心の持ちよう

ローマ

アンチエイジングの続きです。

例の本によると、長寿の秘訣は、第一に煙草は吸わず、肉食やお酒を控える。塩分が多く、化学調味料、人工着色、甘味料、各種保存料満載のコンビニ弁当や外食は避けるといった食生活に気をつけるほかに、ユーモアのセンスを忘れないといった「心の持ちよう」が肝心だということを力説しています。

世界の100歳以上の長命を保っている人たちに共通していることはー

1、人生で大切なことは、モノやお金ではないという発想を持つこと。(大切なのは人の気持ち)

2、周囲の人は、自分が思っているほど、自分のことに関心を持っていないということを悟ること。(皆、自分のことで精一杯。自意識過剰は単なる取り越し苦労。自分の思ったことを、思ったように発言して、行動することが若さの秘訣)

3、どうしてもという時でない限り、他人に対して否定的な発言をしたり、衆目の面前で批判したりしないこと。(怨嗟の負のエネルギーが一生つきまとってしまうから)

4、自分自身の弱点に拘りすぎないで、自分が気に入った、得意な分野を積極的に伸ばすこと。(これが、若さと健康を維持する上で役立つ)

5、「今、この瞬間」を納得して満足な思いで受け止めること。(そうでなけれな、未来に続く道は、苦難の連続になってしまう)

どうでしょうか?もう一度、声に出して読んでみてください。

要するに、今自分の置かれている現状を前向きに捉えて、今この瞬間を楽しむという発想を持てば、未来に対する夢や希望も生まれ、永遠に続けるだけの価値が生まれるというのです。

こうして、やりたいこと、楽しみたいことがたくさんあり過ぎて、年を取っている暇がなくなるというわけです。

どげんでんせれ

ローマ

最近、アクセスが少ないので、またまた個人的なことを書きます。どうでもいい人のどうでもいい取り留めのない話なので、どげんでんしてつかあさい。以下は単なる個人的な備忘録なので、まあ、飛ばしてください。

ここ、3ヶ月ほど、病院通いの連続でした。3時間待って、3分の診療でしたから、ほとんど待ち時間の人生だったわけです。自分が呼ばれるアナウンスを気にしていなければならないので、熟睡するわけにいかず、照明も暗いので、読書もできず、随分、無駄な時間を過してしまいました。

最終的に自分自身で下した診断は、「古傷」の痛みでした。左足に鈍痛と痺れが止まらないのです。最初は、内臓の異常を疑いましたが、J大病院内科の検診は異常なし。M先生も理由が分からず、最後は脳梗塞の疑いでもあるのではないか、ということで脳のCTスキャンまで撮りました。結局、内科では分からず、整形外科でも診てもらいました。たまたま、新聞の記事に出ていたASO(閉塞性動脈硬化症)の疑いが気になったので、ネットで検索して、I大病院の血管外科にも行ってきました。ここでも非常に長時間待たされました。東京の病院は何処に行っても満員です。

しかし、原因が分からず、それでも、実際に、いつまで経っても痛みと痺れは治まらないのです。

そして、自分で下した診断は、「古傷の痛み」でした。3年ほど前に左足指を骨折しましたが、その辺りがここ三カ月ずっと、痛み、痺れていたからです。骨折していたことは、すっかり忘れていました。昨年も一昨年も痛みがなかったからです。何で今年になって急に痛みが出たのか、さっぱり分かりませんが、もし、同じような症状を持った人は、私と同じケースかもしれないので、疑ってみてください。

さて、今夕、作家のYさんに会ってきました。小生のペンネームにYさんの名前を拝借する許可願いでした。電話で話すのでは失礼なので、最寄の駅に近い喫茶店にまで足を運んでもらいました。もう桜が満開でした。

Yさんの反応は、一言で言うと、小生に対する「不可解」という感想でした。

「へー、別にいいですけど、変な名前ね。何か、幕末の人の名前みたい…」

Yさんには、今回の病気のことで、病院や漢方医まで紹介してくださり、色々とご迷惑をお掛けしてしまったので、併せて御礼を致しました。

「何かお書きになるなら、人から与えられるものではありませんよ。何か自分でテーマを決めてしまうことです」

毅然とした態度というより、毅然とした視線でした。

それまで有頂天だったので、何か冷水を浴びせられたような感じでした。

Y先生、と書きたいところですが、先生と言うと怒られてしまうので、Yさんの発言には裏づけがあります。そもそも、占いやら運命とやらを観てもらおうとは思わないとおっしゃるし、どうやら信じていらっしゃらないようでした。

