座談会 大谷貴義物語

関西広域を活動拠点にしている京洛先生から昨晩電話がありまして、急に「渓流斎さんや、『新潮45』の今月号は読まれましたか?面白いこと書いてありますよ」と仰るではありませんか。

「いやあ、読んでませんよ。何かありましたか?」

「いや、バブルを特集しているんですが、あれからもう30年経ちましたから歴史になりましたね。若い人は知らないでしょう」

「歴史ですかぁ…。もう許永中とか言っても若い人は誰も知らないでしょうね」

「でも、多くの人は許永中は知ってても、その親分の大谷貴義(1905〜91)を知ってる人は少ないでしょう」

「えっ?大谷?宗教関係の方ですか?」

「ハハハ、まさか。最後の黒幕と言われた人で政財界の大物に食い込み、福田赳夫首相の黒幕として暗躍していたことは、当時の新聞記者なら誰でも知ってましたよ」

「えっ?知らないですねえ…」

「これだから、渓流斎さんは駄目なんですよ。大谷貴義を知らなければ潜りですよ。探訪記者なんぞと自称する資格なしですよ(笑)。大谷貴義は、『日本の宝石王』と呼ばれた実業家です。代々木上原に1000坪の大豪邸を構え、許永中は、彼の運転手兼ボディガードとして働き、政財界の裏を一から学んだわけですよ」

「芸能界のドンと言われているバーニングの周防さんも、若い頃は浜田幸一議員や歌手北島三郎の運転手を務めるなど長い下積み生活を送って、政財界や裏社会を見てきたことは有名ですからね」

「ああたは、すぐそういうことを言いますね(笑)。でも、世間の人は全く分かってませんが、『下足番』が一番世の中の仕組みを分かっているのですよ。文字通り、料亭の下足番です。政財界の大物が出入りしますから、その人の顔と序列と地位を熟知していなければなりません。勿論彼らのボディガードもです。靴を間違えようものなら、首が飛びますよ。木下藤吉郎だって、信長の下足番から出発して大出世を遂げたわけでしょ?」

「なあるほどね。大谷貴義さんも若い頃は相当苦労したんでしょうね。よく福田赳夫首相に食い込みましたね」

「まあ、しかしながら、黒幕ですからね。息子の福田康夫は親父の秘書もやってましたから、清和会の中でそういう人間関係を見てきたわけです。だから、彼は二世議員で首相にまで上り詰めてもクールだったでしょ? 色んな汚い、嫌な面を沢山見てきたからなんでしょう。だから、最後に中国新聞の記者に向かって『わたしとあなたとは違うんですよ』と突然キレて、世間から見ると唐変木に聞こえるような名台詞を吐いて、首相を辞めるわけです。

若い頃にたくさんのドロドロしたことを見過ぎたせいで、醒めた人間になったのではないでしょうか」

「なるほど。そういうことでしたか…」

(創作につき、一部敬称略)

日本取引所グループとは

Ma fiiie et son mari célébraient le mariage  dans la salle de noces à Saitama Shintoshin hier. Bien sûr J’assistais au mariage comme le pèré de mariée.Toutes mes fellicitations  pour elle.

9月16日(土)、東京駅近サピアタワーの甲南大学ネットワークキャンパス東京で開催された夏期公開講座に参加してきました。

日本人は、ゲームやスポーツ観戦で忙しいらしく、参加者はわずか10人ちょっとでした。

課題は「株式市場の裏側で」。講師は、日本取引所グループ弁護士の山本渉氏。株式市場とは何なのか、その実態が知りたくて内容もよく鑑みないで6月に申し込んだのですが、講師は弁護士の方で、専門は商法とか会社法とか法律ですから、株式取引の法解釈が主眼点でしたので、少し拍子抜けしてしまいました(笑)。

それでも、私の知らない世界なので大変勉強になりました。

日本取引所グループとは2013年1月に東京証券取引所(東証)と大阪取引所(旧大阪証券取引所)が合併してできたものです。東証は1部2028社、2部524社、この他マザーズ、JASDAQなどを扱い、大取は、先物・オプションのデリバティブを扱ってます。

知らなかったことは、東証が毎日発表している株式指数TOPIXは、1968年1月4日の時価総額を100としたもので、現在1600(ポイント)以上ありますから、半世紀前と比べて指数が16倍になったということだったのです。

