長嶋さんのオーラ

 帯広動物園

日経新聞の「私の履歴書」で、読売巨人軍終身名誉監督の長嶋茂雄氏が7月から連載されています。私も面白く拝読しています。長嶋ファンにとっては、もう方々で読んだことがある「自明の理」なのかもしれませんが、私としては初めて知ることばかりで、「なるほど」と毎回、感心してしまいます。

 

長嶋の現役時代を知っている人は、今ではもう40歳を過ぎていることでしょう。私も、子供時代、長嶋はヒーローであり、スーパースターでした。しかし、この連載を読むと、当たり前なのですが、長嶋とて偶然の天才ではなく、彼なりに相当努力して、チャンスをつかんだ人だということが分かりました。プロとして、華があったのも、わざと華になるようにパフォーマンスしていたということも明かしています。二男二女の末っ子として生まれ、父親が千葉県印旛郡臼井町(現佐倉市)の収入役を務めた真面目で律儀な人で、長嶋が立教大学在学中に急死してしまう。つまり、彼の巨人での活躍を知らないまま亡くなってしまうことなど、知りませんでしたね。

 

私は、仕事の関係で、たくさんの有名人に会う機会がありますが、これまで会った人でオーラを見た(感じたではなく)人は三人います。そのうちの一人が長嶋さんでした。もう20年くらい昔の話ですが、その後光のまぶしさに目を細めてしまったくらいです。

 

Kさんのこと

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スポーツジャーナリストのKさんが先月21日に亡くなりました。52歳の若さでした。昨年8月に二度目の脳内出血で倒れ、約11ヶ月間、意識を回復しないまま、旅立たれました。

 

Kさんは、私のかつての先輩で、アイスホッケーの専門記者として、知らない人はいない存在でした。J大学のアイスホッケー部で活躍し、社会人になってからは記者としてアイスホッケーを取材し、彼ほどアイスホッケーに全身全霊、徹底的に精魂を傾けた人は私は知らず、恐らく空前絶後でしょう。

 

しかし、はっきり言って、アイスホッケーは一部の熱狂的なファンはいるものの、マイナースポーツです。会社組織も専門記者を置くほど余裕がありません。Kさんは、次第に追い詰められるような形で1998年に組織を辞めて、フリーに転向します。しかし、その翌年の99年に名古屋で取材中のアイスホッケーリンクで、最初の脳内出血で倒れてしまいます。

 

Kさんは一人っ子で、会社を退職する前後の時期に、母親、続いて父親を亡くす不幸に見舞われています。そしてまた、その時期に自宅を全焼する不運にも遭っています。独身の不規則な食生活と心労が重なったせいなのかもしれません。一命は取り留めたものの、右半身に後遺症が残りました。

 

私がKさんと再会したのは、2002年頃でした。新橋の居酒屋で、他にもう二人いました。その頃は、言語障害はほとんど回復し、相変わらずの毒舌家でしたが、さすがに丸くなった感じでした。それでも、アイスホッケーに対する情熱は失っておらず、いつか本を書くようなことも話していました。「ボチボチやっていくよ。おめえも色々あると思うけど頑張れよ」。それが彼から聞いた最後の言葉でした。(そう言えば、私に対する彼の口癖は「おめえみていに、もてねえからよお」でした。若い頃、N君と私とKさんの三人で三宅島に遊びに行ったこともありました。懐かしくて涙が出てきます)

 

7月4日に彼の母校のJ大学で「お別れ会」がありました。残念なことに私は仕事で行けませんでしたが、200人くらいの人が弔問に訪れたそうです。彼は、独身の一人っ子で天涯孤独の身でしたが、多くの友人知人、先輩後輩に恵まれた人でした。6月29日付の北海道新聞(夕刊)では、彼の友人のK編集委員が長い長い追悼文を寄稿していました。一介のアイスホッケー記者の追悼文にしては異例のことではないでしょうか。それだけ、彼は周囲から愛されていたのでしょう。

 

