黒川弘務氏の最高検検事総長就任を阻止しよう

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黒川弘務氏の最高検検事総長就任問題は、新聞の投書になるほど国民的関心が深まってきました。投書は、黒川氏に対して、「今夏に最高検検事総長就任の打診があったら辞退したらどうですか」と勧告するものでしたが、同感です。素晴らしいことです。先日、山本祐司著「東京地検特捜部」(角川文庫)を読了して、その意を強くしました。

 この本には、明治の日糖事件から、時の最高権力者だった田中角栄元首相が逮捕された昭和のロッキード事件まで政財界による疑獄事件を取り上げています。その中で、私自身が不勉強なため、知らなかった疑獄事件がありました。昭和43年(1968年)に発覚した日通事件です。運輸会社最大手の日本通運が、独占輸送をしている米麦などの政府食糧について、社会党の大倉精一(元日通労組委員長)と自民党の池田正之輔両衆院議員に対し、議会発言をしないよう働きかける見返りとして、日通が大倉に200万円、池田には300万円の現金を渡したとされる事件です。

料亭「花蝶」(今は新橋に近い東銀座にあり。当時もここにあったか不明。だって、高くて入れないんだもん!)

 この一連の日通事件の中に「花蝶事件」があります。これは、日通事件の渦中の68年4月19日に、新橋の料亭「花蝶」で井本台吉・最高検検事総長と自民党幹事長の福田赳夫(後の首相)と容疑者の池田正之輔代議士とが会食していたというのです。同年9月になって「赤旗」と「財界展望」が料亭の領収書を添えてすっぱ抜きました。井本検事総長は、池田代議士の逮捕には強硬に反対した人で、後に「この会食は日通事件とは関係がない。検事総長に就任したときに池田正之輔が祝いの宴を開いてくれたので、そのお返しとして一席設けただけだ」と弁明しています。 井本検事総長と福田幹事長は、ともに群馬県出身で、一高~東大の同級生です。

 「李下に冠を正さず」という諺がありますが、これでは、どうも検察のトップが政界疑獄を握り潰そうとしたかのような印象を強烈に残しています。逆に言えば、検察トップである最高検検事総長が「NO」と言えば、政治家の逮捕に手加減できる構図が浮かび上がります。

料亭「花蝶」(1968年当時の花蝶の流れを汲む料亭なのかどうか不明だが、新橋演舞場が目と鼻の先にあるので、恐らく、ここで検事総長と疑獄被疑者が会談したことでしょう)

 それを現代に当てはめれば、黒川弘務氏が安倍政権の強力な後押しで、最高検検事総長に就任すれば、安倍政権のスキャンダルを潰し、自民党員の選挙違反を曖昧にし、捜査に手加減をすることができることが容易に想像できるわけです。

 検察の世界では「被害者のいない犯罪」と呼ばれる三つの犯罪があるといいます。「汚職」「脱税」「選挙違反」です。

 先ほどの山本祐司著「東京地検特捜部」には、昭電疑獄から日通事件まで、特捜の鬼検事と言われた河井信太郎氏の残した言葉が掲載されています。

 「汚職、脱税、選挙違反などが蔓延すれば、法無視の荒廃した風潮を招く。やがて社会は自壊作用を起こし、国家は衰亡する」

 これは、1968年6月に著者のインタビューで語ったものですが、半世紀経った今、同じような状況になったということです。

 ロッキード事件を担当した検察OBも「世論の後押しで勇気づけられた」と後に語ったそうです。50年後の我々も、世論を高めて、黒川弘務氏の最高検検事総長就任を阻止しなければいけません。

お経は英訳の方が分かりやすい

 最近、仏教づいておりまして、先日は、仏教用語を英語で何と言うか、通訳のための研修会に参加してきました。

 講師は、浄土真宗本願寺派超勝寺の大來尚順さんという30歳代の若い御住職。米カリフォルニア州にある仏教大学院で修士号も修めた学者さんでもあり、翻訳家でもあり、既に「超カンタン英語で仏教がよくわかる」(扶桑社新書)など数冊、本も出版されてます。

 仏教に関する知識は、当然のことながら、かなり豊富ですが、私自身は、ここ最近は特に仏教書に目を通しているので、それほど驚くほどではありませんでした。むしろ、私の方が雑学的知識というか、宗派の派閥とか、アングラ情報に関しては多く持っている気がしました。…偉そうですね(笑)。

 仏教とは何かー? 会場から「哲学」だの「生きる指針」だのといった意見が出て、大來師は「危ないもの、と言われてなくてよかったです」と笑いを誘っておりましたが、大來師によれば、仏教とは、人が仏(覚者)になる教えだということでした。 日本ではもともと「仏道」と言われ、「仏教」となったのは、1893年(明治26年)のシカゴ万国宗教会議(鈴木大拙や釈宗演らも参加)の後からだといいます。 となると、仏教は、キリスト教と同じ宗教かと言えば、ちょっと違う感じがしました。

 仏様(釈迦)というのは人であり、宇宙を創った創造神でもなく、人を裁く審判神でもなく、超能力を持った至上神でもないからです。

 大來師の説明では、キリスト教が神と人との契約(contract)という二元性(Dualism)なら、仏教は一元性(Non-Dualism)である、といいます。そう説明すれば欧米人は分かるといいます。