苦難の格闘するべき現実あるのみなのかもしれません。何しろ、「書くことは地獄の苦しみ」とおっしゃるくらいですから。

Yさんの波乱万丈の半生は自伝『わたしの生きた道』に詳しいです。2001年12月刊行。遅ればせながら、今、読んでいます。

自分の半生と比べると足元にも及びません。私自身は、かがんで靴の紐を結ぶ値打ちもない人間であるという思いを強くしました。

記憶術

コロッセオ

最近、物忘れの速さと物覚えの悪さに頭を抱えています。

これでも、昔は、神童と呼ばれ、学友が首っきりで挑んでいる教科書をさっと横目で眺めただけで、すべて頭に残って、勉強などしなくてもどんな科目でも満点を取っていたものです。(ということにしてください)

資格コンサルタントの高島徹治氏は、53歳から81の資格を取得した人として知られていますが、資格試験に合格するための秘訣を皆伝しています。端的に言うと、

丸暗記をするな!

ということです。

氏の勉強法は、テキストをとことん理解しながら熟読する。重要な箇所にはサインペンでマークする。

それだけなのです。

こうして理解しながら、読んでいくだけで、中身は暗記しなくても、自然と記憶されていくというのです。

ただし、この「理解」するやり方は生半可ではありません。徹底的に調べ尽くし、抽象的な表現は、例え話や日常のストーリーに置き換える、というのです。

でも、「丸暗記するな」というのは参考になりますね。

私も、丸暗記した知識はすぐ忘れてしまいますから。

バンザ~イ

ピエタ

全く全く私自身の個人的な話です。ご興味のない方は、飛ばしてくださいね。

昨日、運命鑑定士のFさんに、見てもらいました。Fさんは会社の先輩で、鑑定士になるために会社を辞めて独立した人です。子供の頃から占い関係の書籍を読破し、その方面では筋金入りの人です。

鑑定は、生まれた「年」と「月」と「日」と「時間」の4つの柱で見立てる「四柱推命」です。Fさんは、この他に、「姓名判断」と「手相」でも鑑定します。私はそのすべてで見立ててもらいました。

結論から先に書くと、「来年は人生最高の年になる」という鑑定です。諸事万端順調とのこと。天にも昇る気持ち。バンザ~イです。

私の生まれた年月日には、ということは、生まれつき、「凶星」がないというのです。「吉星」だけがあり、それは「文昌貴人」(文章を書く才能)と「暗禄」(困ったときに人の助けを得られる)と「駅馬」(旅行や引越しが多い)と「金与禄」(お金が貯まる)と「華蓋」(かがい=宗教や芸術の才能あり)なんだそうです。

ただし、姓名判断によると、名前がよくない。苗字はそのままでいいが、名前は8画と8画(または4画と4画)にして、全部で31画にすれば「成功間違いなし」とお墨付きを与えられました。

そこで、ペンネームを考えました。Fさんから戴いた8画の漢字の中から選び、また、敬愛する作家のYさんから1字頂戴することにして、

朋之介

ということにしました。

誰ですか?笑っているのは?本人は極めて真面目です。

私の生まれ星は、正官と偏官の両方がある「官殺混雑」と呼ばれるもので、前者は、官僚やお役人タイプ。後者は権謀術策を巡らす策略家の実業家タイプだそうで、サラリーマンをやっても、起業独立しても大丈夫だというのです。

手相を見てもらいますと、頭脳線が2本あり、1本は知性の塊を表し、もう1本はロマンチストなのだそうです。要するに、理想と現実の両方の頭脳を持つということです。文学で言えば、小説でもノンフィクションでもいい、と解釈できます。

とにかく、これから何かをやると、それがきっかけになってどんどんいい方向に向かって、名声を博すというのです。

こんな嬉しい見立てはありません。私は正直ですから、全部信じてしまいます。

期待され望まれているイメージ

ラファエロの間

(続き)

抗加齢に興味を持ち始めたのは、最近、どうも自分の健康状態が優れないからです。

しかし、病院に行くと、医者は数値しかみないので、「数値は一応正常の範囲です」と言って、追い返されてしまいます。これだけ、痛いので、体は何かを訴えているはずです。何かの予兆か、シグナルのはずです。それが、数値に表れないという理由だけで追い返されてしまうのでは納得できません。それも、3時間も待たされて、診察は30秒で終わりですからね。東京は本当に嫌なところです。

