前世療法 

昨晩、前世療法セラピストのTさんに診てもらいました。

Tさんは、その筋ではかなり有名な方で、関西方面から北海道にまで出張にきており、私も、その序に診てもらうことにしたのです。

当初は、全くそのつもりはなかったのですが、生来の好奇心の旺盛さから、えいやー、と御願いしてしまいました。

感想ですか?

恐らく、Tさんには怒られると思いますが、「こんなものかなあ」という感じでした。
最初に「僕は、あまり前世は信じていないのです。死んだら、この世で終わりだと思っていますから」と正直に話したところ、「それでは、前世を見ることはやめましょう」と、あっさり、それで終わってしまいました。

で、結局、何をしてもらったかと言いますと、「元気がない」ので、「気」を入れてもらうことにしました。目をつぶって後ろ向きになっていたので、Tさんがどういう風に「気」を入れていたのかわかりませんが、何か背中のあたりに、羽が生えたようなムズムズした感覚に襲われました。

「気功ですか?」と聞いてみたのですが、Tさんは「気功ではありません」と言うのみで、それは何か教えてもらえませんでした。「天」とつながって、宇宙のエネルギーを注ぎ込むという話でした。

その後が、死―再生の儀式です。右足を、エジプトのファラオの石棺の中に踏み入れたことをイメージして、「死」を体験し、即座に「再生」のパフォーマンスとして、何やらかんやら背後でやっていました。見てはいけない、というので、よく分かりませんでしたが…。

効果ですか?

まだ、分かりません。これから、信じられないような異様な変化が心身の内外で次から次と起きるらしいのです。例えば、皺がなくなる、とか…。

笑ってはいけません。最も、今、吹き出した方は正常な神経の持ち主なのかもしれませんが…。

この「儀式」の前に、私は2時間もTさんからカウンセリングを受けました。
「現在、どこか不快だったり、痛かったりする症状はあるか」「原因はどこにあると自分では思っているのか」といったような内容でした。私は正直に今の有のままの自分の状況を説明しました。

「儀式」が終わった後のTさんは、放心状態で、顔は紅潮して玉のような汗を流していました。その真剣さに打たれてしまいました。

その姿を見て、これまでTさんが話していた「臨死体験」の話や「人の前世が見える」話や「未来も分かるが、絶対に予知はしない」といった話もTさんの中では真実なのだと言う気になってきました。

Tさんは最後にこう言いました。
「現実はあなたが作っているのです。肯定的に考えれば、夢は必ず実現します。今、八方塞で苦しいかもしれませんが、必ず乗り越えられます。天は、その人が乗り越えられないような試練は与えません。今の苦しい現実も、必ずや楽しい思い出に変わります。だから、朝起きたら、『これから楽しい事があるぞ』『今日はどんな素晴らしい人に出会えるのかしら』などと考えることです。必ず、乗り越えられます。必ずいい事が起きます」

自民党、万歳!

私の名前は、サイモン・ゴールドバーグと言います。
私の国でも、日本の総選挙は大変話題になりました。

自民党が、地滑り的勝利で296議席を獲得したそうで、おめでとうございます。
ご同慶の至りです。
「刎頚の友」公明党の31議席を加算すると、衆議院では定数の3分の2の327議席となり、もう怖いものなしです。

生意気な参議院がいくら反対しようが、衆議院で3分の2もあれば、鬼に金棒です。どんな法案でも可決してみせます。

まず最初に小泉首相にやってほしいことは、郵政民営化です。
これは簡単です。反対派の急先鋒だった鴻池君も、賛成に回ってくれます。
これで、採算の合わない、人間も住んでいないど田舎の郵便局を閉鎖することができます。前からつぶしたくてしょうがなかったのです。どうもありがとう。何しろ、資本主義の原理ですからね。当然ですね。

そして、もちろん、郵貯・簡保の350兆円は、さっさと市場に開放してもらい、我々が合法的に戴きます。もう、十年も待ちましたからね。日本人には、これからも馬車馬のように働いてもらわないと困ります。

さらに、小泉君は来年9月で辞めたがっていますが、もう一年やってもらいます。
彼以外に他に適切な人はいますか?
いないでしょう?

万人が認めれば、「任期を過ぎた」のにやらざるをえなかった、という理由で、消費税も10%に上げてもらいます。
福祉税?
まさか!すべて軍事費に回してもらいます。

イラク派遣は、もう1年延期してもらいます。でも、その頃は、自衛隊という名前はないかもしれませんね。

憲法9条は改正されます。自衛隊は、自衛軍に変わります。もちろん、徴兵制も、「閣議の承認」の下、いつでも復活することができるようになります。

年金は、当分、今回一生懸命に働いてもらった議員さんの年金だけ手厚くしたいと思います。貧乏人は、台風やハリケーンで、この世から消えてもらえば、いいのです。まさに、適者生存です。改革の手を緩めるな、ですね。

万事、めでたし、めでたし、です。

おめでとう!日本国民!これから益々、いい世の中になっていきますよ。

我々も応援しています!