ちょうど半世紀前は、敗戦国日本が高度経済成長の働き蜂の末、GNPが世界第2位に躍り出た年でした。

その16倍になったとはいえ、庶民の生活がそこまで豊かになったとあまり実感できませんけどね。

山本講師の話の中心は、今話題になっている東芝問題で、虎の子の半導体会社を売却しなくては会社存続の危機に立たされ、しかも、今年9月までに売却先を決定しなければ、手続きの関係で間に合わないという話をしておりました。その前に東証の会計監査は機能していたかどうかといった問題にも触れてました。(これ以上の詳細は機密事項でした=笑)

東証に上場する企業には、時価総額基準なるものがあり、この基準を満たさないと降格や廃止などの他に、上場契約違約金を支払わなければならないそうです。

会社は生き物ですから、企業経営の厳しさを垣間見ました。

左傾青木とスシロー田崎との対立は左翼と右翼との対立ではないということ

Roma

この春先から夏にかけての森友学園、加計学園問題、いわゆるモリカケ・スキャンダルが怒涛の如く報道されました。(お陰で自民党の支持率が急落しました)

この時ほど、メディアの旗幟が鮮明になった時代はないですね。つまり、安部政権批判の「朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、共同通信」対安倍政権擁護の「産経新聞、読売新聞」連合の構図です。

「場外乱闘事件」として 話題になったのが、前川喜平・前文科省事務次官の新宿・歌舞伎町の「出会い系バー」通いを報じた読売新聞でした。

ちょうどモリカケ・スキャンダルの真っ最中でしたから、「核心を熟知している当事者の口封じではないか」「何で現役の時に言わないのか」などと侃侃諤諤の議論が展開されました。

あれから、その総括ではないでしょうが、一連のスキャンダル報道にも関連して、「journalism」(朝日新聞社出版局)9月号が「問われるメディアと権力 ジャーナリスト座談会 政治権力とどう向き合うか 監視か提言か、その役割」と題して19ページの長い特集を組んでます。

座談会の出席者は、司会役が渡辺勉朝日新聞編集委員(元政治部長、1961年生まれ)。ほかにジャーナリストの青木理(元共同通信社会部記者、1966年生まれ)さん、倉重篤郎毎日新聞専門編集委員(1953年生まれ)、田崎史郎時事通信特別解説委員(1950年生まれ)、薬師寺克行東洋大教授(元朝日新聞政治部長、1955年生まれ)の4人。

どういう根拠でこの4人か5人が選抜されたのか分かりませんし、これだけ、読売新聞の「前川喜平・前文科省事務次官口封じ問題」を取り上げているのに、読売新聞関係の人を一人も呼ばず、「欠席裁判」の形で座談会をやるなんて、いかにも朝日新聞社の発行するメディアらしいといえば、メディアらしい(笑)。

世の中のメディアの世界は、いくら花田さんが、御自分の出身母体である文藝春秋が朝日化したと糾弾しても、朝日新聞社中心に回っているのは確かで、そのおこぼれを産経新聞や文春が預かっているという構図は変わらないわけです。(「朝日はおかしい」と書いて、お金をもらっているという意味)

つまり、その一例として、大手の朝日新聞社なら、政治部長さえ務めれば、薬師寺さんのように、東洋大教授のポストが用意されていることが分かるのです。

で、この座談会は、見事、旧態依然の教条主義的左翼の共同通信出身の青木さんと、時の権力者の擁護者というより、安倍の代弁者以上のイタコのような発言をテレビのワイドショーに出まくって、獅子の如くまくしたてる政権護持、極右反動主義的な時事通信出身の田崎さんとの対立が浮かび上がっておりました。

田崎さんは「安倍の提灯持ち」「ジャーナリストなのに安倍と毎月のように夜に会食して、権力に擦り寄っている」と批判されても馬耳東風。「よく、安倍さんとの会食は、官房機密費から出ているという人がいるが、自分たちで払っている」「僕は、家で読売と朝日しか取っていないけど、朝日は間違ってる。読売の報道の方が正しい」と主張するばかり。

それに対して、青木さんは「ジャーナリストは、ウオッチドッグ(権利の監視者)に徹するべきで、読売新聞のように、『改憲草案』を出すようなことは報道機関の仕事ではない。そんなことした瞬間、メディアではなく、政治団体化するではないですか」と、真っ向から見事に田崎論を痛烈に批判するのです。

