文語ブーム

文語文がブームだそうですね。

とはいえ、実際に文語文に接するとなると、教養がないとなかなかついていけません。

たまたま、人気、文語サイト「文語の苑」にある岡崎久彦氏による「蹇蹇録」の解説で、「嚼蝋の感なき能ず」という言葉を説明していますが、まず、漢字が読めません。

「嚼蝋(しゃくらふ)の感なき能(あたは)ず」と読み、「砂を噛むよりもその含蓄は深いものがある」ということだそうです。昔の教養人はこういう言葉がすっと出てきたのでしょうが、戦後教育を受けた人間にはまず太刀打ちできませんね。

何と言っても、パソコンでは、すっと漢字が出てきません。

とはいえ、志を持って、これから少しずつ勉強してみようかと思っています。

パソコンなどしている暇ないですね。

ちなみに「蹇蹇録」は…あ、これは説明するまでもありませんね。「易経」から採った言葉(「蹇蹇匪躬」=心身を労し、全力を尽して君主に仕える意)です。

嫌な東京人

Rome

「クルマを捨てて歩く!」(講談社新書)の著書がある帯広畜産大学教授の杉田聡さんは、広い北海道の大地で、車を持たずに、絶えず歩く、という記事を読みました。(9日付朝日新聞)懐かしいですね。

杉田さんは、自宅と大学まで片道3キロ、近所のスーパーまで週2回、1・5キロを、よほど体調が悪い時を除き、吹雪の日も、零下30度の朝も、只管、歩くそうです。

私も経験があります。帯広に住んでいた頃、自家用車を持ちませんでした。只管、歩きました。でも、最低温度を経験したと言っても、零下19度くらいだったと思います。帯広では、マイナス10度を上回ると、暖かいと思ったくらいでしたが、さすがに、マイナス19度は、堪えました。耳が千切れるので、毛糸の帽子は欠かせません。もちろん、オーバーに手袋。それでも、頭がクラクラすることがありました。歩くといっても、1キロくらい。せいぜい20分か30分くらいです。ほとんど人間は歩いておらず、鹿さんやキタキツネさんと出会いました。

杉田さんは言います。「車は速すぎて、人間の認知速度ではない。他人の思いやりを可能な限り深めることが文明化であるなら、車は文明の利器かもしれないが、文明を破壊する道具ではないか。歩いている限り、多かれ少なかれ人と出会う。車という個室化された自分の領域に入ると、外部の人間のことが分からないと思う」

今、東京のどす汚れた大気汚染の中を歩いています。無関心を装う人間とすれ違うだけです。東京の人は、身内贔屓と、傲慢と贅沢三昧の海外高額出張する人間が大好きなようです。ババア呼ばわりされても、自分のことではないと思っているらしい女性の多くが彼を支持しました。

大新聞に投書した東京に住む45歳の主婦は「影響力の大きさと実行力、思いをかねようとするエネルギーの強さ」に目がくらんで、彼を批判しつつ、清き一票を入れたそうです。

矛盾しているなあ、と思ったら、結局、ご自身が一番大事なのですね。

そういう東京が嫌になりました。

音更町で見た目に痛いほど降り注ぐ星々が忘れません。闇夜一面に星が広がり、自然への畏怖を感じたものです。倣岸な人間など、吹き飛んでしまいます。

水も空気も食べ物も美味しく、暖かい温泉が身に染みました。

東京人は、自分を中心に世界が回っていると考えている人間が何と多いことか!

邪気をはずす

ローマ

天外伺朗氏の「宇宙の根っこにつながる生き方」(サンマーク文庫)を読了しました。
この本で、氏は、はっきりと「あの世はある」と断定しているので、世に言うトンデモ本の類いではないのかと思われるかもしれません。

しかし、天外氏は、大手企業の研究所で、先端技術の研究開発に携わっている人なのです。どこの企業なのか、略歴には具体的に書いていませんが、CDレコードやロボットのAIBOを開発したというのですから、恐らく、ソニーなのでしょう。
少しだけ彼の言うことに耳を傾けてみましょう。まず、彼は「あの世」とは言っても、死後の世界とは言ってません。あの世とは、今、生きているこの世と同時進行で連動している精神的な世界だと言っているのです。
要するに、心の持ちようでどんな世界でも作れるというのです。少なくとも、私はそう理解しました。