 仏教では、人が真理に目覚めるためには「悟り」を開かなければなりません。その悟りとは「四聖諦」(「四諦」)を認識することです。四諦とは、すなわち「苦諦」(世の中は苦に満ちている)「集諦」(その苦には原因がある)「滅諦」(苦しみを和らげ、止めることができる)「道諦」(その苦を止める方法がある)の四つのことで、ざっくばらんに言えば、「自分の思い通りにならないことが人生だ」ということをしっかり頭に叩き込むことなんですね。つまり、それが悟りです。人が怒りに駆られるということは、大抵、自分の思い通りにできなかったり、他者が言うことを聞かなかったり、他者から損害や迷惑をかけられたりすることですからね。

平和観音(宇都宮市)

 その四諦を認識した上で、それらの不満足を解決していく方法が「八正道」だといいます。

 八正道とは、英語でEightfold Noble Path と訳され、その八つとは「正見」(Right View)「正思惟」(Right Thought)「正語」(Right Speech)「正業」(Right Conduct)「正命」(Right Livelihood)「正精進」(Right Effort)「正念」(Right Mindfulness)「正定」(Right Meditation/ Concentration)のことです。どうも、漢字の日本語よりも、英語の方が理解しやすいことが分かりますね。

 同氏は、得意の仏教用語の英訳についても解説してくれ、例えば、「悟り」には、Enlightenment, Awakening, Realization といった3通りの翻訳ができ、それぞれ「ひらめき」「能動的」「受動的」と意味の違いがあることを教えてくれました。

 「諸行無常」は、Every thing is changing で十分に通じるということでした。

 このほか、「煩悩」は、昔はWorldly sins などと訳されたりしましたが、ニュアンスがきつくあまり通じないので、最近では、 仏教本来の意味に近いSelf-centered Calculation mind(どこまでも自己中心にして計算する心)や、単にDesire(欲望)、 Defilement(汚れ)などと訳されるようです。sin(罪)は、信心深い欧米人の感覚からすると、飛び上がるほど強烈な意味になるらしいですね。そこら辺は日本人には分かりません。

仏教の経典はもともとインド古語のパーリー語で書かれ、唐の玄奘三蔵法師らによって苦難の末、中国に持ち帰って漢訳され、日本に輸入されました。漢訳は、意味のない音訳が多く、例えば、「南無」はNamo の音訳で、本来は「帰依する」take refuge inという意味です。南無という言葉そのものに、帰依の意味はありません。

 となると、お経は漢訳よりも、英語の翻訳の方が分かりやすかもしれません。いや、実際、英訳で読んだ方が意味はよく分かりますよ。英訳のお経は、市販されたり、国際ホテルに置いてあったりします。皆さんもチャレンジしてみては?

民俗学から藝能へのつながり転移=大阪・難波の国立文楽劇場で「みやざき神楽」を開催

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今晩は、浪速先生です。

今日は全国的に雨模様で気温はかなり上がって、もう春の陽気でしたね。

新型肺炎騒ぎは日本列島全体に益々広がり、畿内は和歌山で済生会有田病院の50代の男性医師が感染、同病院及びその周辺は大騒ぎです

日ごろ、どんなことがあっても能天気な日本人も、伝染病となるとマスクや消毒液を買い溜めしたりして、昔のオイルショック時のトイレットペーパー買い占め騒ぎの反省、教訓は全く生かされていません。

そんな日本の国内事情をいち早く察知した米国政府は「こんな危ない日本に米国人を任せられない!」と、米国民救出のため急遽チャ-ター機を日本に派遣しますが、つまり、これは「シンゾウ、アベは信頼できない!」の証拠です。

ところが”安倍親衛隊”の日本のマスコミは、その内実は報じません。こちら大阪も一時に比べ中国人観光客がガタ減りです。道頓堀周辺も一時は中国人で占拠されていましたが、今は人通りが少なく歩きやすくなり、商売人は大変でしょうが、遊びに来る日本人は気持ちが良いと思いますね。

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そんな中、ワタシは2月15日(土)の昼下がり。「無料」ということもあって神話の故郷、宮崎の「みやざき神楽」を大阪・難波の国立文楽劇場の舞台で開催されるというので見てきました。

去年10月、東京の国立能楽堂でも開催されたそうですが、ご存知でしたか?恐らく、知らないままで過ごされたと思いますが、国立能楽堂HPを日頃からチェックしていないとダメですね(笑)。

国の「重要無形民俗文化財」に指定されている日本三大秘境の一つ宮崎県椎葉村で毎年11月~12月に夜通し行われる「椎葉神楽」です。

宮崎から国立文楽劇場に河野俊嗣県知事も駆けつけ、天孫降臨神話の高千穂周辺の神楽のPRの挨拶をしましたが、確かに宮崎県の県央、県南は神楽が盛んだそうです。

この日、同劇場の舞台では「不土野神楽」で椎葉村に太鼓と鈴に合わせて、刀を振って火の神への祈祷、唱教をあげたり、鬼神面(きじんめん)や山の神面をかぶって力強く舞う「神楽」が舞台につくられた神域の中で行われました。