私はお別れ会に行けなかったので、個人的に追悼することに致しました。噂で聞いた話では、彼が残した遺産は、国庫として没収されてしまうそうです。最後までお世話をした親しい従兄はいるのですが、財産を相続できるのは、法律で二等親までだそうです。遺言でも残せばよかったのですが、本人は志半ばで再び倒れるとは思わなかったのでしょう。もう一つ、生前の彼に一千万円近い借金をした人もいたそうです。借用書もなかったので有耶無耶になるのではという話でした。

 

色々話を聞くと、心が痛み、かくもプライベートなことながら記しましたが、Kさんは最後まで信念を持って自分の好きなことをやり遂げたのではないでしょうか。それだけが救いです。

 

合掌

絶縁状 

  帯広動物園

 

うーん、昨日、「絶縁状」なるものを戴きました。これで何人目でしょうかね。

 

去年、帯広から3年ぶりに関東地方に戻りましたが、それまで、かなり頻繁に会っていた人でも、疎遠になってしまいました。私は、こちらから敢えて交際を絶つようなことはしません。よって、こちらから再会の約束をすると、向こうというか相手の方から、お断りの連絡があるのです。理由は「忙しい」とか、「時間が取れない」とか。中には「病気した」とかいうのもありましたが、ピンピン歩いている姿を見かけました。

 

要するに、不遇な境遇にある私とつきあってもメリットがないということなのでしょう。こちらは、損得勘定抜きで付き合っていたつもりなのですが、向こうは「もう利用する価値がない」と判断したのでしょう。

 

不思議なのは、そういう絶縁状態がここ一,二年で集中的に起こっていることです。数ヶ月前、数年前に知り合った人もいれば、もう30年以上も前に知り合った旧友もいます。10人以上になるのではないでしょうか。ドビュッシーも、旧友が離れていった経験がありますが、それは自分が蒔いた種でした。

 

もう、思春期ではないので、悩むことはないのですが、一抹の孤立感を感じます。その一方で、段々、長年染み付いた生活の苔みたいなものが取れる気がします。ある友人は「君も悲惨だね。もう少し、人は穏やかに年を取っていくものだと思ったのにね」と慰めてくれましたが、自分自身は如何ともしがたい問題なので、冷静に達観するしかないのです。

 

長生きするには、「三つの欠け」をしろ、とよく言われます。「義理を欠け」「礼を欠け」「人情を欠け」、いや間違っているかもしれませんが…。(どなたか知っている人は教えてください)

向こうから離れていくのなら、それでいいのではありませんか。義理を欠く相手もいなくなったし、戦国時代のように、裏切られて、命を落とすこともないのですから。

 

来る者は拒まず、去る者は追わず

好きなことを仕事にする

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ある先輩の話です。仮に一条さんということにします。

 

一条さんは、普通の人より、職場に1時間早く出勤し、普通の人より1時間遅く退社します。皆が嫌がる仕事なのに、「楽しくてしょうがない」と言うのです。私のようなひねくれ者は、皮肉か逆説だと思って、つい、質問してしまいました。

 

「なぜですか?」

 

一条さんは言いました。「だって、お金がもらえるんですよ。仕事を遊びだと思えば、遊んでお金をもらっていることになるんじゃありませんか。学校はどうでしょう?こちらからお金を払って、聞きたくもない、つまらない講義を聞かされるんですよ」

 

そういえば、帯広の角田さんも同じようなことを言ってました。

「自分の好きなことをしてお金をもらっている人なんて、なんぼでもいます。信じられないかもしれませんが、実際そうなのです」

 

好きなことをしてお金をもらっているのは、どういう人でしょうか。例えば、ミュージッシャン、タレント、俳優、政治家、弁護士、医者、漫画家、作家、起業家、ケーキ屋さん…確かにたくさんいますね。

 

一条さんは、神奈川県の超名門、栄光学園から東大を卒業した人です。世間からみればエリートコースの人なのかもしれません。東京都心の超一等地に住んでいます。

 

私は意地悪な質問をしました。

 

「そんなにお金を稼いで、どうするのですか。人間、どうお金を稼いだことよりも、どう使ったのかという方が、人間的資質が問われるのですよ」

 

一条さんは、笑いながら答えました。

 

