パリ燃ゆ


 パリは今、非常事態宣言が引かれています。

本当に時代が変わったと認識します。人間の行動を認識と結びつけて分析する心理学の中に、行動認知学があります。

皆が皆、「世界が変わった」「報復と憎しみの連鎖で永久に戦争はなくならない」と認識すれば、世界はそういう世の中になるでしょう。

そんなとき、今朝の新聞に13日(金)のあのパリでの同時多発テロで、妻を亡くした仏人ジャーナリスト、アントワーヌ・レリスさん(34)が、テロリストに向かって、自分のサイトに「君たちに憎しみという贈り物はない」という文章を綴っています。

御興味のある方は、読んでみて下さい。検索すれば、出てくるでしょう。

チャーリー・シーン

17日の米テレビインタビューでの、チャーリー・シーンの告白には驚きましたね。
まさに、桁違いですよ。

ゴシップ好きのあなたには、説明はいらないでしょうが(笑)。

こんにちは ゴーストライターのミカエルです。渓流斎さんはいまだに行方不明です。だから代わりにミカエルが書いています。ミカエルて、誰でしょうか?

ヒントは漢字です。

渓流斎さんは昨日、御尊父の没後10年の命日ということで、某県某市にある霊園に一人で行かれたそうです。が、運悪く、その日は霊園事務所が休みで、中の売店も休みでした。これでは何の意味もない、とうことで、またバスで最寄り駅に戻って花を買って来て、再挑戦したそうです。

渓流斎さんの今年の運勢は、あまりよくないようですね。

そういえば、京都にお住まいの京洛先生の奥方様も確か、10回忌(そういう仏事はないでしょうけど)だったはずです。

10年なんて、あっという間に過ぎてしまいます。

「一日一日をしっかり生きていくことが、大切。健康第一ですよ」と渓流斎さんはおっしゃっておりました。

パリ 同時テロ

またまた、世の中が物騒になってきました。13日金曜日にパリで起きた同時テロのことです。

まだ、詳細については明らかになっていませんが、恐らくISグループの犯行で、死者は130人以上というフランス史上最大のテロ事件でしょう。今年、2015年は、「シャルリ・エブド」事件で始まり、フランスにとっては「厄年」かもしれません。

事件の背景や動機については、専門家が予測している通りかもしれません。オランド大統領も観戦していたサッカー場まで、爆発事件があったとは驚きでした。インサイダー情報をもっているということでしょう。

ただ、事件の起きたのが大国フランスだったため、日本のメディアでも大々的に報道されましたが、いまだに、パレスチナやイラク、アフガニスタンなどではテロ事件が頻発しています。そして、こちらは日本ではあまり報道されません。

しかし、これから、日本でもテロが発生しないとは限らないでしょう。

一市民の自分は、問題があまりにも複雑過ぎて、いい解決策が見つかりません。

コスタリカから帰国して、あらゆるところに監視カメラが設置されている日本をみて、ジョージ・オーウェル的な管理社会になったものだと吃驚しましたが、いずれにせよ、住みにくい世の中になったものだと嘆息するしかありません。

荷風散人

私の名前はミカエル。ゴーストライターです。

噂によりますと、渓流斎さんは今、コスタリカ辺りに住んでいるそうです。ガサネタかもしれませんが。

先日、日本で渓流斎さんに会ったという忍びのお銀こと御徒町銀に話を聞いたところ、何と東京の御茶ノ水で会ったそうです。

「この街も随分変わったなあ」と渓流斎さんは言ったそうです。何と、駅前の一等地の殆どが「処方箋」の薬局になっていたそうです。近くに順天堂大病院や東京医科歯科大病院などがひしめいているので、需要と供給のバランスでそうなったのでしょう。

しかし、と渓流斎さん。薬局の前は何屋さんだったか、覚えがないと言うのです。ファストフード店か、喫茶店か、それとも楽器屋さんだったか…。

それにしても、東京は今、変貌つつあります。勿論、2020年の東京オリンピックの影響でしょう。銀座も変わりつつあります。旭屋書店などが入っていた東芝ビルの跡地も、何か、けったいな商業ビルが完成しつつあります。

松坂屋のあった広大な敷地にも何やらの商業ビルを建設してます。

前回の東京オリンピックで、日本橋の真上に高速道路を造るような無粋なことは、今回やめてほしいですが、どうなることやら。

変貌する東京を見ていると、やたらと永井荷風を読みたくなります。荷風散人は、江戸情緒を求めて東京を彷徨いますが、関東大震災が起きる前の大正の始めでさえ、すっかり変貌していたようですね。

荷風散人は、同時代に背を向けて、面影と幻影を探し求めていたように見えます。

こんにちは

ここは何処?私は誰?

