亥の子餅

「亥の子餅」

ブログを再開したところ、早速、京洛先生からメールが舞い込んできました。

「11月は何処も紅葉を愛でる人で、観光地はごった返しますが、京都も、先日、東福寺の写真を送りましたが、今は、「見頃」の真っ只中です。何処も、この週末、3連休は凄い人出だと思いますね」

はい、お陰さまで一枚掲載させて、頂きました。

「ところで、東京はどうか存じませんが、京都は、この時季は、街中のお饅頭屋さんの、店先に「お火焚き(おひたき)饅頭」と「亥の子餅」、別名玄猪餅(げんちょうもち)が並びます。

「お火焚き饅頭」は、五穀豊穣、厄除け祈願で食します。火炎宝珠の焼印を紅白の饅頭に入れてあり、以前、貴人が上洛された折、ご覧になり食されたと思います。

また、「亥の子餅」はこの写真のようにイノシシのような色をした饅頭です。宮中では貞観年間(西暦859年~877年)から、既に亥の子餅の行事があったそうです。

旧暦10月の亥の月の、亥の日の、刻(午後10時)に食した、と言われ、やはり、火災を逃れたり、無病息災、子孫繁栄などを祈願をしたようですね。近所の饅頭やで買った亥の子餅の写真を添付しました。とくとご覧ください(笑)。東京圏では売ってますかね。もう、こんな風習は廃れましたかね」

いや、帝都では、小生だけかもしれませんが、あまり聞いたことも、見たこともありませんね。珍しいので、早速、使わせて戴きます(笑)。

まあ、京洛先生も、掲載があまりにも早すぎるので、驚かれていることでせう(笑)。

三業地の大塚は穴場です

 

昨晩は、作家のAさんと大塚で痛飲しました。色々とお話を伺いましたが、この人は、只者ではない、とてつもない人だということが分かりました。お互いに共通に知っている知人の話をしたりしましたが、人脈の広さと深さはただならぬものがあり、電話1本で政界のリーダーや裏社会の人物と会ったりしているので、色んなことに通じています。

茲に書いてもいいのですが、やっぱり止めておきます(笑)。今度お会いした時、お話ししてあげます。Aさんは秋口に、岩波書店から本を出されるようなので、楽しみにしましょう。

大塚は、私にとって、大変思い出深い街です。もう大分昔ですが、1年間予備校に通った所です。まさか、浪人するとは思わなかったので、全く準備をしていなかったら、高校の目良先生が、「大塚に武蔵という親身で家庭的な予備校があるから、そこはどうだ」と教えてくれたのです。予備校ながら、入学試験がありました。確かにいい予備校でした。万葉集学者の中西進先生がバイトで国語を教えていました。毎週、試験があって、座席やクラスは成績順で決まるのです。牢獄のような予備校でしたが、亡くなった加納君や末岡君といった友人と知り合うこともできました。大学合格後、一度だけ、模擬試験の監督のアルバイトをさせてくれて、当時としてはかなり高額の1万円ぐらいもらった思い出があります。

「今は、どうなっているのだろう」と思って、Aさんに会う前に予備校に足を向けたのですが、街はすっかり変わっていて、見当もつきませんでした。昔は大塚の駅を降りたら、駅から建物の屋上に掲げた「武蔵」の看板が見えたものでした。しかし、もうなくなっていました。その跡地は、新興宗教の真如苑の大塚支部になっていたのには、驚いてしまいました。

博覧強記のAさんは、大塚の地理と歴史に異様に詳しかったです。それもそのはず、中学は大塚で、高校は巣鴨にある都立高校出身だったからです。北口に鎌倉時代創建の「天祖神社」があり、終戦時の総理大臣だった鈴木貫太郎も大塚に住んでいたそうです。鈴木は、2・26事件の際、侍従長で、青年将校らによって襲撃されましたが、奇跡的に一命を取り留めた人です。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E8%B2%AB%E5%A4%AA%E9%83%8E