さて、彼が何と答えたかは、茲に書くことは控えておきます。皆さんがそれぞれ、お考えください。

賄賂

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お中元の季節ですね。

私は、基本的に中元も歳暮も賄賂だと思っています。ですから、親しい人には贈りません。いや、親しくない人にもあまり贈りません。一応、サラリーマンなのですが、会社に入って20年以上、贈ったことがありませんでした。

 

それが、あることがきっかけで、贈ることになったのです。Xさんからのアドバイスでした。「贈ってごらんなさい。その人の意外な一面が分かって面白いですよ」というのです。

 

それで、試してみました。黙って受け取る人。贈られたら、すかさず贈り返してくる人。「もう、こういうことはやめてください」という人。本当にさまざまでした。しかも、そういうことを言いそうな人が、黙って受け取り、どう見ても悪っぽい人が意外と潔癖で、「こんなことやめようよ」と言ってきたりしました。

確かに意外な一面が分かりました。

加藤廣著「秀吉の枷」(日本経済新聞社)には、羽柴秀吉の桁違いの「お歳暮」のことが事細かに明らかにされています。もちろん、贈答先は織田信長です。

天正九年十二月二十二日のことです。

信長への献上品は、御太刀一振、銀子一千枚、御小袖百、鞍置物十疋、播州杉原紙三百束、なめし革二百枚、明石干し鯛一千枚、クモだこ三千連。これに織田家の女房衆に進呈する小袖が二百点。(中略)これらが秀吉の安土城外の外屋敷を出発して安土城に向かったのが夜明けである。(中略)しかし、先頭が門をくぐったのに、末尾の荷駄はまだ秀吉の外屋敷を出ていなかった。これだけでも秀吉の歳暮戦略は天下に鳴り響いた。

やはり、百戦錬磨の歴史上の人物は桁違いです。

ロバート・ジョセフという人

 帯広動物園

 

アメリカ人のロバート・ジョセフという人が「原爆の使用が終戦をもたらし、連合国側の万単位の人命だけでなく、文字通り、何百万人もの日本人の命を救ったという点では、ほとんどの歴史家の見解は一致する」と発言しました。2007年7月3日、ワシントンでの公式の記者会見の場なので、伊達や酔狂ではなく、信念として発言されたのでしょう。

 

まず、事の重大性は、日本で、久間防衛大臣が「原爆投下はしょうがない」と発言して辞職に追い込まれたちょうどその時期に、アメリカでまるで援護射撃のように発言したことです。

ジョセフさんという人は1949年、ノースダコダ州ウィリストン生まれ。米政府核不拡散問題特使で、ブッシュ政権内ではボルトン前国連大使に連なるネオコンの一人だそうです。イラク戦争を推進した強硬派です。そういう思想の持ち主が政権の中枢にいるとはいえ、アメリカ人の一部(いやほとんどかもしれません)の意見を反映していることは、日本人として注目しなければいけないと思っています。

「ほとんどの歴史家の見解が一致する”most historians would agree” 」歴史家とは、どういう人を指すのでしょうか。政治家に都合のいいような御用学者を侍らしているだけではないかと勘ぐりたくなります。

何と言っても「何百万人もの日本人の命を救った the atomic bombings ended a war that would have cost millions more lives.」というのはどういう意味なのでしょうか?原爆を落とさなければ、連合国側はさらに何百万人の日本人を殺戮していたということなのでしょうか。広島、長崎の原爆で殺された人は20万人と言われています。そのほとんどの人は、非戦闘員であり、無辜の民です。簡単に何百万なんという数字を出さないでほしいですね。人間の顔を被った鬼ですよ、そんなことを言うのは。

「林住期」

 幕別町

 

五木寛之著「林住期」(幻冬舎)を読了。2時間くらいで読めてしまいます。繰り返しが多く、同じことが書いてあったりするので、「随分、粗雑に作っているなあ」と思ったら、書き下ろしの単行本ではなく、新聞、週刊誌に書かれたものを寄せ集めしたようでした。五木氏は、昨年1年間で11冊も本を出したとおっしゃっていたので、あの年(現在74歳)で、すごいパワーだなあ、と思ったのですが、対談集や、こうした連載をまとめたものもありますし、やはり、それ相応だったということで安心しました。

