やくざと日本民族と靖国史観 


今、何冊か並行して本を読んでいます。

溝口敦著「カネと暴力と五代目山口組」(竹書房)は読了しました。でも、内容については、インターネットを通して、世界中に配信できるかなあ、といったものです。ネガティブな意味ではなく、大変勉強になりましたので、ご興味がある方は読んでくださいという言い方しかできません。雑誌に連載された記事の寄せ集めで、さすがに、論旨の重複や不統一が見られ、いかんせん、情報が古びてしまったものもあります。それでも、総会屋関係の人脈組織関係は、非常に参考になりました。
五代目渡辺会長が、宅見若頭の傀儡政権で、そのために、反発した中野会が、宅見若頭を暗殺したという説には大変説得力がありました。

加藤周一氏の「日本文化における時間と空間」(岩波書店)は、途中で挫折しそうです。「羊の歌」「日本文学史序説」など、加藤氏の著作は、まあまあ読んでいるとは思いますが、この本は異様に難しい。硬くなったコッペパンのように、なかなか咀嚼できません。何となく、まだ途中ですが、分かったのは、日本人は「今」「ここ」を重視する民族で、ユダヤ欧米人のように、時間的概念としての「初め」も「終わり」もその概念がない。歴史観がまるで違う、といったものです。だから、日本人はすぐ「水に流す」とかいう言い方ができるというのです。

イスラエルという国家がパレスチナに存在するのは、何千年も昔にあったという時間の延長の概念に意義と存在証明があります。

日本という国家は、歴史上、蒙古とアメリカと露西亜にしか「侵略」された経験がないので、簡単に過去のことを水に流すことができるのでしょう。

いやあ、これ以上書くと、炎上してしまうので止めておきます。

もう1冊は、小島敦著「靖国史観」(ちくま新書)です。これも、なかなかエグイ本です。著者は、最高学府で、いわば国民の税金で最高の教育を受けた母校の助教授(正確には准教授ですか)になったというのに、庶民を上から見下ろして、学問のない人間に対しては徹底的に誹謗して、人を喰ったような言い方をするのが、鼻につきますが、概ね論旨は痛快で、もやもやしていた視界が晴れるようで、爽快感があります。

著者は、司馬遼太郎をはじめ、明治維新を全面的に肯定する歴史観は中立的ではない、と批判し、そのために「国体の本義」や「国体明徴運動」などについて詳細し、歴史的に分析しているのです。

国体というのは、国民体育大会の略称ではないのだよ、お馬鹿さん。と著者は露骨に書いていますが、それは、おいといて、国体という言葉と定義を発明したのは中国人ではなく、日本人だったということを初めて、本書を通じて、お馬鹿さんの私は知りました。水戸藩の正志斎こと会沢安(あいざわ・やすし)です。

この国体の護持ということが、以前書いたポツダム宣言受諾の折に問題になり、その前に、美濃部達吉の「天皇機関説」問題などがあったり、様々な政治問題のキーワードになるわけです。もちろん、今でも続く「靖国問題」もそうです。

正直に書けば、実に面白い本です。真の歴史家を自認している著者の論理には説得力があります。「反司馬遼史観」に立つことにした私にとっても、力強い味方になってくれそうです。

この本については、また、読了後、書くつもりです。

おめでとう!「港の人」創立10周年

 帯広

 

畏友里舘勇治君が創業した出版社「港の人」が今年、創立10周年を迎えました。「ああ、あれから十年も経ったのか」と感慨に耽ります。途中で投げ出したり、挫折することなく、出版不況と言われる中でよくここまで続けてきたものだと本当に感心してしまいます。

 

たとえが変ですが「港の人」は、有名な見城徹氏の「幻冬舎」とは全く対極にある出版社です。創業者で編集責任者でチーフプロデューサーでもある見城氏は強烈な個性の持ち主で、文壇だけでなく政財界から芸能界にまで顔が広く、ベストセラーを立て続けに出版し、日本人なら知らない人はいない大出版社に育て上げました。社名の幻冬舎も大作家の五木寛之氏に付けてもらったくらいです。

