リアルな生活とは

北海道から久しぶりに関東地方に里帰りしています。「保護観察」の身ではないのですが、個人情報保護法の関係で、お伝えできるのはここまでです。

帰ってみて驚くのはまず情報量の多さですね。電車や駅、その周辺は広告で溢れています。でも北海道の自然に囲まれて暮らしていると、どれも何かそらぞらしいですね。例えば、かわいくて、美しい若い女性モデルかタレントが、南国の海岸や、スキー場やリゾート地をバックに、ニッコリ微笑んで商品を持っているポスターがあったとしても、昔は「おー」と、少しはそそられたでしょうが、今は、何か、生活感がない、というか、リアルじゃない、というか、うそ臭いというか、何か空々しく感じてしまうのです。

何かうまい表現はできないのですが、都会の生活だけしか知らず、優越感を感じていた人間の自信が根底から覆された感じなのです。なくてはならないと感じていた情報のほとんどが必要のないものだったと納得させられた、というべきかもしれません。

満天の星の驚くのほどの数の多さとその輝き。天使が現れるのではないかと思われるほどの雲間から漏れる太陽の縞光。眼前に広がる壮大な牧場と穀倉地帯…。どれも、都会では絶対に味わえません。

もともと性格が天邪鬼なので、早く北海道に戻りたいと思ってしまいました。

TBS部長の記事盗用

公開日時: 2005年5月12日 @ 18:34

TBSのスポーツ局担当部長(47)が、同社公式ホームページのコラムで、読売新聞の記事などから盗用したことが発覚しました。出版物ではなくてインターネットの記事が盗用の罪に問われたのは、これが初めてではないかと思います。時代は変わったなあ、と思いますが、盗用は盗用です。それでも筆者にはあまり罪悪感はなかったようです。担当部長は最初、存在もしないフリーライターに罪をなすりつけて、逃げ隠れしようとしたのですから。許せませんね…。

私は、盗用問題で職を辞めざるを得なかった人を何人か知っています。

それでも、敢えて暴論を言えば、現代は「盗用王国」ではないでしょうか。記事をパソコンで書く時代となり、人の記事を簡単に「コピー」「貼り付け」して自分のものにしてしまう若い記者が増えた、と聞いています。

ある有名作家が文芸誌に連載していた小説が「盗用問題」に引っかかった時、「連載終了時に、すべての参考文献を列挙するつもりだった」と釈明していましたが、何か、聞いていて見苦しいと思いました。最初から誤解を呼ばないように明記するべきだったからです。

そこで、「盗用」と「引用」の境目の問題にぶつかります。学者の論文も「引用」がなければ書けません。小説だって、巡り巡ってみれば、尊敬する先輩作家の「引用」に近かったりします。

いやはや、全然、考えがまとまっていないまま、書き始めたので、自分でも何を言いたいのか分からなくなってしまいました。「明記すれば引用」「明記しないで自分の文章にしてしまうことは盗用」「盗用記事も原稿料をもらっていなければどうなるか」「ブログの記事など所詮、無料で書いている。だから、どんなに書いても盗用は許されるのか?」

ブログの記事など誰も相手にしませんからね。そうでもないのですか?お隣の韓国では、大統領選挙で多大な影響力を発揮したらしいですし、中国の「反日デモ」でも色々あった、とかなかったとか…。まあ、そんなことが入り混じって、結局、結論が出ていません。

時事通信社

私のブログにコメントを寄せてくださった方で、ハンドルネームが「時事通信」というのがありました。関係者の方でしょうか?

時事通信といえば、今日5月11日の夕刊紙「夕刊フジ」に「異例のトップ交代」の記事が載っているそうです。私は北海道に住んでいるので、残念ながらその記事は読めません。

ああ読みたいなあ~

オンネトー

全くの我流で、ブログに「画像」添付という無謀な冒険をしています。多分やり方は間違っているでしょう。写真の大きさをもっと大きくしたいのですが、どうしたらいいのか、よくわかりません。

どなたか、ブログに詳しい方、画像の挿入の仕方を教えてください。また序でに、写真の大きさの変え方も。

この写真は、昨秋、阿寒湖近くのオンネトーに一人寂しく紅葉を見に行った時の1枚です。私が写したので、著作権は私にあります。
「そこんとこ、よろしく」ー。永ちゃんでした。

でも、「そこんとこ」って、一体どこなんでしょうね?