「カルマの法則」というものがあります。自分の言動が自分に跳ね返ってくるということです。前世まで持ち出す人がいますが、私には前世があるとは思っていません。現実の世界あるのみだと思っています。それでも、その現実の人間界は、言葉の世界だけではありませんから、心の中で、相手を嫌っていると、必ずと言っていいくらい、相手も嫌っていたりします。

「人は陰徳を積むと報われる」と聞いたことがあります。「情けは人のためならず」ともいいます。こうして、人に対して良くすれば、やった分だけ、必ず自分に跳ね返ってくるのです。その逆に、人に意地悪すれば、いつかは、自分の身に天罰が落ちるものです。

この本の中で、著者は、悪いカルマ、つまり、邪気から逃れる方法を伝授しています。
1つは、自分の感情を無闇に押さえ込もうとしないこと。

1つは、あるがままの自分をそのまま受け止めて、肯定すること。

1つは、流れに身を任せること。

云々…

とにかく、邪気が外れる様子を自分で観察してみることが大切なのだそうです。そのためには、絶えず、前向きに明るく、すべてを肯定的に捉えて生きることが大切なのです。

その手段として、瞑想が一番の早道で、本書では、その瞑想法まで紹介されています。

と、ここまで書いて、「人間は何を考えても自由なのだ」という確信を強くしました。

天外氏の言っていることを「嘘だろう」と思う人は、ありえない話なので、全く、意味もなく、効果もないことでしょう。しかし、「ありえるかもしれない」と、思う人には、その程度の効果があり、「絶対にそうだ」と確信する人には、因果応報も、天罰覿面も、カルマの法則も、百%的中することでしょう。

そうできていると思います。

かの松下幸之助氏の口癖は「僕は運がいいよ」だったそうです。

その口癖が彼に運を引き寄せていたのかもしれません。

この話をバカらしいと思うか、なるほどと納得するか、それも自由です。

奥野修司『満足死』

ローマ

最近出版された「満足死」は、大宅ノンフィクション賞作家の奥野修司氏が、地域医療というより過疎地医療に半生を捧げている高知県佐賀町(現黒潮町)の拳ノ川診療所の勤務医、疋田善平(ひきた・よしひら)氏の日々の活動を追った記録です。

疋田医師は「寝たきりゼロ」を目指して、「死ぬまで働け」と提唱しています。人間には運動するための細胞と、生命を維持するための細胞があり、生命維持の細胞は、その個体が死ぬまで、コンスタントに働くが、運動細胞は、使われないと衰退してしまうそうです。「寝たきり」というのは、その生命維持細胞が元気なのに、運動細胞が衰退した状態で、寝たきりにならないためには、運動細胞を活性化し、生命細胞を衰退させればいい。全細胞が同じように衰弱し、器官が止まれば、苦しむことがなく、自然死を迎えることができるというのです。

死ぬまで健康を保ち、自然死したければ、「死ぬまで働け」というわけです。

面白いデータがあります。(京都大カール・ベッカー教授)

イギリス、ドイツ、日本の3カ国で「両親の面倒を最後まで看ますか」と質問したところ、

英国人は50%、独人は62%、日本人は75%の人が「ハイ」と答えました。

ところが、実際に親が寝込んだときにそれを実行したかどうか調査すると、

英国人は40%、独人は50%、日本人はわずか20%しか実行していなかったというのです。

日本人は口先だけなんですね。現実と期待値の乖離がみられます。

疋田医師は難問をぶつけます。

「子供が面倒を看てくれなかったら、行政に頼りますか?最近は、福祉予算が削られ、簡単に老人ホームにもはいれないんですよ」

それでは、どうしたらいいのか。寝たきり(生活死)になってから、臨終(生物死)を迎えるまでの間隔が短ければ短いほどいい。その理想が一週間だというのです。

疋田医師は言います。

「大体、嫁さんをはじめ、家族がお世話をしてくれるのは1ヶ月です。バカ息子でも1ヶ月はしてくれます。1ヶ月過ぎると、早く死んで欲しいとは言わなくても、粗末に扱われると思った方がいい。これが、二カ月、三カ月となると、現実問題、世話する側で困る人が出てくる。そうすると、生活死から生物死まで、最長1ヶ月以内でないと具合悪い。もちろんベストは一週間以内です。それでは1ヶ月以内にコロッと死ぬにはどうしたらいいか。それが私の言う『死ぬまで働け』という意味です」

どうです、少しは参考になりましたか?