大塚は三業地(料亭、芸者置屋、待合)として有名で、戦前は隣りの池袋と比べ物にならないくらい歓楽街として賑わっていたそうです。駅前に白木屋百貨店があったという話は初めて聞きました。白木屋は江戸時代創業の老舗で、三越より繁盛していた時代もありました。ただし、ウイキペディアを検索してみたらhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E6%9C%A8%E5%B1%8B_(%E3%83%87%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88)

大塚のことは触れていませんね。

Aさんによると、本当は、大塚が、地下鉄や私鉄駅のターミナルになる予定だったのが、地元商工会の反対でつぶれてしまい、みんな隣りの池袋にもっていかれてしまったそうなのです。当時の鉄道のイメージは、武蔵野鉄道(後の西武鉄道)にしろ、東武鉄道にしろ、石炭や、砂利やセメントなどを運ぶ貨物列車が主体で、これほど多くの通勤通学客を運ぶことは想像もできなかったそうなのです。

おかげで、戦後は池袋とは比べ物にならないくらい寂れてしまいましたが、猥雑さとかけ離れたしっとりと落ち着いた風情があり、いい街です。

最初、有名な居酒屋「こなから」http://hw001.gate01.com/izakayajunky/konakara.htmで飲み、この後、Aさんの案内で三業地を徘徊しました。何と、政治家の皆さんがこの辺りの料亭を利用するそうです。私は、赤坂か神楽坂かと思っていましたが、大塚は確かに隠れ家になりそうです。ただ、潰れてしまって更地になった料亭も散見されました。寿司屋の「高勢」http://www.01ch.com/gourmet/takase.htmlは知る人ぞ知る高級鮨屋で、有名な政治家と鉢合わせする機会もあるそうですよ。

大塚といえば、南口にある「江戸一」http://hw001.gate01.com/izakayajunky/edoiti_2003_aki.htmには何回か行ったことがあります。最初は、学生時代に恩師の朝倉先生に連れて行ってもらいました。もう何年も前ですが、ここで、劇団四季の浅利慶太代表が若いおねえちゃんと一緒に楽しそうに堂々と飲んでいるのを見かけました。その後、結婚か再婚のニュースを聞きましたが、相手がそのおねえちゃんだったかどうかは不明です。ここもいい店ですが、Aさんからは「串駒」http://www.kushikoma.com/という有名な老舗居酒屋も教えててもらいました。皆さん、今度ご一緒しましょうね。

ついに、ラ・ベットラに


銀座一丁目のイタリアンレストラン「ラ・ベットラ」に行ってきました。
「日本一予約が取りにくいお店」ということなので、勿論、落合シェフがいる(とみられる)本店ではありませんが、この近くにある姉妹店の「ラ・ベットラ・ビス」の方です。でも、メニューはそれほど違うわけでもないということでした。
私は、1890円のBランチを注文しました。前菜とイカスミ・スパゲティをチョイスしました。

料理は、頭や講釈で食べるものなんですね。もし、予備知識がなかったら、それほど感動しなかったかもしれません。

でも、予備知識があったおかげで、そのまろやかな味に感激することができました。

とはいえ、一人でもくもくと食べたため、感動も半減してしまいました。今度、妙齢な方とご一緒しようかと思っています(笑)。

さて、昨日は東京・秋葉原で凄惨な事故がありました。25歳の通り魔によって、7人が死亡し、10人が重軽傷を負った大事件のことです。通り魔は、静岡県の沼津からレンタカーのトラックで秋葉原まで乗り付け、歩行者天国を歩いていた人を数人はねた後、車から降りて、サバイバルナイフを振り回したというのです。

丁度、7年前の同じ日に、大阪の池田小学校で8人の児童が殺害された日だったので、何かの因縁を感じます。

日本は、丁度、梅雨の真っ最中で、どうも、頭の中も空と同じように曇っている感じがします。

今回の加藤智大容疑者は「誰でもいいから、人を殺したかった」と供述していますが、鬱陶しい天候も影響していたかもしれません。

それにしても、誰でもいいから、人を殺したかったという人間とそういう人間を生み出した社会は、明らかに狂ってます。3月に土浦で起きた無差別殺人事件で逮捕された24歳の容疑者も同じようなことを言っていました。

