37年ぶりの再試合

北海道足寄町・松山千春邸

高校野球の決勝、駒大苫小牧(南北海道)ー早稲田実業(西東京)が、37年ぶりに再試合になります。

私は東京生まれなのですが、断然、北海道の苫小牧を応援します。判官贔屓って奴でさあ。あんな厳しい寒さの中で、練習するハンデを抱えて、甲子園に出るだけでも大変なのに、73年ぶりの3連覇を目指すなんて大したもんです。すべてに恵まれた東京のお坊ちゃんを撃破してください。

ところで、年がバレてしまうのですが、37年前の1969年の松山商(愛媛)ー三沢(青森)の決勝戦をよく覚えています。松山商の井上と三沢の太田が延長18回まで投げぬき、翌日の再試合。太田はハーフでルックスがよく、アイドル扱いで、井上はずんぐりむっくりで眼鏡をかけて田舎モン丸出し。

高校野球がこれほどまでに、人気スポーツになったのも、太田の出現がきっかけでしょう。ですから、当時のマスコミはひどかった。太田をヒーロー、井上を悪者扱い。三沢の攻撃が不調に終わると、アナウンサーは「またしても、井上が…」と、絶叫していました。

それから、17年後。甲子園球場で、朝日新聞運動部記者になった井上明さんと、仕事仲間として会うことになりました。

初対面で「あの、『またしても』の井上さんですね」と言ったら、本人は苦笑いでした。

井上さんは苦労人のせいか、よく冗談を言う人でした。しかし、高校野球だけは「聖域」のようで、「たかがジャリ野球」と低く見ようものなら、烈火の如く怒ったものでした。

井上さんもまた37年ぶりにマスコミから注目されているようです。

まさに、職人。またお会いしたいなあと思いました。

松阪牛

三重県に住む友人の刀根一哉君から、何と松阪牛を送ってきてくれました。
どういう風の節回しか分からなったのですが、私が北海道に住んでいた時、地元のお菓子を彼に送っていたので、「そのお返し」だそうでした。

何しろ、松阪牛でっせ、旦那。

早速、有難く、サーロイン・ステーキにして、ペロリと平らげてしまいました。やはり、柔らかくて美味しかったです。

肉は、津市内にある「朝日屋」というお店からクール宅急便で送られてきました。女優の山田五十鈴さんのご贔屓の店で、全国的に有名な店らしいです。

懐に余裕のある方は挑戦してください。

ところで、またまた、「不穏」な記事を見つけました。

東京都千代田区の神尾記念病院の神尾友和院長によると、長時間のパソコンやヘッドフォンの使用などで、現代人の五感が、30年前の半分ほどに退化しているそうなのです。30歳代の人で感覚細胞が半減した人もいたそうです。

何という話でしょう。

「ネットの刺激が人間の感覚の老化に拍車をかける」と書いてありました。

やはり、パソコンは体によくないのでしょうかねえ?

パソコンの常時使用は人類の歴史上で始まったばかりですから、それが人間にどういう影響を及ぼすのか、まだ全容は解明されていません。

はっきり言って、我々現代人はモルモットみたいなものでしょう。

確かに家に閉じこもって、パソコンばかりしていては、運動能力が減退するのは誰が見ても明らかです。

作家の柳田邦男さんは、週1回の「ノーネットデイ、ノーケイタイデイ」を提唱しているそうです。

大賛成なのですが…。

(引用は日経)

起きたことは必然

起きていることはすべて必要で起きています。

必要だから起きているのです。

だから、安心してください。

変わろうとするより、まず大切なことは、受け入れることです。

自分の中の影をしっかりと見つめることです。

感じ流すことです。

どんな感情も排除するのではなく受け入れてあげてください。

裁かずに。

純粋性を求める人は自分にも他人にも厳しくなります。

しかし、世の中の影を感じる時、本当は自分の中の影を見ているのです。

あるがままの自分を見つめてください。

あるがままの自分を愛してください。

あるがままに自分を愛してください。

祈りも効果が大きいです。

自我が自分では何とかできないと降参した時、何かに委ねることを知るのかもしれません。

大いなる何かに。

(SHさんの手紙から)

嫌な人に会わない方法

 