詳細は同書を読んでみてください。

山崎朋子「サンダカンまで」

ローマ

公開日時: 2007年4月1日 @ 09:38

山崎朋子著「サンダカンまで」(朝日新聞社)をやっと読了しました。何とも凄まじい、波乱万丈の半生でした。

偶然にも著者とは謦咳を接する機会に恵まれ、これまで、何度もご本人から直接肉声で伺ったり、何冊かのエッセイを読んでいたので、ある程度の身の上話については、知っているつもりだったのですが、ここまで壮絶だったとは知りませんでした。色々と断片を耳にしていたものですから、今回読了して、細かい断片が継ぎ合わされてジグゾーパズルが完成したような感覚になりました。

例えば、戦時中に潜水艦長だったご尊父が事故で亡くなった話は何度か聞いていましたが、当時は超軍事機密だったため、情報は隠匿されていました。潜水艦が遭難した場所について、海軍省は「東京湾南方海面」としか発表していませんでしたが、後年、著者の調査で、その遭難地点がマリアナ群島東の海域、つまり太平洋のどまん中だったということが分かるのです。この極秘の軍事訓練は「昭和十五年海軍特別大演習」と呼ばれ、推測するに、翌昭和十六年の真珠湾攻撃のための軍事演習だったということが分かるのです。

ご母堂と妹さんとの確執については、何度も聞かされていましたが、広島に原爆が投下されるわずか2ヶ月前に「近いうちに、この広島も軍都だから爆撃されるに違いない。おまえたちをアメリカの飛行機の爆撃で亡くしたりしたら、お父さんに申し訳けがたたないから」という母親の判断で、母親の実家の福井県大野町に疎開したという話をこの本で初めて知りました。山崎さんが通っていた県立広島第二高等女学校の同級生は、ほとんど原爆で亡くなってしまうわけですから、まさに九死に一生を得たわけです。ご母堂の判断がなければ…。

山崎さんが26歳のとき、「顔を切られる」事件に遭遇したことは、当時、小学校の教師を辞めて、喫茶店でウエイトレスやモデルのアルバイトをしながら女優志望だった彼女の人生を大幅に変更せざるをえないきっかけとなり、後の高名な女性史研究家、ノンフィクション作家誕生につながるわけですから、第一部から詳述されています。事件後、何十年たってもトラウマに悩まされたことも正直に告白しています。

最初に結婚した東大大学院生の金光澤氏のことについては、朝鮮半島出身ゆえ、露骨な差別で就職活動もままならなかったこと、その後の悲しい別離の話や欧州に渡って行方不明になった話などは、何かことあるごとに聞いていました。彼と知り合ったきっかけが、山崎さんが当時、女優志望で、スタニスラフスキー理論を本格的に勉強したいがために、ロシア語を学ぼうとして、個人教授としてお願いしたことだったということも初めて知りました。もちろん、現在のご主人の上笙一郎氏との出会いもかなりのページを割いています。

自分のことはなかなか客観的に描写できないものですが、ノンフィクション作家として、あからさまに自己の半生を冷徹に記録したことは、偉業に近いと言ってもいいでしょう。感動の渦に巻き込まれました。

とはいえ、本に出てくる山崎さんと私が直接見た山崎さんとは多少の乖離があります。私が見た山崎さんは、女々しいところが一切なく、とても、せっかちで、思ったことは、考える前に、すぐ行動を起こしてしまう人です。自分に大変厳しい人なので、その分…。あ、これ以上はもう書けません。破門されてしまいます。

アンチエイジング

ヴァチカン博物館

浜田和幸「団塊世代のアンチエイジング」(光文社)の話でした。

アンチエイジングは日本語で「抗加齢」と訳され、日本でも最近一大ブームを巻き起こしています。

先進国アメリカでは、14年前に「全米アンチエイジング学会(A4M=American Academy of Anti-Aging Medicine)が12人の内科医によって創設されましたが、現在は2万人を超える会員を誇るまで急成長しています。

薬や健康食品をはじめ、健康器具、セミナーなどアンチエイジングに関するビジネスもこれに比例して飛躍的に伸びています。

「世の中、金で買えないものはない」と豪語した某IT企業の創業者が、「晩年に」このアンチエイジングに嵌っていたので、胡散臭いものだという偏見を持ってしまったのですが、この本を読んですっかり変わりました。

これからは、アンチエイジングの時代だ!