こういうことは、連鎖反応が起きるのでしょうか?私には全く理解の範疇を超えるので、コメントすらできません。

ただ、加藤容疑者のように、自己の挫折や不満の責任を世間や他人のせいにすることは間違っています。
自分で責任取るしかありません。

何処に住んでいようと、善人が豹変して殺人者になりうる時代になりました。ただ、生きているだけでも覚悟が必要の世の中になったということでしょう。

今回、犠牲になられた方と遺族の方には本当にお気の毒で、ご冥福をお祈り申し上げます。

やたらとイタリア料理店が多い所…

 

 

 

書くことがないので、単なる個人的な絵日記になってしまいそうです。

最近、お昼は、東銀座の1丁目か2丁目辺りで取ることが多いです。

あるグルメの方から、おいしいお蕎麦屋さんを紹介されて行ってみたら、近辺に結構人が並んでいるイタリア料理店があり、空いた頃に入ってみたら、昼間からワインをサービスを出してくれて、値段もそこそこでした。

え?どこかって?

教えたら怒られてしまうかもしれませんが、お蕎麦屋さんは「Y」という店です。通りを1本入った狭い路地に風格のある木造の建物があり、店構えが昭和三十年代風で趣きがあります。店内は本当に狭く、カウンターと座席で、数えたら18人しか入れませんでした。

私は「地獄」という蕎麦を注文しました。これは何なんでしょうか。ほうれん草と生卵が乗った蕎麦。何で地獄なのか分かりません。味は飛びぬけて天にまで上る感じとまではいきませんでしたが、麺とダシは他店にないコクと深みがありました。950円。この店を出て、近くに立ち食い蕎麦屋があり、卵ソバ320円とありました。

この辺りにはやたらとイタリアンレストランが多いのです。店の前に大きなイタリアの三色旗を掲げているのですぐ分かります。「イル ビアンコ」「山岸食堂」「オステリア アズーロ」…半径500メートル以内に4,5軒あるので、不思議です。また、狭い路地の奥に「グラン ブールバール」というフランス料理店も見つけました。今度行ってみようかと思います。昼間からワインをサービスしてくれるのは「イル ビアンコ」です。いずれも、ランチは千円ぐらいです。近くにお越しの際は、是非お奨めです。

昨晩はまた痛飲してしまい、二日酔い。新橋の「手羅須」というスナックが開店25周年で、食べ放題、飲み放題で3500円ということで、会社の先輩の長野さんと一緒に覗いてみたのですが、結局、飲みすぎてしまいました。今週土曜日まで、やってます。

生老病死。

最近、私自身は「老」を感じる毎日ですが、先輩の長野さんは、先日、同期入社のNさんが亡くなったこともあり、「最近、死を身近に感じています」としみじみと話しておりました。

レコチャのランチグルメ

 

このブログの熱心な読者な方は覚えていらっしゃるかと思いますが、昨年、「中華料理のミシュラン版」をやることになったと書きました。それが、年末か年始にネットで配信される、とも書きましたが、先日、やっと、ネットに載りましたので、ここにご紹介致します。随分、遅かったですね。まあ、色々と内部事情もあったようです。

 

「Record China(レコードチャイナ)」という中国関係のニュースに特化して、日本語で配信しているサイトです。ヤフーにも結構、中国関連ニュースとしてアップされているので、知る人ぞ知る通信社だと思います。

タイトルは、「レコチャのランチグルメ」。全5回配信で、私は第3回を担当しました。東京・西麻布にある「メゾン・ド・ウメモト上海」という店です。本場のミシュランでは、一つ星を獲得しました。

 