ここで、本来ですと、読売新聞関係者か渡辺恒雄さんに登場してもらって、持論を展開してもらいたいところですが、それはないものねだりです。

要するに、若い青木さんは、ジャーナリストは「社会の木鐸」であるべきで、反権力志向でなければいけないという書生論。老獪な田崎さんは、所詮、情報なんぞは権利者と寝てナンボといった、ちょっと下衆な言い方ですが、権力者の懐に飛び込んで情報を獲得するというスタンスの違いなだけなのです。

そこで、この二人の論争についてどう思われるのか、ジャーナリスト経験の長い京洛先生に伺ってみると、実に的を射た的確な意見を開陳するのです。

…(京洛先生曰く)青木さんは、いみじくも「このままではメディアが政治団体化してしまう」と仰ってましたが、昔から、メディアそのものが政治団体なのです。不偏不党だの中立公正などありえないのです。だから、本質論に欠けてます。

政治とはなんぞやという書生論を置いといても、自分たちの利益になるように我田引水するのが政治です。明治の成島柳北の朝野新聞も、幕府の旗本だった柳北らが発行した、薩長土肥の藩閥政府に対する反権力的な政治新聞で、権力者を批判し大新聞と呼ばれてました。

だから、新聞の根本は政治だということを若い社会部出身の青木さんは分かっていない。

そもそも、情報産業というのは帝国主義的、植民地主義的なところがあり、ロイター通信が大英帝国の尻馬に乗って、欧州の片田舎から1840年、ついにアヘン戦争を起こした中国大陸の香港に支局を開設するまでに至るのです。

青木さんの共同通信の先輩に当たる魚住昭さんが「メディアと権利」(講談社)の中で、ナベツネさんが、1965年の日韓基本条約締結の際に、右翼の大立者児玉誉士夫ととともに、黒子として暗躍したことを事細かく詳細してますね。

つまり、渡辺恒雄さんは、日韓交渉を第三者の傍観者として取材したのではなく、プレーヤーとして、当事者になっていた様が描かれてました。これでジャーナリズムとは、政治団体そのものだということが分かります。

要するに、ジャーナリストとはスパイなんですよ。あっちに行っては情報を貰い、こっちに来ては情報を漏らし、二重、三重スパイを働いているわけです。

ジャーナリストなんて、広告主や権力者の宣伝ビラを書く、代弁するコピーライターみたいなもんですよ。

だから、テレビに出るようなコメンテーターは、中立ではなく、どこからか金を貰っているスパイだと思えばいいのです。

政権護持の発言ばかりしているスシローはスパイだ、と思えばいいのです。ジャーナリストなんて体裁よく呼んでいるから誤解するのです。戦時中の影佐機関、里見機関、許斐機関と実質変わらない、と思っておけばいいのです。

大学の肩書を持っている人間なら、その大学を宣伝をするサンドイッチマンなんです。

 鶴田浩二の「街のサンドイッチマン」さえ、知らなければ、サンドイッチマンと言われても、何なのか分からないでしょうけどね(笑)。…

おしまい

高野山に眠る著名大名 信玄・謙信・信長・光秀・三成…

雨飾山(百名山)

仕事の取材とプライベートの旅行で、既に30歳代で、北海道から沖縄まで全国47都道府県の全てを踏破しましたが、まだまだ行っていない所、行ってみたい所は数知れず。日本は結構広いです(笑)。

これまで行ったことがなくて、是非行きたい所の中に、空海が開いた高野山(和歌山県)があります。でも、諸般の事情で今年も行けそうにありません。そしたら、NHKの人気番組「ブラタモリ」で3週連続で特集をやってくれているので、食い入るように見ています。

いやあ、知らなかったことだらけですね。

特に、空海の「御廟」がある奥の院につながる道筋に実に30万基もの墓と供養塔があり、多くの有名人や大名が眠っているという事実には驚かされました。

戦国武将武田信玄と上杉謙信の墓が目と鼻の先にあるかと思えば、織田信長と明智光秀の墓まで側にあるのです。このほか、小田原の北条、仙台の伊達、薩摩の島津、加賀の前田、柳川の立花などの大名家もありました。意外にも関ケ原で敗れた石田三成までここで眠っていたのですね。