 

片や「港の人」は、全く出版社らしくない名前で、詩人の北村太郎の詩集から「勝手に名前を取った」と里舘君は言います。ですから「『港の人社』ではない」と断言しますが、知らない人からみれば、何の会社か、人間なのか分かりませんよね(失礼)。出す本も幻冬舎が派手な広告と芸能人の告白本などでミリオンセラーを立て続けに記録するなら、港の人の出版部数は極めて少なく、万人が知っている書物があるわけではない。本社も鎌倉にあるので、地方の小出版と言ってもいいでしょう。

 

里舘君は、いわゆるギラギラした金儲け主義の起業家とは程遠く、外面は気弱そうで、「独立しても大丈夫かなあ」といった感じの人でした。しかし、あに諮らんや。内面に秘めた情熱は超人の域に達し、気骨の精神の塊でした。文学や詩に対する造詣と鑑識眼だけは人に譲れぬ信念を持つ人でした。「港の人」の出版方針に二つの柱があり、一つは、日本語、社会福祉、児童文化、教育などの学術図書。もう一つが詩集、エッセイ、評伝、芸術などの人文書になっていますが、まさに彼の信念の種子を現実化したものを次々と世に問うてきました。

 

流行とは全く無縁で、まさに地を這うような愚直なやり方で自分の信念の具現化だけに邁進してきたのです。この10年、本当に凄まじい逆風と大雪が降ったことでしょう。しかし、彼は倒れませんでした。今、ふと、彼は柳のような男だなあ、と思いました。強風に晒されても、風の吹くまま大きく揺れ動きながら、それでも決してポキッと折れない。出版界でも売らんかな主義の蔓延る中、あくまでも小部数でも質の高い良書を出版しようと努力してきた里舘君の信念には本当に頭が下がります。

 

この文章に興味を持った方は、是非「港の人」のホームページhttp://www.minatonohito.jp/index_main.htmlを覗いてみてください。そして、興味がある本が見つかれば注文していただければなあ、と思います。

 

 

追記…この文章は、里舘君には内緒で勝手に書いています。もしこの事実を知ったら「褒めすぎですよ。やめてくださいよ」と笑いながら許してくれると思いますが…。

ドナルド・キーン著「渡辺崋山」

 トムラウシ

 

公開日時: 2007年6月12日 @ 09:25

ドナルド・キーン著(角地幸男訳)「渡辺崋山」(新潮社)を読了しました。こんな魅力的な日本人がいたとは知りませんでした。日本人として誇りを持ちます。歴史に埋もれてしまった崋山を「再発見」してくれた米国人のキーンさんに感謝したくなりました。(キーンさんは、日本人以上に日本的な人なのですが…)

 

渡辺崋山(1793-1841年)といえば、どこか小藩の武士でありながら、蘭学者で、徳川幕府の政策に異議を申し立てて、いわゆる「蛮社の獄」で捕縛されて獄死した。「慎機論」という著作があった…という程度の知識だったのですが、この本を読んで、私の知識の大半が間違いで、彼について何も知らなかったということが分かりました。

 

 本職は、今の愛知県にある田原藩の藩主の側用人にまで取り立てられ、藩政の改革に尽力を尽くした武士なのですが、彼の名声を高めたのは何と言っても「近代絵画の祖」とも言うべき画家としてです。谷文晁に弟子入りし、あの時代に浮世絵とは全く違う西洋風で写実的な肖像画を数多く残したのです。「鷹見泉石像」は、国宝に指定されていることはよく知られています。崋山の友人だった鷹見は、下総国古河藩の家老で、「大塩平八郎の乱」の鎮圧を指揮した人物だったということも、この本ではじめて知りました。