アンチエイジングの本の中で、長生きするには、「心構え」が大切と何度も説いています。病気にならないためには、より健康な肉体と精神を手に入れることーと奨めています。

しかし、現代社会で、ストレスを避けて生きることは、不可能に近いです。よって、なるたけ、心を清浄にして、プラス志向を持つしかない、とこの本では力説しているのです。

気に入った箇所を再録します。

「何はともあれ、自らの脳に対して、プラス情報や自分が期待され望まれているとのイメージを常に焼き付ける努力をしていく必要がある。自ら常に若々しい好奇心と、家族や社会や世界のために有意義な仕事を成し遂げようという思いが、脳を常に刺激し活性化する。そのことが人間の肉体を若く維持する力になる」(75ページ)

この文章をもう一度読んでみてください。

驚異の水 

オペラ座

例の本に、驚異的な水の話が出てきます。

アメリカで大ベストセラーになったイランの内科医のバドマンジェリッジ博士の書いた「あなたの体は水を求めている」という本が紹介されています。

1979年のイラン革命の際の実話です。ホメイニ革命によって、多くの政治犯も一緒に投獄され、博士も知的階級ということで、濡れ衣としか思えない理由で留置されます。

そこは、劣悪な環境で、毎日、無作為に選ばれた囚人が銃殺刑になるので、ほとんどの囚人が精神的ストレスから胃潰瘍などの病気になります。

医師として博士は、「何とかしたい」と思っても、監獄の中ですから、薬一つありません。そこで唯一、手に入るものといえば、水だけでした。

そこで、博士は、苦しんでいる患者に3時間ごとにコップ2杯の水を与えました。もちろん、患者に対して、これは単なる水だとは言わず、「症状の改善に役立つ」とだけ、言い続けたそうです。

すると、奇蹟が起きたのです。この「水治療」で症状が改善した人が、2年半で3000人以上に上ったというのです!

人間の7割は水でできているといいます。特に、脳細胞の8割は水でできるといいます。それだけ、人間にとって、水が大切なのですが、博士の治療法はそれだけではないことを示唆しています。

アンチエイジング

ヴァチカン博物館

浜田和幸「団塊世代のアンチエイジング」(光文社)の話でした。

アンチエイジングは日本語で「抗加齢」と訳され、日本でも最近一大ブームを巻き起こしています。

先進国アメリカでは、14年前に「全米アンチエイジング学会(A4M=American Academy of Anti-Aging Medicine)が12人の内科医によって創設されましたが、現在は2万人を超える会員を誇るまで急成長しています。

薬や健康食品をはじめ、健康器具、セミナーなどアンチエイジングに関するビジネスもこれに比例して飛躍的に伸びています。

「世の中、金で買えないものはない」と豪語した某IT企業の創業者が、「晩年に」このアンチエイジングに嵌っていたので、胡散臭いものだという偏見を持ってしまったのですが、この本を読んですっかり変わりました。

これからは、アンチエイジングの時代だ!

私は惹かれたのは、アンチエイジングが一種の精神論に近いからです。宗教的にまやかしにとらえられてしまうと困るので、もっと軽く言えば、結局、アンチエイジングとは「『心掛け』一つで、人は、長生きできるという」生き方論だったのです。単に薬に頼ると「恐ろしい副作用がある」と、著者は警告も忘れていません。

全米アンチエイジング学会の合言葉の3原則が、

第一原則「私は死なない、と強く思うこと」

第二原則「死なないために、病気にならないこと」(精神的、肉体的に)

第三原則「病気にならないためには、心と体にプラスなことを常に心がけること」

なのです。

真面目な大人が最初にこれを読めば、「人間が死なないなんて、そんな馬鹿な」と笑ってしまうことでしょう。しかし、結局は「心掛け」の問題なのです。

遺伝子工学の観点からすると、人間の寿命は最大限124歳まであるといいます。その根拠は、人の細胞分裂は2年で1巡し、62回の分裂で、生命調整機能を持つテロメアと呼ばれる物質がすべて失われてしまう。従って、124年が寿命になるというのです。

ですから、70歳、80歳で死んでしまっては、もったいないというわけです。「人生50年。下天のうちを比ぶれば、夢幻の如し」と言った織田信長に聞かせてやりたいくらいです。

著者は、「あと10年、今の健康を維持しなさい。そうすれば、124歳も夢ではない」と言うわけです。

A4Mのクラッツ博士は、今後の医学の進歩によって、心臓病は2016年までに完治し、糖尿病は2017年でなくなり、アルツハイマー病も2019年に存在しなくなり、ガンは2021年までに克服され、エイズなどの感染症も2025年には治療薬が完成しているといいます。

