親切な文房具屋さん 

[米軍基地問題] 稲嶺知事が不満表明 普天間移設「相いれない」 – goo ニュース

会議のため、東京に出てきています。

銀座で買い物をしました。来年用の手帳のリフィルが欲しかったのです。

「KNOXBRAIN」という「高級」手帳です。3年前にこの店で買ったので、他にリフィルを売っている所を知らなかったのです。

すると、お目当てのリフィルだけが、売り切れていました。
「来週なら入荷するんですが」と店員。

「いや、実は北海道に住んでいて、今、会議で東京に来たもので…。来週なら無理ですね」と私。

「それなら、在庫を切らしていたこちらの手違いということで、送料無料でお送りしますよ」と、信じられないことを言ってくれたのです。

リフィルは840円です。100円分の割引券があったので、わずか740円でした。
それでも、わざわざ北海道にまで宅急便で送ってくれるというのです。

いまどき本当に珍しい話なので、この文房具店の名前を公開します。

銀座2丁目の「伊東屋」です。

どなたもご存知でしたね。

被害者意識 

最近、見知らぬ多くの方から「コメント」を寄せられるようになりました。
一人一人にお答えできませんが、本当に有難う御座います。「もう少し、続けてみろ」という励ましと勝手に受け止めさせて戴きます。

しかし、先日、ある信頼する人から面と向かって「渓流斎さんのブログは、被害者意識で書かれていますね」と核心を衝かれてしまいました。

まさに、その通りだったからです。前回の「脱脂粉乳」にしても、楽天によるTBS株買収の話にしても、視点は「被害者」です。このブログ全体が、確かに被害者の意識が通奏低音のように流れているようです。自分で書いていて、他人事になってしまうのは、自分でも意識していなかったからです。深層心理というか、潜在意識で書いていたのでしょう。

「どうしたらいいのですか?」と私は尋ねました。すると、Hさんは「被害者も加害者もいない、ということを理解することです。被害者意識を感じたら、それをすぐ手放すことです」とアドバイスしてくれました。

まあ、本当に難しい問題です。

前にも書きましたが、私が影響を受けた夏目漱石にも太宰治にも「被害者意識」が120%流れています。彼らの影響から脱しなければなりません。

もちろん、今後、加害者や強者や権力者の眼で書くつもりはありませんが、被害者意識が被害妄想にならないように、自重して書き続けたいと思います。

エゾリスさん

今日は、本当に偶然に、野性のエゾリスに出会うことができました。

帯広市の隣町の音更町というところです。音更と書いて、「おとふけ」と読みます。

場所は、内緒にしてください。そうでないと、多くの人が殺到して「野性」ではなくなってしまうからです。

ここには、セミプロのカメラマンがはっていました。

その中の一人のおじさんは、わざわざ札幌から来ていたのです。車で片道4時間半は掛かります。それだけの「価値」があるからです。そのおじさんは、大変、饒舌でした。

「お客さんは、ラッキーだね。ちょうど、今の季節が一番なんですよ。今しか、見られないんですよ。エゾリスは、チョウセンマツボックリの実を食べに、丁度今頃、10月下旬に地上に降りてきます。でも、普段は、あの通りの木の上に巣を作って、下に降りてこようとはしません。何故だか、わかりますか?」

「野良猫が2匹いるからです。リスといっても、猫にとっては、ねずみにしかみえないのでしょう。ここには、春先、9匹いましたが、今、5匹しかいません。4匹は食べられてしまったのです。だから、彼らが、下に降りてくるのは命がけなのです。すばしっこいでしょ?彼らは命がけなんですよ」

ということで、私は、ビギナーズラックで、全く偶然に、この貴重なエゾリスの動いている姿を捉えることができました。

しかし、正直に告白すると、ここに掲載された2枚が「ベストショット」で、全部で20枚以上撮ったのに、ほとんどが使い物にならなかったのです。

動物写真って、何と難しいのか、分かりました。

この写真は、自分でもうまく撮れたと思います。動物じゃないので、一発で撮れたからです。今日は「動物写真家」を本当に尊敬しました。

米国産牛肉輸入再開を疑う 

 公開日時: 2005年10月24日 @ 12:32

BSE問題で揺れた米国産牛肉が年内にも「政治的決着」で再開されそうです。

聞いた話で、自分の目で確かめていないのですが、ニューヨークにある有名な大手のファストフード店には「当店は、アメリカ産の牛肉を使っていません。すべて豪州産です」という掲示が貼られているそうです。

自国で消費できないような危ない商品を外国に売りつけるつもりなのでしょうか?

