie-mussie/ (了)

アメリカ追随の不思議

日頃から、日本は何故、アメリカの植民地のように、米国に右へ倣えしているのかと感じています。「それは当たり前でしょう。日米安保条約のおかげで、日本はアメリカの核の傘の下で戦後、ぬくぬくと繁栄できたのですから」と多くの方は指摘されることでしょう。まあ、それは一理あります。でも、最近はあまりにも露骨なことが多すぎるので、子供のように何度も疑問を提示したくなるのです。「戦後60年も経つのに、何で日本は、アメリカの言うことばかり聞いて、アメリカの真似ばかりしなければならないのか」

例えば、郵政民営化。これは、郵便や宅急便の配達事業の問題ではなくて、低金利のおかげで集まった郵便貯金と簡易保険の合わせて350兆円という莫大な日本人庶民のなけなしのお金を、「規制緩和」して、貯金なんてしないアメリカ人が目を付けたということではないだろうか。ハゲタカファンドが欲しくて欲しくて堪らなくて、日本政府に圧力をかけているという図式なのでしょう。

一体、誰がシナリオを書いているのかなあ、と思ったら、ちゃんとインターネットでそのシナリオは公開されていたのですね。それは「年次改革要望書」と呼ばれ、在日米国大使館の公式サイト(http://japan.usembassy.gov)に日本語でも掲載されています。
ノンフィクション作家の関岡英之氏に教えられました。関岡氏によると、米国の要求事項は、日本の担当省庁に振り分けて検討され、審議会にかけられ、関連法や制度が改正され、着実に実現されてきたというのです。
最近、最高経営責任者(CEO)や法科大学院といった米国のモデルがグローバルスタンダードの名の下で日本中に跋扈しているのも、このシナリオが遠因しているようです。
ご興味のある方は、在日米国大使館の公式サイトを覗いてみてください。参考文献は、関岡英之著「拒否できない日本」(文春新書)。 

されどNHK

今日、3月22日は、NHKが(ラジオ)放送を始めて、ちょうど80周年だそうです。
そんなおめでたい年なのに、皮肉にも、昨年来の職員の不祥事で、大規模な受信料不払い運動に発展し、今のNHKは恐らく創業以来最大のピンチと言っていいでしょう。
海老ジョンイルを引き継いで新しくNHKの会長になった橋本元一さんは、小生、その昔、NHKの記者クラブに詰めていた頃、衛星放送の仕組みなどについて事細かく教授してもらい、大変お世話になった人なので、「頑張ってほしい」と陰では応援をしているのですが、何せ、技術畑出身の人なので、会長のような政治的な、俗人的な、野蛮的な、人間の欲望がとぐろを巻いているような重職には、絶対に向かない人で、何であの橋元(はしげん)さん(皆そう、親しみを込めて言ってました)が、会長なんかになってしまったのだろうか、と今でも不思議でしょうがありません。
と、書くのは今日の趣旨ではありませんでした。
私は正直、あまりテレビを見ません。むしろ、ラジオ党と言っていいでしょう。音楽好きというのが、1つの理由ですが、ラジオは、何かしながら、できるからです。食事をしながら、体操をしながら、勉強しながら…。そういえば、昔は「ながら族」と言われたことがあります。(これは死語?)とにかく、テレビだど、画面を見なければならず、思考もストップしがちで、想像力も退化する気がします。何にしろ、面白くなければテレビではないらしいので、ついつい見てしまいます。そして、後からすごい後悔が押し寄せてきます。「時間を奪われてしまった!」モモの心境です。
今日、ラジオで面白い話を耳にしました。NHKの80周年記念の特集の中で、ゲストに脚本家の早坂暁さんが登場しました。彼はこんなことを言うのです。
「今はやりの『オレオレ詐欺』なんか、ラジオを聴いて、しっかり耳の訓練をしていれば騙されないはずです。恐らく犯人は、刑事役にしろ、テレビドラマの口調を真似たと思います。それは、無駄な言葉が一切ない。しかし、本物の刑事は、台詞を読むように無駄な言葉がないような話し方はしないはずです。むしろ、無駄だらけです。『ところで、あの件はどうだったでしょうかねえ』といった感じで、本筋には全く関係ない話を急にしたりします。余分な無駄のない話に騙されるということは、やはりテレビの影響ではないでしょうか」
そこで早坂さんは、ラジオドラマの復権を主張するのです。
私は、さすが、鋭い点を衝くなあと感心しました。