 もともと儒学者だった崋山が洋学に近づいたのも藩政の改革、沿岸警備のための参考と絵の技法を学ぶために、知識を取り入れる目的がありました。ですから、蘭学者とはいっても、オランダ語が相等できたわけではなく、文献は小関三英(崋山捕縛の報を聞いて自殺)や高野長英(蛮社の獄で連座)らに翻訳してもらっています。幕府の「異国船打払令」に反対したのも、西洋事情に精通していたためで、幕府転覆など大それたことは考えていなかったのです。その当時、庶民や幕府の幹部が誰も知らなかった阿片事件など世界史的事件を知っていて、鎖国政策が如何に時代遅れであるかを認識していたからです。

 結局、崋山の捕縛も、保守派で蘭学嫌いで、大儒学者・林述斎の三男である大目付の鳥居耀蔵による「でっち上げ」に近いものだったのです。本書で書かれたことで私にとって圧巻だったのは、「いざという時に、人間の本性が現れる」という事実を発見したことです。人間、それは江戸時代でも現代でも何ら変わりがありません。

 

 崋山が捕縛された途端、あれ程親しかった友人、知人、親友、師匠、弟子らが自分にも嫌疑が及ぶと恐れて手の平を返したように「崋山と自分とは無関係なり」と主張し、崋山救済のために何もしようとしなかったのです。この歴史的事実は忘れてはいけません。とりわけ明記したいのは、「南総里見八犬伝」で知られる有名な戯作者の滝沢馬琴と、佐久間象山、横井小楠ら俊才を多く育成し、「弟子三千人」ともいわれた儒学者の佐藤一斎の二人です。

 滝沢馬琴は亡き息子の肖像画を崋山に依頼し、崋山とはかなり頻繁に会っていたにも関わらず、「特に親しくなかった。蘭学をする者など快く思っていなかった」という自己保身の手紙を残しています。馬琴の息子と崋山は同じ文晁の弟子で、一緒に画を学んだ友人でもありました。馬琴も崋山の才能を早くから見抜いて若い時からかわいがっていたのです。それが…。

 佐藤一斎は、崋山の漢学の師であり、何点かの自分の肖像画を描かせているのに、彼のために何も尽力しなかった。助命運動に連名することさえ拒否するのです。美濃国岩村藩家老の子として江戸屋敷で生まれ、藩主の子林述斎(鳥居耀蔵の父親)と一緒に儒学を学んだ経歴があります。鳥居に遠慮したのでしょう。しかし、これには、さすがのキーンさんも「ひどい仕打ち」と、この本の中ではっきり書いています。今、「佐藤一斎に学ぶ」ような本が盛んに出版されていますが、「人の裏切り方」を学ばせるつもりなのでしょうかねえ?

 その半面、崋山の助命運動に誠心誠意、奔走したのが儒学者の松崎慊堂(こうどう=崋山による肖像画が口絵に載っています)であり、画の弟子であった椿椿山(つばき・ちんざん=先生崋山を描いた肖像画がこの本の表紙になっています)らだったということは、後世の人間として忘れてはならないと思います。馬琴や一斎ほど有名ではないにしても、逆に、有名人といえども、この程度のもの、と認識すべきなのかもしれません。

 最後に私のうろ覚えの知識の間違いを訂正しなければならないのですが、崋山は獄死したのではなく、生涯のほとんどが江戸詰めだった崋山は、江戸から所払いされて、田原藩に蟄居を命じられます。そこで、乞われるまま、生活のために画を描いていたのですが、主君に迷惑が及ぶのを怖れて切腹しています(享年48歳)。著作の「慎機論」は、公に出版されたものではなく、草稿の形で、捕縛された折、崋山の自宅から没収されたものでした。そこには、徳川幕府を批判する条項は見当たりません。洋学嫌いの鳥居耀蔵が、政治的野心から、気に入らない輩を捕縛するために、ただ難癖を付けただけという事実が後世になって分かるのです。

