フェイスブックの功罪

岡崎城

私自身、覚悟を決めて、昨年からフェイスブックをやってるので、偉そうなことは言えませんけど、今回、5000万人もの個人情報が漏出して、2016年の米大統領選で、トランプ陣営がそのデータを利用したという事件が発覚し、創業者のザッカーバーグCEOが謝罪に追い込まれ、米議会でも証言を求められたようです。

米議会の証言というのは、日本の国会の証人喚問みたいなもんでしょうかね。それなら、ザッカーバーグ氏も「刑事訴追の恐れがありますので…」と、核心部分は語らないかもしれませんね(笑)。

何しろ、フェイスブックは、世界的には「素晴らしい無料のソーシャル・メディア」なんて言われてますが、実情は、つまり本業は、広告代理店業者なんですからね。

世の中、タダほど怖いものはない。タダで利用できて便利だと思っていたら、自分の個人情報がダダ漏れで、広告主に直結していたなんて、誰一人、想像すらできませんからね。

名古屋城

3月23日付日経は、「フェイスブック問題でリスクあらわ いつ・どこで・何買った…知らぬ間に広告主へ」といったタイトルで、「惨状」を報告しています。

ここに出てくる49歳の男性は、チェコに出張して、プラハを訪れ、そこの地場ビールの写真をフェイスブックに載せただけで、ビールや欧州旅行の広告が無造作に入ってくるようになったというのです。

写真をアップしただけで、ですよ!

要するに、フェイスブックの実態は、「名簿屋」商売といいますか、それ以上に、住所、氏名、年齢、職業から学歴、経歴、それに、趣味趣向まで登録されていますから、手っ取り早く広告主に個人情報を売るパブ(広告)屋だというのが正解なのです。

しかも、いったん登録してしまうと、やくざの世界のように、なかなか、抜けられない。まずは、どうやって退会したらいいかさっぱり分からない。頑張って、色々検索して、調べて、やっと、退会しようとすると、「写真やデータが永久に消滅します。それでも退会しますか?」「退会すると困る友人がおります。それでも退会しますか?」といったような文句が5回も6回も10回も出てきて、途中で退会を諦めさせるような趣向と工作に満ち溢れているのです。

「タダで利用してるんだから、それぐらいいいじゃないか」と言う人もいます。それに、何と言っても、サービスを利用することで、利用者は「情報を収集し、使用することに同意」したものとみなされることが明記されているというのです。

え?そうなの?と多くの人は初めて知って驚くことでしょうね。要するに、「おまえの個人情報は、全て吸い取って、広告主に売って金に換えるからな、分かってるな」と言ってるようなもんですからね。

このような毒牙から逃れるには、即座に退会して、アプリを削除するしか他に方法はありません。

しかし、便利さの前に、現代人はなかなか足を洗うことはできません。

銀行口座や暗証番号やパスワードなどが盗み取られてから初めて、その「不都合な真実」に気づかされるのです。

これだけ警告されているのに、オレオレ詐欺がなくならないのと一緒です。

私の場合は、フェイスブックは、単にアクセスを増やそうという魂胆でやっているだけなので、被害や損害に遭えば脱会するつもりです。

いや、こんな批判を書けば、本家本元が「除名」してくれるかもしれませんけどね(笑)。

夜桜で有名な「平野神社」の昼間の屋台・茶店の光景と岡崎の平安神宮傍の疎水の桜、白川沿いの桜

おはようございます。京洛先生です。
本日も京都便りをお伝えします。
  その前に、金正恩さんが、大中国から無事帰国の途につかれたように、渓流斎さんも、無事、恙無く、中部地方から帰宅されたようですね。バスツアーは、安く手軽に行けますが、それだけに参加メンバーの顔ぶれなどで、当たり外れが大きいと思います。「人生は『宝くじ』だ」と思うしかありませんよ。
まあ、転落事故に遭わなかっただけで良かった、と感謝することです。好きなように、勝手気儘な旅行をするには、それなりの「おあし(御足)」が必要です。
 スーツも、注文誂えの仕立て、オーダーから、イージーオーダー、吊るしの既製服、それに生地の種類までいろいろあります。それと同じです。
 まあ、安い、バスツアーは、貴人もご承知のように、「北野天神市」で、1000円で買った古着のジャケットに、「生地が悪い!」「匂いがついている」と文句を言うのと同じです(笑)。
 文句を言うのは野暮です。世の中、どの分野も、階層社会です。最近、世の中がシビアになり、それが浮き彫りになっているだけの話です。
 帝都の桜は今は満開、花見は文字通り、大盛況だと思います。しかし、これも、桜の見方、花見の見方に、階層差、階層があると思いますね。
 豪華な仕出しの弁当を食べる人、コンビニの握り飯で桜を見る人…様々です。
 写真は夜桜で有名な「平野神社」の昼間の屋台、茶店の光景と、岡崎の平安神宮傍の疎水の桜、白川沿いの枝振りの良い桜です。
 以上 Copyright par Kyoraque-sensei

