真葛香山には本当にびっつらこいた

 「真葛香山展」パンフレット

 先日、札幌の雪祀り先生から久しぶりに電話がありまして、「今、東京は日本橋三越で、『吉兆庵美術館蒐集 真葛香山展』をやってますから、是非ご覧になってみたら如何ですか。小生は三越カードの会員で、無料で見られますから、東京にいれば観に行けたのに残念です。えっ?真葛香山を知らない?渓流斎先生は、文人墨客なんて自称されてるようですが、その看板が泣きますねえ。一般800円ですけど、安売りチケットでも見つけて観に行かれたらどうですか」と、挑発されるではありませんか(笑)。

 ハバロフスクの街頭 par Duc Matsouocha

 そう言われますと気になるものです。最近都心に出る機会も多くなり、新橋第一ビル内のチケットセンターをいくつか覗いたところ、最後の店にだけ、この展覧会のチケットがあったのです。しかも、250円!これはめっけもんだと軽い足取りで観に行きました。

ハバロフスクの街頭 par Duc Matsouocha
 

 そしたら、大した魂消たですよ。最初の写真に掲げたように、「超絶技巧」!壺に2匹の蟹が戯れているような作品ですが、まるで本物そっくり!そのリアリズムは、まるで、陶工界の伊藤若仲です。

 真葛香山(まくず・こうざん)の本名は、宮川虎之助(1842~1916)。代々、京都の楽焼陶工の家で、香山は、父楽長造(1797~1860)に陶器や磁器の製法を学び、父の急死で、数えの19歳で家督を継ぎます。

 明治3年になり、京都から横浜に移り住み、真葛窯を開設します。折からのジャポニズムのブームで、日本の陶磁器が欧米から関心の的になり、香山の作品もフィラデルフィアやパリなどでの万国博覧会に出品され、金賞や大賞を受賞しています。

 ハバロフスクの街頭 par Duc Matsouocha
 
 そして、何とですよ、あの泣く子も黙るロイコペの略称で知られるロイヤルコペンハーゲンは、この真葛香山の陶磁器に影響されて、窯づくりを始めたというのです。本当にびっつらこいてしまいました。これは、ネット情報にはなく、会場に足を運んで得られた情報です(笑)。

 真葛香山には実子がいなかったのか知りませんが、弟子の半之助が養子となり、2代目を継ぎます。これまた、養父に似て天賦の才を発揮します。そして、半之助の長男葛之輔が三代目を継ぎますが、昭和20年5月の横浜空襲で、真葛窯は崩壊し、三代目自身とその家族と従業員11人が亡くなったというのです。これもネット情報には出てきません(笑)。「横浜空襲」と会場の年表に書かれていましたが、これは、はっきり言って、米軍による民間人を巻き込む無差別殺戮ですよね?

 米国人は、明治から、あんなに愛した真葛焼の窯まで破壊するなんて、本当に酷いことをしたものです。

 ハバロフスクの街頭 par Duc Matsouocha

 四代目は、三代目の弟智之助が継ぎますが、六〇歳を過ぎて継承したせいか、振るわず、昭和34年で、真葛香山の名前は途絶えました。

ちなみに、初代真葛香山は、帝室技芸員に選出され、明治の三大名工の一人。京都の敬愛する大先輩、野々村仁斎や尾形乾山の作品をモチーフに取り入れたり、下絵画師に下村観山や川合玉堂らを採用したりしてます。

 今ちょうど、他に、東京・サントリー美術館で「没後100年 (初代)宮川香山展」をやっているのですね。ご興味のある方、もしくは、このブログで興味を持たれた方は、両展覧会に是非足を運ばれたら如何ですか?早く行かないと終わっちゃいますよ(笑)。