いやあ、すごい話です。

もっと書きたいので、続きは明日。

アンチエイジングの話

アッピア街道

最近、人と会う約束しても、ほとんど断られてしまいます。理由は「忙しい…」「急に仕事が入った」「日程が合わない…」

要するに、プライオリティの問題なのでしょう。北海道に行く前は、毎月1回は会っていた人でも、東京に戻ってくると「流れ」が変わっていて、「私なし」で物事が進んでいて、特別に時間を作って、あまえなんかと会って話すこともないということになっていました。

会社の組織でも同じでしょう。いくら「この会社は、俺で持っている。俺がいなければこの会社は動かない」と気張っていても、「俺」がいなくなれば、代わりのものがいくらでもいるし、何事もなかったように組織は動きます。

創業者でさえ、裁判沙汰を起こせば、いくら株式を所有しても、後任者から「もう、創業者とはコンタクト取るつもりはありません」と言われる時代なのですから…。

ところで、人が会ってくれないおかげで、最近、素晴らしい本に巡りあっています。これも「偶有性」ですが、嬉しいことに「はずれ」がありません。2日に一冊の割合で読んでいます。このブログの熱心な読者の方は、ご存知ですが、面白い本は、追々このブログで紹介しています。最近、「誰それと会って、どこに行った」という話がないのは、そういう事情です。

前置きが長くなりました。とはいえ、この後も前置きになると思います。この本に関して、何回か分けて、じっくりと紹介したいと思うからです。

浜田和幸著「団塊世代のアンチエイジング」(光文社)です。

この本を何で買ったのかと言うと、著者を知っているからです。一度、仕事で帯広でお会いしました。大変、大変、饒舌な方で、1時間半の講演のあと、一人で2時間くらい喋り続けていました。時間があれば、5時間は平気で喋っていたと思います。

「フランスでは、すでに、水で走る自動車が開発されたが、石油業界の猛烈な反対と陰謀で、その実用化が封鎖されている」といった眉唾ものの話から、自宅が東京の高級住宅街にあり、銀行から高額の借入金(金額まで教えてくれました)のために、原稿や本を書き続けなければならないこと。この高級住宅街に住む某有名女優が、年間3千円の町会費を払わないこと。某有名ニュースキャスターの家庭が、ゴミの日を守らず、周囲で顰蹙を買っていること。その息子が親の権威を笠に着て、悪さをすることーなどを、あっけらかんと話してくれました。

さて、この本に関しては明日。

成功とは?

フォロロマーナ

昨日、書き忘れたことがありました。茂木氏の「脳」整理法の中で一番、印象深かった言葉です。そのまま、引用するのではなく、自分で噛み砕いて記してみます。

「…人生とは、必然であり、偶然である偶有性でに支配されている。ということは、いつでも、どんな時でも、状況はどうなってしまうのか不確実なのである。成功するかどうか分からない、どうなるのかわからないという不安な気持ちを乗り越えて挑戦し、そのことによってわずかでも成功する体験が一度でもあると、『不確実な状況下で挑戦する』という脳のルートが強化される。脳が強化されれば、そのような行動が、それからは、苦労しなくても無意識にとれることになる」

とにかく、勇気を出して「行動」して、何かを「発見」して、それらを「受容」すれば、精神的な安定を勝ち取ることができるのではないでしょうか。

さて、昨日は統一地方選挙が、全国の13都道県で告示されましたね。

やはり、注目は首都・東京です。14人が立候補しました。

面白いのは、本命の方々はさておいて、「落選確実」ながら、実にユニークな人が出揃ったことです。

お馴染みの発明家がいれば、某宗教団体系のタレント、タクシーの運転手、不動産鑑定士、ストリートミュージッシャン…。あの高島易断の総本家総裁の方も立候補されるのですね。驚きました。

供託金は300万円で、没収されるでしょうが、これらは都の予算に計上されるのでしょうか?どなたかご存知の方は教えてください。ついでに、ホリエモンは5億円の保釈金を払ったらしいのですが、このお金はどこに消えてしまうのでしょうか?…夜も眠れません。

「落選確実」ながら立候補した彼らも、勇気を出して「行動」したのですから、何かを発見することでしょう。他人がとやかく言うことではありません。所詮、人間なんて芥子粒みたいな存在なのですから。

茂木健一郎「『脳』整理法」

ローマ

公開日時: 2007年3月22日 @ 19:05

アメリカに住む従兄弟のYさんから茂木健一郎氏の「『脳』整理法」を薦められました。

今売り出し中の気鋭の学者で、テレビにも出演し、現在最も忙しい脳科学者と言われている人です。

女性週刊誌にも取り上げられ、正直、あまりにも脚光を浴びているタレントっぽい人なので、敬遠していたのですが、この本を読んでビックリ。すっかり偏見は飛んでしまいました。