佐川氏と工作員との出来レースの印象

駿府城

一部の日本国民が最大の関心をもって見つめた佐川元国税庁長官の証人喚問。個人的な感想ではありますが、与党工作員による出来レースの印象が強かったですね。

唖然としたのが、テレビ上がりの自民党女性議員。「首相からの指示はありませんでしたよね!」と、質問の体裁になってない「念押しの確認」。続いて、「首相夫人の指示はないですね」「財務大臣の指示はありませよね」。そして、駄目押しが「はい、これで総理夫人、官邸の関与はなかったという証言が得られました。ありがとうございました」ですって!

シャン、シャン、シャン。まるで総会屋です。

駿府城本丸跡

佐川氏本人も「刑事訴追される恐れがある」との理由で、核心部分の証言は拒否してますから、余計フラストレーションは溜まります。

この証言だけでは、政治家と北政所からの差配がなかったことになりますが、誰が読んでも、改竄・削除した公文書の部分とは、矛盾しますね。

佐川さんは、約5000万円の退職金を返還しないという引き換えに、半年か一年ぐらい臭い飯を喰う覚悟ができたのか、工作員から説得されたのかもしれません。

駿府城

いずれにせよ、官僚のトップのトップ(財務省)のそのまたトップ(次官並みの長官)に昇りつめた人間の、議員も司法官僚も屁とも思っていない、物怖じしない精神的タフさと、選民意識の塊を見せつけられた感じでした。

下臈の私も、刑事訴追されたくないので、一言付け加えておきます。

佐川君、頑張れ!

団体「城巡り」ツアー奮闘記

名古屋城🏯

2日間で、静岡、愛知、岐阜三県の中部東海地方の名城7カ所を駆け巡る弾丸ツアー。これは、とても2日間で一人じゃ廻りきれません。

ということで、今回のツアーの余話として、良かった点と悪かった点を述べておきます。

まず、利点は、費用対効果でしょうか(笑)。往復新幹線と貸切バス、高速道路代、ケーブルカー、城公園もしくは天守入場料、温泉浴場付ホテル、夜は、名古屋の「福づち」で、ひつまぶしの夕食が一回。翌朝の朝食は、ホテル内のバイキングとして付きました。

これで3万59000円はリーズナブルかと思います。一人参加でも追加料金なしが有難い。自分で予約したり、移動したりしてたら、もっと精神的にも疲れていたことでしょう。

おまけに、桜の開花シーズンに合わせた企画でしたので、日ごろ心がけが良いせいで(笑)快晴の好天に恵まれて、いい旅ができました。(城巡りツアーは、今度は秋の紅葉シーズンにあるようです)

名古屋城大広間

しかし、利点ばかりじゃありません。

団体ツアーですから、運不運がつきものです。残念ながら、今回は不運に見舞われました。熱心な城郭ファンだけが集まるかと思ったら、そうでもなさそうな人が来てしまったのです。

新種ではなく、古の昔から現存するオバアタリアンです。どうして、女性はお歳をめすと厚顔無恥になって、傍若無人に振る舞うんでしょうかね?移動中のバスという密室の中で、1分1秒たりとも休むことなく機関銃のようにおしゃべりをしまくり、止まらない、休まらないのです。

