世界は自分が創っている 

函館 聖母トラピスチヌ修道院

世界は自分が創っているのだ、と自覚した時、個人的に降りかかる災難も不幸も事故も事件も、すべてありうるべきして起こったことで、すべて丁度良い、起こったことを体験として楽しもうと思うようになりました。

そうです。結局、すべての事象は、自分自身が望んで起きてきているのです。

自分の思う通りにならずに、悩んだり、不快になったりするのは、自分が悩みたいのです。自分が不快になりたいのです。なぜなら、世界は自分が創っているのですから。

悩みたくなければ、不快になりたくなければ、そういう世界を自分自身で創るしかありません。

モデル、歌手、デザイナーとして活躍しているジェーン・バーキンは「私は何を着たらいいのか、色々と悩んだけど、もうこれから自分の好きな服しか着ないことにしました」と勇気ある発言をしています。でも、何と清々しい言動でしょうか。

悩みたくなければ、自分の好きなことをするしかありません。「そんなことしたら食べていけないじゃないか」という世間の反論にくみすることはありません。第一、自分の好きなことを職業にして成功している人は沢山いるではありませんか。否、自分の好きなことをしたからこそ成功を勝ち取ったといえるでしょう。

よく芸人が弟子に向かって「自分の引き出しをなるべく沢山創れ」と諭すことがあります。自分が創る「世界」とは、そんな引き出しを頭の中に作るようなものかもしれません。

他人を変えることはできません。生きているうちに引き出しを沢山創って、さまざまな事象に対処するしかありません。

そういう私も、まだまだ創り足りない気がしています。