物はいらない

音更町鈴蘭公園

 

事情があって、目下、身辺整理をしております。すると、もうあまり使わなくなった不用の物が出てくるわ、出てくるわ…。

 

「これはお金になる」と喜び勇んで、リサイクルショップに持ち込んだのが、ゴルフクラブとシューズ。もう20年前の代物だが、当時、16万円はしたはずだし、「しめしめ3千円也かな」と皮算用。あとは、一万円で買った絨毯と、あとはノーブランドのバッグと傘3本。すべて合わせて7千円!と踏んでみました。

 

「これで美味しい中華料理のフルコースでも食べよう」とワクワクしながら、待つこと30分。そう、この店にはひっきりなしにお客さんが物を売りに来るので、売る人が長蛇の列を作っていました。

 

あと、今回初めて知ったのですが、PSEマークという経済産業省が管理しているマークがあって、このマークがないと、来月4月1日から中古の家電製品などを売ったり買ったりできなくなるそうです。PSEは、Product Safety, Electrical Appliance and Materials の略。もう3年前から施行されているようですが、私は地元の十勝毎日新聞に載っていた記事で初めて知りました。知らなかったのは私だけではなく、あるリサイクルショップのオーナーでさえ、「そんな法律は知らなかった。ウチにあるものはすべてガラクタになってしまう」という嘆かわしいコメントが載っていました。

 

さて、先程の話の続きです。取らぬ狸の皮算用とは、よく言ったもので、結局、何1つも引き取ってもらえませんでした。

 

結局、後生大事に持っていたものは、ゴミだったと分かったのです。大笑いです。

 

今のご時世ですから、後日こちらかお金を払って、引き取ってもらうしかありません!

 

今日の経験で得た教訓ー。

 

1、物は買った瞬間、金銭的価値はゼロになる。(物の価値は精神的なものだったのです)

 

2、過去にしばられてはいけない。すぐ手放さなければならない。

 

3、物はいらない。

 

以上

天からのメッセージ

一昨日、このブログに書いた東京に住む友人の話の続きです。

彼は、夫婦喧嘩した夜、悶々として眠られず、気も錯乱状態になったということを書きました。

そして、寝床に入って半仮睡状態の時に、どこからか彼の所にメッセージが届きました。

「流れにまかせなさい」
「えっ?」と彼が聞き返すと、再び、「流れにまかせなさい」というメッセージが降りてきたというのです。

ここまでは一昨日書いた通りです。

彼は、このメッセージは単なる偶然か錯覚だと思ったそうです。

しかし、翌日も、同じように半仮睡状態の時に、メッセージが降りてきました。

それは、「嵐は過ぎ去る」というものでした。
彼は、このメッセージを聞いて安心して眠りに陥りました。

それでも、朝起きて、やはり、あれは偶然か錯覚だと思ったそうです。

しかし、その夜もまた、同じようなメッセージが降りてきました。

それは、「もう苦しまなくていいよ」でした。

これで、もう3日連続です。
ついに彼も、メッセージが偶然か錯覚だとは思わなくなりました。

苦しんで苦しんでもがいている時に、降って湧いてきたメッセージです。
彼は、「誰が何と言おうと、科学で証明できなくても、実在した本物」だと、私に真顔で話してくれました。

レット・イット・ビー

「夫婦喧嘩は犬も喰わぬ」とよく言われますが、東京に住む友人から「離婚問題」の相談を受けました。

彼らはもう20年以上結婚しているので、いわゆる「熟年離婚」の部類でしょう。

彼は、昨年、父親を亡くしました。父親は、その数年前から体調がおかしくなり、半年前にはついに寝たきりになり、入院して2ヶ月して帰らぬ人になったそうです。

自分の父親がおかしくなったことと並行して、妻との関係もおかしくなったそうです。

20年前に子供が小さかった時、「あなたは育児を少しも手伝わなかった」とか、「舅と姑にいびられた」とか、「兄嫁は裏と表があって、本当にひどい人だ」とか、そういった類の悪口ばかりを散々聞かされたというのです。