読んで頂ければ分かりますが、グルメ批評というより、紹介か、ヒントに近いですね。ほとんど貶していません。

味の記憶というのは、プルーストやバルザックなど文学作品になるくらいなのに、私の場合、「記憶の法則」で、あんなに美味しかったのに、もう3割くらいしか感覚的に残っていないんですね。そういう意味でも記録しておいてよかったと思います。

 

ちゃんと「渓流斎」の筆名で投稿しておりますので、ご興味のある方は覗いてみてください。私の記事は、スクロールしてずっと下の方に出てきます。ついでに、レコードチャイナのサイトも見てくださいね。そこんとこよろひく

 

http://www.recordchina.co.jp/group/g15040.html

 

「大市」をご存知なら通です

調布先生から電話がありました。5年ぶりに携帯を買い換えたので、その「試し電話」でした。「声が大きくなって、よく聞こえるでしょう?」と、日頃の大先生ぶりは何処へやら。まるで子供のようなはしゃぎぶりでした。

調布先生とは、先日、老舗鰻屋にご一緒致しました。「本郷三丁目まで来い」と言うので、出かけてみると、「それでは行きましょう」と、最終目的はそこからまた丸の内線に乗った「東高円寺」。

「小満津」というこれまた知る人ぞ知る老舗の鰻屋で、もともと、京橋にあったのが、店を閉じてしまい、そのお孫さんが東高円寺に再興して20年ほど経つというのです。

何やら、歌舞伎役者の十三世片岡仁左衛門が贔屓にしていたらしく、部屋には揮毫書が飾ってありましたね。

お味は、秘伝のタレを使っているらしく、甘くもなく辛くもなく、私には丁度よい塩梅でした。お銚子1本と焼き鳥2本と竹重で、ちょうどお一人五千円というお値段は、まあ手頃かなあと思いました。

しかし、調布先生は「鰻が今ひとつでしたね。日本橋高島屋の特別食堂にある『野田岩』の方が鰻はいいと思いますよ」と、流石に私の知る現役最高のグルメだけに、品評が鋭い。

「それより、異国の超高級ランチを食べたそうですが、そんなもんお食べになるなら、絶対に京都の『大市』にすべきですよ」とおっしゃるじゃあ、ありませんか。異国の超高級ランチとは、私が昨日書いた「厲家菜(れいかさい)」のことだと思われます。

このブログの熱心な読者なら、ご存知かと思いますが、調布先生は、「ブログ亡国論」者で、普段から「ブログなんて○○の落書きですよ」とおっしゃる方です。私は、先生に超高級ランチの話をしていないので、このブログをご覧になったのでしょう(笑)

それが可笑しくて、今日は、ブログを休もうかなあ、と思ったのですが、書くことにしたのです(笑)こんなこと書いたら、先生に怒られるでしょうねえ、きっと。

さて、その「大市」ですが、私は知らなかったのですが、グルメを自認している人間が知らなければ、もうそんな看板は下ろした方がいいという老舗の「すっぽん屋」さんでした。創業が元禄年間だということですから、創業330年にもなるそうです。大石内蔵助も知っていたのかもしれません。下長者町通にあります。

何しろ、色んな文学作品にもこの店は登場するらしく、志賀直哉の「暗夜行路」や川端康成の「古都」、開高健「新しい天体」などにも出てくるらしいのですが、確か読んだのに記憶にないですねえ。

コースで2万3千円とありました。

いつか、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、挑戦してみますか。

超高級中国料理「厲家菜」潜入記

昨日は、とてつもなく高いランチを食べてしまいました。もちろん、あんな高いランチを食べたのは生まれて初めてで、恐らく、空前絶後。この先、もう二度と味わうことはないと思っています。