昨日の某紙の一面に出ていた話。

 

30歳代のウエッブサイト・クリエイター。ほとんど自宅の部屋の中に閉じこもりっきりで、数台のパソコンの画面に囲まれ、仕事は、顧客との連絡もすべてメールで直接会うことなく、電話をすることもないので、声すら聞いたこともない。出前の注文や食材の買出しもネットで済ます。彼の生活手段はすべて手元の30センチ以内で用が済んでしまう。

 

会社に出て、嫌な上司や部下と顔を合わせる必要もない。

 

新聞も読まなければ、テレビやラジオも見たり聞いたりしない。

最近の若い会社員でも、隣の人の仕事の迷惑をかけてはいけない、という理由で、声すらかけることもなく、用件はメールで済ますという。目の前にいる人すらですよ!

会話のない静寂に包まれた社内。

SF映画も見るような、耳のとがった顎のない華奢な体型の新人類が、雨後の竹の子のように出没しています。

生きていることだけで

これから折を見て、SHさんから私宛にくださった手紙の一部をご紹介したいと思います。

第一回は「生きていることだけで」

人は何か役に立っていないと、自分の存在価値がないと思い込んでいます。

でも、本当は、ただ生きていることだけで価値があるものなのです。

野に咲く花や木々と同じで、今をあるがままに生きることで、結局、何かに、そして誰かに役に立っているのです。

自分であり続けることーそれだけでいいのです。

あなたは、そのままで最高です!

ショック、ショック、大ショック

旧友が離婚していたことが今日、分かりました。しかも半年も前にでした。

ショック、ショック、大ショックです。

理由は3つあります。

第一に、こちらとしては、大親友だと思っていたのに、離婚する前にひと言も相談がなかったからです。しかも、お互い遠く離れて暮らしているにせよ、半年も気がつかなかったとは…。これじゃあ、まるで、スクープされた芸能マスコミが「○○日までに明らかになった」と屈辱的な原稿を書くようなものではありませんか。

第二に、彼は家族を、つまり奥さんと子供たちを非常に愛していたからです。奥さんに対しては、愛情の念に加えて、尊敬の念さえ持っていました。奥さんは、歌人でもあり、歌集を出版していました。子供たちも非常に優秀で、自慢の子供たちでした。

第三に、彼は、私に対して非常に同情的で、冷え切った夫婦関係が遠くから見えるのか「分かれるなんて馬鹿なことは考えないで、仲良くしてくださいよ」と私に諭していたからです。

何なんですか、これは?と言いたくなりますね。

例えが悪いのですが、道徳の先生が、盗撮行為で捕まったようなものです。

彼は昨年、大病して、奇跡的な生還を果たしてこの世の世界に復帰したばかりなのです。

完治したとはいえ、100%元の体に戻ったわけではありません。

奥さん、ちょっと、それはないのでは…と耳を疑ったのですが、彼は「子供の養育権は妻の方にある」と説明するぐらいですから、いわゆる煩雑な事務手続きは終了したことでしょう。

世の中、訳の分からないことばかりです。が、彼は、故郷での仕事をやめて、上京するつもりです。

この年で、まさに、ゼロからのスタートです。しかも、ハンディを多少抱えて…。

これから、できるだけ、彼の力になっていくつもりです。

終戦記念日


今日は終戦記念日。日本人が1年に1回、あの戦争について思いをはせる日です。


新聞各紙でも色々と特集していました。ざっと、目を通したのですが、一番興味深かったのは、作家・半藤一利さんの発言です。(朝日新聞)


「陸海軍人の死者は約240万人だったが、そのうち実に7割が餓死だった。食糧の補給がなされず見捨てられた、無残にして無念の死である。彼らを見捨てたのは誰か。軍中枢の大本営、つまり日本国家だ。その数、実に160万人以上。『英霊』のこうした悲惨な実態はほとんど知られていない」


「軍人の約240万の死者のうち、遺骨が戻ってきたのは124万5千人にとどまっている。残りは、今もジャングルで野ざらしになっている」


終戦間際になって、逸早く、激戦地からチャーターした飛行機で逃げ帰ったのは、軍の幹部、将校連中でありました。部下を見殺しにして、自分たちだけが戦後ぬくぬくと生き延びたのです。