私は惹かれたのは、アンチエイジングが一種の精神論に近いからです。宗教的にまやかしにとらえられてしまうと困るので、もっと軽く言えば、結局、アンチエイジングとは「『心掛け』一つで、人は、長生きできるという」生き方論だったのです。単に薬に頼ると「恐ろしい副作用がある」と、著者は警告も忘れていません。

全米アンチエイジング学会の合言葉の3原則が、

第一原則「私は死なない、と強く思うこと」

第二原則「死なないために、病気にならないこと」(精神的、肉体的に)

第三原則「病気にならないためには、心と体にプラスなことを常に心がけること」

なのです。

真面目な大人が最初にこれを読めば、「人間が死なないなんて、そんな馬鹿な」と笑ってしまうことでしょう。しかし、結局は「心掛け」の問題なのです。

遺伝子工学の観点からすると、人間の寿命は最大限124歳まであるといいます。その根拠は、人の細胞分裂は2年で1巡し、62回の分裂で、生命調整機能を持つテロメアと呼ばれる物質がすべて失われてしまう。従って、124年が寿命になるというのです。

ですから、70歳、80歳で死んでしまっては、もったいないというわけです。「人生50年。下天のうちを比ぶれば、夢幻の如し」と言った織田信長に聞かせてやりたいくらいです。

著者は、「あと10年、今の健康を維持しなさい。そうすれば、124歳も夢ではない」と言うわけです。

A4Mのクラッツ博士は、今後の医学の進歩によって、心臓病は2016年までに完治し、糖尿病は2017年でなくなり、アルツハイマー病も2019年に存在しなくなり、ガンは2021年までに克服され、エイズなどの感染症も2025年には治療薬が完成しているといいます。

いやあ、すごい話です。

もっと書きたいので、続きは明日。

アンチエイジングの話

アッピア街道

最近、人と会う約束しても、ほとんど断られてしまいます。理由は「忙しい…」「急に仕事が入った」「日程が合わない…」

要するに、プライオリティの問題なのでしょう。北海道に行く前は、毎月1回は会っていた人でも、東京に戻ってくると「流れ」が変わっていて、「私なし」で物事が進んでいて、特別に時間を作って、あまえなんかと会って話すこともないということになっていました。

会社の組織でも同じでしょう。いくら「この会社は、俺で持っている。俺がいなければこの会社は動かない」と気張っていても、「俺」がいなくなれば、代わりのものがいくらでもいるし、何事もなかったように組織は動きます。

創業者でさえ、裁判沙汰を起こせば、いくら株式を所有しても、後任者から「もう、創業者とはコンタクト取るつもりはありません」と言われる時代なのですから…。

ところで、人が会ってくれないおかげで、最近、素晴らしい本に巡りあっています。これも「偶有性」ですが、嬉しいことに「はずれ」がありません。2日に一冊の割合で読んでいます。このブログの熱心な読者の方は、ご存知ですが、面白い本は、追々このブログで紹介しています。最近、「誰それと会って、どこに行った」という話がないのは、そういう事情です。

前置きが長くなりました。とはいえ、この後も前置きになると思います。この本に関して、何回か分けて、じっくりと紹介したいと思うからです。

浜田和幸著「団塊世代のアンチエイジング」(光文社)です。

この本を何で買ったのかと言うと、著者を知っているからです。一度、仕事で帯広でお会いしました。大変、大変、饒舌な方で、1時間半の講演のあと、一人で2時間くらい喋り続けていました。時間があれば、5時間は平気で喋っていたと思います。

「フランスでは、すでに、水で走る自動車が開発されたが、石油業界の猛烈な反対と陰謀で、その実用化が封鎖されている」といった眉唾ものの話から、自宅が東京の高級住宅街にあり、銀行から高額の借入金(金額まで教えてくれました)のために、原稿や本を書き続けなければならないこと。この高級住宅街に住む某有名女優が、年間3千円の町会費を払わないこと。某有名ニュースキャスターの家庭が、ゴミの日を守らず、周囲で顰蹙を買っていること。その息子が親の権威を笠に着て、悪さをすることーなどを、あっけらかんと話してくれました。