何処の誰かは知らないけれど、誰もが皆知っている、不思議な人、渓流斎さんは何処に行ってしまったのでしょうか?

もしかしたら、待望論から、渓流斎の名を騙って、このブログを始めたのかも知れません。

その噂の真相は如何に?

またもや無差別殺人事件

 

犯人の菅野昭一という名の男は、33歳にもなるというのに、「親に仕事のことで相談したら、乗ってくれなかったから。無差別に人を殺したいと思って包丁を買った」と供述しているらしいのですが、唖然としてしまいます。彼は、大人になるための通過儀礼も経ず、希望も挫折もなく、ただ単に年だけ重ねただけなのかもしれません。殺された22歳の書店店員アルバイトの斎木愛さんの方が浮かばれません。ご両親、友人はさぞ無念でしょう。

 

この間の秋葉原連続殺傷事件の加藤容疑者といい、何か、このごろの日本人はおかしいですね。

 

非常に幼稚で、短絡的で、すぐ人に責任を転嫁する。昔の殺人者は、救いようのない貧困とか怨恨とか、それなりの重い動機を抱えていたのに、最近では、「周りから相手にされなかったから」とか全く意味不明の、本人も分からないような衝動的な動機が多く、「誰でもよかった」というのが特徴的です。

 

こういう人たちだけでなく、現代人は、自分自身を大切にしていないから、こういう発想になるのではないでしょうか。自分自身を労わらなければ、そして、かけがいのない生命を認識しなければ、他の人のことも尊重できないのではないでしょうか。

 

世間が悪いとか、教育が悪いとか、こういう子供たちを育てた大人が悪いというのは簡単です。今からでも遅くはない。一人一人が、憎悪や怨嗟から解き放たれた世界を築いていかなければならないと思います。ちょっと抽象的な言い方ですが、これから私もこのブログを通して、少しずつ書いていきたいと思っています。

責任者出て来い!

この頃の天気予報がおかしい。
もっと、あからさまに書くことを許して頂けるなら、「全く当たらない」。

ひどい時には、「曇り時々、晴れ。ところによっては雨」なんて予報する。

何これ?こんなの予報になってないじゃん。素人の私にだってできる。

責任者を呼べ!という感じなのですが、結局、天気でさえ、ヒトは予報できないということなんでしょうか。気まぐれな雨雲さんが、雨を降らせるわけですから、そんな自然現象を人間が予想できるわけがないーということなのでしょうか。

まあ、自然現象なら分かるのですが、人為的なことでも誰も責任を取らなくていいという判決が18日にありましたね。これにはひどく憤慨しました。1998年に破綻した旧日本長期信用銀行の元頭取・大野木克信被告らが、最高裁で逆転無罪となったあの「事件」のことです。

経済評論家の中には「大野木さんは、最後の貧乏クジを引いただけで、スケープゴートになったから、かわいそう。不良債権処理の先送りを黙認した旧大蔵省幹部が悪い」と言う人がいましたが、結局、一体誰が責任を取るというのですか?

旧長銀には「国民の血税」と言った方がいい公的資金を約7兆8千億円も投入し、このうち約3兆6千億円も回収できていないんでしょう?それなのに、ハゲタカ・ファンドにダンピングで買い叩かれ、歴代の頭取の中には9000万円とか1億数千万円とか噂される超高額の退職金をもらってトンズラしたというのでしょう?

