文語ブーム

文語文がブームだそうですね。

とはいえ、実際に文語文に接するとなると、教養がないとなかなかついていけません。

たまたま、人気、文語サイト「文語の苑」にある岡崎久彦氏による「蹇蹇録」の解説で、「嚼蝋の感なき能ず」という言葉を説明していますが、まず、漢字が読めません。

「嚼蝋(しゃくらふ)の感なき能(あたは)ず」と読み、「砂を噛むよりもその含蓄は深いものがある」ということだそうです。昔の教養人はこういう言葉がすっと出てきたのでしょうが、戦後教育を受けた人間にはまず太刀打ちできませんね。

何と言っても、パソコンでは、すっと漢字が出てきません。

とはいえ、志を持って、これから少しずつ勉強してみようかと思っています。

パソコンなどしている暇ないですね。

ちなみに「蹇蹇録」は…あ、これは説明するまでもありませんね。「易経」から採った言葉(「蹇蹇匪躬」=心身を労し、全力を尽して君主に仕える意)です。

お暇な方へ

大型連休の真っ最中ですね。
まさか、ネットにアクセスする人は少ないだろうと思っていましたが、予想通りでした。
家にこもってパソコンをしている暇があるなら、外の新鮮な空気を吸ってください。

さて、目下、izanamiさんという人のブログが非常に評判を呼んでいますね。

私も週刊誌で知って読んでみましたが、なかなか過激です。筆者は、韓国籍の若い女性で、4月から教職の職業についているようです。

どれくらい過激かと言いますと、例えば、

「北の工作員を引き渡せと要求するなら、侵略戦争の首謀者である日王を引き渡しなさい」
といった具合です。

日本で教育を受けた人間であるならば、「日王」という言葉そのものは聞いたことがありませんが、意味は想像できます。

また、レッドソックスに移籍した松坂投手については、「化けの皮が剥がれた。下り坂の投手を高給で買ったレッドソックスに見る目がなかった」
と言いたい放題です。

最初は若い女性に名を借りて、年配男性のインテリが日本批判をしているのかと思いましたが、どうやら本人のようです。

これだけ過激だと、注目度も相当大きいらしく1日で20万件以上アクセスがある日があるようです。1週間だと140万件。日本を代表する週刊誌より読者が多いのですから、その影響力は無視できません。

いやはや、すごい時代になったものです。

もっと怒れ!

損保保険会社大手6社による自動車保険などの保険金不払いが、2002年4月から05年6月にかけて、合計約38万件、約294億円に達したことが分かりました。

もっと、怒ってもいいのではないでしょうか。

大手6社とは、「東京海上日動」「損保ジャパン」「三井住友海上」「あいおい」「日本興亜」「ニッセイ同和」です。まだ、調査中の社もあり、さらにこれらの数字が増大するということで、呆れてしまいます。

朝日新聞に連載されている「あなたの安心」によると、テレビのCMで盛んに宣伝されている「誰でも入れる保険」に入って、入院しても給付金が支払われないという苦情が全国の消費者相談協会の窓口に寄せられているそうです。

例えば、心臓や目の病気になって入院した場合、原因が保険契約前の高血圧や糖尿病にあると判断されると、給付金が支払われないケースが多いというのです。

つまり、「誰でも入れる」からと言って「誰でもお金をもらえる」わけではないのです。

まさしく、誇大広告の極地。

しかし、冷静に考えてみれば、会社が誰にでもお金を払っていれば、遅かれ早かれ、お金がパンクして支払えず、倒産してしまうのは火をみるより明らかです。何も高いテレビCMを払ってまでして、善意に事業をしているわけではないのですね。しかも、はるばる海外から。あくまでも、商売商売、ぼろ儲けが目的なわけです。

騙されてはいけません。

 

さようなら ジョン君


ジョンが死んだ。とは言っても、ジョン・レノンの話ではありません。
アイリッシュ・セッターのことです。12年の生涯でした。自分のことを犬だとは思っていなかったようです。
散歩していて、他の犬に出くわすと、目を背けていました。それどころか、積極的に逃げていました。犬嫌い。何というか、厭世家でした。
それでいて、大の人間好きでした。たまに私が遊びに行くと、飛びかかってきて、千切れんばかりに尻尾を振ってくれました。
もう、最近では、4、5年会っていませんでしたが、めっきり歳を取って、白いものが目立ち、病を得て亡くなりました。人間の生老病死を地で行くような生涯でした。
それにしても、ドッグイヤーとはよく言ったものです。犬の一年は、人間の七年に相当すると聞いたことがあります。でも、あっけないですね。
私が飼っていた犬ではありませんが、今は何となく「ペットロス」状態です。
ジョン君の冥福をお祈りします。

努めて明るく前向きに

米国パーデュー大学などが最長12年間にわたって調査した結果によると、性格が穏やかな人の方が神経質な人よりも長生きするそうです。

同大学のムロザク准教授は「血圧を下げようと心掛ければ、心臓発作のリスクが減るように、性格を円くしようと考えれば、死を避けられる」などど面白いことを言っています。

心掛け一つで長寿が約束されるのなら、これほど安上がりのアンチエイジングもないですね。何があっても、「決して怒らず、いつも静かに笑っている」。努めて明るく前向きに過すしかないようです。