 

ちょっと、最初からケチを付けてしまいましたが、五木氏が、現在、最も影響力の持つ作家の一人であることは間違いないでしょう。

 

この「林住期」も大いに納得してしまいました。古代インドで、人生を「学生(がくしょう)期」「家住(かじゅう)期」「林住(りんじゅう)期」「遊行(ゆぎょう)期」の4つの時期に区切って考える哲学が生まれたといいます。簡単に現在の「人生百年」をもとにして、言いますと、

「学生期」(0歳から25歳の青年)は、いわゆる青少年時代で、心身を鍛え、学習、体験を積む。

「家住期」(25歳から50歳の壮年)は、就職し、結婚し、家庭を作り、子供を育てる。

そして、50歳から始まる「林住期」(75歳までの初老)に人生の黄金時代と考え、自分の本来やりたいことを成し遂げる。

「遊行期」は、75歳から100歳の老年期。

というわけです。

 

ここでは、今まで、あまり省みられなかった「林住期」にスポットを当て、この時期にこそ、人生で最大のピークに持っていこうという発想なのです。もちろん、長年の使用で体にガタがくる時期ではありますが、開き直って「オマケの人生」であると認識せよ、と五木氏は言うのです。

 

「会社や組織に属している人間は、50歳で定年退職するのが理想だと思う。60歳では遅いのだ。人体の各部が50年をめどに作られているのなら、その辺で働くのはやめにしたい。あとは好きで仕事をするか、自由に生きる。働きたい人は働く。しかし、それは暮らしのためではない。生きる楽しみとして働くのだ。楽しみとは趣味であり、道楽である」

 

うーん、ここまで言われたら、私も早速、仕事をやめて、家出をして、放浪でもしますか。中年の皆さんには、随分、心励まされます。しかし、この本も大ベストセラーですから、一番得したのは五木氏と単行本化を熱心に奨めた幻冬舎の見城徹氏かもしれませんが…。あ、また、斜に構えてしまいました。

自分に起きることは自分が起こしたこと

  幕別町(間違いない)

 

渡邉美樹著「使う!『論語』」(三笠書房)を読んでいたら、ドキッとする言葉が飛び込んできました。

 

子夏曰く、小人の過つや、必ず文(かざ)る。(子張)

ー孔子の弟子の子夏は言った。「くだらない人間は過ち犯すと、必ず言い訳をする」

 

「この言葉を一言で表現するなら『言い訳をするな』ということです。営業成績が悪いのは、誠意と知識が足りなかったから。試験の結果が悪かったのは、自分の努力が足りなかったから。遅刻したのは、気持ちがたるんでいるから。フラれたのは、自分に魅力が足りなかったから。子どもが言うことを聞かないのは、家庭を顧みなかったから」

 

さらに…

 

「人のせいにするのは簡単です。でも、それはちっぽけな人がすることです。あなたに起こることは、あなたが起こしていることなのです。常に自分自身と向き合い、人の評価を窺うようなことをせず、自己修養に努めてください」

結婚とは

 帯広(かもしれない)

 

「明解国語辞典」の現代用例版の辞書が8万部も売れるヒットになっているそうです。

例えば「結婚」とは、

「してもしなくても後悔する」といった具合。

すごい辞書が現れたものです。

長らえば 生き恥かくとひとの言うらむ 重きに泣きて 三歩あゆまず

負の連鎖

 旭山動物園

 

肉卸業者が雨水で「消毒」した偽装ミンチ肉を出荷したかと思えば、元公安調査庁のトップが詐欺事件を起こしたり、軍事行政トップの人間が、アメリカの原爆投下を「しょうがない」と発言したりして、最近、何がなんだかわからない世の中になって、息苦しさを感じています。

 

新聞の投書でも、母子家庭の母親が、子供を大学に行かせるようなら、生活保護を打ち切る旨を通告され、「これでは格差は再生産される」と訴えていました。

 

何か、負の連鎖が襲い掛かってくるような気分です。

 

肉体的に疲れてくると、精神的にも落ち込みますね。これでは、いけないのですが、偶には、流れに任せたくなります。