お店は東京・六本木ヒルズ構内にある「厲家菜(れいかさい)」。知る人ぞ知る北京に本店がある超高級中国料理です。

厲家とは、清朝末期のあの独裁者・西太后の高級官僚で宮内府大臣も務めた家柄で、西太后の日常の食事を管理する責任者だったそうです。

西太后の美食家ぶりはつとに知られ、彼女の専用コックが128人もおり、常に一食150種類の料理が並べられていたということです。

もうこれだけで、この料理店がすごい所かお分かり頂けたかと思います。

かのミシュランでも、中華では最高の二つ星を獲得しています。

元会社の同僚で、今も違う仕事面でつながりのある友人M君に誘われてノコノコ出かけていったので、私は最初、値段を気にしないで食べていたのですが、開けてビックリ玉手箱でした。

「翡翠豆腐」「北京燻肉」「炒咸漢食」など見たことも聞いたこともない高級中華料理が並びました。肝腎のお味は…やはり、驚くほど美味で、食材が全く違うといった感じでした。

二人でシャンパンを二杯ずつ飲んだので、コースと合わせて請求された額は…。

ま、ご想像にお任せ致しますが、まあ、私が普段食べるランチの1ヶ月分くらいありました!

ミシュラン中国料理版 

ネットで中国関係専門のニュースを配信している通信社「レコード・チャイナ」の編集主幹をしているM君から、「ミュシュランの中華料理店版をやるから参加しないか?」と誘われて、参加することになりました。

例の「ミシュラン東京版」は初版が完売されるなど、大好評でしたが、「三つ星」は日本料理とフランス料理に偏っていて、中華料理が無視されている。それでは、我々が中華料理の品評をやってネットで配信しようと企画したそうなのです。

既に、私は2軒ほど、行かせてもらいました。1軒目は、東京・汐留のホテル「コンラッド東京」内にある「チャイナブルー」、2軒目は、昨日で、西麻布にある「メゾン・ド・ウメモト・上海」です。どちらも超高級中国料理で、ランチでも7000円から2万円くらいします!

私は後者の「メゾン・ド・ウメモト」の記事を担当することになりました。恐らくネット配信は来年早々になると思いますが、是非ご覧くださいね。その時は、リンクを貼ります。

ミシュランは「覆面審査員」が記事を書いているという話ですが、笑ってしまいますね。何で、料理の写真が写っていたりするんでしょうか?-当然、店側と交渉して、「取材」する旨を話しているはずです。普通、事前に知らせないと写真は撮らせてもらえません。それに、ミシュランは食事代はタダにしてもらっているという根強い噂があり、星の数も店側の応対次第だということです。まさしく、ミシュランの「匙加減」なのです!

ちなみに、我々の場合は、ちゃんと、事前に写真を撮らせてもう許可を得て、堂々と話も聞きます。そして、何と言っても、ちゃんとお金を払います!これで初めて、公平な評価ができるというものです。

昨日は私を含めて5人が参加しましたが(中華料理は沢山で一緒に食べるのが一番)、編集主幹のM君は4年間、特派員として香港に滞在した経験がありますし、Yさんは留学生として重慶に、タウン誌の記者として上海に合わせて5年ほど滞在した経験があるので、中国料理には「精通」しています。もう一人、超美人のFさんは、北京の名門大学に留学してそのまま5年も北京にいついており、年末年始休暇で一時帰国中です。

そして私は、中国には上海に1度しか行ったことがありませんが、横浜に住んでいた頃、中華街によく通っていました。何の自慢にもなりませんが(笑)

どういうものができるか分かりませんが、できれば多くの人の目に触れてもらいたいので、完成したら、リンクを貼りますね。

巴町「砂場」

 摩周湖

 

巴町の「砂場」に行って来ました。何しろ、物の本によると、江戸蕎麦の現存する最も古い蕎麦屋なのだそうです。何と、三大将軍徳川家光の時代に発行された番付に、名前が載っているそうです。「砂場」という屋号は全国何処にでもありますが、元々は大坂が発祥地のようです。佃島も、家康が大坂人に開拓させたという話ですからね。徳川幕府が開かれた時に、山っ気のある関西商人が、大挙して江戸に押し寄せたことでしょう。

 