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河野知事は、昨年10月に国立能楽堂での同じ「神楽」公演では、鈴木健二氏(元NHKアナウンサー)から「神楽は舞台でするものではありません。やはり現地で闇夜の中で繰り広げられるのを、直かに接しないと神楽の持つ神秘性や神とのつながりは分かりません」と厳しい指摘があったそうです。しかし、現地に行く機会が容易でない都会人には、罰当たりかもしれませんが、希少な機会です。

貴人も「神楽」の謂れ、歴史、その系統を調べると民俗学から藝能へのつながり転移の視点から、屹度、ご興味を持たれると思います。この日は無料であることもあってか劇場は満員で特に青い目の外国人が目立ちました。

以上

黒川弘務氏の最高検検事総長就任は民主主義の危機

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 東京高検の黒川弘務検事長の定年を延長して、今夏には、検察トップの最高検検事総長に据えようとする安倍政権の目論見は、ついに国会でも追及されました。行政府の長が、司法検察のトップを意のままに動かすことができれば、勝手やりたい放題で、三権分立をうたう憲法違反になりかねませんからね。民主主義の危機です。

 ということで、私自身は検察関係とはこれまで「御縁」がなく、知識が浅かったので、友人に勧められて、山本祐司著「東京地検特捜部」(角川文庫、1985年11月10日初版)を赤線を引きながら読んでいます。これが、めちゃ面白い。人間臭い、人事の派閥抗争が検察庁内部で明治時代からあり、あまりにも人間的な検察官に親しみすら感じてしまいました。

 著者の山本祐司氏(1936~2017)は、元毎日新聞記者で、司法記者クラブに長らく在籍したスペシャリストです。特捜部関係の本は他にも結構あります。「東京地検特捜部」 は、文庫版になる前に現代評論社から1980年に初版が出ており、「古典的名著」と言われ、司法担当記者も、検察官自身も必読の書と言われています。が、文庫版になっても、間違いを散見します。例えば、21ページの「海部は、昭和22年大阪経済大を首席で卒業」は、「神戸経済大(現神戸大)」の間違い。55ページの「塩野のほうは、小原より四歳下」は「三歳下」の間違い。66ページの「ドイツの通信社ロイター電」は「英国の通信社」の間違い。114ページの「一木喜徳郎(いちのきき・とくろう)」は 「一木喜徳郎(いちき・きとくろう)」 の間違い…。いやはや、職業病というか、我ながら嫌な性格ですが、古典なら間違いを訂正して復刻してほしいものです。確かに名著だと思うからです。

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 私は「親譲りの無鉄砲で子供の時から損ばかりしている」性格なので、どうも物事や歴史を当局や権力者側からというより、虐げられた側の人からの目線で見がちです。中年時代から近現代史に興味を持ち、「大逆事件」やら「2・26事件」やら「ゾルゲ事件」やら歴史的事件を自分なりに勉学してきましたが、そう言えば、「裁かれる側」からの視点ばかりで、検察など「裁く側」の視点に欠けておりました。

  戦前は、平沼騏一郎に代表されるような「公安・思想検察」が幅を利かせていましたが、戦後になって汚職などを摘発する「経済検察」が勢いを盛り返して、両者の間で血みどろの派閥抗争が続いていたことが、この本を読んで初めて知りました。

 経済検事の派閥を代表するのが、その後、司法大臣などを歴任した小原直(1877~1967)で、木内曽益(きうち・つねのり=1896~1976、最高検次長など歴任)~馬場義続(1902~77=元検事総長)に引き継がれます。小原は、大逆事件も担当しましたが、日本製糖汚職事件やシーメンス事件など戦前の大きな疑獄事件はほとんど担当し、その弟子筋の木内と馬場は、東京地検特捜部(東京地方検察庁特別捜査部)の産みの親と言われています。

 一方の公安検察の派閥を代表するのが、平沼騏一郎の引きなどで司法大臣なども務めた塩野季彦(1880~1949)で、その女婿の岸本義広(1897~1965)に引き継がれます。塩野は、日本共産党を壊滅にまで追い込んだ「3・15事件」や「4・16事件」などで実質的に指揮を執りました。

明治終わりに始まった経済検事・小原直と思想検事・塩野季彦との壮絶な覇権争いは、戦後は馬場義続と岸本義広による報復人事合戦による戦いとなり、最後は、経済検察側の勝利になりますが、映画かドラマを見ているような展開でした。

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 戦後まもなく起きた政界と財界との癒着汚職である「昭和電工事件」や犬養健法相による指揮権が発動された「造船疑獄事件」なども検察側からの視点で描かれ、多少、新鮮な感じがしました。「政界の爆弾男」田中彰治衆院議員や、「街の金融王」森脇将光らも登場します。石川達三原作で映画化された「金環食」では、この2人のモデルも登場し、それぞれ三国連太郎と宇野重吉が迫真の演技で強烈な印象を放っていたので、思い出してしまいました。

 先程の指揮権発動というのは言うまでもなく、1954年の造船疑獄事件で、犬養法相が、与党自由党の幹事長佐藤栄作の逮捕を阻止するために、使わざるを得なかった歴史的汚点のような事件のことを指します。 (犬養氏はすぐに法相を辞任し、事件の6年後に、この事件の背後に東京高検検事長だった岸本義広がいたのではないかと仄めかす論文を文芸春秋に発表)

