大勢順応主義 

 上士幌町


 


加藤周一著「日本文化における時間と空間」(岩波書店)をやっと読み終えました。


 


 私なりに会得した同書を貫くキーワードは「大勢順応主義」だと思います。日本人は、過去は「水に流し」、「長いものは巻かれろ」精神で、面従復背で、「尊王攘夷」なら「尊王攘夷」、「開国」なら「開国」で「ええじゃないか」と唯々諾々と従ってきたというのです。先の戦争でも、結局、大衆までもが「米英撃滅」「八紘一宇」精神に邁進し、焼夷弾が降ろうが、原爆が投下されようが、竹槍で抗戦しようとしました。


 


 1936年、陸軍の「皇道派」による軍事クーデターの失敗を巧みに利用した「統制派」が、盧溝橋、上海、南京と中国との戦争拡大に突入します。この大勢に抵抗したのは、1936年に「粛軍演説」を行い、1940年に対中国攻撃を批判して衆議院から除名された斎藤隆夫ただ一人だったのですが、今、この斎藤の名前を知っている人は果たしているでしょうか。


 


戦後は戦後で、「平和主義」「保護貿易」が大勢を占めたかと思えば、今度は「市場開放」、「規制緩和」が大勢となります。集団の成立の行動様式に現れた現在中心主義が跋扈するのです。


 


 加藤氏は、「これらは日本文化の固有のものではない」と断りながら、結論的にこう述べます。


 


日本人は「過去を忘れ、失策を思い煩わず、現在の大勢に従って急場をしのぐ伝統文化があると思わざるを得ない」


 


 今、政界(自民党安倍政権)で、官界(社会保険庁)で、財界(コムスン)で、社会(温泉施設爆破事件、牛ミンチ偽装)で、起きている無責任の体質は、皮肉にも、これら日本人の伝統文化が如実に現れているのかもしれません。