以前、ジャーナリストのエリック・シュローサーの書いた『ファストフードが世界を食いつくす』(草思社)を読んで、アメリカの牛肉解体現場が微に入り細にわたって描かれていましたが、とても清潔とはいえない環境でした。

今、ふと「脱脂粉乳」のことを思い出したました。

我々の世代は、学校給食では、とても、全国の子供たち全員が牛乳を飲める国家予算がなかったらしく、小学生の頃、牛乳もどきの「脱脂粉乳」を飲まされました。

今「もどき」と書いたように、牛乳とは似ても似つかぬもので、栄養も何もなかったと思います。何しろ、アメリカでは豚でさえ見向きもしなかったので、「政治的決着」で、飢えた日本人のために輸出したという話ですから。

今回の(アメリカ側から見て)牛肉輸出再開は、根幹の発想に同じものが流れていると確信しています。

日本はなぜ戦争に負けたのか?

 月刊「文芸春秋」11月号が、「日本敗れたり あの戦争になぜ負けたのか」を特集しています。半藤一利(作家)、保阪正康(ノンフィクション作家)、中西輝政(京大教授)、福田和也(文芸評論家・慶大教授)、加藤陽子(東大助教授)、戸高一成(大和ミュージアム館長)の6氏が徹底的に討論して、総括しています。

 印象に残った箇所を換骨奪胎で引用します。

●太平洋戦争に関する限り、侵略戦争ではなく、「自存自衛」のための防衛戦争だった。

●海軍はミッドウェーをはじめ、損害戦果については、一緒に戦っていた陸軍にさえ、本当のことを教えていなかった。お人好しのところがある陸軍はそのまま信じて作戦を何度か変更した。この行為は国賊ものだ。

●陸軍参謀本部は、物量作戦を重視していたにも関わらず、実際の戦争では補給を無視した。特に太平洋の島々では補給が途絶えれば、部隊の大半は病死か餓死してしまう。実際、昭和19年以降、二百万近くの兵隊が命を落とした。餓死は、全戦死者の70%を占めた。

●軍令部総長の永野修身と山本五十六連合艦隊司令長官は、開戦前から一度もとっくり話をしたことがない。日本海軍の戦略・戦術の総本山の責任者と、それを実行する連合艦隊の司令長官とが何の打ち合わせもしない理由は何か。「お互いに嫌いだから」。感情論だけだった。

●周囲の反対を押し切ってインパール作戦を敢行した牟田口廉也・中将は、前線から離れた「ビルマの軽井沢」と呼ばれた地域で、ひたすら「前進あるのみ」と命令を出していた。しかも、作戦の失敗を部下の師団長らに押し付け、自分は責任を問われぬまま生き延びた。

●軍部の上層部は戦闘の図面を引いて指示を出しているだけで、直接殺傷の体験はないから、本当の戦争を知らなかった。

 あれから60年。果たして日本人のエートス(心因性)は変わったのでしょうか?何万人もの部下を見殺しにして、自分だけは責任は取らず、ぬくぬくと生き延びた人間が如何に多かったことか。将軍といわれた人たちの集団が、信じられないような俗人的な価値基準で行動していたのか、後世の人間は忘れてはならないと思いました。

自衛官救出美談、その後

公開日時: 2005年10月21日 @ 11:17

北海道でしかあまり大きなニュースになりませんでしたが、大雪山系の旭岳(2290m)で遭難して、8日ぶりに奇蹟的に救出された陸上自衛隊の陸曹長(42)の話が今月17日に美談として伝えられました。

この自衛官は、夜は岩陰で休み、なるべく体力を消耗しないようにして沢の水だけで、生き延びました。レンジャーの特訓を受けたことがあり、この経験が役立ったようです。普通の人ならまず死んでいたでしょう。私も「素晴らしい」と感動したものです。

すると、昨日の北海道版の朝日新聞に、この自衛官の捜索に「延べ388人、ヘリコプター44機、車両51台も導入した」と書かれていました。普段は、地元の警察を通じて、陸上自衛隊第2師団(旭川市)が捜索を担当するのですが、遭難した自衛官が所属する第5旅団(帯広市)も仲間の捜索に加わったからです。

普通の民間人の場合は、通常3日で捜索は打ち切られるそうです。陸曹長の場合は、遭難して4日目に、水に漬かって使えなかった携帯がやっと通じで、救助の連絡があったため、延長されましたが、7日経っても見つからず、捜索は再び打ち切られました。それでも、自衛隊は翌17日も出動して、ついに発見、救出に至ったというのです。記事には書かれていませんが、最後に救出したのは、仲間の第5旅団だったのかもしれません。

最後にこの記事では「民間人でも同じ態勢でやってくれるのか」という道警と自治体の「声」を紹介しています。

それに対する私の答えは、「まあ、無理でしょうね」。

我々庶民は、何事においても、心してかからなければならないのです。

ゆりさん追悼

私事ながら、私淑する後藤さんの奥さん、ゆりさんが今日未明、亡くなられました。Hさんが知らせてくれました。

ゆりさんは、病気で入退院を繰り返していましたが、まさか、亡くなられるとは思ってもみませんでした。まだ、40代の若さです。

数年前、ゆりさんと偶然、東京の日比谷図書館で会ったことがあります。お互い、別に悪いことはしていないのに、どこか気恥ずかしかったことを思い出します。

ゆりさんは、大変な勉強家で、小脇に数冊の本を抱えていました。

こんな私ごときでも、ゆりさんは気に掛けてくださったらしく、後藤さんを通して、「全財産を投げ打ってでも、上司に対して盆暮れの挨拶は欠かさない方がいい」とか、私にとっては、これまで全く考えられなかったような行動パターンを伝授してくださいました。