 さて、今現在の話です。

 黒川弘務東京高検検事長を、最高検検事総長に据え置くという安倍政権の目論見は、指揮権発動に他ならないのではないでしょうか。この本を読んで、その思いを強くしました。

縄文人の平均寿命は31歳

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私はよくラヂオを聴きますが、「ながら」なので、いつ何の番組だったのか、朧気なことが最近多くなりました(笑)。結構、部分部分で聴いていなかったことが多く、「まだら聴き」といった感じでしょうか。(まだらボケではありませんよ、くれぐれもお間違いなく)

 で、先日、ある生物学者さんが、面白い話をしてくれたのですが、例によって「まだら聴き」だったもので、ブログにするには、自分で再構築する羽目に陥りました。ということで、生物学者さんのお話の骨子をお借りして、茲で、自分なりに換骨奪胎したいと思います。

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 日本人の平均寿命の話でした。縄文人の平均寿命は、一体何歳だったのか、という話で始まりました。今、学術的に分かっているところでは、31歳だったというのです。食糧事情がままならなかったし、野獣に襲われたり、病原菌に侵されて亡くなるケースが多かったからでしょう。

 その後、ある程度、医学も発達し、衛生も管理され、食糧事情も改善されましたが、それでも日本人の平均寿命は50歳ぐらいで、戦後になっても50歳代だったというのです。500年前の「人生50年」の戦国時代とは違いますよ、昭和に入ってからもです!

 そこで調べてみると、昭和24年(1949年)の時点で、男性56.2歳、女性59.8歳なんですよね。厚労省のデータですが、本当でしょうか?戦争の影響もあったんでしょうが、男性がやっと60歳代に乗るのはその2年後の昭和26年で、60.8歳(女性は64.9歳)。それでも今のように「人生100年時代」と言われる時代から見るとかなり若いですね。

 そう言えば、全く個人的ながら、私の祖父は、父方も母方も明治後半生まれですが、私自身は全く知りません。二人とも両親がまだ十代だった昭和初期に40歳そこそこの若さで亡くなっているからです。

 明治の文豪夏目漱石は49歳で亡くなっていますが、昭和の無頼派坂口安吾も49歳で亡くなっています。昔の人は、密度の濃い人生を送っていたということになりますね。

 逆に言えば、今の人は、随分とのんべんだらりと生きていませんか、ということです。高齢者が増えると、介護問題を始め、年金問題などそれだけ社会的にネガティブな面が増大する側面があるわけです(まどろっこしい言い方ですが)。

 2001年に石原都知事(当時)による「ババア発言」が物議を醸し、裁判沙汰になったことがありますが、ラヂオに出ていた生物学者も、生殖能力を失った生物が生き残ることができるのは動物界では人間ぐらいですよ、などと発言していました。生物にとって、生殖能力の損失は死を意味するわけです。

 それでも、この生物学者は、お婆さんは、孫たちを養育したりするので、生殖能力と同じような役割を果たしている、と「お婆ちゃん効果」を強調していました。となると、その一方で、お爺さんの方はどうなるんでしょうか?

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 この辺りの話になると、「まだら聴き」状態で明確ではないのですが、この生物学者は、プラトンの「饗宴」とホメロスの「イリアス」「オデュッセイア」を例に出して、このような本を書いて、人間にしかできない魂を製作すれば、生物が個体として死んでも、作品は何千年も残るといった話をしていました。「虎は死して皮を残すが、人間は死して名を残す」をといったところでしょうか。

 ま、でも、こういった何千年も人類に読み続けられる名作を書ける人は、1億人に一人どころか、100年に一人ぐらいでしょうけどね。われわれのような凡夫は、高齢になっても自殺するわけにはいかず、他人様に迷惑をかけないよう、ひっそりと老醜を晒しながら生きていくしかないでしょうが…。

 私自身も、昔の人なら亡くなっているおまけの人生を生きています。今さらホメロスにはなれないので、こうしてブログに雑文を書きながら、世を忍んで生きていくつもりです。

日仏会館でデプレシャン監督作品「あの頃エッフェル塔の下で」を観る

日仏会館

 昨年12月に見事厳しい審査を経て(?)、東京・恵比寿にある日仏会館の会員になることができました。そこで開催されるフランスに関する色んな講演会やセミナーやイベントに参加できます(非会員の方もbienvenu)。1月に「ジャポニスム」に関するセミナーがありましたが、仕事が遅くなり、キャンセルせざるを得なくなりました。

 昨晩は会員として初めて参加しました。(そう言えば、2015年1月に日仏会館で開催された「21世紀の資本」のトマ・ピケティの講演を取材したものです。ということは5年ぶりでしたか…早い、早すぎる)

ヘアーサロン・ヤマギシ 月曜休みでした

 その前日に、京洛先生から電話があり、明日、日仏会館に行く予定だと話したところ、「恵比寿ですか…そうですか…懐かしいですね。中華のちょろりに行ったらいいじゃないですか」と仰るではありませんか。

 えっ?何ですか?ちょろり?