かつて、高野山は「追放」や「亡命先」のような側面がありました。有名な史実は、関白豊臣秀次でしょう。秀吉の世継ぎとして一旦は指名されながら、淀君(浅井長政と信長の妹お市との間に生まれた茶々)に実子秀頼が生まれたことから、秀吉に疎まれて、高野山に幽閉され、結局は自腹を切らされます。

この事件がきっかけで、秀吉の信望が厚かった山内一豊(掛川)や田中吉昌(岡崎)ら秀次の御家中衆や仙台の伊達政宗らが秀吉から離れ、彼らが関ケ原では家康側についてしまう原因となってしまいます。

関ケ原後、信州で秀忠軍を食い止めた真田昌幸・信繁(幸村)  親子も高野山に幽閉されましたね。このように、高野山は政治的裏舞台でもあったのです。

で、何で、これだけ多くの墓や供養塔があるのかと言いますと、番組によりますと、お釈迦様が入滅した56億7000万年後、弥勒菩薩の姿で復活され、空海もいわば「通訳」としてこの世に復活するというのです。同時に空海の側に控えている人たちも復活するということで、奥の院にこれだけ多くの墓や供養塔があるというのです。

復活というと、まるで耶蘇教の教えのようですが、戦国大名らは信じたのでしょう。彼らだけでなく、現代でもパナソニックやクボタなどの大企業がお墓か供養塔をつくってましたから、信仰の深さは変わらないということなんでしょう。

有名人のお墓の中には、俳優の鶴田浩二がおりましたが、番組のアシスタントの若い優秀な近江アナウンサーは、鶴田浩二のことを「知らない」と言うのでカルチャーショックを受けましたね。あんな一時代を築いた大物俳優でさえ、忘れ去られてしまうとは!

「街のサンドイッチマン」も知らないことでしょう。

嗚呼、諸行無常

「渓流斎日乗」オフィシャルサイトがほぼ完成

東銀座イタリアン「イル・ビアンコ」のランチ

昨日の2017年9月15日、私のオフィシャルサイト「渓流斎日乗」がほぼほぼ完成致しました。

これもIT青年実業家松長社長の尽力の賜物です。「depuis2005」とありますように、私が北海道の帯広に住んでいた2005年3月15日から、昨日までの12年間余の1887件の記事が登録され、「アーカイブ」で検索すれば、過去記事も読めるようになりました。(まあ、再読される方はいらっしゃらないでしょうけど=笑)

ただし、2008年7月から2015年11月までの7年間の記事は消滅しております。諸般の事情がありまして、私の手違いで失くしてしまいました。何件あったのか定かではありませんが、一番元気な頃の充実した時期で、森羅万象を書き連ねたおかげで大変評判が良く、多くの読者の皆様から沢山のコメントも頂きました。

まあ、なくなったものは取り返しがつきませんから、後悔しても始まらないでしょう。

グラスワインとデザート付きで1030円

いずれにせよ、gooブログさんには12年間も大変お世話になりました。宝塚歌劇団風で言えば、「引退」ではなく、「卒業」ですので、これからは一人、一本立ちして頑張っていきたいと思います。

gooブログの体裁に少しでも近づきたいと思い、松長社長にお願いして、日々のアクセス数とトータルのアクセス数が一目で分かるようにしてもらいました。

さらに、コメントもできるようにしてもらいました。ちょっと、面倒ですが、このブログにコメントするには、登録する必要があります。

御自分の好きなユーザー名とパスワードを登録します。多分、匿名でも大丈夫じゃないかと思います。(ITに詳しくないのでよく分かりませんが)

やり方は、コメントしたい当該記事のタイトルをクリックして、一番下の方に「ご意見、ご感想をお聞かせください!」と出てきますから、そこにコメントを書いて送信するだけです。

昨日からずっと、過去記事のカテゴリー(ジャンル)分けを一本ずつ(こりゃ大変だあ)整理編集していたところ、間違って、10年以上昔の記事がフェイスブックなどにもアップされてしまったようです。