昭和新山

洞爺湖に別れを告げて、国道を南下すると

何か、赤茶けた山が見えてきました。

昭和新山です。
昭和19年の噴火でできた世界的にも珍しいベロニーテ火山です。
できたてのホヤホヤです。

ここに熊牧場がありました。入場料800円。
100頭くらいの熊さんがいました。

一袋300円の熊せんべいに熊たちが群がってきました。
何か、気の毒で、かわいそうになってしまいました。

「ヒトラー〜最期の12日間〜」★★★

最近、色んな方から「コメント」を頂くようになりました。

閲覧者があまりにも少ないので、ブログをやめようかと思ったら「やめないで」と「ジョン・レノン」さんからの熱烈なラブコール。

少し、勇気づけられました。

「迷い人」さんには、少し、言いたいことがあります。

今の自分がそういう心境だからです。

もし、今、苦しみや悲しみを抱えているようでしたら、ほんの少しの間でいいですから、ずっと握っていることはやめて、手離してみてください。

人から気休め、と言われようがいいではありませんか。

自分が掴んでいる限り、苦しみも悲しみも立ち去ってくされません。

どうせ、すぐ舞い戻ってくるのです。

手離してみてください。

さて、どうしても見たかった映画を今日、やっと見ることができました。

「ヒトラー~最期の12日間~」

人口17万人の帯広ではどうしても見ることができなかったのです。

1200万人都市で見ました。

土曜日だったので、とても座れないと覚悟していたのですが、案外空いていました。7月公開だったので、見たい人はあらかた見終わったのでしょう。それにしても、都会人のあきっぽさ、には呆れてしまいます。

映画については、あまり多くは語れません。とにかく、見るべきです。
私にとっては、特に「新事実」らしきものはなかったのですが、第三帝国の指導者たちの若さには唖然としてしまいました。

ヒトラーにしても、自殺する直前に56歳の誕生日を迎えたばかりです。国家元帥のヘルマン・ゲーリングは54歳。あの宣伝大臣、ヨゼフ・ゲッベルスでさえ48歳。ゲシュタポ長官のハインリヒ・ヒムラーにいたっては45歳。軍需大臣アルベルト・シュペーアは、まだまだ40歳ではないですか。オウム真理教も驚く若さです。

あんな「若者」たちによって、無辜の民の運命が左右されていたかと思うと、信じられません。-とは、今を生きる現代人が言えるだけでしょうが…。

信長の棺

最近、私の知人が次々と本を出版しています。

軍事評論家の鍛冶俊樹さんは、2冊目の「戦争の常識」(文春文庫)を出して、ベストセラーになりましたし、インドにはもう160回も往復している東南アジア通の山本悦夫氏は「インドに行こう」(扶桑社)を出版し、これも、ベストセラーの上位にランクされています。

そして、今回、加藤廣氏が「信長の棺」(日本経済新聞社)を出したところ、何と、小泉純一郎首相の「愛読書」として話題になって、現在、ベストセラー街道まっしぐらといったところです。

上記2冊は既に読み、目下、加藤さんの本を読んでいますが、これがメッチャ面白いのです。信長の公式伝記「信長公記」を書いた太田牛一を語り部に、消えた信長の棺が何処にいったのか、ミステリー仕立てになっているのです。

加藤さんは今年75歳。これが作家デビュー作です。人々に勇気を与えますね!伝え聞くところによると、加藤さんは、この本を書くのに、取材費と資料代で一千万円もかけたそうです。既に、第2弾、第3弾も準備中とか。

がんばれ、加藤さん。これが少しの宣伝になればいいですね。

ソニー・ロリンズのインタビュー

 公開日時: 2005年9月8日 

台風14号は、全国に甚大な被害を及ぼしました。
被害に遭われた方々には謹んで哀悼の意を表したいと思います。

北海道にも上陸しましたが、運良く、昨年同時期の台風18号ほどではありませんでした。

昨晩は、窓を打ち壊すほど、あんなに雨が降っていたのに、今日は、台風一過の十勝晴れで、本当に空気が澄み切って、遠くの日高山脈が映えて、素晴らしい景色でした。

空に浮かぶ雲も、初秋を象徴するような積雲というか、乱雲というか、一瞬たりとも、その形を留まることを知らない七色変化のアトラクションを垣間見せてくれました。

あー、そう言えば、子供の頃、時間が有り余っていたせいか、空に浮かぶ雲を飽かずによくも眺めていたものです。ととても懐かしい気持ちに襲われました。

不思議なことに、今日の夕刊で、サックス奏者のソニー・ロリンズのインタビューが載っていました(朝日新聞)

今年、75歳になる伝説的なジャズ・ミュージッシャンは、日本贔屓で知られていますが、高齢を理由に、この秋の日本公演で最期になるだろう、と語っています。

彼は「ジャズの神髄は、いつも新しく、いつも変わっていることだ。空を見上げれば雲がある。どれも形はない。常に変わっているけど、いつもそこにある」と語っているのです!