こっちは朝早かったので、移動中は転寝したかったのに、うるさくて眠れやしません。オーノー。

その唯我独尊は二組あったので、4人。ちょうど真後ろにこの二組が座って、しゃべりまくっておりましたから、右と左からのステレオ状態です。

聞きたくもないし、興味もないのに、自分たちの息子のこと、嫁と気が合わないこと、歳が73歳で、あらお若いこと、全然見えませんね、色んなアルバイトをしていて、未だに現役で、試験の面接係りをやってることなど丸聞こえでした。

わー、やめてけれえ~。

年配男性は静かにしており、騒いでいるのは年配女性だけです。恐らく、女性は脳の構造が違っていて、老いも若きも、しゃべり出すと、オキシトシンとドーパミンとアドレナリンとセロトニンが間断なく発散されて、締りがなくなり、「ダダ漏れ」状態になってしまうんでしょうね。

オバアタリアンは、罪を犯しているわけではないので、こちらから注意することさえできません。降参しました。

もし仮に次回も団体ツアーに参加するなら、「耳栓」は必需品だと悟りました。

犬山城近くの稲荷神社

旅行代理店のツアーに申し込むと、必ずと言っていいくらい、買いたくもないお土産屋さんに連れて行かれます。まあ、それが「ビジネスモデル」なんでしょう。

しかし、今回の団体ツアーには土産物店の強制はありませんでした。しかし、ご安心ください。違った角度で、ビジネスを展開していたのです。まずは、保険。「入りなさい」「入りなさい」とご丁寧にメールで何度も何度も、脅かし、すかしながら勧誘してくるのでした。

もう一つは、「弁当ビジネス」でした。昼時などにランチを取る時間が十分に取れないとか、道路渋滞で、お弁当を買う暇がなくなりますよ、ということで、事前に代理店が提携していると思われ、その中でマージンを取ると思われる提携しているお弁当屋さんのお弁当を買わされるのです。

冷えてて、からくて不味かったなあ(苦笑)。

結果的には、最終駅で、何とか、自分の好きなお弁当を買う時間的余裕があったので、申し込んだのは間違ってました。でも、注文したお弁当の殻だけは、食べ終わったら、片付けてくれるサービス付きでした。

名古屋城

団体はバス1台に46人も参加し、2号車までありましたから、100人近く参加したことになります。今、お城はブームなんでしょうか?

男性だけでなく、女性の城郭ファンも増えているらしく、行きの新幹線で隣り合った女性は、全国の主な城郭を「天空の城」まで殆どカバーしているらしく、「やはり、今まで行ったお城の中では、熊本城と姫路城がよかった」と言ってました。

2日目にバスで隣だった筋骨隆々の75歳ぐらいの男性は、「日本の100名山」を全て制覇したので、目下、「日本の100名城」に挑戦中だと言ってました。御朱印張のような「スタンプラリー帳」があって、全100城制覇すると、主催する財団法人日本城郭協会から「認定状」がもらえるというので、子どものような笑みを浮かべて話していました。宇和島城が一番、雰囲気があって印象に残っているそうです。

この方、流石に城にも詳しく、関東は、幕府が江戸城以外は立派な城は作らせなかったので、見所のある城が少ない。その中で、中世の埼玉県嵐山町にある杉山城址は必見だとか。 通でしたね。

2006年に「100名城」を制定したのは、この協会ですが、商魂もたくましく、改めて「続 100名城」もつくったそうです。

一期一会なので、団体ツアーで一緒になった皆さんのお名前も聞きませんでしたが、大変お世話になりました。皮肉も込めて(笑)。

【後記】

・「国宝5城」とは、現存する12天守のうち2015年に追加(再)指定された松江城を加えた5城。つまり、松本城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城のこと。

・「重要文化財7城」とは、弘前城/青森県弘前市(築城者:津軽為信、津軽信枚)、丸岡城/福井県坂井市(柴田勝豊)、備中松山城/岡山県高梁市(秋葉重信)、丸亀城/香川県丸亀市(生駒親正)、松山城/愛媛県松山市(秋葉重信)、宇和島城/愛媛県宇和島市(橘遠保=藤堂高虎が改修)、高知城/高知県高知市(山内一豊)のことです。

あれっ?熊本城が出てこない!