3分ごとに更新するフェイスブッカーの衣川先生から御指摘されて初めて分かりました。

 皆様には御迷惑をお掛けしましたが、恐らく、過去記事の編集作業(恐らく何年も掛かるかも)が終わるまで、何回かこのような事案が起きるかもしれません。

許してたもれ。

もう勘弁してほしい北朝鮮ミサイル

築地「蜂の子」Bランチ 880円

今朝7時、いつものようにラジオでNHKニュースを聴いていたら、突然番組が中断して、あとは北朝鮮のミサイル発射ニュースのオンパレード。

Jアラートは、この前知りましたが、今回はエムネットとやら、何か緊急事態連絡網があるらしく、テレビをつけると、全ての放送局が北朝鮮緊急速報をやってました。(やらなかったのは、WOWOWなどBSの有料放送ぐらいでした)

困ったものです。今のところ、被害は確認されてませんが、戦時中の空襲警報を思い起こさせます。

あのカリアゲ君は、危ない玩具を与えられた幼児のように大はしゃぎしていることでしょう。彼より、彼の背後に控える軍服を着たニヤけたお爺さんの方が薄気味悪いし、独裁国家政権の宣撫活動を一気に担う太ったおばさんアナの勇ましい声と笑顔も気持ち悪いですね。

個人的な感想ですが。

日本の庶民は生活に追われてますから、通勤電車は動くのか、安心して隠れる建物や地下がないのにどうしたらいいのか、といった問題の方が切実です。

ただ、私が危惧することは、国民の危機が一方的に煽られて、為政者も正義を振りかざして軍事衝突にエスカレートすることです。

何しろ、向こうは水爆実験まで成功させ、「日本に四つの核爆弾を落として、列島を破壊する」とまで言ってますし、虚勢を張っているとはいえ、やらない確率はゼロ%と断言できませんからね。

1950年に始まった朝鮮戦争では、軍人だけでなく、巻き込まれた一般市民を含めて何と500万人もの犠牲者が出ました。(先の大戦の日本の被害者は300万人)しかも、未だ終結したわけではなく、「休戦状態」なのです。

今回有事になれば、北朝鮮から大量の難民が周辺国に押し寄せることでしょう。

北朝鮮も、日本の戦時中のABCDラインの包囲網のように石油が禁輸されれば、イチコロなんでしょうが、中国とロシアは「絶対的核心」で、緩衝地帯として、北朝鮮を残しておきたいので、密かに大量の石油や資源を送り続けることでしょう。

古代の北朝鮮の高句麗は、韓民族ではなく、ツングース系(ケモノヘンに白)族ですし、中国とロシアの意向で、北朝鮮の崩壊は無理だと考えて間違いないでしょう。

ですから、恐らく、北朝鮮はグアムや米西海岸辺りにまで届くICBMの実験に成功するまで確実にやめないでしょう。カリアゲ君は、異母兄まで殺害指示するぐらいですから、精神構造は、日本で言えばまだ戦国時代です。

嗚呼、二律背反、絶対的自己矛盾。

スーパーコンピュータの権威の素顔

米テネシー大学ジャック・ドンガラ特別栄誉教授 Copyright par Duc de MatsuokaSousumu

勿論のことながら、「渓流斎」は私の雅号、「朋之介」は字(あざな)です。渓流斎は、釣りとは関係なく、奥入瀬渓流から拝借したことは以前にも書きました。朋之介は、いわゆる一つの筆名ではありますが、これは朋の助け、つまり友達からの助け、という意味なのです。

人間一人では生きていけませんし、何らかの形で周囲に迷惑を掛けたり、助けたり、助けられたりすることは、人間の業というものです。

ということで、本日は、いつもこの日乗の写真で助けられております「松岡二十世とその時代」の著者松岡將氏から送られてきました写真をまたまたお借りすることにしました。恐らく、松岡氏はまさか掲載されるとは思わず、腰を抜かすことでしょう(笑)。

このおじさん、誰ですか?

無礼者!この方を誰方と心得る。前の副将軍、いや、世界的スーパーコンピュータの権威の大権現、米テネシー大学ジャック・ドンガラ特別栄誉教授にあらせますぜよ!

それにしても、ドンガラ特別栄誉教授の持ってるものは何?