さて、この本に関しては明日。

茂木健一郎「『脳』整理法」

ローマ

公開日時: 2007年3月22日 @ 19:05

アメリカに住む従兄弟のYさんから茂木健一郎氏の「『脳』整理法」を薦められました。

今売り出し中の気鋭の学者で、テレビにも出演し、現在最も忙しい脳科学者と言われている人です。

女性週刊誌にも取り上げられ、正直、あまりにも脚光を浴びているタレントっぽい人なので、敬遠していたのですが、この本を読んでビックリ。すっかり偏見は飛んでしまいました。

もしかしたら名著かもしれません。久しぶりに赤線を引きながら読みました。

茂木氏は、さかんに「偶有性」という言葉を使っています。「いつ、どこかで、確実に起きる」ということとは正反対で、「半ば偶然に、半ば必然に起こる」という意味です。

人生はその偶有性の産物だというわけです。泣こうが、喚こうが、たかだか、百年あるかないかの人生。そんな個人の人生は、宇宙の「永遠の相の下」では、ゴミクズ以下の存在で、いてもいなくてもいい。所詮、人生に、確実な根拠になるものなどない、というのが結論に近いのです。

赤線を引いた箇所は…

●「人間の時間(生活実感)」にとって、「今」は特別な存在とみなし、我々の生活を支えているが、宇宙の全歴史を一気に見渡してしまうような「神の時間」(科学的世界観)からみれば、「今」の時点は何の特権もない。人間の思索は、科学的な世界観の中では、ナンセンスなものとして片付けられる。

●宗教家が、輪廻転生や因果応報の思想のもとに、前世や死後の世界はあると教えてきたが、科学的世界観では、それらは否定される。「私」の時間は誕生とともに生まれ、死とともに消える。その前にも後にも何もない。

●永遠に心理的現在に閉じ込められながら、さまざまなものを「今」に引き寄せようとする人間の必死の努力が、現代科学が公式的には「勘違い」と片付ける様々な宗教的、哲学的概念を生んできた。

(宗教や哲学は、所詮、人間の勘違いなのか?)

●ある程度規則があり、またある程度ランダムであるという人生における偶有性とは、実に味わい深い。…時に無秩序で予測がつかないもののように見える宇宙の中の事象にさえ、ある程度の規則性を見出そうと試みる脳の働きには、人間の「世界が意味のあるものであってほしい」という祈りが込められている。

●生きることを不安に感じることは、ときに避けられないものであるが、できれば楽しんでしまった方がいい。不確実性を楽しむという「生活知」は、そもそもこの世界の本質、とりわけ生の本質は「偶有的」なものであり、不確実性は避けられないものであるという認識のもと、「覚悟」を決めることによってこそ得られる。

●「果報は寝て待て」ではなく、とにかく具体的な「行動」を起こすこと。そして、偶然の出会い自体に「気づく」こと。さらに、素直にその意外なものを「受け入れる」(受容)ことが、偶然を必然にするために必要不可欠な要素。

●偶然の幸運に出会う能力とは、偶然のチャンスを生かすという心掛けと脳の使い方。

●アインシュタインは「人間の価値は、何よりもその人がどれくらい自分自身から解放されているかということで決まる」という言葉を残した。ますます緊密に結びついて現代の地球社会における人間の価値は、何よりも、ときには違和感さえ覚える他者を排除せずに、自分を耕す肥やしとして尊重できるか、その点にこそかかっている。

●科学的世界観とは、理想的には、あたかも「神の視点」に立ったかのように、自らの立場を離れて世界を見ることによって成り立つ。これを生活の中にほんの少し処方するだけで、静かで美しいライフスタイルを見出すことも可能。

●人生がうまくいくかどうかは、その多くが不確実性に対する対処の方法によって決まる。不確実性を避けて、確実なことばかりやっていれば、先細りになる。かといって、不安のようなネガティブな感情に支配されてしまうと、不確実性に積極的に向き合っていく勇気が生まれない。生きる中で、確実なことは何もないという現実は実に厄介な問題だが、大切なことは、ネガティブな感情は決して意味がないわけではないと気づくことだ。否定的な感情も、私達人間の生を支える「感情のエコロジー」の中で意味があったからこそ、進化の過程で生き残ってきた。

●高度に発達した人間だからこそ浸ることができる複雑で豊かなプロセスとして、後悔や怒り、嫉妬、不安、自己嫌悪、自信喪失といったネガティブな感情は立ち上がっている、しかし、これらをいたずらに否定したり、抑圧したりしないで、じっくりと付き合ってみること。極端に言えば、これらもまた、この世界が私たちに与えてくれた福音であることを納得し、受容することが重要。