中部東海お城巡りツアー2日目は、墨俣一夜城・岐阜城・犬山城・岡崎城

国宝犬山城

昨晩は、尾上菊五郎丈に連れて行ってもらった名古屋一の繁華街栄の高級クラブ「みゃあたにゃ」で座っただけで4万5000円というテーブルチャージを払って、世紀の美女とドンペリニヨンを痛飲しました。

と、日記には書いておこう。

墨俣(すのまた)一夜城と木下藤吉郎

「中部東海お城巡りツアー」は最終日。この日は残り4城を廻りました。

最初は、名古屋から岐阜県大垣市に向かい、秀吉が信長の家臣木下藤吉郎の時代に、稲葉城攻略の拠点として、一夜で建ててしまったという墨俣城。本当かなあ?

金華山山頂329メートルに聳え立つ岐阜城

次に向かったのが、岐阜城。ここは、金華山の山頂にあり、ロープウエイで行きましたよ。

山頂駅から降りても、かなりハードな山道でした。

先程の秀吉が稲葉城攻略のために一夜で建てたという墨俣城。この、稲葉城が何処かと思ったら、ナーンダ、この岐阜城だったんですね。

稲葉城を岐阜城と改名したのは、織田信長でした。信長は、当時「井の口」と呼ばれた地名を岐阜と改名していたのです。

だから、岐阜と信長は、切っても切れない縁だったんですね。地元の英雄ですから、「信長ワンカップ」から「信長せんべい」に至るまで、お土産屋さんで売ってました。

信長は、山頂の岐阜城に住んだわけではなく、金華山の麓に大豪邸宅を作ったらしく、目下、「信長公居館」は発掘調査中で、わざわざ滝が注ぐ池の庭園まで作っていたようです。

国宝犬山城

続いて訪れたのが、犬山城。個人的ながら、実に60年ぶりの再訪です。

60年前は、写真が残っているだけで、殆ど記憶がありませんが(笑)。

渓流斎先生が御幼少の砌、訪れた犬山城

400年以上昔に建てられた木造建築がそのまま、残っていたことから、「国宝」一号に指定されたようです。いな、残っていたというより、代々の城主成瀬家が守り抜いたからに他ありません。

今でも、建前上は、成瀬家所有となっているそうですが、財団法人化して、一般に公開するなどして、かろうじて維持しているようです。

国宝の城は現在、全国に5カ所ありますが、賢明なる読者諸兄姉の皆様方は諳んじておられることでしょう。序でに、重要文化財に指定されている城は、7カ所あります。こちらは分かりますか?

岡崎城

最後に訪れたのが岡崎城。徳川家康生誕の城のとして有名ですが、想像していたより、敷地も広大で天守も立派だったので驚いてしまいました。

家康は、幼少年時代は人質生活が長く、この岡崎城に戻ってきたのは、信長が桶狭間の戦いで今川義元を破ってからです。その後間もなくして、浜松城に移ります。

1590年の秀吉による小田原攻めと北条氏滅亡で、家康は、関東に移封され、この時、岡崎城主となったのが、関ケ原の戦いで逃げる石田三成を確保して手柄を立てた田中吉政です。

江戸時代となり、岡崎城主田中吉政は、筑後柳川36万石を与えられる大出世を遂げます。

田中吉政には世継ぎがいなかったため、筑後柳川は、久留米の有馬藩と柳川の立花藩とに分割されてしまいます。

私のご先祖様は、久留米藩の下級武士だったため、田中吉政にはかなり興味があります。

先祖が、播磨の有馬の家臣だったのか、それとも、もともと田中吉政の家臣だったら、岡崎から移ってきた可能性もあるからです。

良い参考文献等があれば、御教授下され。宜しゅう頼みまする。

中部東海お城巡りツアーを大決行=駿府城〜浜松城〜名古屋城編

名古屋城

ムフフフ…私は今、名古屋におります。

独り、栄(名古屋一の繁華街)で、追河君と同じような貴族の夜を存分に味わっております(笑)。

訳がありまして、「徳川家康を訪ねて三千里」。急に、家康馴染みのお城巡りを思い立って、一人で新聞広告に出ていたツアーに申し込んで、参加したのでした。

駿府城

かつて一度訪ねたことがあるお城もこのツアーの中に入ってましたが、訪ねたのがもう半世紀以上前の大昔だったり、自分では行った気ながら、初めてのお城だったりしたのもありました。