経済評論家も天気予報以上に当たらない経済空論を振り回す前に、ちゃんと、この事件を総括して庶民に分かりやすく説明する義務があるんじゃないでしょうか?
日本の庶民も、子羊のように大人しく黙っていては駄目だと思います。

渓流斎を囲む会を強行しました

 北大塚「串駒」

 

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昨晩は、「渓流斎を囲む会」を東京・北大塚の著名居酒屋「串駒」で強行しました。

 

出席者は、今西さん、後藤さん、松岡さん、斎藤さん、真壁さん、刀根さん、山田さん、田代さん、吉澤さん、村上さん、そして私の11人。当初、来られる予定の人が来なかったり、意外な人がお見えになったりしましたが、とても私のブログを一度も覗いたこともなさそうな人もいらっしゃって、やっぱり単なる暑気払いになりました(笑)。

 

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もちろん、調布先生も率先して来てくださいました。上記の中の誰かです。結局、調布先生がかなりの人を動員してくださったので、渓流斎の会というより、調布先生の快気祝いということになりました。この店が「発掘」した銘酒「十四代」を堪能することができました。さつま揚げやたたみいわしも美味しかったです。

 

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これだけの人が集まったので、談論風発。とにかく楽しかったことだけしか覚えていません。やはり、どうやってお家に帰ったのか、覚えていません(笑)

 

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谷崎潤一郎や三島由紀夫らとかなり深い交流をしたドナルド・キーンさんは、「日記を書く習慣がなかったので、彼らとどんな話をしたのか忘れてしまいました。書き留めていたら、貴重な文学史的な価値があったかもしれないと思うと、悔やんでも悔やみきれません」と本人から直接聞いたことがあります。

 

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そうなんですよ。やっぱり、記録として残しておかなければ!一期一会の貴重な会合でしたからね。

 

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とはいえ、あんまり覚えていないんですね(笑)

 

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声の大きい国営放送の主任研究委員が、盛んに映画の「クライマーズ・ハイ」がとても面白かったと叫んでいました。

 

調布先生は、女性陣に向かって、「トイレ掃除のバイトをしないさい」と盛んに説法していました。「家政婦が見た」と同じで、人はトイレに入ると安心して、会社や人の悪口などの本音がボコボコ出てくるので、こんな貴重な情報ソースはない、と断言されるのです。

 

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これを受けて、作家のAさんは「○○○○(某大手新聞記者)は、国会のトイレの個室にじっと閉じこもって、政治家先生の話を盗み聞きして、記事を書いていたんですよ」とおっしゃるではありませんか。なるほど、一理ある話だったんですね。

 

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情報通のAさんは、私がその昔むかしに通っていた北大塚にある予備校の「武蔵」は、その裏手にある十文字学園の理事長が開校した学校で、真如苑の信者だったため、廃校後、その跡地に真如苑の大塚支部ができたというのです。

 

これで、謎が解けました。

 

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宗教学者の島田裕巳氏は「日本の10大新宗教」の中で、真如苑を取り上げています。

 

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1980年代に沢口靖子ら美人女優の入信で注目を浴び、最近では、運慶作とみられる「大日如来坐像」を約13億円で競売で落札して再び脚光を浴びている真如苑は、真言密教系で、意外と古くからあるのです。立川飛行機に勤務していた伊藤真乗が昭和六年に宗教家として専念したのが始まりなのだそうです。

 

今では信者は九十万人を抱え、創価学会、立正佼成会に次ぐ第三位の教団だといいいます。立川の施設を訪れた島田氏は「まるで病院や大学のキャンパスのような印象だ」とまで書いています。

 

 確かに、この大塚の支部も、外からでは曇ガラスに遮られて何も見えず、宗教施設というより病院か学校のように見えました。

 

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 鮨屋「高勢」

 

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会が始まる前に、時間があったので、この間行った大塚の「三業地帯」を徘徊してきました。

 

政治家先生の皆さんの御用達の鮨屋「高勢」や料亭「浅元」などを記録に収めてきました。

 

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もちろん、中に入りたくても、そういうご身分ではないので、入れませんでした。

芥川賞で初めて外国人が受賞したことについて

 

何しろ、日本語を母国語にしない外国人の受賞は、芥川賞73年の歴史で初めてだからです。

 

確かにすごいことはすごいですが、チェコ人のミラン・クンデラがフランス語で「存在の耐えられない軽さ L’Insoutenable legerete de l’Etre」をフランス語で書いていますし、ロシア出身のウラジーミル・ナボコフもケンブリッジで学び、ロリコンの原典になった「ロリータ」を英語で執筆していますので、世界史的な大事件ではないかもしれませんね。

 