地主、間違い、痔主になった話

いやあ、タイトルだけ読んで戴いて、できれば、この先はもう読まないでください。恥ずかしい話なので…。

あれ?まだ読んでいるんですか?
やっぱり止めたくなったなあ…。良心のある方はこの先、読まないで下さい。

それ以外の方は続けてください。

はい。それ以外の方たちですね。

昨日の日曜日、帯広市の緑ヶ丘公園で市長さんも参加して花見がありました。本当は土曜日に開催される予定だったのですが、帯広に5月としては実に9年ぶりに雪が降って、順延されたのです。昨日も、もちろん、寒くて桜(そう例のエゾヤマザクラです)は、それほど咲いていませんでしたが、「花よりお酒」ということで、宴会になりました。北海道名物のジンギスカンです。こちらでは、肉を大量に注文すると、いわゆるバーべキューセットが貸し出しで付いてくるんですね。それが、付くのは当たり前で、付かないと「何を考えているんだ」と地元の人は怒るそうです。

ともかく、最初はビールから始まって、日本酒、十勝ワインとピッチが上がっていきました。気が付いたら4時間半も、ジンギスカンを焼きながらずっと立ちっ放しで飲んでいました。体に良いわけありませんね。万事休す。終わった頃、お尻が痛くてしょうがないのです。腫れていました。生まれて初めての経験です。どうしたらいいか分かりません。まあ、病院に行けばいいんですけどね。翌日、つまり、今日も痛みは治まりませんが、不思議なことに、仕事とか考え事とか、何かに熱中したりしている時は、全く痛みがありません。それで確信しました。「気のせいだ!」

でも、こんなこと書いていいんですかね?頃合いを見て削除しようかと思ってます。

佐賀のがばいばあちゃん

物事は常に多面体であって、時によって、人によって、気分によって、それぞれ物の見方や解釈が違う、ということは真理だと思っています。

堅い前触れで始めてしまいましたが、本来なら貧窮という人生の最下層の経験をすれば、やれ、社会が悪いだの、会社が悪いだのと言って抗議運動を起こすか、私はいかにも辛い体験をしました、とお涙頂戴式の文章を綴るかのどちらかを実行する人が大半でしょうが、そんな辛い経験を笑い飛ばしてしまう人も世の中にいるものだと妙に感心してしまいました。

漫才「B&B」のコンビの一人として、1980年代に一世を風靡した島田洋七さんの書いた「佐賀のがばいばあちゃん」(徳間書店)にはその典型的な話が出てきます。

理由があって、両親の住む広島から祖母の住む佐賀に預けられた島田少年は、優しいおばあさんの愛情に育まれて、そこに8年間も起居を供にします。しかし、おばあちゃんにも、お金がない。島田少年が「お腹がすいた」と訴えると「それは気のせいや」と交わされ、外に遊びに行くと、「腹が減るから外へ出るな」と窘められる。「それじゃあ、どうしたらいいの?」と聞くと、まだ午後4時半だというのに「もう寝ろ」と急かされる。しょうがないので、寝床に入ると、夜の11時ごろ、目を覚まし「やっぱり、お腹がすいた」と言うと、「それは夢だ」とピシャリ。意を決して眠り、翌朝目覚めて「お腹すいた」と訴えると、「昨日、食べたやろ。それよりさっさと学校にお行き!」。それで、やっと学校の給食にありつけるのでした。

普通なら、子供時代、いかに貧乏のどん底だったかと書くのが普通です。それを笑いと涙のペーソスに包んで、読者をホッとさせます。年内に映画化される、と聞いて「是非見に行きたい」と思いました。

楽園ベーカリー

公開日時: 2005年5月7日 @ 17:41

10年ほど前に東京から北海道に移住してきたBさんは、すべて国産の小麦と天然酵母を使ったこだわりのパン屋さんを帯広市内に開いています。

その名も「楽園ベーカリー」。店においてあったパンフレットには、そこまで拘る理由が書かれていました。例えば外国産の小麦の場合、長い時間の輸送に対応するために小麦を粉にしてから農薬がかけられるそうです。いわゆるポストハーベストですね。国産の小麦には独特の豊かな風味と繊細で奥深い味わいがあるそうです。

また、市販のパンには、パンを真っ白にするための漂白剤、少しの生地を大きく膨らませるための膨張剤、パンに弾力を与える柔軟剤、皮をパリッとさせる改良剤、香ばしい香りを付ける香料、その他、防腐剤、防カビ剤など、大量の添加物が使われているそうです。

そのパンフレットの最後にはこう書かれていました。
「楽園ベーカリーではもちろん添加物は一切使っていません。安心して毎日食べてください」

北海道の桜

北海道帯広にもやっと遅い春がやってきました。
5月7日に桜が開花宣言されるのです。
昨年、初めて春をこの地で迎え、周囲が「桜が咲いた!桜が咲いた!」と浮かれているものだから、「え?うそー!何処に?」にといった感じで周りを見渡しても桜は見当たりません。

それもそのはず。内地人の私にとって、桜といえば、即、ソメイヨシノのこと。残念ながら、ソメイヨシノは、函館辺りが「最北端」で、北海道の殆どでは見られないのです。(そういえば、今日は函館で桜が満開だそうです)

こちらで「桜」といえば、エゾヤマザクラのこと。内地でいえば、ソメイヨシノが終わって、申し訳なさそうに日陰で咲いている八重桜に近い感じです。道理で「桜」と気が付かなかったはずです。「桃の花」と思ったくらいですから。