今朝は、朝5時に目覚まし時計をかけていたつもりでしたが、目覚ましが「オン」になっておらず、もう少しのところで遅刻するところでした(笑)。

団体ツアーですから、遅刻していたら、アウト!このように皆様に御報告することは、不可能でした。

今の日本の縮図を反映して、見事に老男女46人もの人が参加しました。せめて30人くらいかと思っていたのに、バスはギュウギュウ詰めです。特に、後期高齢者が大きな声を出して一番元気でした。

ホモ・サピエンスですから、雌種の皆様は、バスの中で、1秒も休まずお喋りに費やして周囲に騒音を撒き散らし、朝早くて眠い小生なんかは、非常に不快でした。

駿府城

最初に訪れたのが、静岡市の駿府城。大河ドラマ「直虎」で何度も出てきたので、とても近しく感じていたのですが、これほど広大で立派な城だとは思いませんでした。

もともとは、室町時代の守護職今川氏の城でした。今川と言えば、一番有名なのが、今川義元です。

家康は、この義元によって、人質となり、幼年時代から少年時代をこの駿府城で過ごします。

そして、今川義元が桶狭間の戦いで、織田信長軍によって敗れると、家康は、今度は城主としてこの駿府城を拠点とします。

なおも、関ヶ原の戦いを経て全国統一して江戸幕府を開いてから、家督を二代家忠に譲ってから、家康は、またまた、「隠居」と称しながら、「院政」を敷いて、駿府城を拠点にします。だから、駿府城はこれが三度目です。

家康は、余程、駿府城が好きだったんでしょうね。

現在、天守(閣)を発掘、復元中で、完成すれば、また、素晴らしい観光資源となることでしょう。

浜松城

次に、バスで向かったのが浜松城です。

普通なら、駿府城から浜松城までバスで1時間もあれば楽勝ですが、今日は、桜が満開の日曜日と重なって、駐車場を求めて、道路が大渋滞で、2時間半はかかってしまいました。

浜松城は、家康が29歳から45歳までの元気な青年、中年期を過ごした城で、ここで、武田信玄との三方原の戦いで惨敗したりしますが、一番脂の乗り切った時代でした。後に「出世城」とも言われ、江戸中期、老中にまで出世した唐津城主水野忠邦らは、志願して国替えで浜松城主になったりしました。

個人的ながら、浜松城は、昨年訪れたばかりなので、飛び抜けて感動できませんでしたが、意外に敷地が広く、城下町もかなり工夫して築き上げていたことが分かりました。

名古屋城

この後、名古屋城に行きました。

名古屋といえば、以前、仕事と遊びで何十回も行っているのに、名古屋城を訪れるのは生まれて初めてだったということが、今日分かりました。当時、名古屋球場での中日戦のナイターの取材が終わると、栄で飲み明かしていたので、二日酔いの頭で行った記憶もないのです。

「尾張名古屋は城でもつ」と昔から言われていたのに、何で、これまで行かなかったのか?若い頃は、さほど城に興味がなかったのか、お城はあまりにも当たり前過ぎて、近くにあって、いつでも行けると思っていたのか、どちらかなんでしょうけど、いやあ、今日は感動しましたねえ。

名古屋城は、大阪城、熊本城と並ぶ三大名城なんですってね。(ちなみに、全国には、城跡まで含めると、3万ぐらいの城(跡)があり、今のコンビニより多かったとか)

名古屋城は、築城名人の加藤清正が関わったから、三大名城に選ばれたらしいですが、本当に感銘しました。駿府城も凄かったし、昨年行った小田原城も素晴らしいと思いましたが、この名古屋城と比べると、美空ひばりと坂本冬美ほどの違いがあります。京洛先生の真似ですが(笑)。

それほど、名古屋城は桁違いに素晴らしかったです。

本当です。

「尾張名古屋は城でもつ」の格言は嘘ではありませんでした。

この名古屋城。400年前にできた国宝の本物は、アメリカ軍が昭和20年に焼夷弾を落として焼却したことを今の日本人は殆ど知りません。(今の名古屋城は、昭和34年に復元。しかし、今年のゴールデンウィーク明けから、再び天守は、耐震工事などが行われ、非公開になるそうです。見るなら、今でしょう)