先程、後藤さんと電話で話しをすることができました。ゆりさんは、私に対して「軽挙妄動は控えてください」と最期の「伝言」をしてくださったそうです。
頭に血が上った私がすぐ軽率な行動をすることを見透かした発言でした。私の性格を見抜いていたようです。

私は滂沱の涙を流しました。

この胸いっぱいの痛みを

最近、朝、目が覚めた時に襲われる胸の苦しみが薄らいできました。

理由は分かりません。開き直ったのかもしれませんし、諦めたのかもしれません。ただ一つ、考えられることは、心の持ちようです。

簡単に言いますと、今の自分を、現在の状況に置かれている自分を肯定するようにしたことです。例えば、仕事がうまくいかなくても、「仕事がうまくいかなくて悩んでいる」自分を肯定するのです。私は、神経がピアノ線のように細いせいか、すぐストレスが胃腸にきてしまいますが、それも、「これでいいのだ」と肯定するように心がけたのです。

「自分を愛する」と言う言葉は、日本人にとって口に出すことは気恥ずかしいのですが、他人の迷惑を顧みない自己中心主義と一線を画した意味で「自分を愛する」ことは大切なことなのだと最近になって気づき始めました。

振り返ってみれば、私自身は、随分と「自己否定」して生きてきたものです。「自分は駄目なんだ」とか「自分は最低だ」とか…呪詛の言葉は色々です。思えば、それは多感な時代に影響を受けた作家の太宰治の影響かもしれません。彼は38歳で心中自殺をしています。35歳で自殺した芥川龍之介や無頼派と言われた檀一雄や45歳で割腹自殺した三島由紀夫や48歳で急死した坂口安吾、そして何と言っても49歳で病死した夏目漱石に多大なる影響を受けました。皆、早死です。いつの間にか、自分も彼らの生き方に憧れていました。若い頃は、自分が長生きするわけがない、と思っていました。

しかし、「自己否定」では、政治にしても、ビジネスにしても、芸術にしても何も生まれません。ある人の説によりますと、「自己否定」すると、周囲に自己否定する人間が集まってくるそうです。仕事がうまくいくわけがありません。「自己否定」の観念は多感な時代のその人の「ヒーロー観」から影響を受ける、と分析されてしまいました。

逆に「自己肯定」すると、プラス志向の人が周囲に集まるようになり、仕事も日々の生活もうまくいくようです。

胸の「痛み」は私に何かを気づかせようとした信号だったのかもしれません。

閑話休題 

最優秀雑誌表紙にレノンの裸写真=D・ムーアの妊婦ヌードが2位 (時事通信) – goo ニュース

検索エンジンとやらで、検索して私のブログに辿りついて、全く見知らぬ方から、コメントやトラックバックされていることが、最近になって分かりました。

もちろん、コメントが届いていることは知っています。それが、どうやって、偶然に(?)辿りついたのか分からなかったのです。自分自身、検索して見て、初めて分かった次第なのです。お笑い草ですが。

要するに、この私の拙いブログも、検索すれは、世界中の人が見ることができるのですね。現在、アメリカに住む友人、ドイツに住む友人も見てくれているのですから、当然と言えば当然ですが…。

ブログを始めて早8ヶ月になります。まだ、トラックバックについてだけは、よく分かりませんが、私のブログにTBを張ってくださった方のブログを見て驚いてしまいました。プロ以上の書き手です。(一応、私も文章を書いてお金を戴いているので、プロの一人になるのではありますが…)

よく分かりませんが、現在、塀の向こうで生活されている方。定年退職されて、図書館に籠もって第二の人生をスタートされて勉学されている方…。まるで、ブログに命を賭けているような書き方です。写真のレイアウトもうまいし、そのまま、出版しても通用するくらい内容があります。

しかし、あえて、苦言を呈させて戴くと、確かによく調べておられますが、残念ながら、どこかのマスコミの受けおりに過ぎないのです。

私自身の経験でも、その時の話題になること、例えば、「衆議院選挙」でも、「刺客」でも、「靖国神社」でも何でもいいのですが、そんなタイムリーなものを取り上げると、閲覧率がグッとあがるのです。恐らく検索エンジンにひっかかったからでしょう。

初めは、それが面白くて、タイムリーな話題を取り上げてみましたが、天邪鬼のせいか、最近、どうも避けたくなりました。

皆、同じこと書いていては詰まらないでしょう?

ということで、私のブログでしかお目にかかれないものを、今後、ご披露したいと思っています。