「中華屋さんですよ。あたしはよく行きましたよ。恵比寿ビアガーデンの近くでもあります。そこで、よく炒飯と餃子にビールを注文したものですよ」

 いい話を聞きました。京都の京洛如来様は、まだ東京で調布菩薩だった頃、職場が恵比寿にあったことから、恵比寿は自分の庭みたいなものでした。

 「恵比寿駅近くにヤマギシという床屋がありましてね。社長はあの大野で修行した人で、あたしはよく行ったものです。今でも東京に行った時に予約して行きますよ。貴方も行ってみたらどうですか?『京都の京洛から話を聞いて来ました』と言ったら、喜びますよ」

 あれ?それ、もしかしたら、恵比寿商店会から宣伝料のマージンでももらっているんじゃないですかねえ(笑)。

 でも、私も、当日の夕飯はどうしようかと思っていたので、良い店を紹介してもらいました。

 中華「ちょろり」は、日仏会館の目と鼻の先にありました。夕方5時頃入ったら、お客さんはまだ誰もいなく、しばらく一人でした。大衆中華料理屋さんというか、大きなテーブルが7個ぐらいあって、30~40人で満杯になる感じでした。(帰りの夜9時過ぎに店の前を通ったら、超満員でした。夜中の3時までやっているようです)

 京洛先生のお薦め通り、炒飯と餃子とビールを注文。炒飯は、何か、和風で、昔懐かしい味。餃子は野菜がいっぱい入ってました。

 さて、肝心の日仏会館の催しは、「映画と文学」の6回目でした。アルノー・デプレシャン監督作品「あの頃エッフェル塔の下で」(2015年、123分)が上映された後、目白大学の杉原先生による、特に、映画のフラッシュバック技法とマルセル・プルーストとの関係について解説がありました。

アルノー・デプレシャン監督作品「あの頃エッフェル塔の下で」 左は、 ポール役のカンタン・ドルメール、右は エステル役のリー・ロワ・ルコリネ

5年前に日本でも公開されたこの映画は見逃していましたが、なかなか良かったですね。よほどの映画通じゃなきゃデプレシャン監督作品は知らないでしょうが、私も初めて観ました。1960年生まれのデプレシャン監督の青春時代を色濃く反映した作品で、私もほぼ同世代なので、心に染み入りました。満点です。

 デプレシャン監督は、ベルギー国境に近いフランス北東部の田舎町ノール県ルーベ出身で、パリに上京して仏国立高等映画学院で学んだようです。映画の原題はTrois souvenirs de ma jeunesse で、直訳すると「我が青春の三つの物語」となります。主人公のポール・デダリュスは人類学者で外交官ですが、タジキスタンかどこかの旧東側国の税関で捕まり、スパイ容疑で取り調べられるところから物語は始まります。その時、主人公が青春時代の三つの物語をフラッシュバックで思い出すという展開です。

 後で聞いた杉原先生の解説によると、主人公のポール・デダリュスとは、ジェイムス・ジョイスの「ユリシーズ」に登場する作家志望の青年スティーヴン・ディーダラスから拝借したもので、ユリシーズもこの映画も「帰還」がテーマになっているとか。

 主人公のポール(青年時代はカンタン・ドルメール、現在の壮年時代はマチュー・アマルリック)とエステル(リー・ロワ・ルコリネ)との淡い悲恋の物語といえば、それまでですが、恋する若い二人の心の揺れや不安が見事に描かれ、私も身に覚えがあるので懐かしくなりました(笑)。ポール役のドルメールも清々しく格好良かったですが、エステル役のルコリネは、男なら誰でも夢中になるほど魅力的で、強さと弱さを巧みに表現できて、なかなかの演技達者でした。

 そして、何と言ってもプルースト。これでも、学生時代は岩崎力先生の講義に参加して少し齧りました。今でも「失われた時を求めて」 À la recherche du temps perdu の第1章「スワン家の方へ」(1913年) Du côté de chez Swann の最初に出てくる「長い間、私はまだ早い時間から床に就いた」の《 Longtemps, je me suis couché de bonne heure 》は今でも諳んじることができます。岩崎先生には、マルグレット・ユルスナールやヴァレリー・ラルボーらも教えてもらいましたが、名前を聞いただけで異様に懐かしい。何の役にも立ちませんが(笑)。

 デプレシャン監督には、「魂を救え!」(1992年)や「そして僕は恋をする」(1996年)、「クリスマス・ストーリー」(2008年)などがありますが、登場人物に関連性があり、一種のシリーズ物語になっているようです。バルザックに「人間喜劇」、エミール・ゾラには「ルーゴン・マッカール叢書」などがありますが、フランス人は作品は違っても、続きものになる、こういう関連シリーズ物語が好きなんですね。

 映画では、主人公は人類学者になる人ですから本をよく読み、レヴィ=ストロースの「悲しき熱帯」などを読んでいる場面も出てきました。私は、青春時代にフランスに首をつっこんでしまったので、この先、死ぬまで関わることでしょうから、日仏会館のイベントにはなるべく参加していくつもりです。お会いしたら声を掛けてください(笑)。

お経は今を生きる人が心の糧として読むべきでは?