●感情というものが自律的なものであることに着目すると、「根拠のない自信」を持つことが、偶有的な世界と渡り合うために、案外大切であることがわかる。もともと、自信とは根拠のないもの。そもそも、生きていること自体に根拠がない。みな、何となく平均年齢までは生きるだろうと思い込んでいるが、それは、根拠のない楽観的な憶測にすぎない。いつ不測の事態が起こって、人生が終わりになるかわからない。

以上

私自身は、ここ10年近く捉われていたアポリア(難問)に少し回答をもらった気がしました。

皆さんはいかがでしょうか?

「高島易断を創った男」

フォロ・ロマーナ

持田鋼一郎著「高島易断を創った男」(新潮新書)を読了しました。

有楽町の三省堂で、目立つ所に平積みになっていて、手に取ってみたら面白そうだったので、買ってみることにしたのです。

偶然とはいえ、こんな面白い物語は、本当に久しぶりでした。まさに、「血湧き、肉躍る」といった表現をしても大袈裟ではないと思いました。子供の頃にワクワクして読んだ「ジャン・クリスト伯」や「岩窟王」や「ああ無情」の感動に近いかもしれません。ハラハラドキドキで、これからどうなってしまうのか、手に汗を握る感じでした。

初版をみると、2003年8月20日でした。4年近く前に出版されたのに、話題になったことさえ知りませんでした。でも、大型書店でいまだに並べられていることから、ロングセラーなのでしょう。知る人ぞ、知る世界です。

この本は、まさに「高島易断」を創った呑象高島嘉右衛門の伝記です。私も、高島呑象といえば、易者としか名前を知りませんでした。どういう人だったのか、まるっきり知りませんでした。しかし、この予備知識が全くなかったおかげで、彼がどうなってしまうか、ハラハラドキドキしながら、ページを捲るのが惜しいくらい、寝食を忘れるくらいこの本に没頭してしまったのです。

もし、私のような経験をしたいのなら、この先は読まない方がいいかもしれませんよ。粗筋を書いてしまいますから。

まず、高島嘉右衛門(1832-1914年)は、易者ではありましたが、本職ではないということです。本職は、幕末から明治にかけての激動期に生きた実業家だったのです。晩年に隠棲した横浜に高島町の名前を残しています。「占いは売らない」と言って、鑑定はしても金銭を取らなかったと言います。莫大な資産を作ったので、その余技でやっていたものと思われがちですが、已むに已まれぬ事情があって、易をやるようになったのです。彼が「易経」を本格的に修行したのも、獄中だったぐらいですから。まさに、波乱万丈といって言い生涯でしょう。現代人がどんなに逆立ちしても敵わない濃密さです。彼の一生と比べれば、私のそれは、芥子粒みたいなものです。

今の銀座通りの裏手に当たる江戸三十間堀町に材木商兼建築請負業の長男として生まれ、(幼名清三郎)、抜群の記憶力で、早くから商才を発揮し、元服してまもなく、佐賀の鍋島家江戸藩邸奥方居宅の普請で、請負金額の約1割3分、450両の利益を得て幸先のいいスタートを切ります。しかし、これは、彼の波乱万丈の生涯の序の口です。簡単に記すと…

●17歳で岩手の南部藩の採鉄・製鉄事業に参画するが、失敗。

●22歳で父嘉兵衛が亡くなり、父親の莫大な借金を背負う。(父嘉兵衛の名前を継ぐ)

●23歳。安政2年(1855年)の大地震による大火を「予想」して、事前に材木を買い占めて、材木の売却と鍋島家の請負工事などで、2万両の利益を得る。

●24歳。安政3年(1856年)8月の暴風雨による江戸の河川の氾濫で材木が流失。南部藩の建設工事で、約定料金のうち2万5千両を支払われず、昨年の利益を全部吐き出しても、2万両(今の約1億円)の負債が残る。

●安政6年(1859年)27歳。鍋島藩家老の田中善右衛門の紹介で横浜に伊万里焼などの佐賀特産品販売の「肥前屋」を開店。

●横浜の居留外国人との金貨密売事件で指名手配。箱根湯本で逃亡生活を送るものの、自首し、伝馬町の牢に入獄。万延元年(1860年)、28歳。古畳の間にあった「易経」を発見し、これまで他人を恨み、自分を嘲ていた愚かさに気がつき、この難解な「易経」すべて暗記する。

