謀略と裏切りの物語。「昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実」

中国 Copyright Par Duc Matsuocha gouverneur

 崇敬するジャーナリスト、牧久氏から新著を贈って頂きました。「国鉄分割・民営化30年目の真実」という副題の付いた「昭和解体」(講談社)です。

 日経の副社長まで務められた牧氏は、東京五輪の開催された昭和39年(1964年)に経済専門紙ながら社会部記者としてジャーナリスト生活をスタートし、国鉄本社の記者クラブに常駐するなど国鉄の動向をつぶさに観察してきた人です。

 記者生活から離れても、好奇心を失わず、その国鉄解体の過程を歴史というより、「同時代の目撃者」として書き残したいという熱望を長年心に秘め続け、ついに大願成就したわけです。

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 牧氏の凄いところは、世に送り出した著作のほとんどが、ご自身の体験に基づいたノンフィクションだということです。ベトナム特派員時代の体験に基づいた著作が「サイゴンの火焔樹」「安南王国の夢」「特務機関許斐氏利」などです。

 国鉄体験は、以前に国鉄総裁を務めた十河信二の評伝を「不屈の春雷」のタイトルでまとめております。

 2年前は、満蒙開拓団の指導者として戦後指弾された加藤完治と張作霖爆殺事件の実行犯東宮鐵男を中心に、彼らを歴史的に再評価をした評伝をまとめた「満蒙開拓、夢はるかなり」を発表しています。

 昨年後期高齢者の仲間入りを果たされながら、大変な労作とも言うべき意欲作を次々と発表される牧氏のバイタリティーには頭が下がります。

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 さて、この「昭和解体」ですが、まだ読了しておらず、ほんの少し序章等を読んだだけですが、そこには本書の全体像が克明に描かれています。

 牧氏は、16ページから17ページにかけてはっきりと書いております。

 …国鉄の分割・民営化は、25兆円を超える累積債務(これに鉄建公団の債務、年金負担の積立金不足などを加えると37兆円)を処理し、人員を整理して経営改善を図ることがオモテ向きの目的であったが、そのウラでは、戦後GHQの民主化政策のもとで生まれた労働組合、なかでも最大の「国鉄労働組合」(国労)と、同労組が中核をなす全国組織「日本労働組合総評議会」(総評)、そしてその総評を支持母体とする左派政党・社会党の解体を企図した、戦後最大級の政治経済事件でもあった。…

 なるほど、今の左翼勢力の低迷というより崩壊に近い状態と極右勢力の台頭は、わずか一(いち)国有企業(とは言ってもあまりにも巨大過ぎますが)の消滅によるもので、結局、国鉄解体が戦後日本の政治体制、ひいては既成勢力の政治思想と大衆の思想信条にも多大な影響を与えていたというのです!

 ここまで意図・企画して図面を書いたのは、当時の元首相中曽根康弘氏で、牧氏はしっかりと98歳(当時)の中曽根氏にインタビューされているので、これから読むのが楽しみです。

 もちろん、「三人組」と呼ばれ、のちにJRの各社長に就任する国鉄の若きキャリアの井出正敬(いで・まさたか)、松田昌士(まつだ・まさたけ)、葛西敬之(かさい・よしゆき)の各氏らも登場します。

 「そこには策謀と裏切り、変節、保身、憎悪、怨念など、さまざまな人間の情念が渦巻いていた」と牧氏は明記しているので、どんな展開になるのか、既に事実を知っていても愉しみです。

 【追記】

 現在、映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」が公開中のケン・ローチ監督。ネット情報によりますと、ローチ監督は2003年に「高松宮殿下記念世界文化賞」を受賞します。彼はこの賞のスポンサーが「反動的」メディアであるフジサンケイグループであり、中曽根康弘氏がバックにいることも知っていたが、敢えてこれを受けた。彼は、その賞金の一部を、日本のどこか適当な労働運動に寄付したいと考え、人の勧めで国鉄分割民営化に反対したためにJRから閉め出された闘争団に寄付した、と書かれておりますね。