場所は、神谷町と虎ノ門の間。愛宕神社下といえばいいでしょう。場所柄、官僚さまの天下り先である公益法人が林立している所です。お金持ちそうなサラリーマンやOLで店がいっぱいになります。この近くには何軒かの日本刀剣の店があります。そういえば、昔、新撰組の本を読んだ時、近藤勇局長が、幻の刀剣「虎轍」を求めて、虎ノ門界隈を歩いた、というような記述があったことを思い出しました。新撰組の連中が歩いているような錯覚に襲われました。

 

私は、食道楽というより、食意地があるタイプだと思います。死ぬ前に一度、食べてみたい、という程度なのですが、一度食べれば「何だ、こんなもんか」で終わってしまいます。

 

ですから、「江戸最古」という知識というか、情報を知らなければ、この店に行かなかったでしょうね。注文したのは、「かき揚げ天せいろ」。何と1995円もしました。蕎麦は、箸で4回ぐらい掬えば、もう無くなってしまうほどの少なさ!ちょっと、高すぎるんじゃないかなあ?

 

もちろん、どんな店案内やネット情報を見ても、「巴町砂場」はお褒めのお言葉ばかり。私のようなネガティブ情報は皆無でしょう。確かに美味しく、歯ざわりがどうの、こうのという講釈はいくらでも書けますが、私は「もう、これでいいや」といった感じです。昼は奮発したので、夜は、銀座のデパ地下で、420円の、期限切れ間近の200円引きのお弁当を買って採算を合わせました。

老舗の味

ヴェニス

世間の皆々様方は年末年始のお休みに入ったことでしょうが、私は仕事です。不遇を囲っているので、いつも何か楽しみを見つけるようにしています。

目下の一番の楽しみは、食べることですかね。本や雑誌で見かけたり、口コミで聞いたり、通りがかりにすれ違った雰囲気のある店に飛び込んだりしています。

今月の月刊誌『東京人』は、「老舗の味を食べ歩く」を特集していたので、ついつい買ってしまいました。この中で、「久兵衛」「すきやばし次郎」といった敷居の高い寿司屋は、まだ入ったことがありません。でも、何処にあるかは場所だけは知っています。「久兵衛」(銀座8-7-6)は、たまたま銀ブラしていたら金春通りにありました。「ここが噂のあの久兵衛かあ」と感動したことがあります。ランチが2000円引き!とありました。それでも、一番安くても3500円くらいするので、金縛りにあったかのようになって、入れませんでした。

「すきやばし次郎」(銀座4-2-15)は住所を頼りに探しましたが、なかなか見つかりませんでした。地上の外に看板が出ていなかったからです。地下鉄銀座駅の数寄屋橋口の地下には看板がありました。外に「値段」など野暮な案内はありません。やはり懐に余裕がなかったので入れませんでした。情けない。

中華そばの老舗「萬福」(銀座2-13-13)は、そんなに有名な老舗店だとは知らずに偶然通りがかって入ったことがあります。が、特段印象に残っていません。やはり、料理は知識と頭で食べるものなのですね。

うなぎの「竹葉亭」は夏目漱石がよく通ったというので、銀座店(5-8-3)は意を決して行ったことがあるのですが、本店が木挽町(銀座8-14-7)にあることは知りませんでした。ここも偶然、通りかかって発見しました。料亭の雰囲気で敷居が高く、とても入れるような代物ではありませんでしたが。

池波正太郎の愛した洋食の「たいめいけん」(日本橋1-12-10)、漱石も通った洋食の「松栄亭」(神田淡路町2-8)、森鴎外のお気に入りのそば「蓮玉庵」(上野2-8-7)、谷崎潤一郎が贔屓にした親子丼の「玉ひで」(日本橋人形町1-17-10)などは何度か行ったことがあります。

先日「吉野鮨」に行きましたが、江戸前寿司で現存する最古の店が、創業150年余の「すし栄」(銀座7-13-2)であることをこの雑誌で初めて知りました。

敷居が高いところは、いつか挑戦したいなあと思っています。それまで生きてみようと思います。