「健康問答」

 根津

 

 

五木寛之氏と帯津良一氏との対談「健康問答」(平凡社)は、「我意を得たり」と言った感じで、非常に面白く読んでいます。今年75歳になるのに大盛な作家活動を続ける五木氏の質問に日本のホリスティック医学の権威である帯津氏が答える形式になっていますが、「健康問題」に関して造詣の深い両者ですから、面白くないわけがありません。

 

「水はたくさん飲まなければいけないのか」「牛乳を飲むのはいいことか悪いことか」「高血圧の人は、必ず降圧剤を飲むべきか」-といった50の質問は、具体的で微に入り細に穿った感じで、大変参考になります。帯津氏は、医者で専門家ですから、その知識の深さは当然ですが、五木氏の知識も半端じゃありません。彼のエッセイを読んでも、彼には「偏頭痛」など持病があり、かなり、医学書には目を通しているせいかもしれません。

 

一々個別に書いてしまうと、著作権侵害になってしまうので、書けませんが、全体的に言えば、「極端なことは駄目、程ほどがいい」というのが結論ではないでしょうか。「水を沢山飲まなければならないのか」という事に関しても、結局、「無闇やたらに水を飲めばいいというわけではなく、体の欲求に応じて、喉が渇いたら飲めばよい」ということでした。

 

要するに、人それぞれ体質があるように、これがすべてという健康法はないのです。ある人に効果があっても、ある人には逆効果という事態が発生することもあるのです。

 

「牛乳を飲んだらいいのかどうか」についても、さっぱり分からなくなってしまったのですが、「無理して飲まなくていい。好きな人は適量飲んでも問題ない」というのですから、とても分かりやすい。

 

いい本を見つけました。

 

現代の奴隷

  フォロロマーナ

公開日時: 2007年5月25日 @ 09:23

派遣会社による給料の不透明な「天引き」に対して、派遣労働者が返還請求を始めたことがニュースになっていますね。

 

至極、真っ当な話です。もっと多くの人が声をあげなければならない事件だと思います。

 

昨今、日雇い派遣業界で、「業務管理費」「データ装備費」などの名目で、250円ほど給料から天引きされていますが、これが全く、実態のない「ピンはね」で、任意であるはずなのに、派遣労働者には説明責任を果たさず、半ば強制的に徴収しているというのです。

 

1日に約3万人を派遣する派遣大手のグッドウイル(折口雅博会長=経団連理事)は、この天引きだけで、年間約15億円に上るというのです。

これは、はっきり言ってボッタクリです。

この「日雇い派遣」のことを今は「スポット派遣」などど格好良く呼んでいますが、昔の「蛸部屋日雇い」と全く実態は変わりがありません。派遣の形態が昔の手配師が指図していたのが、携帯電話やメールになっただけなのです。生活は相変わらず悲惨で、生活保護家庭よりも収入の少ないワーキングプアで、アパートすら借りられず、インターネットカフェで夜を過す「ネットカフェ難民」になるしかないのです。

この派遣業は、まさしく人買い、平安時代の「安寿と厨子王」の世界と全く変わりがないのです。日雇い労働者は鎖のない現代の奴隷です。日本人はどこが変わったというのでしょうかね?

ジャーナリストの奥野修司氏が、この派遣業の実態を「『悪魔のビジネス』人材派遣業 時代の要請か、格差の元凶か。急成長する四兆円産業のカラクリ」というタイトルで暴いています。(「文藝春秋」6月号)

それによると、人買い、いや人材派遣業は1995年に1兆円強だったのが、昨年は4兆円を突破。「潜在市場規模は40兆円」といわれているそうです。派遣労働者の数も、95年の60万人から05年度は255万人とうなぎ上り。日雇い、いやスポット派遣というらしいのですが、彼らの年収は、ピンはねボッタクリ、いや天引きに天引きされて平均150万円。働いても働いても貯金もできず、アパートの敷金もできず、もちろん結婚など不可能だというのです。