偶然の一致とは思われません。

印象派音楽の巨匠といわれるドビュッシーも、雲や西風などをテーマに、「移ろいいくもの」「常に変わりゆくもの」に心を奪われ、作曲活動を続けていたのは有名です。

ジャンルこそ違ってもミュージッシャンには共通する何かがあるのでしょうね。

洞爺湖 

小樽から

有珠山を通って

洞爺湖に行きました。

とくとご覧ください。

洞爺湖がこんな素晴らしい湖だとは知りませんでした。

今回の旅行のハイライトと言っていいかもしれません。

洞爺湖を、一応、360度のアングルで撮ったのですが、分かりましたか?

この会心の一作なら、ご満足していただけますか?
私も気に入っています。引き伸ばして飾りたいくらいです。

洞爺湖さん、ありがとう!

小樽の続き


小樽には日曜日の夕方に着きました。


運河沿いをブラブラと散策していたら、お腹がすいてきたので、この「小樽運河食堂」に入ってみました。

蟹をたらふく食べたかったので、注文しましたが、正直、値段の割りには今ひとつでした。冷凍ものを解凍したばかり、といった感じで、ちょっと新鮮味に欠ける、というか…あまりうまく表現できません。安い焼酎で酔いつぶれてしまいました。

翌朝、文学館を目指しました。何と言っても、小樽といえば、小林多喜二、伊藤整を生んだ街です。
ところが、ぎっちょん、ちょん。
月曜日だったので、文学館は休みだったのです!
計画のなさ、でまた失敗してしまいました。

写真は旧日銀小樽支店です。現在、金融博物館になっていましたが、ここも閉まっていました。残念。

小林多喜二は、確か、北海道拓殖銀行に勤めていたのではなかったでしょうか?調べもせずに、書いています。

小樽の街には「ウォール街」と呼ばれるほど、金融関係の立派な建物が林立している通りがありました。この辺りです。アールデコ調というか、どれも装飾に凝っていて風情があります。東京のような、機能重視の「のっぺらぼう」とは比べられません。遥かに小樽の方が楽しめます。

80年も昔に伊藤整も多喜二もこの同じ場所を歩いていたと思うと、それだけで感動してしまいました。


小樽運河
きれいでしょ?
日本じゃないみたいでしょ?
そう言えば、街のあちこちにロシア語の看板がありました。

北門新報

小樽へは、全く予備知識も持たず、下調べもせず、素のまま、行ってしまいました。

ちょっと、後悔してます。

しかも、せっかく、史跡看板に詳しく書いてあったのに、メモも取らなかったので、ほとんど忘れてしまいました。

上の建物は、「金子元三郎商店」だったところで、現在は、土産物屋になっています。
金子は、漁業加工物から銀行業、不動産まで手広くやった事業家で、30歳にして小樽区長となり、のちに衆議院議員にもなっています。

彼は、明治24年、小樽で初めての日刊新聞「北門新報」を創刊したということでも歴史に名前を残しています。

東京から自由民権運動家の中江兆民を主筆と迎えますが、兆民はわずか1年で辞めています。その辺りの経緯については、いつか調べてみようかと思っています。

この建物は、北門新報の印刷所として使われたようです。

北門新報は、後年、札幌に進出し、北海道毎日新聞、北海道時事と合併して、北海タイムスとなり、現在の北海道新聞の礎となりました。


小樽運河

ブログやめようかしら…

二泊三日で、札幌~小樽~洞爺湖~昭和新山~支笏湖と回ってきました。

内輪の話ですが、どなたが私のブログを見てくださっているのかわかりませんが、アクセスID数だけは、わかることになっています。

で、昨日のアクセス数は、わずか「9」でした。普段は「30」ぐらいで、多い時は「50」くらいのアクセスがあります。

ついに一桁になってしまったので、もう潮時かな、と感じています。

もっとも、前回のブログで「明日は休みます」と告知していたせいかもしれません。

ということで、も少し続けてみようかと思います。

今日は、疲れたので一枚の写真だけにします。

有名な小樽運河です。