そういえば、「世の中に存在する悩みは大したことはない」という人がいました。

確かに人間ですから、悩みのない人はいないでしょう。嫁姑の問題、子供の非行、夫婦関係の危機、進学就職結婚問題、遺産相続、倒産転職、病苦、多重債務、容姿、疎外感、虐め、絶望、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦…

本人にとっては、地獄の苦しみでしょうが、ただ、健康で、明日の食べ物のことで心配することなく、雨露をしのぐ寝所を確保さえできれば、これほど幸せなことはない、ということをその人は言いたかったようです。

要するに、これらの四苦八苦の悩みは、そもそも人間に生まれてきたからには解決できないものなのです。

となると、悩まないのが一番なのです。

それでは、悩まないためには、どうしたらいいのでしょうか?

私は、一人のプロ野球の老監督のことを思い出しました。この人は、功なり名を遂げて既に鬼籍に入られた方ですが、四六時中、野球のことばかり考えていました。ゲーム、練習中はもちろん、夜の街に繰り出してグラスを傾けている間でも、話すことは野球のことばかり。まさに寝ても醒めても野球のことばかり考えていました。

1年365日、野球のことばかり、考えていたのでは、悩むことを考える暇はないでしょうね。もちろん、老監督も人間ですから、人並み、いやそれ以上に悩みはあった(存在)でしょうが、考えの中に悩むが入り込む隙がなかったのではないかと推測しているのです。

やはり、解決などできないのですから、底なし沼の泥に足を取られる前に、悩まないのが一番なのです。

私はそう考えています。

宣伝告知です

知人、先達、友人、先輩、後輩…の方々の告知です。

●このブログで何度も紹介したアンチエイジングの本を書かれた浜田和幸氏が、ラジオにご出演されます。

4月29日(日)午前7時から、文化放送で、竹村健一の「世相」でゲストとして、出演し、色々とアンチエイジングについて発言されるそうです。ご興味のある方は、ご一聴を。

●作家の加藤廣さんが、「信長の棺」「秀吉の枷」に続く「本能寺三部作」の完結篇、「明智左馬助の恋」(日本経済新聞社刊、1900円)を刊行されました。初版は5万部だそうです。こんな所に書かなくても、売れるでしょうが、既刊2部で既に50万部以上売れているそうです。

●狂言師の善竹十郎さんが6月に「日伊喜劇の祭典」の「いたち」にご出演されます。静岡、名古屋、東京、京都、大阪と巡回します。助成金が出ているようで、入場料は3500円と割安です。

以上

以前、このブログでも紹介した帯広畜産大学の哲学教授・杉田聡氏の「クルマを捨てて歩く」をやっと手に入れました。絶版になっていたので、市場以外からです。

杉田氏は、自宅から大学まで、片道25分という距離を歩いているそうですが、その程度なら、私も毎日歩いていました。私は通勤で片道40分は歩いていますから。

しかし、すごいのは、杉田氏は、歩きながら勉強してしまうことです。ジャン・ジャック・ルソーも歩きながら本を読んでいたそうですが、杉田氏は、3ヶ月間でイタリア語をマスターし、現地でボッタクリ・バーの客引きに捕まった時、イタリア語で応酬したそうです。また、「論語」も約2週間で読破したそうです。

 

洞爺湖万歳

2008年夏のサミットの首脳会合が北海道の洞爺湖地域に決まりましたね。

おめでとうございます!

私も一昨年の夏に行きましたが、いい思い出だけしか残っていません。世界に誇れる景観です。

主会場は「ザ・ウィンザーホテル洞爺」というこですが、そこは行った事がありません。

何しろ、安い部屋でも1泊4万円前後、スイートルームとなると10万円前後ということですから。

今年の7月には1泊136万円5千円の部屋も登場するとか。全く、お呼びでない。

この豪華高級ホテルは、バブルの遺物です。床は1億年から2億年前のイタリア製の大理石が使われ、1993年6月に会員制高級リゾート「ホテルエイペックス洞爺」として開業しました。総事業費665億円。その大半を拓銀グループが融資し、このおかげで、97年の拓銀破綻につながるわけです。

2000年にセコムグループが約60億円で買収して、02年に営業再開しましたが、今回、このホテルが主会場に決まったのは、背後に政治的暗躍も匂いますね。安倍さんとセコム創業者の飯田さんは仲がいいのでしょうか?