例えば、天引きの実態はこうです。広告で、「日給8000円から」とあるのに、例の「データ装備費」を引かれ、千円の交通費が引かれ(千円を超えると自己負担だが、そもそも、天引きされるので、最初から自己負担のようなものです)、時には1枚千円のユニフォームを買わされる。強制ではないと言いながら、着用が義務付けられる。何じゃこれ?って感じですね。こうして、手取りは、5000円台後半かそこらになってしまうのです。1ヶ月20日間働いても、月収15万円もいかないのです。

「40兆円産業」ともなれば、甘い蜜を嗅ぎ付けて、政治屋も群がってきます。「規制緩和」というアメをチラつかせて、政治献金を求めてくるのです。こうして、人買いと政治屋の持ちつ持たれつの関係が見事に締結されるのです。

そういえば、グッドウイル goodwill とは、「善意」とか「親善」とかいうのが本来の意味です。この会社は福祉も食い物にして、度々、当局から行政指導を受けています。「ブラックジョークすぎるなあ」と思っていたら、辞書の片隅にこんな訳も出ていました。

お得意様

「特命転勤 毎日新聞を救え!」

 ローマ

公開日時: 2007年5月19日 @ 20:18

毎日新聞の経済記者などを歴任した吉原勇氏の「特命転勤 毎日新聞を救え!」(文藝春秋)を読んでいます。まだ、途中なので、結末は分かりませんが、何とも、生々しい話が出てきます。

 

新聞社の本社ビルが国有地の払い下げであることが暴露されています。あの「天下の」朝日新聞も、東京都杉並区浜田山にあった払い下げの国有地を国に返還して、現社屋の築地の一等地を手に入れたことも暴露されています(49ページ)。

 

国とは政府のことです。もし、これが事実なら、マスコミは政府を批判する記事など書けるのでしょうか?

同じ毎日新聞0Bの河内孝氏の書いた「新聞社 破綻したビジネスモデル」(新潮新書)は、先日読了しました。この中で、新聞社は、大量の「押し紙」と呼ばれる、発行部数の水増しともいえる新聞を販売店に押し付け、これが、結局、無駄に捨ててしまわれる。その結果、年間220万本の森林を破壊していることになる。こんなマスコミが、環境問題を追及できるのか?ーと問題提起しています。

色々困った問題です。

2011年にテレビの地上デジタル化が完了すると、ネットとメディアが融合し、あらゆるメディアが1本化する「eプラットフォーム」時代が到来するそうです。もう、テレビだ、ラジオだ、新聞だ、雑誌だという時代ではないというのです。

あと4年。これからどんな時代になることやら。

丸山健二「生きるなんて」

 ローマ

公開日時: 2007年5月18日 @ 22:24

作家の丸山健二氏は、知る人ぞ知る23歳で芥川賞を受賞した古豪気鋭の作家です。昨今の何とかという「女流作家」に破られるまで、ずっと最年少記録を保持してきました。彼が、二年前に上梓した「生きるなんて」(朝日新聞社)は、これから人生の荒波の航海に船出しようとしている若い人向けに書いた人生訓なのですが、これが、見事に、私のような老人に嵌っているといいますか、そのものズバリなので、驚いてしまいました。彼は、わずか、数年しかサラリーマン生活を送っていないはずなのですが、サラリーマンの悲哀を完璧なまでに把握しています。

 

第5章 仕事なんて  P.87

あなたへの希望がどうであれ、あなたの夢がどうであれ、あなたが勤め人の道を歩み始めたその日から、あなたの人生はあなたのものではなくなってしまうのです。これまでのように、あなたがあなたの何から何まで支配するのではなく、他人があなたを支配するのです。(まさしく、その通りでした!)

