黒幕とリテラシー 6th edition

城壁は延々と Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

 伊藤博敏著「黒幕 巨大企業とマスコミがすがった『裏社会の案内人』」(小学館)を遅ればせながら読んでおりますが、その凄まじい内容に思わず震撼してしまいました。

 いやそこまで言っては大袈裟ですが、それぐらい感心しながら読みました。

 かの京洛先生は「世間の連中は、世の中のことが分かっていない。選挙権年齢も18歳に引き下げるのではなく、30歳まで引き上げるべきだ!」と口癖のように仰っておりますが、確かに、世の中の人は、世間のことが分かっていない。ま、逆ですがどっちも同じでしょう(笑)。

 では、「世の中のことが分かる」とはどういうことか?ーそれは社会の仕組みが分かるということで、人間社会がどういう構造になっていて、どういう利権があって、どういう理念で人間の行動を駆り立てているか、を知ることではないでせうか。

 結局、日本社会は狭い村社会ですから、最後は損得抜きの浪花節、魚心あれば水心、義理人情の世界で物事が決まっていくようです。これは、欧米社会でもアジア、アフリカ社会でも同じようなもので、全く知らない他人を相手にせず、ファミリーを大事にするということになりますかね。

 ファミリーとは、勿論、血縁があっても、なくても、堅い結束を誓い合った扶助団体とも言えます。

城壁より城外を望む Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

 日本では、バブル経済真っ只中の1980年代後半から、そのバブル崩壊後の2000年代にかけて、数多くの「経済事件」が頻発しました。

 平和相銀事件、リクルート事件、共和汚職事件、山一証券倒産、イトマン事件、東京佐川急便事件、金丸脱税事件…。かくいう私も、その同時代を生きながら、頭の中では全く整理できておらず、事件の核心について、ほとんど知ることはありませんでした。

 この本を読むまでは。

 「黒幕」は、これらの事件のほぼ全てに関わった「現代産業情報」という月2回発行の情報誌を発行していた石原俊介という人物にスポットを当てて、経済事件の裏を探るというノンフィクションです。

 石原俊介氏とは何者か?-彼は、政・官・財・報・暴の全てに睨みがきいて、その情報の分析と正確性に定評があり、マスコミからも政治家からも官僚からも、企業からも、反社会勢力からも頼りにされた男、と言えばいいかもしれません。

 この「黒幕」の著者伊藤氏は「日本を経済成長させた政官財のトライアングルは、政治家は官僚に強く、官僚は財界人に強く、財界人は政治家に強く、逆に官僚は政治家に弱く、財界人は官僚に弱く、政治家は財界人に弱いという三すくみの中でバランスを保ち、それを報道機関が監視するという構図で成り立つ。そこに、純然たる暴力団だけでなく、総会屋、地上げ屋、仕手筋、小売り金融など暴力団の威圧をバックにする勢力が日本社会にあり、彼らの存在抜きに社会構造も事件の背景を語れない」とズバリ書いております。

裏城門 Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

 確かに、これは一つの社会の見方ではありますが、ここまで具体的に裏金や贈収賄の額まで詳らかにされると、信ぜざるを得ないという感じになります。

 ここには、バブル紳士から彼らを利用する政治家や官僚、裏で立ち回る反社会勢力まで登場する魑魅魍魎の世界…へたなドラマや映画を見るより、ずっと面白いことは確かです。懐かしい大蔵省の接待事件も出てきます。

驚くべきことに、あのゾルゲ事件をスッパ抜いた総会屋誌のルーツとも言うべき、戦後間もなく創刊された「政界ジープ」まで登場します。手法は、途切れることなく、口伝で脈々と受け継がれるのです。

本当に正しいものは、目に見えないし、モノにも書かれない。

日本の藝は、剣術にしろ、忍術にしろ、もともと、師匠から弟子に口伝で伝えられたものでした。

 不思議なことに、これらの事件は、まっすぐ一本の糸で繋がっているようにも見えます。そして、遙かに複雑にしているのは、正義の味方であるはずの検察当局も功名心に駆られて、証拠品を偽造したり、不祥事を働いたりするので、何が何だか分からなくなるのです。

 その後の日本は、商法や民法の改正で総会屋は淘汰されて、株主総会に入りこめなくなり、暴対法や暴排条例で、反社会勢力も押さえ込まれるようになり、石原氏のような人も用済みになっていきます。そういう意味でも、石原氏の亡くなった2013年以降の日本は今後どうなっていくのか、現代人のリテラシーが試されている気がします。

そういう意味で、この伊藤氏の「黒幕」は、裏社会と表社会を仲介した「兜町の石原」という黒幕を世間に知らしめ、啓蒙したことで、金字塔を打ち立てました。

この本では、政治家から裏社会まで、あらゆるタブーに挑戦しておりますが、惜しむらくは、日本を表から支配している、ある組織団体については、知らないはずがないのに、筆誅を加えていないことです。石原氏の力が及ばなかったところかもしれまさんが、それだけは物足りなかったことを付加しておきます。