日本は、アメリカから、バーミヤンの石仏と同じくらい貴重な歴史的文化遺産の建造物を破壊する蛮行をされながら、そして、今のトランプ政権からは、鉄鋼とアルミニウムの関税を、ヨーロッパやカナダや同じアジアの韓国まで除外しながら、「同盟国」日本はモロに標的にされながら、多くの日本人は、いまだにアメリカを敬い、尊崇し、コカコーラやマクドナルドやケンタッキーやディズニーやプレスリーやリーバイス・ジーンズを受け入れて平伏しているという、この現状。

世界的にも特別に優秀な日本の官僚が、この真実を知らないわけがない。

右翼だの、左翼だの、政治的イデオロギーの問題じゃないのです。歴史的文化遺産の話です。

※おっと、オキシトシンかセロトニンが出過ぎたようです(笑)。明日は、岐阜城、犬山城、岡崎城などを巡ります。

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他人の不幸は蜜の味なのか?

トルファン・ベゼクリク千仏洞  Copyright par Matsouoqua-sausai

今話題の中野信子著「シャーデンフロイデ   他人を引きずり下ろす快感」(幻冬舎新書、2018年1月20日初版)を読了しました。

著者は、テレビで売り出し中の「美人脳学者」で、出版広告も彼女のアップの顔写真が掲載されて、思わず手に取ってみたくなります。

それにしても、「シャーロンフロイデ」、じゃなかった、「シャーデンフロイデ」って何ですかね?

以前、これまた「美人公認会計士」として売り出された女性が著書を山のように出版して、「セレンディピティ」なる煙に巻くような言葉を流行らせましたけんど、そんな類いの言葉なんでしょうか?(今、あのマヨラーでしたっけ?美人公認会計士さんは、最近メディアに出なくなりましたね。どうしちゃったのかしら?)

いやはや、シャーデンフロイデの話でした。何やら、ドイツ語で、直訳すると「毒の喜び」となるらしく、誰かが失敗した時に、思わず湧き起こってしまう喜びの感情なんだとか。

「他人の不幸は蜜の味」と訳せばいいのかもしれません。まあ、妬みや嫉妬などの感情から来る復讐心みたいなもんかもしれませんが、彼女は、心理学者ではなく、脳学者ですから、そんな感情が何処から来るのか冷静に脳を解剖、いや分析してます。

それは、愛情ホルモンとか、幸せホルモンなどと俗に呼ばれる「オキシトシン」という物質が、毒の喜びに関係しているというのです。

話せば長くなってしまいますので、なるべく早く簡潔に書きたいのですが、(ご興味のある方はこの本を読まれればいいと思います)オキシトシンが厄介なのは、「人のため」とか、「社会正義のため」などといった感情になって、公共交通機関の中で暴行を働いたり、ネットで匿名という安全地帯にいて罵声を発したりするという複雑なものだというのです。

二律背反、絶対的自己矛盾の西田哲学みたいです。

芸能人や政治家の不倫に関しても、社会的に抹殺しかねないほどのブーイングが巻き起こるのも、それを認めてしまえば、社会秩序や倫理や道徳が保てないという危機感から来るというのです。

本人は、正義感でやっているので、糾弾や攻撃行動は終息するまで止むことはありません。

例によって、以下に備忘録として換骨奪胎で列記します。

・心理学者バリー・シュワルツは「選択肢が多いと迷ってしまい、幸福度が下がる」と主張。人間の脳は「考えたくもないけど、間違いたくもない」と虫のいい働きをする。

→皆んながやっているから、人気があるから、多くの人が選んでいるから、有名だから、などといった理由で人は簡単に物事を決めてしまうんですね。

・本当かどうか確認しようのないことでも、占い師に言われたことをそのまま実行したり、高額セミナーにはまったりするのは、「自分が進むべき方向を自分で決めたくない」という思いが根本にある。

・「神の名のもとに」ある教義に判断を任せれば、自分は考えなくて済むし、自分の行動に責任を取らなければならないという不安や恐怖を肩代わりしてもらえる。

→ 止むことないテロも宗教の名を借りる傾向が強いのはそのせい?