どんな仕事をし、どんな地位につき、どんな土地で暮らすかという、人権に抵触するほどの重大事が、すべて他人によって決定され、あなたはただ黙ってそれに従うしかないのです。(はい、これもその通り!)

少しでも逆らったり、我を通そうとすれば、あなたは間違いなく排除され、路頭に迷うことになるでしょう。(私はそのものズバリでした。)

 

適材適所という立派な方針に沿った人事で動かされるならともかく、派閥だの個人的感情だの嫉妬だのという、仕事とは何の関係もないことで評価され、(私もそうでした。あまりにも救いようのない低級な輩に嫉妬されました)

その結果、あなたの人生はとんでもない方向へと進んで行ってしまうのです。(とんでもない方向だったのか、それは、棺桶の蓋を閉じるまで、分かりませんが、少なくとも私の場合、かけがえのない人生経験を積むことができたことは感謝しています)

 

(うーん、何と言う鋭い慧眼の持ち主。まるで、私のことを言っているのではないかと錯覚してしまいました)

第3章 時間なんて  P.33

家庭や家族を絶対視することは、国家に対する過剰な思い入れと同様、あなたをあなたでなくしてしまいます。そもそも家庭や家族は崩壊するのが当たり前で、それが健全な形なのです。けっして悲劇ではありません。崩壊しない家庭や家族のほうが、むしろ悲惨と言えるでしょう。(そう、だったのですかあ!)

よくまとまった、絵に描いたような幸福な家族という幻想に振り回されるのは禁物です。そこにはとんでもない落とし穴が隠されているのです。

(うーん、なかなか鋭すぎて、私は、ホっとするやら、安心するやら。しかし、これでは、家庭は崩壊させるしかなありません。身も蓋もない、とても救われない話ですね)

しかし、丸山先生は、ほんの少しだけ、救いを用意してくれているのです。

 

第11章  死ぬなんて   P.211

自分を頼りにして生きることほど痛快なことはありません。

頼れる自分に改造してゆくほど面白いことはありません。

(痛快、痛快!非常に腑に落ちる煌くような言葉です。)

鳥居民著『近衛文麿「黙」して死す』

 ローマ

公開日時: 2007年5月11日 @ 09:37

 

 鳥居民著『近衛文麿「黙」して死す』(草思社)を読みました。

 この本を読むと「何が真実なのか」という疑問にかられない人は、まずいないと思います。同時に、「何を信じたらいいのか」という非常に個人としても混迷の極地に突き落とされます。

 

 同書は、昭和二十年十二月に巣鴨プリズンへの出頭を前に自決した元首相の近衛文麿の「自殺の真相」に迫ったものです。近衛自身は、最期まで黙して語らなかったため、真相は闇の中なのですが、著者は、ずばり、近衛を自殺に追い込んだ犯人を言い当てています。

 

 犯人は、近衛の学習院時代から大の親友でもあった元内大臣の木戸幸一、カナダの外交官出身で、GHQ調査分析課長のハーバート・ノーマン、そして、後に一橋大学の学長も務める経済学者の都留重人です。

 

 木戸幸一は、明治の元勲木戸孝允の養子孝正(孝允の妹治子の息子)の長男に当たります。終戦工作に邁進し、「木戸幸一日記」を残し、昭和史を語るのに欠かせない人物なのですが、終戦後、日記は自分の都合の良いように改竄したとも言われています。

 

 都留重人は木戸幸一の義理の甥に当たります。つまり、妻正子の父親和田小六は東工大学長を務めた航空工学者で、木戸幸一の弟に当たります。都留は、戦争中、この内大臣木戸幸一のコネを利用して、兵役を逃れます。この本の中で、東條英機首相の赤松秘書官が、政財官の大物の子息の兵役免除のリスト作りに立ち回っていた秘話も暴露されています。

 

