文楽~うさみ亭マツバヤ

銀座 和らん ランチ豪華天丼

もう何年も前に、大阪府知事か、大阪市長か忘れてしまいましたが、「どうせ、大阪人は、つまらない文楽など見やせんから、いらんやろ」と、大幅に助成金をカットする政策を打ち出して大騒動になったことがありました。

あれからどうなったのでしょうか?

名古屋にお住まいの海老普羅江先生は「大阪は民度が高いから、高尚な文楽なんか見やしない。簡単にチケットが手に入るので、こればかりは本当に助かってます。汽車賃かけて行く甲斐がありますよ」と仰り、昨日は、難波の国立文楽劇場まで、あづさ2号でお出掛けになったそうです。

出し物は、「菅原伝授手習鑑」桜丸切腹の段などを始め、豊竹英太夫改め六代豊竹呂太夫襲名披露 口上もあったそうです。

どちらかと言うと、呂太夫襲名を見たかったようです。

料金は、二等席で2400円。歌舞伎座の二等席は1万4000円ですから箆棒に安いですね。

それでも、劇場は空いているというのですから、やはり、現代人は進化しましたね。

えっ?皮肉に聞こえましたか?

大阪難波と言えば、法善寺横丁です。海老普羅江先生も、芝居がはねて、織田作之助の行きつけだった「正弁丹吾亭」の暖簾でも潜るのかと思ったら、何と、お隣の船場にまで足を伸ばして、入ったお店が「うさみ亭マツハ?ヤ」。

「知りませんね」と、私が正直に応えると、「駄目ですねえ、渓流斎さん。だから、駄目なんですよ、ああたは。うさみ亭は、きつねうどんの発祥地ですよ」と仰るではありませんか。

「えー!?」

これでも、渓流斎。ちょうど30年前に、3年間ほど大阪で暮らし、名のあるお店は制覇したつもりでした。

うさみ亭は、明治26年(1893年)開業。厨房の暖簾には初代の宇佐美要太郎の「要」と、二代目宇佐美辰一郎の「辰」の字が描かれております。

現在は三代目宇佐美芳宏氏。海老普羅江先生も、ヨロヨロと二階から降りて来たこの三代目と遭遇します。

三代目は「おい、誰か、日経の夕刊を買って来い」と手代に命じているのでした。

ちょうど昨日の日本経済新聞夕刊(関西版)に、この店が紹介されていたのでした。

ご興味のある方はご参照のほどを。