9月7日付日経最終面 Copyright par Ducde MatsuokaSousumu

それを拡大したのがこちら。9月7日に日本経済新聞最終面に掲載された「交遊録」です。筆者は松岡聡東工大教授。松岡將氏の御自慢の御子息で、彼も世界的スーパーコンピュータの権威です。

 内容については、この記事をお読み下され。

 世界60億人の中のほんの一部の皆様に御愛読頂いております日乗ですが、世界的スーパーコンピュータの権威様も、恐らく吃驚されることでしょう(笑)。

ゼロ円のカラクリ(IT業界裏事情)

宝登山神社(長瀞)

昨晩は、IT青年実業家松長社長と神田神保町の著名居酒屋「酔の助」で、IT業界の極意を伺いつつ、痛飲してしまいました。

「酔の助」は、いわゆるひとつの大衆酒場ですが、よくテレビドラマのロケで使われ、「居酒屋のシーンが出てくれば、あれは『酔の助』だ」と言われるくらい、その筋の人なら知る人ぞ知る有名な居酒屋です。

松長社長には、この「渓流斎日乗」のホームページ化で大変御世話になりました。これまで、gooブログで配信していたのですが、思い切って一本独鈷で、新規に独立サイトをこの9月1日から始めたのです。

彼の言うことが粋です。

「渓流斎さん、これまでのgooブログでは、300万人か500万人の中の一人で、いわば小池で泳いでいたようなものです。今回独立したということは、世界に飛び出し、60億人の中に飛び込んだということになるんですよ」

うーん、うまいこと言いますなあ。

「だから、渓流斎さんのサイトは60億分の一になるわけですから、アクセスの上位にいかないと誰も見ないのです。しっかり更新しないと埋没してしまいますよ」

はっ、それが言いたかったんですね(笑)。

松長社長は、IT業界で長年苦労してきたせいか、さすがに業界通で何でも知っています。何しろ、自分でプログラムまで書けてしまうので、これまで地方の地元有力者(と言えば分かりますよね?)の監視カメラや売り上げ伝票のソフト製作など幅広く手掛けてきたようです。

※※※※※

色んな話を聞きましたが、一番印象的だったことは、よく大手ネット通販が「ゼロ円」で中古本などを販売している、その裏のカラクリです。

「渓流斎さん、この生き馬の目を抜く厳しい資本主義社会で、利益の出ないタダなんてあり得ないでしょ?」

嗚呼、そう言えば、私も数年前にゼロ円で買ったことがあり、ドキッとしました。

「それはですね。モノをタダで買うような厚かましい輩が、どんな顔して何処に住んで、何をしているのか、年齢住所職業、メルアド、携帯番号、銀行口座まで、個人情報を登録させて、その情報を転売している可能性があるんですよ」

えーーー!!それは困る。

「でも安心してください。渓流斎さんも私も庶民ですから、何億も何十億も資産があるわけない。銀行口座がバレたとしても、犯人は10万、100万の端金には見向きもせず、最初に目をつけて手をつけるのは、数百億円クラスの大金持ちでしょう?だから、渓流斎さんは何の心配もいらないのです」

そっかー。そう言われて嬉しいやら、哀しいやら。複雑な気持ちになってしまいました。

Gメールやヤフーメールなどの無料メールも、何でタダなのか、疑ってかからなければなりません。スノーデンが暴露したように、あらゆるメール情報は当局に筒抜けになっていることは、業界では常識のようです。

そんなこんな話で盛り上がりました。

松長社長は、名門(笑)海城高校の後輩で私より一回りも若いので、私より確実に10年も20年も長生きしてくれるので、このホームページを任せてよかったと思ってます。

松長社長、今後とも宜しくお願い致します。

「スマホ大学」には驚きを超えて

長瀞駅

今朝の新聞各紙の全面二面広告を見て、吃驚しました。

来年4月から、スマホで授業を受けて学士号がもらえる「東京通信大学」なるものが開校されるというのです。英語名が、Tokyo Online University だとか。

私も、こうして、日乗を通勤電車の中でスマホで書いてますから、とやかく言う筋合いはないのですが、わずか15分の動画をスマホで見て、試験やレポートはどうするのか分かりませんが、とにかく大卒の肩書が取れるというのですから、驚きです。

スマホなら、自宅で引き篭もりの人や入院中の人でも授業を受けることができるでしょうけど、学友と居酒屋で議論したり、一緒に学食を食べたりするような、いわゆる普通の学生生活とは違うんだろうなあ、と思われます。

何しろ、年齢も職業も不問らしいので誰でも入れるということなのでしょうか。

情報マネジメント学部と人間福祉学部があるようですが、これらの学士号を取って、就職に有利に働くということなんでしょうね。

しかし、この大学を経営する母体は他に東京モード学園なども運営しております。モード学園は、ファッション関係の専門学校で実技を重んじる学校として知られています。スマホ授業では、実技はできませんよね?