・長らく米作地域だった日本は、集団を尊重する志向性の高い人々が淘汰の結果、生き残った。麦作地域のように合理的で冷たい判断は、いかにそれが正しくとも集団にとっては正しくない。火山大地のため米作に適さなかったり、米作よりも海運が盛んだった薩摩や長州が、より合理的な意思決定をして大きな節目を作ったのは示唆的。

・脳内のセロトニンは、不安を感じにくくする物資で、セロトニントランスポーターの密度が高い人は、楽観的な判断を下す傾向がある。日本人の98%は、このセロトニントランスポーターの密度が低い。つまりは、セロトニンが低く、不安を抱きやすい。これは、自然災害が多い日本という環境で、心配症の方が予防対策を講じて有利で、生き延びやすかったからではないか。

・セロトニンが多い人間は、思い切った投資をしたり、遊びにも大胆にお金を使うことができる脳を持っている。しかし、セロトニンが少ない日本人は不安を抱きやすく、老後を心配したりして、大胆にできる人が少ないと考えられる。

→ このように、脳科学的に分析してくれると、毒の喜びも、社会正義心も、そして大胆な行動が取れないのも、「なあんだ、脳がそうなっているだけで、俺のせいじゃなかったのか」と安心してしまい、思考停止になりそうですね(笑)。

速水御舟が描いた二曲一双の屏風「名樹散椿」

こんにちは、京洛先生です。
 春のお彼岸の時季に、奥多摩では、遭難騒ぎがあったようですね。テレビのニュースでは、雪が降って、男女13人が下山出来ず、7人が、ヘリで救助された様子を空撮で流していました。ヘリコプターの救助は大掛かりで、相当お金もかかります。携帯電話で、救助を求めたそうで、”スマフォの時代”では、携帯電話も登山の必需品になっているのですね。しかも、遭難騒ぎには「外国人」も居て、すべて時代の合わせ鏡、写し絵です。
 
 ところでこの写真は何だか分かりますか?
 「これから、桜の季節に、京洛先生、椿ですか?」と反応があるかもしれませんが、茅屋の傍にある、通称「椿寺」こと、浄土宗「昆陽山 地蔵院」の散椿です。
 まだ、三分咲きですが、これから、4月上旬頃までが、見頃ですね。
 近代日本画の巨星、速水御舟が描いた二曲一双の屏風「名樹散椿」(「山種美術館」所蔵)は、この地蔵院の境内に咲き誇った、樹齢400年の椿を描いた作品です。
 昭和4年(1929年)に、御舟が描いた椿は、天正年間(1573年~92年)に、豊臣秀吉が、このお寺に寄進した椿で、原木は加藤清正が朝鮮から持ちかえったと言われていました。残念ながら、昭和57年(1983年)に枯れてしまい、写真の椿はその二代目です。それでも樹齢120年も経つ古木です。
 先代の椿も、今の椿も、紅、白、桃、紅白絞りと多彩で、五色八重の散り椿です。
 速水御舟は、昭和4年(1929年)に、屏風を描きましたが、近砂子(金の細粉)を撒き散らした、独自の画法で出来上がっていて、椿の華麗さがよく分かります。「名樹散椿」は昭和52年(1977年)に、昭和期の作品として初の「重文」指定されています。如何に名品、名画であるか分かるでしょう。
 渋谷区広尾の「山種美術館」に出向いて、時間のある時に、この作品をじっくり眺められてはどうですか。
 同美術館には、やはり御舟の作品「炎舞」も所蔵していますが、同美術館にとっては、御舟のこの2作品だけで、十分、その存在価値があると思いますね。
 桜を愛でる前に、二代目ですが、美しい椿の色を愉しんでみてくだされば幸いです。
 以上
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退陣6日前の麻生内閣が官房機密費2億5000万円も引き出して何に使ったのか?