組織の幹部の体たらくは、戦後、高度経済成長を遂げた企業という組織でも、結局、踏襲されました。


甘い蜜を吸うエリート連中は、とても信じられたものではありません。


日本人はそういうエリートを作るのが大好きなのです。


しかし、先の戦争で軍国主義者や一部エリートのみが責任があり、一般大衆は被害者で、何ら責任がなかったという歴史観が蔓延していましたが、ジャーナリストのむのたけじ氏は、「軍人や憲兵より怖かったのは、親兄弟や親戚や隣組などから『非国民』と言われることだった」と述べています。


戦後61年となり、戦争体験者がいなくなりつつあります。問題の奥深さがこの辺りにあるように思われます。


 

お墓参り

今日は、昨年11月18日に亡くなった父のお墓参りに一人で行って来ました。

所沢聖地霊園という所です。道に迷わなければ、自宅から1時間くらいで行ける所です。が、私のことですから当然、迷ってしまいました。行きは航空公園で、一休みし、帰りは、川越の方にまで行ってしまい、結局、2時間くらい掛かってしまいました。

困ったことに、この年になっても儀式としてのお墓参りの仕方がよく分かっていません。ご先祖様が九州なので、罰当たりにも、ほとんどお墓参りをしたことがなかったのです。7月が盆と言ったり、8月が盆と言ったりしていますが、その区別も分かりませんでした。

結局、独自のスタイルでやるしかないようでした。母親に聞くと、ウチは九州出身なので、お盆といえば8月で、大抵、8月にお墓参りするようでした。

この霊園は、宗教に拘っていないので、キリスト教式から仏教式まで様々でした。でも、お墓にはめったに行けないので、お花はやめておきました。暑かったので、お水を上からかけて、手を合わせました。

慈航院優徳日浩信士

というのが、亡くなった父の戒名です。父は航空管制官でした。本当に不思議な縁というものがあるもので、この霊園から車で5分くらいの所に、父がかつて勤務したことがある所沢の航空交通管制本部があります。そして、遡ること63年前、父が陸軍に志願して、少年航空整備兵として配属した跡が、やはり、この霊園の近くの航空公園になっています。

全く、不思議な縁というしか他ありません。

ですから、私は縁というものを強く感じ、尊重しています。

袖触れ合うも他生の縁。

このブログを読んでくださったあなたとも、何かのご縁を感じています。

 

三重苦

会社では、一日中、パソコンの画面を見つめていなければならない仕事なのにも関わらず、家に帰ってもこうして、パソコンの前に座っているため、ついに、体がおかしくなってしまいました。

「眼痛」「頭痛」「肩痛」の三重苦です。

北海道に住んでいたら、すぐ近くに温泉が沢山ありますから、すぐ癒すことができるでしょうが、ここでは、そうはいきません。

本当はテレビもパソコンもない世界に行きたい、というか、そんなものがなかった、昭和初期の世界に住みたかったですね。

何しろ、眼の痛み、頭の痛み、肩の痛みが尋常ではありません。それでも、食べていくために、致し方ないとは、情けない。

ところで、昨日書いた日本の人口は、「1億2705万5215人」の間違いでした。アメリカに住む今村君から間違いを指摘されました。わざわざ、アメリカから見てくれたのですね。どうも有難う。もう少し、話をしたかったね。

 

 

少子高齢化

今年3月31日時点の住民基本台帳の人口調査で、初めて、日本人の死者が新生児を上回り、日本の人口が減少に移行した結果が数字に表れました。日本の歴史始まって以来らしいですね。

昨年と比べ、3505人減少し、1億2705万5215人。

男は48・92%で、女は51・08%。やっぱり、女性の方が多かったんですね、日本人は。

ある調査によると、夫に先立たれた妻は、平均7年は長生きするが、妻に先立たれた夫は平均1年。

(女性の方がシブトイとはいいません)

中国では7月に、台風などの天災で、978人が亡くなり、レバノンとイスラエルでは、ヒズボラとイスラエルとの戦闘で1000人以上が亡くなっています。

インドでは2026年までに1100万人もの人がエイズで死亡するという予想値が先頃発表されました。

人の命がますます軽視される時代になってきました。