 ハーバート・ノーマンは、昭和史に興味を持つ人にとって、知らない人はいない第一級の日本研究家です。「忘れられた日本人」として江戸時代の思想家で医者でもある安藤昌益を発掘し、彼の著書を羽仁五郎、丸山真男らが大絶賛しています。全集が出ているのも世界でも日本ぐらいではないかということです。

 

 私は、いずれの3人も終戦工作に尽力したり、戦後の処理をしたりした「正義の味方」だと思っていたのですが、鳥居氏の調査では、彼らは悪党の中の悪党なのです。

 

 要するに内大臣木戸幸一は、戦犯容疑者のリストを作成したノーマンと手を結んで、戦争の全責任、開戦の責任のすべて近衛文麿に押し付けた、というのです。

 

 ノーマンが作成した戦犯容疑者リストは、かなりかなりいい加減で、すでに他界した内田良平(黒竜会創設者)や中野正剛(国家主義者)らが含まれ、欧米のジャーナリズムで有名だった「死のバターン行進」の責任者の本間雅晴中将を真っ先に血祭りに上げろと指示したりしたことなどが、本書で暴露されています。

 

 戦後教育を受けた者にとって、内大臣の権限についてさっぱり分からず、本来なら首相の方が格上なので、内大臣の木戸が首相の近衛に責任を押し付けることができるわけがないと思っていたのですが、むしろ内大臣の方が尋常ならざる権限を持っていた、と本書では説明されています。

 

 内閣と統帥部、陸軍と海軍は、権限は同等同格だったというのです。つまり、首相も内大臣も投票権は同じ一票で同格なのです。しかし、もし、対立や抗争があった時に、解決できる力を持っていたのは、むしろ内大臣の方で、天皇に助言できるのは内大臣ただ一人だったというのです。

 

 この事実は、戦後処理をしたノーマンさえ知らなかったと思われます。内大臣木戸は、「総理大臣に言われて仕方なく従った」と言えば、GHQの連中は皆信じたことでしょう。

 話は最初に戻ります。「一体、何が真実なのか?」

「幕末 維新の暗号」

加治将一著「幕末 維新の暗号」(祥伝社)を一気に2日で読了しました。神田の神保町の三省堂書店で「売り上げ第2位」ということで、手に取ってみたら、驚きの連続。

古ぼけた幕末の頃の写真に写っているのは、何と、坂本竜馬、西郷隆盛、桂小五郎、岩倉具視、高杉晋作、伊藤博文、勝海舟、大久保利通…といった幕末維新で活躍する超一級の面々。まず「ありえない!」というのが正直の感想で、この集合写真(中央に鎮座する外国人宣教師の名前を取って「フルベッキ写真」というらしい)はなぜ撮られたのか、そもそも、後世の人間にはほとんど知られることはなく闇に葬られたのは、何か理由があるのかー?など、次々と疑問が押し寄せてきて、迷うことなく、購入していました。

もし、これから、この本を読んでみようという人は、この先は読まない方がいいかもしれませんよ。何しろ、話は、サスペンスかミステリー仕立てで進んでいくからです。種明かしを先に読んでしまうことになります。

この話がどこまで本当かどうか、わかりませんが、もし真実なら、日本の歴史というか近代史を根底から書き直さなければなりません。歴史のタブーに挑戦したため、この本の中で、真相を知った研究者が次々と殺されていきます。

もう、最初にこの本の筋の要を書いてしまいますよ。

何と、明治天皇がすげ替わっていた!というのです。本来なら、北朝系統の孝明天皇の実子である睦仁親王が皇位を継承するはずだったのが、明治維新を遂行した「元勲」連中によって、本物の睦仁親王は暗殺され、南朝の血を引く大室寅之祐という長州の若武者が、明治天皇の座に収まったというのです。この集合写真は、その秘密を知る連中の証拠写真のようなもの、ということになります。キーパーソンは、横井小楠です。