友人は、本当に頭を抱えてしまいました。夫婦関係も冷え切っていたし、このまま別れたらどんなにか楽か、と思ったそうです。

ただ、彼が気になるのは、大学の薬学部に進学してお金がかかる長女と大学受験を控えた高校生の次女のことでした。

それでも、妻は、益々、怒りを募らせます。「実家から香典を3万円も送ったのに、電話が1本もない。香典返しは送ってきたが、印刷状だけで、肉筆の『一言』が何も書いていない。あまりにも事務的過ぎるのではないか」と詰め寄ってきたそうです。

彼はその晩、悶々として眠れなかったそうです。

離婚の確率は五分五分だなあ、という思いが押し寄せてきました。

その時、不思議なメッセージが頭に過ぎりました。

「流れに任せなさい」

神の声かと思いましたが、ふと、どこかで聞いたような声だなあ、と友人は思ったそうです。

「そうかあ」。友人は思い当たりました。

それは、昨年亡くなった彼の父親の声だったのです。

「流れに任せなさい」

その声を聞いて、友人はやっと眠りにつくことができました。

自治体経営

今日は関東学院大学の大住荘四郎教授に帯広市役所で講演してもらいました。

景気低迷、少子高齢化などで、地方自治体も崩壊の危機にさらされています。
そこで、導入されたのが「自治体経営」理論です。

しかし、まだ、思想の域を出ていません。

企業なら経済効率の論理で、儲かる部門が優先されます。

しかし、地方公共団体の場合、例えば、障害者や高齢者に対する福祉が儲からないからという市場原理でやっていては、本末転倒になってしまいます。そこが自治体経営の難しいところです。

SWOT分析だの、NPMだの私にとっては耳慣れない言葉が多く、よくわからないところもありましたが、参加者は非常に熱心に聞き入って質問していました。それだけ、自治体経営も必死で、「背水の陣」の状態なのでしょう。

今日は朝の10時から夜の9時までみっちり充実した時間を持つことができました。

4位の連鎖

今週は、トリノ五輪の関係で、真夜中から未明にかけて帯広市役所にいました。

メダル候補筆頭と言われたスピードスケート男子500メートルの世界記録保持者、加藤条治(山形県出身)は6位、清水宏保(帯広市出身)は18位に終わってしまいました。

日本人の最高は及川佑の4位でした。及川選手は北海道十勝支庁管内池田町出身です。

今回、トリノ五輪の日本代表は112人です。そのうち半数の56人が北海道出身。そしてスケート代表20人のうち、十勝出身者が10人です。北海道十勝でのトリノ・オリンピックの関心が高いはずです。

しかし、残念ながら、日本選手のメダル獲得というニュースが聞かれません。

及川選手が4位。そして女子500㍍の岡崎朋美選手(北海道清里町出身)も4位。

そして昨日もメダルが期待されたスピードスケート女子団体追い抜きでも、もう少しのところで、4位に終わってしまいました。後残り1周で、ロシアにリードしていたのに大津選手(更別村出身)がずっこけてしまいました。応援に駆けつけた市民から「あーーー」と溜息が聞かれました。

夜中の12時から3時過ぎまで観戦していた帯広の市長さんも「随分、4位が続きますね」と「4位の連鎖」に驚きでした。

ヴァレンタインデー

昨日は2月14日。ヴァレンタインデーでした。

こんなおじさんにもチョコレートをくれる人がいました!

「どうせ義理チョコでしょ?」と私。

「本気じゃ困るでしょ?」と彼女。ちょっと背伸びしたような上目遣いで言いました。

「え、それどういう意味?」

「いいえ、別に深い意味なんか…」

女の口から言わせるの、チントンシャン

てな雰囲気でした。

失礼しましたーーーーー

トリノ冬季五輪

トリノ冬季五輪が開幕しましたね。でも今のところ、日本選手の成績は芳しくありません。

残念ですね。応援が足りないせいかもしれません。

スポーツというのは確かに自らやって楽しむものですが、「観客」として応援することも立派なスポーツだという気がしてきました。こんなことを言うのも恥ずかしいのですが、かつて私はスポーツ記者をやっていたことがあり、冬季五輪は、札幌やインスブルックやレークプラシッドやサラエボならはっきり覚えているのに、リレハンメルだの、アルベールビルとなると全く覚えていません。その頃、スポーツ取材から離れていたせいで、ほどんど見なかったからです。