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  何か、毎日、本を読んでいるか、映画館か博物館に行くか、とにかくブログを書いているのが自分の人生に思えてきました(笑)。何も取り得がなく、希望がなくても絶望はせず。ただひたすら真面目に誠実に生きたい、ということだけは心掛けて生きています。

 そういう意味では、仏教哲学は大変役に立っています。苦諦(現実世界は苦に満ちている)、集諦(じったい=苦の原因は人間の無知から生まれ、執着心から起こる。その根源をはっきり認識する)、滅諦(執着を断ち切り、苦を滅する)、道諦(苦のない涅槃の境地に達するために八正道=はっしょうどう=など修行をすること)の四諦(したい)を見極めて、その八正道を実践するという仏教の教えは特に身に染みます。

 八正道とは、(1)正見(しょうけん=正しい見解)(2)正思惟(しょうしい=正しい考え)(3)正語(しょうご=正しい言葉遣い)(4)正業(しょうごう=正しい行い)(5)正命(しょうみょう=正しい生活)(6)正精進(しょうしょうじん=正しい努力)(7)正念(しょうねん=邪念を離れ正しく念想する)(8)正定(しょうじょう=迷いのない正しい瞑想)ーのことです。

 これらは、上座部仏教の教学「清浄道論」に書かれています。

 …なんて、知ったかぶりばかりしておりますが、先日読了した松濤弘道著「お経の基本がわかる小事典」(PHP新書)に書いてあります。読了したとはいえ、全て頭の中に入っているわけではありません。逆に言うと、この事典の内容を奥深く理解して、頭の中に記憶できて入ったら、自分自身の仏教に関する知識が格段に進歩し、少しは自信がつくことでしょう。

 著者によると、お釈迦様が説いた教えである経典は、梵語から漢訳されて日本に伝わったものだけで1692部、日本で生まれたお経も含めれば3360部もあるといいます。

 この本では、お釈迦様の直説とされる「阿含経」から、「法句経」「大般若経」「無量寿経」「法華経」を始め、中国で生まれた「往生論註」「臨済録」「天台四教義」、日本で生まれた「山家学生式」「十住心論」「選択集」「教行信証」「正法眼蔵」など主要なお経はほとんど取り上げて内容について短く説明しています。(経典とは言えない「今昔物語」まで)

 これらのお経の内容を全て茲でご紹介するのは無理なので、この本を読んで特筆したいことと、その感想めいたことを書くことにします(拍子抜けされた方はすみません)。

 ・釈迦の滅後、聞き間違えや異説を唱える者が出て、何が師の教えだったのか再確認する必要に迫られた。それが、結集(けつじゅう)と呼ばれ、第一回の結集は、紀元前483年に開かれた、と書かれています(29ページ)。釈迦の生没年に関しては、(1)紀元前565~同486年(2)紀元前465~同386年(3)紀元前463~同383など、諸説ありますが、紀元前483年に釈迦入滅後初の結集が開催されたとしたら、(2)と(3)はあり得ず、(1)しかなく、お釈迦様が入滅された3年後に開催されたことになります。

・インドから膨大な量の経典を中国に持ち帰って「大般若経」600巻などを漢訳した玄奘三蔵法師の「三蔵」(ティピタカ)とは、「経」(スッタ=釈迦の直説の教え)と「律」(ヴィナヤ=その教えに従う弟子の教団の規律)、「論」(アビダルマ=経の注釈書)のこと。

・最澄は、大乗戒を説く「梵網経」に基づき、朝廷に対して、比叡山に大乗戒壇の建立を願う建白書をまとめたのが「山家学生式」。それまでは、僧侶になるには奈良の東大寺か、下野の薬師寺か、筑紫の観世音寺へ行って、小乗の戒律を受けなければならなかった(173ページ)。

中国仏教に感謝するしかない

・日本の仏教は、インド仏教というより、漢訳された中国仏教の影響の方が強いのではないかと思う。例えば、浄土宗の開祖法然は、中国浄土教の善導から最も強い影響を受けましたし、最澄の天台宗は、中国の南北朝時代から随にかけての天台智顗(538~598)なくしては語れません。栄西の開いた禅の臨済宗も、もともと中国の臨済義玄(?~867)が開宗したもので、道元が中国宋から持ち帰った曹洞宗も、中国禅宗六祖慧能が説法した曹渓と、慧能が大成した南宗禅の法系である良价(りょうかい)が住んだ洞山にちなんで、曹洞宗と名付けられたといわれてます。

 となると、今の中国仏教が見る影もないほど廃れてしまったことは大変残念です。と同時に、これまでの中国仏教には感謝するしかありません。日本の仏教は、明治の廃仏毀釈後も残りましたから、御先祖さまの長年の信仰と、存在価値があったからでしょう。

諸行無常、こだわってはいけない

・著者の松濤氏は、お経というものは、死者の冥福や慰霊のために、僧侶が唱えるものというのは固定観念であって、今を生きる普通の人でも、生きる糧として読むべきであり、現代人でも、釈迦の教えに逸脱しなければお経をつくっていいと主張しています。これは素晴らしいことだと思いました。

 やはり、悟りを開けなくても、人生を深く考え、見極めることが大切です。それはお経に書いてあります。例えば「諸行無常」です。西洋でいえば、「万物は流転する」ということでしょうか。すべてのものは変わっていて、同じ状態で居続けることはあり得ない。無常なものである。人の命も、愛情も友情もたったひと時のことである、と著者は語り掛けてくれます。

 人生、こだわってはいけないんですね。とらわれてはいけないんですね。先日15年ぶりに会ったM氏も、長年親しく付き合っていた北海道の友人と、何のきっかけもないのに、相手から連絡がなくなり、疎遠になってしまった、と嘆いていましたが、私も同じような経験があるので、気持ちがよく分かりました。でも、人生とは諸行無常であり、友情でさえ、一時のもので、変化していくものだという真理を知れば納得できます。