まさに、荒唐無稽、驚天動地、俄かに信じがたい話です。しかし、読み始めると止まらなくなりますが、作者の取材力がものをいうせいか、「もしかしたら」と思わせてしまうのです。集合写真の中の人物と、一般に出回っている写真を比較したものが、何点が掲載されていますが、どう見ても、大隈重信は、本人に見えるし、坂本竜馬にしても似ていないことはない。「うーん、何か、隠されている」と思わざるをえなくなってしまうのです。

いずれにせよ、我々は、明治維新を評価しすぎています。坂本竜馬も大久保利通も皆々、「悪しき」徳川幕府を倒したヒーローです。しかし、彼らは、そこまで、偉大だったかどうか。後世の歴史家や小説家が書いた受けおりだけなのかもしれないのです。革命を起こして権力の座に収まった連中が、自分たちに都合の悪い資料や証拠は抹殺します。よくある話です。佐賀の乱を起こした(と言われる)江藤新平の扱いが象徴的な話です。

作者は、フリーメイソンの内幕を暴いた「石の扉」を書いており、私も随分、衝撃を持って読んだものです。しかし、この本では、加治氏は、読者の「また、陰謀説か」といった反駁を警戒して、わざと相対する早稲田大学の教授らを登場させて、陰謀説を徹底的に否定して、中和させています。

つまり、フィクションの形にして、真実を織り込もうとしたのです。

私も、坂本竜馬や勝海舟らが偉いと思ったのも、司馬遼太郎や子母澤寛らの小説を読んだからです。

しかし、最近では、この本のような「見直し」が出てくると、物事は複眼的に見なければならない、と思ったりするのです。

意欲の低下

ローマにて

評論家の宮崎哲弥氏の作品は一冊も読んだことはないのですが、彼は一日、7冊の本を読んでいるそうです。「わあ、これはすごいや」と思いました。私は一日3冊が限界でした。数ヶ月、いや2ヶ月ももたなかったと思います。若い頃なので、体力(視力)があったおかげでできましたが、今はとてもできません。

それでも、最近、数冊を並行して読んでいます。先月末に鳥居民「近衛文麿 『黙』して死す」(草思社)を読んだばかりです。

今、面白く読んでいるのは、ドナルド・キーン「渡辺崋山」(新潮社)、原信田実「謎解き 広重『江戸百』」(集英社新書)、田中優子「江戸を歩く」(集英社新書)、浜田和幸「ハゲタカが嗤った日」(集英社)、吉野裕子「ダルマの民俗学」(岩波新書)、そして、昨日、偶然、神保町の三省堂書店で平積みされていたのを見つけた加治将一「幕末 維新の暗号」(祥伝社)の6冊。これを一日で読むことはとてもできませんね。1ヶ月以上かかるでしょう。ともかく、感想についてはまた書きます。

「下流社会」などの著作がある三浦展氏は、最近の「下流」階級は、経済的な「下流」ではなくて、精神的な「下流」であると指摘しています。つまり、主体的に何かを達成しようという意欲が弱いというのです。下流意識のある人ほど、家に引きこもって、ゲームに耽溺し、友人も少ない。学習意欲どころか、コミュニケーション意欲、消費意欲、つまり、人生への意欲が乏しいというのです。

私にも古い友人がおりましたが、最近、「もう僕のことは構わないでくれ」と通告されました。彼は、人生に対して大変前向きで、何か事を成し遂げてやろうという意欲満々の男でしたが、大病をきっかけに、まさに、下流意識の塊になってしまいました。まさしく、コミュニケーション意欲も、生活意欲も、消費意欲もなくなってしまったのです。俗世間との交際を断ち切って、仙人のような生活を目指しているのかもしれません。

私のように、見たい映画があるわけではなく、読みたい本があるわけではなく、それまでは、渋々、人の話に調子を合わせていたのかもしれません。疲れてしまったのでしょう。

それにしても、残念な話です。