選手となると、黒岩彰や橋本聖子なら詳しいのですが、それ以降のメダリストとなるとあまりピンとこないのです。

アイデアマンで知られる日本サッカー協会の川口会長がJリーグのチェアマンだった頃、「12番目の選手がサポーターだ」というようなことを発言していました。そう、スポーツは観客としてでも参加しないと、印象に残らないのです。思い入れが全く違うのです。お金がかかった競馬なら尚更かもしれませんが…。

ということで、トリノ五輪は「感動」してみようかと思っています。早く、日本のメダリストが出てこないかなあ。

昨日の答え

①かつては多くの会社がオフィス・ロマンスを禁止しようとしました。
当節はそんなことをして全く無視されるのがおちですよ。

②悩みを打ち明ける人の存在というものはやはり大切ですね。

金持ちと文化遺産 NHK日曜美術館

5日にNHK教育で放送された日曜美術館はとても面白かったです。タイトルは「名品流転・コレクターの興亡と美術商」。美術の名作の持ち主がどうのように変遷していったか、その時代の景気や社会背景が美術市場と連動しているのでとても興味深かったです。

 

テレビなので、ボケーと見てしまったのが、残念です。大学の講義ならちゃんとメモを取っていたことでしょうが…。そこで思い出すことができたことをここに書きます。

 

例えば、野々村仁清の国宝「色絵藤花図茶壷」。旧丸亀藩の家宝でしたが、維新後、没落し、明治半ばになって、手放さなければならず、今で言うオークションにかけます。

 

見事、入札したのが、九州で鉄道業など幅広く実業を営んでいた松尾公蔵。(この人に詳しい人はコメントください)しかし、栄華も長くは続きません。

 

続いて、現れたのが、胃腸薬の「わかもと」の創業者、長尾欽也。長尾美術館を建設し、奥さんのよねさんが、夫の死後、最後までこの国宝を守ったようですが、詳しくはわかりません。(コメント募集)

 

戦後になって、この国宝を手に入れたのが、岡田茂吉(1882-1955)。世界救世教の始祖です。静岡県の熱海市にMOA美術館を建て、今でもそこに展示されています。私もそこで見たことを記憶しています。MOAって何の略かわからなかったのですが、Mokichi Okada Asociationの略だったのですね。世界救世教に詳しい方も是非コメントください。

 

続いて「源氏物語絵巻」。

 

詳しくは、酔っ払っていて覚えていないのですが、当初は尾張徳川家などに伝わっていたのが、明治33年に、三井物産の設立に参加して社長を務めた益田孝男爵(1848-1938、雅号鈍翁)が8万円(今の1億円)で手に入れたようです。その後、コカコーラの日本代理店の代表を務めた高梨仁三郎が入手し、程なく東急財閥の創業者の五島慶太が豪腕を発揮し、現在も五島美術館に展示されています。

 

乗っ取り屋として「強盗慶太」の異名で知られた、いくら評判の悪い実業家でも、文化人でもあったのです。美術品に関して値切らずに、言い値で買っていたようです。

 

そして、彼らは文化人としては見上げたものです。日本の文化遺産が海外に流出することを防いだわけですから。

 

ライブドアのホリエモンも文化人として何か社会に貢献していたのでしょうか?東大文学部出身だというのに、文化的素養も教養もなかったようにみえます。もし仮に、有り余った金で、家賃220万円の豪華マンションに住まず、プライベートジェット機も買わず、私産を文化事業に投入していれば、少しは名を残すことができたでしょうに。

旭山動物園長講演 

動物園の歴史は意外と古く、紀元前1050年ごろには、人類最初の動物園ができ、三千年の歴史があるようです。しかし、大昔はもちろん、皇帝や王侯貴族のための動物園。市民のための動物園は19世紀のロンドン動物園が最初と言われています。

