伊太利亜フィレンツェ
名古屋にお住まいの海老普羅江先生が、蓮沼門三の掛け軸を某所から格安の値段で手に入れてご満悦です。
無慾恬淡な方ですから、その掛け軸を所縁のあるご友人に寄贈されたそうです。
何?蓮沼門三を知らない?
教養に溢れ博覧強記で知られる貴人が知らないとは、これは如何に…?
ま、御説明致しやんしょう。
蓮沼門三(はすぬま・もんぞう、1882~1980年)社会教育家。福島県喜多方市出身。東京府師範学校(東京学芸大学)在学中から社会教育団体「修養団」を設立し、機関誌「向上」を発刊した。愛と汗をスローガンとする「白色倫理運動」を展開し、戦後は東京青年文化会館の運営に参加した。1980年死去、享年98。著作に「明魂」など。
修養団を設立したのは、学生寮があまりにも汚いので、率先して掃除を始めた美化運動がきっかけだと言われております。掃除を通して、精神修養にまで高め、戦前は財界人から軍人、皇族まで大きな影響を与えた人だと言われております。
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第2代団長には、皆様よくご存知の平沼騏一郎が務めております。反「東大新人会」の急先鋒だった方しても知られておりますね。
「万死に値する」ほど今、非常に世間を騒がせている文科省ですが、修養団もかつて監督官庁が文科省だったせいか、二代続けて、文科省事務次官経験者が修養団の団長を務めております。
何で、文科省かと言いますと、修養団は宗教団体ではないからです。現在は、公益法人として認可され、監督官庁は内閣府みたいです。
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修養団の本部は現在、東京・千駄ヶ谷駅前の一等地の高層ビル内にあります。
ネット情報ではありますが、ここは1926年に宮内省御領地だった所を、修養団に無償貸与されたそうです。真偽のほどは定かではありませんが。
現在、この高層ビルには、どういうわけか、建設会社大手のフジタが入居しております。
何でなんでしょうかね、海老普羅江先生?