●慶応元年(1865年)33歳、赦免。名前を嘉右衛門と改める。「江戸所払い」となり、再起をかけて横浜で材木店を始める。通訳を雇って、外国人との商談を発展させ、イギリスの公使館建設を請け負う。1万ドル以上の利益を手にする。

●維新後は、ガス会社を設立したり、横浜に下水を敷設したり、旅館や学校を創ったり、北海道に農場を作ったり、八面六臂の活躍。伊藤博文に請われて、日清・日露戦争の戦局を占ったりして、悉く的中する…

大正3年(1914年)、82歳で没。

確かに、著者は、高島の孫の後藤達さんらに直接話を聞いたり、高島自身の著作などに当たって、依拠しているので、全面的に高島嘉右衛門の「偉人伝」的な書き方に終始しています。

維新後の高島は、伊藤博文、大隈重信、陸奥宗光、副島種臣らに接近して、「政商」に近い行動を取っています。批判的な記述が全くないので、少し、読み足りない部分はありますが、それらを差し引いても、彼の生涯は驚きの連続です。

読了後、溜息が出てしまいました。

さっぱりわからん

ローマ

「健康になれれば、死んでもかまわない」というのは、よくできた小噺だと常日頃から思っています。

ですから、「紅茶キノコ」だの、「指回し」だの「1円玉を腰に貼ったら長年の腰痛が治った」などといった「民間療法」でも「へー」と思って、興味を持って眺めていたりします。

そういった「眉唾もの」の健康情報ですと、まあ、笑って許せますが、権威のあるドクター資格を持った医学者が正反対のことを言ったりすると、どちらのことを信じたら、さっぱりわからなくなってしまうのです。

これは、大袈裟に言えば、犯罪に近いのではないでしょうか。

このブログでも昨年の8月27日に「病気にならない生き方」というタイトルで、胃腸内視鏡外科医の世界的権威である新谷弘実氏の著作を紹介しました。http://blog.goo.ne.jp/keiryusai/e/396138f2f116658fb46c72ec2411bdb7

同氏は、俳優のダスティン・ホフマンや中曽根康弘元首相ら、これまで30万例以上の胃腸を診てきた結果、

●食生活は肉食を避け、菜食中心にすること。植物性(穀物、豆類、野菜、キノコ類、果物、海藻)85%、動物性(肉、魚、卵、牛乳など)15%が理想。

●市販の牛乳は「錆びた脂」なので、牛乳や、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品は食べない。

ことなどを力説していました。

この影響で、私などは、牛乳を飲まなくなったし、ヨーグルトも食べなくなったくらいなのです。

ところが、昨日、東京新聞に掲載されていた病理学者の家森幸男氏によると、まるっきり、正反対のことを言っているのです。

要するに、健康と長寿を願うなら「もっとたくさんヨーグルトを食べなさい」と主張しているのです。

同氏は、一時期ブームになった「カスピ海ヨーグルト」を日本に広めた「仕掛け人」ですから、無理もない話なのかもしれませんが、庶民は、どっちを信じたらいいのか、さっぱりわかなくなってしまいますよね。

家森氏は、1985年から2005年にかけて、25カ国61地域を駆け巡り、1万5千人の尿を集めて、成分を調べて、脳卒中を防ぐために「減塩とタンパク質を摂ることが重要」という結論に達しました。

特に食塩に含まれるナトリウムは、コレステロールの吸収を促し、取りすぎると高血圧や動脈硬化の原因になるといいます。

日本人は一日平均12gの食塩を摂取しますが、これを6gまで減らせば、脳卒中の死亡率はゼロまで低下させることができるというです。

「ヨーグルト」では見解がまるっき正反対の二人ですが、野菜や穀物を中心にした食生活を推奨していることだけは共通しています。

家森氏によると、大豆に含まれるイソフラボンや魚に含まれるタウリンには、血圧やコレステロールを下げ、血流をよくして、ガンを予防したりする働きがあるといいます。

それにしても、ヨーグルトです。

新谷氏は「食べるな」と言いますし、家森氏は、毎日、きな粉入りの「カスピ海ヨーグルト」を食べて、植物性タンパク質とイソフラボンを吸収し、健康を保っていると言います。

さて、食べるべきか、食べざるべきかー。