もしかしたら名著かもしれません。久しぶりに赤線を引きながら読みました。

茂木氏は、さかんに「偶有性」という言葉を使っています。「いつ、どこかで、確実に起きる」ということとは正反対で、「半ば偶然に、半ば必然に起こる」という意味です。

人生はその偶有性の産物だというわけです。泣こうが、喚こうが、たかだか、百年あるかないかの人生。そんな個人の人生は、宇宙の「永遠の相の下」では、ゴミクズ以下の存在で、いてもいなくてもいい。所詮、人生に、確実な根拠になるものなどない、というのが結論に近いのです。

赤線を引いた箇所は…

●「人間の時間(生活実感)」にとって、「今」は特別な存在とみなし、我々の生活を支えているが、宇宙の全歴史を一気に見渡してしまうような「神の時間」(科学的世界観)からみれば、「今」の時点は何の特権もない。人間の思索は、科学的な世界観の中では、ナンセンスなものとして片付けられる。

●宗教家が、輪廻転生や因果応報の思想のもとに、前世や死後の世界はあると教えてきたが、科学的世界観では、それらは否定される。「私」の時間は誕生とともに生まれ、死とともに消える。その前にも後にも何もない。

●永遠に心理的現在に閉じ込められながら、さまざまなものを「今」に引き寄せようとする人間の必死の努力が、現代科学が公式的には「勘違い」と片付ける様々な宗教的、哲学的概念を生んできた。

(宗教や哲学は、所詮、人間の勘違いなのか?)

●ある程度規則があり、またある程度ランダムであるという人生における偶有性とは、実に味わい深い。…時に無秩序で予測がつかないもののように見える宇宙の中の事象にさえ、ある程度の規則性を見出そうと試みる脳の働きには、人間の「世界が意味のあるものであってほしい」という祈りが込められている。

●生きることを不安に感じることは、ときに避けられないものであるが、できれば楽しんでしまった方がいい。不確実性を楽しむという「生活知」は、そもそもこの世界の本質、とりわけ生の本質は「偶有的」なものであり、不確実性は避けられないものであるという認識のもと、「覚悟」を決めることによってこそ得られる。

●「果報は寝て待て」ではなく、とにかく具体的な「行動」を起こすこと。そして、偶然の出会い自体に「気づく」こと。さらに、素直にその意外なものを「受け入れる」(受容)ことが、偶然を必然にするために必要不可欠な要素。

●偶然の幸運に出会う能力とは、偶然のチャンスを生かすという心掛けと脳の使い方。

●アインシュタインは「人間の価値は、何よりもその人がどれくらい自分自身から解放されているかということで決まる」という言葉を残した。ますます緊密に結びついて現代の地球社会における人間の価値は、何よりも、ときには違和感さえ覚える他者を排除せずに、自分を耕す肥やしとして尊重できるか、その点にこそかかっている。

●科学的世界観とは、理想的には、あたかも「神の視点」に立ったかのように、自らの立場を離れて世界を見ることによって成り立つ。これを生活の中にほんの少し処方するだけで、静かで美しいライフスタイルを見出すことも可能。

●人生がうまくいくかどうかは、その多くが不確実性に対する対処の方法によって決まる。不確実性を避けて、確実なことばかりやっていれば、先細りになる。かといって、不安のようなネガティブな感情に支配されてしまうと、不確実性に積極的に向き合っていく勇気が生まれない。生きる中で、確実なことは何もないという現実は実に厄介な問題だが、大切なことは、ネガティブな感情は決して意味がないわけではないと気づくことだ。否定的な感情も、私達人間の生を支える「感情のエコロジー」の中で意味があったからこそ、進化の過程で生き残ってきた。

●高度に発達した人間だからこそ浸ることができる複雑で豊かなプロセスとして、後悔や怒り、嫉妬、不安、自己嫌悪、自信喪失といったネガティブな感情は立ち上がっている、しかし、これらをいたずらに否定したり、抑圧したりしないで、じっくりと付き合ってみること。極端に言えば、これらもまた、この世界が私たちに与えてくれた福音であることを納得し、受容することが重要。

●感情というものが自律的なものであることに着目すると、「根拠のない自信」を持つことが、偶有的な世界と渡り合うために、案外大切であることがわかる。もともと、自信とは根拠のないもの。そもそも、生きていること自体に根拠がない。みな、何となく平均年齢までは生きるだろうと思い込んでいるが、それは、根拠のない楽観的な憶測にすぎない。いつ不測の事態が起こって、人生が終わりになるかわからない。

以上

私自身は、ここ10年近く捉われていたアポリア(難問)に少し回答をもらった気がしました。

皆さんはいかがでしょうか?