 私は特定の宗派の教団の信徒にはならないと思いますが、私が仏教哲学に、改めて心の奥底から惹かれるようになったのは、苦い人生経験を経た末のことだと思っています。

🎬「彼らは生きていた」は★★★★★

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 100年以上昔の第一次世界大戦(1914~18)のドキュメンタリー映画「彼らは生きていた」(ピーター・ジャクソン監督)を土曜日に観てきました。

 東京・有楽町の映画館で午前9時45分からの上映。63席しかないので、チケットは25分前に完売してしまいました。その様子をその場で見た私は、チケットはネットで購入していたのでセーフ。次の上映時間は夜の9時10分からですから、遠方から来られた方は絶望的な表情を浮かべていました。でも、こういう良心的な映画をご覧になる方がたくさんいるとは、世の中、捨てたもんじゃありませんね。私も含めて遠方の方は、良質な映画鑑賞の場合、次回はネット購入をお薦めします。

 この作品は、ジャクソン監督が、大英帝国戦争博物館に所蔵されていたモノクロの未公開フィルムを最新技術でカラー化し、当時従軍した兵士のインタビューの肉声をバックに重ねたものですが、信じられないほど画像が鮮明になり、つい最近に起きた戦争にさえ錯覚してしまいます。1961年生まれのジャクソン監督は、この映画を同大戦に従軍した自分の祖父に捧げていました。

第一次大戦では、戦場での兵士の移動は、トラックやジープがまだなく、徒歩か馬で、映画では、爆撃機は登場しませんでしたが、既に新兵器である戦車(タンク)が開発され、重機関銃、毒ガスまで使用されていました。

  第一次大戦では、7000万人以上の軍人が動員され、戦闘員900万人以上、非戦闘員は700万人以上死亡したといわれます。映画では、フランス国内の戦線で対峙した英国とドイツが、互いに迷路のような塹壕を掘り合って、陣取り合戦のような肉弾戦が中心でしたから、両軍ともに甚大の戦死者を生みます。

 おぞましい戦闘シーンや、腐乱した戦死者の遺体など出てきますが、よくぞこんなフィルムが残っていたと感心します。

 多くの日本人は、第1次世界大戦については、太平洋戦争ほど関心がないというのが本音かもしれません。私自身も、レマルクの「西部戦線異状なし」を読んだぐらいで、どちらかと言うと第2次世界大戦の方がもっと詳しく知りたい派です。

 しかし、欧州人にとっては、欧州大陸そのものが戦場となり、勝者も敗者も、いずれも甚大な損害を蒙ったことから、第1次世界大戦への関心度は、日本人と比較にならないでしょう。

 この映画の原題は、They shall not grow old で、敢えて逸脱して意訳すれば、「彼らの生きざまは並大抵ではなかった」辺りでしょうが、「彼らは生きていた」という映画タイトルは、実に巧いなと思いました。1914年のサラエボ事件を発端に、戦意が高揚し、マスコミが煽り立て、英国では、19歳から志願兵を受け入れるというのに、18歳、17歳、いや中には15歳や16歳まで年齢を偽って従軍していた様子から、この映画は始まります。

 100年前とはいえ、我々の父親、祖父、曾祖父の世代ですから、日々の喜怒哀楽は万国共通で、時代は変わっても本質は何も変わっていないことが分かります。

 兵士たちの食事は非常に粗末で、トイレがなく、穴を掘ったところに板を張って集団で用を足し、中には板が折れて、肥溜めに落ちる兵士もいました(尾籠な話で失礼)。

 塹壕は雨が降るとぬかるみになって、ネズミや病気が発生し、泥沼に落ちて亡くなる兵士もあり、苦心惨憺する有様も出てきます。このほか、英国軍のドイツ兵の捕虜に対する扱い方が、ちょっと紳士的に描きする嫌いがあり、本当かな、と思ってしまいました。

 1918年11月11日午前11時に休戦条約が調印され、大戦は終結しますが、帰還した兵士たちは、白い目で見られ、求職を断られるなど、市民生活とのギャップが描かれていました。帰還兵たちは「戦場に行った者しか分からない」と嘆いていましたが、この映画を観た観客は、塹壕での悲惨な戦闘を疑似体験しているので、非常に気持ちが分かります。こういうことは、時代を現代に置き換えても同じことでしょうね。

海上自衛隊幹部の風俗店経営は深刻な問題を孕んでいる

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

ネット時代になり、これまでマスコミに独占されていた国家公務員の人事情報が、省庁のホームページを通して、一般人でも、いとも容易く見ることができるようになりました。一般人とはいっても、国民であり、納税者ですからね。

 例えば、 2月5日(水)に発表された令和2年2月4日付の「防 衛 省 発 令人事」としてこんなものがあります。

護衛艦隊司令部付を命ずる (横須賀海上訓練指導隊司令)     1等海佐 森田 哲哉

横須賀海上訓練指導隊司令事務取扱を命ずる (海上訓練指導隊群司令) 1等海佐 岩澤努

 これだけ見ても、さっぱり分かりませんね。プロのマスコミの防衛省担当記者も分かるはずありません。せめて、横須賀海上訓練指導隊のトップである「司令」だった森田1等海佐が、病気か何かで、「司令部付」に格下げ(?)になったことが、賢い優秀な記者なら読み取ることができます。もっと賢い記者なら、広報に取材することでしょう。