地震

「おやおや、またですかああ!」といった感じです。
3月20日午前10時53分頃、福岡・佐賀で震度6弱の大地震がありました。
九州北部の地震は1898年の糸島地震(マグニチュード6・0)以来107年ぶりとのことですが、今回のようなマグニチュード7・0の規模となると、1700年以来305年ぶり、らしいのです。これはこれは大変な事件です。これだけの年月が経てば、地震に対する備えも免疫も殆どなかったことでしょう。建物が紙くずのように崩壊している写真を見て、改めて胸を痛めた次第です。
実は、渓流斎の遠い祖先は久留米出身のため、福岡、佐賀には沢山の親戚が住んでおります。大変心配でしたが、どうやら大過なく、無事のようでした。
寺田寅彦先生の「天災は忘れた頃にやってくる」というのはあまりにも有名な言葉ですが、これでは、「天災は忘れなくてもすぐやってくる」ではないですか!
ある地震学者が、日本列島は豆腐のような柔らかい土壌に乗っかっており、そこに大きな地震が来ればひとたまりも無い」とおっしゃっておりましたが、本当に、杞憂どころか、憂いても憂い過ぎることはないと言うべきです。大都会・東京に地震が来たら本当にどんなパニックが起きるのか、想像するだに恐ろしい。
ところで、1945年3月10日の東京大空襲で約10万人の無辜の民が犠牲になったことをご存知でしょうか。「紙と木で出来た日本の玩具ののような家屋を破壊するには、爆弾などいらぬ」と焼夷弾で東京の東京の下町を火の海にする計画を策略起草し、実行したのが、米空軍のカーティス・E・ルメイ将軍です。作家の深田祐介氏は「ルメイは東京大空襲で十万、広島原爆投下で二十万、長崎で八万と、全国各都市を含め四十万以上の民間人を殺害しているのだから、もし日本が勝っていたら、間違いなく戦犯として絞首刑になった人物である」と断定しています。(月刊「文芸春秋」2月号)

まさに、鬼畜米英。アメリカ憎し、といった感情がここ数週間、吾人の頭の中を占拠していたのですが、今日始めて、1923年の関東大震災の際に、アメリカ人が現在のレートに換算すると実に400億円もの義援金を日本に送ってくれた、という歴史的事実を知り、当然のことながら、アメリカ人の中には、本当に心優しい人もいたんだ、ということを改めて認識したのです。
人を人として理解するのは本当に難しい。

「鍋よし」の「鳥たたき鍋」

今晩は、毎日新聞の立松記者と十勝毎日新聞の児玉記者の送別会が帯広市大通り南16条の「鍋よし」でありました。
十勝毎日新聞社の小野寺編集局次長、近藤政経部長、北海道新聞社の鬼頭記者、HTBの加藤カメラマン、帯広市役所の武田企画部次長ら35人が参加し、和気藹々、皆満足、満腹で散会致しました。「鍋よし」の「鳥たたき鍋」はお奨めです。こんな美味しい鍋は北海道でしか食べられません。(了)

辛い時間など取るに足りぬ

1990年8月、米サウスダコタ州で、恐竜ティラノサウルス「スー」の化石を発見したスーザン・ヘンドリクセンさん(55)の言葉。

「スーは6500万年も地中に眠っていた。短い人生の、さらにその中の辛い時間など取るに足らない」(出典は3月16日付朝日新聞「ひと」欄)。

目下、逆境にいてその生活を楽しんでいる小生にとって、この言葉は後ろからいきなりハンマーでガツンと殴られたように衝撃的でしたね。この女性冒険家スーザンさん。もちろん、発見者として永久に「スー」の名前は語り継がれることでしょうが、その生涯も凄まじい。何と、50歳まで定まった家を持たず、発掘現場のテントやボートで暮らしていたということです。世紀の発見は決して偶然ではなかったのですね。納得しました。
ところで人類の文明が始まってたかが1万年。人間は、どれくらい賢くなったことでしょうか?
我田引水、自画自賛、牽強付会…。そんなことばかりではないでしょうか。周囲を見渡して御覧なさい。常識など、時、場所、雰囲気によってコロコロ変わる。共同幻想とも言うべき社会通念しかないことが分かるはずです。

本番ですか?

生まれて初めてブログに挑戦してみました。
基礎知識、予備知識、必要知識、全くなし。危うい船出となりますが、とにかく出発進行!
どこまで続くかわかりませんが、とりあえずヨチヨチ歩きから始めてみます。
乞うご期待!

ちなみにタイトルは、日本人最初の宇宙飛行士で元TBSディレクターの秋山豊寛氏が、1989年、宇宙船「ソユーズ」に乗船して、地球と交信した時の第一声でした。
残念!