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別に、私のような小物が憤ったり、騒いだりしても泰平の世の中は変わりはしませんけど、官房機密費には驚きましたね。

2009年9月10日、自民党麻生内閣退陣わずか6日前だというのに、河村建夫官房長官が、「政策推進費」と称して2億5000万円もの大金を引き出していたというんですからね。

しかも、領収書不要!2億5000万円を何に使おうが、為政者のやりたい放題。だから、行方不明。いや、追跡不明です。

何が、政策推進費なんですかねえ?わずか、あと6日でこと切れるというのに、政策推進も何もないでしょう。こんなことが未だに白昼堂々と行われていたとは!鎌倉幕府か、南北朝時代じゃあるまいし。

官房長官経験者の密告によると、領収書のいらない機密費は、情報提供者への謝礼や飲み食い、お土産代などにも使われるようですね。前川・前文科事務次官の情報も提供者にたっぷりお金が支払われたのかもしれません。

先日亡くなった野中広務元官房長官は、機密費は首相に渡しただけでなく、野党工作にも使ったと暴露しています。なーんだ、野党だってしっかりおこぼれに預かっているんじゃん。

そもそも、機密費の原資は、国民の血税ですよ。他人の金だから好き勝手に使えるというのが人間の性(さが)なんでしょうけど、こんなことは、情報開示を求めて訴えた市民団体がいなければ、闇の中に葬り去られていた事実でした。

官房機密費は、なくせと言っても為政者はなくさないでしょうから、せめて、退陣が決定した内閣が、火事場泥棒か、一寸詐欺か、板場稼ぎか分かりませんが、飲み食いやお土産代に使えないよう法律を改正してもらいたいものです。

まあ、無理でしょうけどね。

「前川事件」の真相は、都合の悪い人間を抹殺する目的か?

中国・興城 Copyright par Matsouoqua-saousai

読者の皆様から「しーちゃんか、はーちゃんか知りませんが、1合2千円も3千円もするようなお酒を飲ます店に行ってはいけませんね。月報酬が10万円程度の人間が行く店じゃありませんよ。もし、どうしてもそういう店に行きたいのなら野球帽にジャンパー、ズボン姿で『こんちわ!』と、日本酒、洋酒空き瓶回収やビール瓶のケース運びに行くことですね。店の表の顔、裏の顔がよく見えますよ。渓流斎さんには、やはり『大五郎』が似合います」との温かいメールを頂きました。どうも有り難う御座いました。

ところで、前川喜平・文科省前事務次官が名古屋の市立中学校で講演したことで「いかがなものか」と文科省の課長補佐が市の教育委員会に二度にわたって長いメールで糾弾していた問題。

当初は事実関係が分からず、モヤモヤしていたのですが、やっと役者が出揃って、全容が判明しました。

前川氏は既に、退官した民間人です。天下り問題の責任があり、出会い系バーに出入りしていたという「事実」は過去の話なのに、そのしつこさには背筋が凍るほど恐怖を覚えましたが、「照合者」が分かれば、何てことはなかったんですね。

東京・駒込「東洋文庫」

林芳正文科相によると、文科省に働きをかけたのは、自民党の赤池誠章参院議員と池田佳隆衆院議員のようです。

赤城参院議員(56)は、甲府市出身。明大卒。自民党の文科大臣政務官。日本会議国会議員懇談会、神道政治連盟国会議員懇談会などに所属し、憲法改正、国防軍設置を主張されております。

池田衆院議員(51)は名古屋市出身、成城大卒。自民党。赤城議員と同じように日本会議国会議員懇談会、神道政治連盟国会議員懇談会などに所属し、安倍首相に心酔して国会議員になったようです。

うーん、となると、どうも、前川氏の過去の経歴の中で、読売新聞の特ダネだった「出会い系バー」や「天下り問題」が問題だったわけではなく、加計問題で「行政がゆがめられた」と発言して、時の政権に対して弓を引いた前川氏の言動が問題視されているのではないかと勘繰りたくなってきましたね。

なぜなら、出会い系バーは、取材で行ったといわれ(別に遊びで行ったとしても構わないと思いますけれど)、天下り問題は、歴代事務次官の「申し送り事項」で、前川氏一人だけの問題ではないからです。

それより、背筋が凍る思いをさせられたのは、官房機密費か何かで興信所か何かを使って、個人の素行を24時間監視しているというジョージ・オーウエルの「1984」の世界が実際に行われていたフシがあることです。

今回の件で、手足になって働いたのは「優秀」で「忠実」な文科省の官僚で、出世のために阿っているかもしれませんが、命令したのは権力を持った本派本命の為政者ですからね。

自分たちに都合の悪い人間は社会的に抹殺しようという彼らの魂胆が見え隠れします。