あ、そう言えば、昔から通信制の大学がありましたから、そのスマホ動画版と思えばいいということなんでしょうか?

しかし、最近はどこもかしこも、大学になりたがっているのが流行ってますね。明治30年まで、日本には大学と呼ばれるものはたった一つしかありませんでした。だから、東京も付きません。ただの帝国大学です。今の早稲田大学も東京専門学校です。

それだけ学士様は希少価値があったわけですが、これだけ学士様が増えると…あとは書きません(笑)。

関ケ原の戦いはつい最近のこと

「歴史人」の関ケ原特集

本屋さんが潰れてます。私の利用する駅前の書店はもう5年以上前に2軒も閉店しました。

私のシマである銀座界隈も、日比谷東芝ビルの旭屋書店が5年以上前に店仕舞し、銀座コアビル内のブックファーストも昨年閉店し、つい最近は、日比谷シャンテに入っていた八重洲ブックセンターまで先月いっぱいで撤退してしまったといいますからね。

いくら映像芸術が発展しても、文化の基本は活字ですから、出版文化の衰退には危機感を覚えます。

もっとも、書店廃業の原因の一つにはアマゾンの影響という説がありますから、「便利な」資本主義の総権現のような黒船に日本文化が乗っ取られたという言い方ができるかもしれません。

※※※※※

私としては、どうしても日本の伝統文化は残しておきたい信念の持ち主ですから、自宅近くの本屋さんは潰れてほしくない。そこで、月に何回か覗いて、何冊か本や雑誌を買って貢献することにしてます。

昨日買ったのが、写真の関ケ原の戦いを特集した「歴史人」という雑誌です。この雑誌はユニークで、日本仏教を特集したり、歴代天皇家を特集したりしており、たまに買うことがあります。

今、私も先日見た映画「関ケ原」が公開中のせいか、何冊か関ケ原を特集した本や雑誌が並んでいましたが、この「歴史人」が、地図やグラフィックや表を多用して分かりやすかったので、買い求めました。

映画を見た感想の中にも書きましたが、あの映画は原作は司馬遼太郎で、どうも講談調の(失礼!)司馬遼史観から抜け切れず、人物の相関関係がうまく描き切れていないと思いました。

それが、この雑誌では、通説では悪人となっている安国寺恵瓊や直江兼続なんかもちゃんと中立に「直江兼続には子孫がいなかったため、上杉の失策を全て押し付けられたところがある」などと冷静に分析しているのです。

まさに、私が欲しかった情報です。そもそも、後世の人間から見ると、天下分け目の関ケ原で、徳川方が勝利を収めることは当たり前過ぎるのですが、冷徹な石田三成が最初から負ける戦さをするわけはなく、当時は実はどちらが勝つか分からなかったのです。

わずか6〜8時間で、決着が付いた関ケ原の戦いですが、もし、小早川秀秋が裏切らなかったら、もし、島津と毛利が「高みの見物」ではなく、しっかり兵を動かして参戦していたら、西軍=三成の勝利になっていたはずでした。

この雑誌には、東軍と西軍の大名の顔写真(笑)から石高、戦後処理の状況まで事細かく書かれているので、大変参考になり、夢中になって読んでしまいました。

最後に驚くべきエピソード。敗軍の将、石田三成は、小西行長、安国寺恵瓊らととも京都六条河原で斬首の刑で晒されます。

しかし、どういうわけか、家康は三成の子息にまで刑を及ばせなかったんですね。お陰で、三成の孫のお振りの方が、三代将軍家光の側室となり、2人の間の千代姫の子孫が現代にまで生き延び、その一人が大正天皇の貞明皇后だというんですよね。

つまり、昭和天皇にも、今上天皇にも石田三成の血が受け継がれていたというわけです。勿論、徳川家康の血脈もですが。

そう考えると、400年前の天下分け目の戦いがつい最近のような気がしてきます。