そういえば、万葉集の歌人山上億良も、日本人ではなく百済の帰化人だったという説(中西進氏ら)もあります。もしこの説が正しければ、こちらの方が画期的でしょう。

私は、以前、仕事関係もあり、芥川賞・直木賞といえば、毎回必ず事前に読んでおりました。

しかし、正直、ここ10年、ほとんど(全くではありませんが)読んでいません。一番大きい理由は、「スパイ・ゾルゲ」を撮って”引退”した映画監督の篠田正浩さんが、雑誌のインタビューで「私は、小説は読みません。個人の妄想に付き合っている暇はありませんから」という文言を読んでしまったからです。

その通りだなあ。他人の妄想(たとえ、知的とはいえ)に付き合っているほど、人生は長くないなあ、と確信してしまったのです。

以後、ノンフィクションに転向して、できる限り、読むとしたら、ノンフィクションばかり読むようになったのです。

もう芥川賞といっても、主催者の「売らんかな」商魂が見え見えで、「え?何でこんなのがあ・・・!?」というのが受賞しているので、とても読むに耐えられない(軽さ)なのです。正直、前回の受賞作も、途中で嫌になって、投げ出してしまいました。

でも、今回は久しぶりに読んでみようかなあ、と思いました。天安門事件を扱っていて、選考委員の高樹のぶ子さんが「政治的事件に関わった中国人男性の20年に及ぶ個人史で、私たち日本人の多くはこうした20年を過していない」と発言しているからです。

恐らく、この小説は、中国で出版すれば、発禁処分になっていたことでしょう。そういう意味でも興味があります。

ややこしい竹島問題にはあまり触れたくないのですが…

  韓国との間で領有権問題でもつれている竹島(韓国名・独島)が再び騒がしくなりました。

なぜ、今この時期になって、再燃したのかと思ったら、今年は約10年に一度の中学校の学習指導要領の改定の年だからなんですね。今回初めて、先生のアンチョコ本、いやいや学習指導要領解説書に「竹島は日本固有の領土」と間接的に明記されることになり、韓国では逸早く、恐らく普通の日本人以上に速くこのニュースをキャッチして、抗議運動や駐日韓国大使の召還などに踏み切りました。

間接的明記というのも変な日本語ですが、それは同島を実効支配している韓国に配慮したためなのだそうです。今回初めてということは、日本人はこれまで、教科書で「竹島は日本の固有領土」ということを習ってこなかった、と認めたことになります。

同解説書には「北方領土は我が国固有の領土」と明記してから「我が国と韓国の間に竹島をめぐって主張に相違があることなどにも触れ、北方領土と同様に我が国の領土・領域について理解を深めさせることも必要である」と、恐る恐る書いています。「先生方の皆さん、教科書会社の皆さん、あとは任せたからよろしく」と読めないことはありません。

現在、竹島を取り上げている日本の教科書は、地理が6冊中1冊。公民が8冊中3冊。この解説書のおかげで、早くも来年度のすべての教科書に竹島のことを取り上げられるという報道もありました。韓国の教科書には既に何十年も昔から「独島は韓国の固有の領土」と明記されているので、韓国国民は、自明の理としています。

竹島は日比谷公園とほぼ同じ広さ(0・21平方キロメートル)の岩だらけの小さな島で、とても人間が住めないのですが、近辺には魚など天然資源が豊富で、面子とナショナリズムの問題もあり、まず、両国の間だけでの問題解決は不可能でしょうね。日本は国際司法裁判所(ICJ)に提訴に同意するよう韓国に求めても、拒否しているので、このまま睨み合いが続くことでしょう。そもそも、ICJに提訴しても、その判事の構成員によっては判決は怪しいものになります。

韓国国内では、日本の国旗を焼いたり、日本大使館に卵を投げつけたりして抗議運動は尋常ではありませんが、米国産牛肉輸入問題などで、支持率が大幅に低迷している李明博大統領による、国内の不満をそらすためのスケープゴートだという見方をする識者もいます。

私自身の意見は、日本人ですから、その立場で、「竹島は日本固有の領土」を教科書に盛り込むことは賛成です。

しかし、福田首相の「お互いの立場はある。しかし、立場は乗り越えて、理解も深めていくということは必要ではないか」いう発言は、日本語としてよく分かりませんね。政治的回避でしょうが。

14日に、丸谷才一氏が「本居宣長より偉い最高の日本語学者」と評価する大野晋氏が亡くなりました。大野氏だったら、どういう風に日本語で表現するか聞きたかったですね。