旭山動物園は旭川市営の「日本最北の動物園」として1967年に開園します。当初は約40万人の入場者を維持しますが、1994年にエキノコックス症で西ローランドゴリラが死亡するなどして一時休園に追い込まれ、96年には、わずか26万人にまで落ち込みます。

さあ、これから「プロジェクトX」計画が始まります。

入場者にアンケートを取ると、キリンは立っているだけ、熊は寝ているだけ、水鳥は浮かんでいるだけで、動物たちは動かないので面白くない。あと、動物を触れないし、餌をやれない。見ているだけではつまらないーなどといった苦情ばかりでした。

そこで、考え付いたのが「行動展示」と「能力展示」です。動物たちはもともと、「目的」がなければ動きません。目的とは、餌や異性を求める時です。それなら、餌をただ盛り付けて単純に出すのではなく、散々苦労して餌が取れるように仕向けてやろう、と考えたのです。

例えば、お猿さんたち。大好物のピーナッツを一箇所だけ穴のあいた立方体の木箱の中に入れておきます。お猿さんは、その箱を何度もひっくり返して、ピーナッツをとりださなければなりません。しかし、それが、結果的に「行動展示」「能力展示」となるのです。

動物たちにとって、よく、人から見られるからストレスになる、と言われます。しかし、動物たちにとって、最もストレスになることは、「何もすることがない」ことなのです。人間なら、暇になれば、テレビを見たり、本を読んだりして暇をつぶすことができるでしょう。しかし、動物たちにはそうはいきません。

旭山動物園では、動物たちの視線に立って、さまざまな工夫をこらします。一度、行った方はご存知でしょうが、ペンギンもアザラシも本当に生き生きと動き回っています。ペンギンなどは、水の中では飛ぶように移動しています。それぐらい速くなければ魚は捕まえられませんからね。これも「能力展示」です。

サル山の話に戻します。ここはボスザルを中心にした集団社会です。ここに、餌のピーナッツを至る所に隠しておきます。一箇所に30粒もあれば、一箇所に1粒しかない所もあります。または、餌を1粒も置かない日もあります。

ある日、若いサルが収穫物を発見して、大声を出します。喜びの声だったのでしょうが、それを聞きつけたボスザルがすぐさま駆けつけて、獲物を横取りします。そういうことが、4日も5日も続きます。

そのうち、あるサルは、どうせ横取りされるからといって、ピーナッツを探さなくなりました。そして、あるサルは、獲物を見つけると、さっとお尻で隠して、まるでなかったかのように再び獲物を探すふりをします。ボスザルが「今日は獲物がない日か」と諦めて立ち去ると、そのサルは、口いっぱいにピーナッツを頬張って、残りのものを抱えて物陰に行くと、また独りで黙々と食べているのでした。

いわゆる猿知恵です。見ていたお客さんも感心しきりだった、ということです。

こうして、旭山動物園は、徐々に集客力を回復していきます。

2004年夏には、月間入場者数が、東京・上野動物園を上回り全国一位に躍り出ました。年間145万人です。

05年度は、年間186万人の集客が予想され、年間でも名古屋の東山動物園を超えて、全国第2位となることがほぼ確実です。

小菅園長さんは、テレビや映画などの映像を批判します。ライオンや虎などは、しょっちゅう獲物を狙って走り回っているようなイメージを植えつけられているからです。実際、ヒョウなどは、狩をするのは月に1回か2回で、お腹がすくギリギリまで寝ているそうです。狩にしても、百発百中ではなく、10回に一度程度しか成功しないそうです。だから、ほとんど動かず寝ている動物の姿こそが、自然というわけです。

小菅園長さんは、動物園の役割として4つ挙げました。?教育?研究?自然保護?レクリエーションです。最後のレクレーションは、娯楽とか遊びとかいう意味ですが、再び創造するということで、「人間性の回復」も意味するそうです。

しばらく動物園に行っていない皆さんも、人間性の回復のためにもお出かけになったら如何でしょうか。