花
うっかり八兵衛 てえへんだ、てえへんだ!
銭形親分 お、八兵衛じゃねえか。やぶからばうにどした?
八兵衛 いえ、旦那。やぶからも、ぶらからもあったもんじゃねえすよ。あの三木谷屋にまたやられたんすよ。
銭形 三木谷屋?三木谷屋って、あの電脳空間で、仮想現実の阿漕な商売やってる、あの野郎か?
八兵衛 へ、そうでがんす。あちきも、盛んに電気紙芝居で「苦楽講」に入れば、もれなく5000点貰える、つうから申し込んだ次第で。そしたら、 2000点しか貰えない。おっかしいなあ、と問い合わせたら、残りの3000点は、条件満たしたら、3カ月後の皐月にくれる、ちゅうで、あちきも、首を長くして待ってたんすよ。
銭形 へー、それで?条件て何だい?
八兵衛 あちきも、よく分かんなくてね。何しろ電脳空間の買物なんて初めてでしょ?兎に角、何か色々買えば、条件を満たすと思って、ない袖を振り絞って盛んに買ったわけですよ。
銭形 へー、八兵衛、おめえ、一体何買ったんだ?
八兵衛 へっ。まず、30両もする高級江戸産腕時計、5両の南蛮鍋、3両の伊藤若冲の画…
銭形 へー、八兵衛にしちゃあ、随分、景気がいい話じゃなえか。
八兵衛 ま、助平心でして。3000点貰えるなら、色々買ってもチャラになりますからね。思い切ったわけですよ。
銭形 で、もう皐月もおしめえだ。その3000点とやら、おめえの懐に入ったのか?
八兵衛 それが、旦那。さっきの条件つうのが、幾ら買物しても、講札(こうふだ)つうもんを睦月に電脳空間で使わなきゃならねえ、とか抜かすんでさ。あちきは、そんなこと知らねえから、そんな講札なんか知らねえから、無理して買物しても、結局、三木谷屋の野郎は、点数はやらねえよ、と抜かすんでさ。条件をしかと見ねえおめえが悪い、と。
銭形 うーん、確かに、三木谷屋は普段から、近江商人や伊勢商人から安くぼったくって仕入れて、餓鬼畜生にも劣る阿漕な商売をやってるが、お上の法に触れるかどうかは、ギリギリだな。
八兵衛 えっ?そうでがんすか?…。
銭形 ま、三木谷屋と言えば、伊達藩に職業野球軍団、神戸に職業蹴球軍団を持って、新経済連盟とやらの代表理事もやって、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで、ぶいぶい言わせて、江戸市中で知らねえもんはいねえ、つうじゃねえか。
八兵衛 その通りでがんす。検非違使までに賄賂(まいない)を献上して、毎晩、吉原通い。週末は、帆船で焼津まで、幕僚とくるーじいんぐとやらをしてるとか。「三木谷屋、お前も悪やのう~」て、電気紙芝居みてえなことをやってるらしいでっせ。
銭形 そう言えば、八兵衛。おめえは、去年、曽孫とかいうやはり電脳空間で阿漕な商売をやってる渡来人に騙された、と騒いでいたな。
八兵衛 旦那、よくぞ言ってくれやんした。あちきは、去年は、黄泉国に行っていて、江戸市中にゃいなかったんですよ。それで、無線広域帯とやらを解約したら、違約金100両も取られて散々でしたよ。だから、柔銀行て、名前(なめえ)聞いただけで、虫酸が走りまっせ。
銭形 でも、その程度じゃ、大岡様の裁きでも、市中引き廻しどころか、鞭打ちの刑にもなるまい。泣き寝入りするしかねえなあ。
八兵衛 旦那、学のなかったあちきが悪かったてことすか?こうなりゃ、三木谷屋と曽孫の呪い人形でも作って釘でも打って、憂さ晴らししますさ。
銭形 おいおい、穏やかじゃねえな。
八兵衛 へっ、それじゃ、悪徳商人どもに天誅が下るよう、お百度詣りでもしますよ。少なくとも、十手を預かってる身が、悪に走るわけにはいきやせんからね。
銭形 ま、お天道様はいつも見てるからな。八兵衛の怒りも分かるが、その辺にしておけ。