ホットドッグ屋から国防次官ポストを目指す野心家=ワグネル創設者プリゴジンとは?

本日(6月25日)の朝刊各紙は、ロシアの民間軍事組織「ワグネル」が、あわやモスクワに進軍するのではないか、ということでプーチン大統領が、反乱軍として投降を呼びかける演説をしたことが1面になっていました。その後、ワグネルはモスクワに侵攻することなく、ベラルーシ方面に向かったという続報が出たので、内戦まで発展せず、万事休すです。

 それにしても、よくテレビで、強面の顔でロシア国防軍を厳しい表情で常に非難して登場するこのワグネルの創設者プリゴジンさんとやら、一体、どんな経歴の持ち主なのか? 日本の新聞では、単なる「実業家」だの「プーチン大統領に近い人物」程度の情報しか書いておらず、いかなる人物なのか、さっぱり分からなかったのですが、たまたま読んだ英高級紙ガーディアンにプリゴジン氏の人となりについて、かなり詳細に報道されていました。

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 そのガーディアンの6月24日付の長文記事(電子版)は「エフゲニー・プリゴジン Yevgeny Prigozhin ホットドッグ売りからプーチンの戦争マシーンのトップに躍り出た男」(意訳)というタイトルでした。

 それによると、プリゴジンは1961年、旧ソ連時代のレニングラード生まれ。父親を幼くして亡くし、病院勤務の母親に育てられたといいます。スポーツ学校でスキーのクロスカントリーなどに励みましたが、プロのスポーツ選手になることはなく卒業。しかし、悪友3人と路上強盗を何度も働いて逮捕され、1980年3月の18歳の時に懲役13年の実刑判決を受けたといいます。ブレジネフ書記長の死もゴルバチョフのペレストロイカも知らないまま、10年後の1990年に出所したプリゴジンは、レニングラードからサンクトペテルブルクと名前を変えた地元でホットドッグ屋を始めます。これが月に1000ドルも売り上げるほど大ヒットし、野心のあるプリゴジンは、スーパーマーケットの株を買って大儲けし、これを元にレストランを開業します。「オールド・カスタムズ・ハウス」と名付けた店で、パートナーは、ロンドンのサヴォイ・ホテル出身で、サンクトペテルブルクの高級ホテルで働いていたトニー・ギアという男でした。このギアの才覚で、ストリッパーが出演する風俗レストランから高級食材を使った超高級レストランに転換すると、グルメのポップスターやビジネスマンらに大評判の人気店となり、ついに、サンクトペテルブルクのアナトリー・ソブチャク市長が副市長に起用したプーチンをこの店に連れてくるようになりました。

 プーチン元中佐は当時、KGBを退職して政治活動を始めたばかりで、勿論、首相にも大統領にもなる前です。ですが、プリゴジンは、将来の大統領候補の胃袋をつかんだことになります。プリゴジンはプーチンだけでなく、サンクトペテルブルク在住の世界的なチェリスト、ロストロポーヴィチとまで親密になり、彼が2001年、自宅にスペインの女王を招待した際に、プリゴジンに食事のケイタリングを任せたほどでした。

 そして、プーチンが首相、大統領に昇り詰めると、世界の首脳らと私的食事会をサンクトペテルブルクで開いた際、利用したのが、このプリゴジンの超高級レストランでした。この中にはブッシュ米大統領やチャールズ英皇太子(当時)らも含まれ、これら要人とプリゴジンも一緒に写真に収まっています。これらの写真は、野心家によって大いに利用されたことでしょう。

 プリゴジンは、プーチンを通して、政府関係のケイタリング・ビジネスに食い込んだだけでなく、その後、シリアで内戦が起きると、食事関係だけでなく、軍装備調達まで手掛けるようになります。2014年にはワグネルを創設して、ついに民間軍事会社として、クリミア半島の占領戦争にも参加したりするわけです。

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 半グレの少年強盗あがりから、社会の大混乱を利用して、一介のホットドッグ屋から叩き上げで高級レストランのオーナーとなり、「先物買い」で著名人との人脈を利用して、のし上がってきた男だということが分かります。プリゴジン氏がロシアのショイグ国防相を非難しても、プーチン大統領だけは批判しないのは、プリゴジン氏にとって、プーチンは大恩人だからだということなのでしょう。勿論、プーチン大統領もプリゴジンを安価な傭兵として利用し、これからも利用し続けることでしょう。

 彼は、日本史でいえば、野心家の成り上がりの羽柴秀吉に近いのかもしれません。今後のプリゴジン氏の動きには目が離せません。一体、この先どうなるのか、誰も予想できませんが、結構、彼がウクライナ戦争の勝敗の鍵を握っているのかもしれません。

【追記】2023.6.30

 約1週間も遅れて、日本の主要新聞各紙もプリゴジンの経歴と人となりを、やっと掲載するようになりました。特に、6月30日付日経朝刊では、かなり詳しく報じていました。プリゴジンの企業グループには、軍事会社ワグネルや飲食業、不動産のほか、「トロール工場」と呼ばれるSNSなどによる世論操作会社もありました。2016年の米大統領選挙に介入し、米国はプリゴジンに制裁を科したといいます。

 ベラルーシに亡命したプリゴジン氏は、目下、同国内に軍事拠点基地を建設中らしく、これからも一波乱ありそうです。