ともかくとして、明日は帯広の桜が開花宣言します。生憎の大雨予報で桜見は明後日に順延されましたが、まあ、花より団子、いや花よりお酒になることでしょう。

昨日の「T牧場」について殆ど問い合わせがなかったので、正体をばらしてしまいます。「剣山(つるぎさん)どさんこ牧場」と言います。経営者は川原弘之さん。敷地は100haではなくて、120haでした。この広さがどれくらいか。分からない人にご説明すると、山あり谷あり小川ありの難所を馬でゆっくりトレッキングすれば、4~5時間は掛かる広さです。

ここでは、宿泊もできるようです。部屋数4、1泊2食で4000円。5月22日には流鏑馬大会もあります。帯広空港から送迎で片道40分で、2000円です。タクシーを使えば、6500円くらいかかるので金額は良心的だと思います。あ、ここの宣伝になってしまいましたね。

昨日、この牧場には、2人の若い人がいました。宿泊者なのか会員さんなのかお手伝いさんなのか、よくわかりませんでしたが、川原さんが、この二人に噛んで含んで話した「人生訓」が忘れませんでした。2人の若い人は、小野寺君という、将来牧場経営を夢見ている30歳の青年。もう一人は斎藤さんという、馬が好きで好きで堪らないといった感じの20歳代の女性。

御主人の川原さんは、牧場主になりたいという小野寺君に言いました。
「私は来年で70歳になるが、若い時は、牧場主になりたかったがお金がなかった。そんなこと当たり前なんです。道の職員をしていたけど、55歳で早期退職してやっと100万円で土地を買って、夢をかなえた。この辺りは、気候条件が過酷で離農する農家が多く、私が言い値で土地を買うと、『私の土地を買ってくれ』という農家が相次いで訪れてきた。生憎、その時、お金がなかったが、『お金は後でいい。借用書さえ書いてくれれば…』。ということで、次々と土地が増えていった。志があれば、必ず何とかなるものなんです。まずは志を持つことです。私の場合は、25歳で牧場主になる志を立てた。例えば、小野寺君、牧場主になりたかったら、まず、この人という牧場主に弟子入りして、その人の右腕になることです。牧場主から『こいつなら任せて大丈夫だ』という信頼を獲得すれば、後は独立できます。社長になる人は志が違います。私は若い人によく言うのです。『もし社長になりたかったら、毎日、3人の人に葉書を出しなさい』と。社長は一人で仕事はできません。周りの社員に仕事をしてもらって、自分は神輿の上にのっているようなものです。そのためには、一人でも多くの応援団を増やすことです」

トレッキングに初挑戦

北海道芽室町にある「T牧場」は、知る人ぞ知る国内有数の牧場で、敷地100ha、馬の数100頭。雄大な自然環境に恵まれて、馬たちはほぼ放し飼いの状態でした。

そこで、私は無謀にも生まれて初めてトレッキングに挑戦しました。値段は2時間以上6000円という安さ。ほかの牧場なら、人間の手で曳かれた平地の牧場の中、1周400mくらい、わずか5分程度で2000円も3000円も取る。東京近郊なら1時間で数万円取られるから、相場と比べてあまりにも安さにその道に詳しい人は驚くことでしょう。

しかし、残念ながら、ほとんど御主人のK氏の趣味みたいなものなので、トレッキングのできる人は1ヶ月に数人しかいない。つまり、よほどコネがあるか、よほどご主人がご機嫌がいい時に限るのです。

私の場合は、Hさんの紹介でその幸運に浴することができました。
長くなりそうなので、途中をカットすると、御主人のKさんは焦げ茶色の「バーディー」、Hさんは、どさんこの「テンリュウ」、私はアラブの「コータロー」でした。「コータロー」と「バーディー」は同じ群れ仲間なので仲がよかったのですが、「テンリュウ」は違う群れ出身なので、最初は蹴りあいの喧嘩をして大変でした。しかも、25歳になる「バーディー」は初めてのトレッキング。私も初めてのトレッキングなのに、Kさんはお構いなしに山超え、谷超えの連続です。バーディーは、川を渡ったことがないらしく、途中で1歩も進もうとしません。そりゃあ無理な話ですよね。途中、放し飼いの馬が逃げないように、電圧線が張っている狭い小道がありました。電圧線に少しでも触れると、馬は驚いて飛び上がります。クリストファー・リーブの事件もありますし、私も、馬に振り落とされないように必死でした。

結局、3時間半のトレッキングが終わった頃は、奥歯ガタガタ、膝頭は笑っていました。それでも、その爽快感ったらありませんでした。私の乗ったコータローは、本当に従順でした。途中で大好物の熊笹の小道を通った時、まさしく道草を食って気分転換をしていましたが、重かったでしょう。ご苦労様。下の写真はコータロー号です。