 でも、日々忙しい新聞記者の連中は取材しなかったようですね。その代わりに取材していたのが、6日(木)発売の週刊文春でした。「海上自衛隊幹部が女性向け風俗店を経営 自衛隊法に抵触か」との衝撃的な見出しで報道したのです。

 繰り返しになりますが、防衛省が、森田一等海佐の降格人事を発表したのは、5日のこと。ということは、翌6日に発売される文春砲に記事が出るという事実をつかんだ防衛省幹部が慌てふためいて発表したと予想されます。しかも、紙きれ一枚の人事発表では、さすがにマズイと後から不安に思ったのか、夜遅くになってやっと記者会見して、護衛艦「やまゆき」などの艦長を歴任した森田一佐が「デリバリーヘルスを営業していた疑いがあり、事実関係を調べている」「客に訓練内容を漏らした疑いもある 」とまで事細かく白状、いや、発表した次第です。

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 面妖だったのは、翌日の6日の首都圏の朝刊各紙。日頃、安倍政権に刃を向けていると伝えられている朝日新聞と東京新聞は、通信社電があったにもかかわらず、この記事を掲載しませんでした。それなのに、安倍政権の「機関紙」「御用新聞」とまで言われている読売新聞と産経新聞は、不都合な真実なのに、ちゃんと報道しているのです。(毎日は実名を書かず報道、日経は非掲載)

 この問題は、戦前なら軍機保護法違反容疑になるはずです。デリヘルの話だけが独り歩きしましたが、かなり深刻な問題が孕んでいるのです。

 NHKはじめ、テレビは大きく報じないので、もしかして、このニュースを知らない人がいるんじゃないかと思い、旧聞に属しますが、裏舞台も含めてあえて取り上げました。

 知らなかった人は手を挙げてほしいなあ…(笑)。

 

お経で自己反省=究極のミニマリストには驚き

WST National Gallery Copyright par Duc de Matsuoqua

 最近、このブログで個人的なことばかり書いているので忸怩たる思いを感じております。

 今日やっと半月間かけて読了した松濤弘道著「お経の基本がわかる小事典」(PHP新書、2004年11月1日初版)は大変為になりました。お経は、梵語から漢訳されて日本に伝わったものだけで1692部あり、我が国で生まれたものを含めると3360部にもなるといいます。もちろん、お釈迦様お一人がこれほど膨大なお経を説いたわけではなく、弟子や後代の名僧が説いたものもあるわけです。

 以前にも取り上げましたが、著者の松濤弘道(まつなみ・こうどう)氏(1933~2010)は、米ハーバード大学大学院で修士号を修め、栃木市の近龍寺の住職なども務めた方でした。 近龍寺は浄土宗ですが、松濤氏は学者でもあるので、宗派にとらわれず、オールラウンドに仏教思想全体に精通されているところが素晴らしいです。

 その松濤氏は、お釈迦様の考えに逸脱しなければ、現代人でもお経を説いてもいいと主張するので驚いてしまいました。私は未読ですが、評論家の草柳大蔵さんには「これが私のお経です」(海竜社、1993年刊)という本がありました。この本でも著者の松濤氏は御自分でつくった短いお経も披露されています。

 その中で、「いたずらにむさぼらず、おごらず、とらわれず…、人に対しては優しい目、和やかな顔、温かい言葉をもって接し、お互い、いたわり合うべし。たとえそうすることによって不利益を被ることもあらんとも」という文章に巡り合いました。目から鱗が落ちるようで、深く反省した次第です。たとえ相手がチンピラだろうと、そいつから金品を巻き上げられようと、人に対しては優しく接しなければいけませんね。

 さて、今日は、最近テレビで見た奇人・変人(失礼!)をご紹介します。

 先週、バラエティー番組を見ていたら、若い気象予報士の男性が登場し、究極のミニマリスト(最小限の家財道具しかないシンプル生活者)で、部屋には何もない、と言います。食事は外食なので、調理道具も皿や茶わん等もないように見受けられました。

 凄かったのは、冷蔵庫はありますが、中に入っているのは湿布ぐらいだというのです。司会者が「何で?」と聞くと、「身体の節々が痛くなるから」と答えるので、また司会者が「何で痛くなるの?」と聞くと、どうやら、布団を持っていなくて、フローリングの床の上で、そのままダウンコートを着て寝ているというのです。(ということは、ソファもないことでしょう)周囲から「布団ぐらい買えよ」とチャチャを入れられていましたが、これには驚くとともに大笑いしてしまいました。

 世の中にはこんな人もいるんだ。何もなくても、布団もなくても生きていられるんだ、と逆に勇気をもらいました。もしかして、仏教の精神を実践されている方なのかもしれません。

【後記】

 あっちゃー、吃驚です。本物かどうか分かりませんが、「京都の住職」さんから「チンピラや悪党や性根の腐った人間もひとしく弥陀の救済の対象です。『さんげ』は必要ですが。
『極楽浄土に来てほしくない』なんておっしゃると、カンダタと同じになっちゃいますよ。 」との「コメント」を頂いておりました。(今、発見)

 カンダタとは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」に登場する地獄に堕ちた泥棒さんのことですか?

 そ、そ、それだけは御勘弁ください。ま、真人間になりますから。