あ、余計な話でした。

私は北海道が話題になるだけで、嬉しいです。でも、偉い人の皆さん、あまり洞爺湖を汚さないでくださいね。この通り、綺麗な湖ですから。

根津躑躅祭り

根津神社の躑躅祭りに行って参りました。(入園料200円)

花も綺麗、空を綺麗、大地も綺麗、満開、幸せ一杯の春爛漫の日でした。

参道の横で、店が出ていて、躑躅が4万6500円で売っていました。

大きさと比較して、鑑賞した躑躅の一株あたりは、20万円から30万円くらいの値が付くことでしょう。

それが、500株くらいありましたので、実に壮観でした。

帰りに根津の老舗「うさぎ」で、浮かれて一献傾けました。

この店の名物料理「賀茂茄子の蟹揚げ出し」を食しました。

フキノトウの天麩羅、ソラマメ、カマス…旬のものと、お酒は米沢の「東光」。ほどよい辛口で、いけるいける。

横には21歳のMさん。会話も弾みました。

 

当てにならないランキング

今や、何でもランキング時代で、音楽のCDランキングをはじめ、映画のDVD、どこそこのラーメン、イタリア料理店、温泉、旅館、ホテル、ベストセラーブック…何でもかんでも、順位が付けられ、消費者はその動向に気を取られます。

かくいう私も、先日、MDプレーヤーなるものを、その店の売れ筋ナンバーワンのものを買いました。もちろん、気に入ったからではありましたが、かくして、売れるものはさらに売れて、売れないものはそれなりになるという公式になるのでしょう。

しかし、あまりにもこのランキングに左右されるとしっぺ返しを喰うことにもなります。おいしいという評判の銀座のラーメン店に行きましたが、高いだけで、味は今ひとつ。親父も「評判のラーメンを食べさせてやる」という傲慢な態度だったので興ざめしたことがありました。

先日も、新聞(日経)で、売り上げを伸ばすために、出版社の編集者が、書籍通販サイトで一般読者を装って、満点の5点を投票して「絶賛」したことがある、と告白していました。こういうのを何と言うのでしょうか。マッチポンプというより、何ともひどい、詐欺行為に近い、いや、詐欺行為そのものでしょう。

困った問題です。

能六百年

今日は久しぶりに「おつなセミナー」。

ゲストは横浜能楽堂副館長の中村雅之氏。能の六百年の歴史の概要を伺いました。メモ書きしますと…

「能」というのは江戸末期から明治にかけて定着したもとので、本来は神事の際に行われた「猿楽」が正式名称でした。これに農耕の際に行われた「田楽」結びついたといいいます。

寺社などで興行を行っていた「大和猿楽四座」が歴史的な流派になります。「観世」「宝生」「金春」「金剛」です。これに、江戸時代になって「喜多」が加わって、五流派となります。猿楽はそもそも、「翁」を最初に演目にして「五番立て」にして上演していました。従って、翁専属役者が、今で言う主役と興行権を兼ねていましたが、足利義満が、翁役者以外にも上演を許可したため、四流派が確立したといいます。

能といえば、歴史的に織田信長が最も庇護していたように思っていたのですが、実際の最大の庇護者は豊臣秀吉。朝鮮出兵の際の名護屋城にも能舞台を作っていたそうです。

能は、江戸になって、古典的な教養が必要とされる政治サロンになります。諸国大名が競って庇護者になり、高価な能面や能装束が作られます。城が作れる程、莫大な資金が能関係に費やされたようです。これらの高価な能面や能装束は、明治になって大名が没落すると、海外に流出します。米ボストン美術館やドイツのライプチッヒ美術館などにかなりの数が収蔵されているそうです。

能は古典的教養が必要とされるので、明治になって、足軽から成り上がりの教養のない伊藤博文や井上馨らには入り込む隙間がなかったそうです。

能の合間に上演される狂言は、大蔵流が主流です。かつては、観世流の専属の鷺流があったのですが、明治になって消滅したそうです。

現在、「金剛流」は京都で東京では千駄ヶ谷の国立能楽堂が本拠地。「金春流」は奈良で、同じく東京は国立能楽堂。「観世流」は、渋谷の松涛、「宝生流」は東京・水道橋、「喜多流」は、東京・目黒、「観世鉄仙会」は東京・表参道。

銀座にある金春通りは、江戸幕府が金春流の能役者らに屋敷を与えたところからその名が残っています。毎年、8月の第一土日に「金春祭り」があります。金春通りの道路上で、能が上演されるそうです。一度見に行ってみようかと思います。中心舞台は「金春湯」辺りです。金春通りには有名な高級寿司店「九兵衛」がありますね。

いずれにせよ、最近、能を見る機会がめっきり減っていました。古典的素養がなければ、ついていけないことは確かです。「能は敷居が高い」と言われても、そもそも、大名クラスしか見ることができなかった舞台でした。今のように民主主義の時代になって、誰でも見られることになったことは有り難いことですが、やはり、古典的素養の失った現代人は敬遠するようになりました。ですから、「能は敷居が高くてもいい」という論理も成り立つわけです。しかし、現代は大名ほど財力を持ったパトロンは稀で、偶に成り上がりが出てきても、「金儲けして悪いですか」と居直ったり、「金で買えないものはない」と豪語する輩ばかりで、文化や教養に投資しようという奇特な人間も出なくなりました。

要するに、文化は時代を反映するわけです。