ゆすり、たかり、おいはぎ…

柏崎に同行してくれた岡末君は、ピアフに負けないくらいな波乱万丈な人生を送っているのかもしれません。

何しろ、今の彼の周りには「ゆすり」「たかり」「おいはぎ」に囲まれているからです。彼は東京都心の超一等地に住んでますが、地の利がいいせいか、外国人が転がり込んできて部屋を占拠して、居候しているらしいのです。もちろん、本人納得の上なのですから、何ら問題はないのですが、家賃というか部屋代を一銭も払っていないというのですから、私のような他人から見ると、人の良さに付け込んだ「たかり」に見えてしまうのです。

本人のプライバシーもあるので、詳細は書けないのですが、彼の友人の幸田君は、100万円以上も彼から借りているのに、これまた、一銭も返してくれないというのです。そのうちのいくらかは、その友人のお子さんの学費だというらしく、私なんか、いくら友人だからといって、他人から自分の子供の学費を払ってもらうなんて、とても、そこまで思考は及ばず、単なる「おいはぎ」に見えてしまいます。

彼は、とてもtalkativeな人間で、車の中ではずっとしゃべり続け、1日、5時間しか寝なくても大丈夫なそうですから、食事中でも、シャワーを浴びながらでも、1日、19時間くらいしゃべり続けることができる感じでした。

ですから、ここに書いていることは、ほんの1部で、書けないことがたくさんあります。

「僕の人生を小説にしたら売れるかもしれないよ」と彼は言ってくれるほどでした。

彼は、本業の傍ら、「拡張拡大菌」とか呼ばれる乳酸菌に近いもので作った健康食品を販売する副業にも手を染めています。ネットで検索すると出てきます。

何しろ、ペットボトル(大)に入った「拡張拡大菌」入りの溶液が5万円もするというのです。

「何に効くの」と私が聞くと、「何にでも効く。俺も下痢が治った。とにかく、幸田君からは、ごちゃごちゃぬかさないで、とにかく、何が何でも売れと言われている」と彼は言うではありませんか!

私なんか「そんなものインチキで、ペテンでしょう?また、騙されたね」と、大声で説得してあげたら、彼は「そうかもしれないね」と、少しは聞く耳を持ってくれました。

「もう幸田君とは、コンタクト取らないよ。健康食品もホームページに“インチキ”と書いてやるよ」と、彼は言うまでになりました。

彼とは、6年ぶりくらいに会いました。まあ、古い若い頃の友人ですから、私の言うことは、少しは聞いてくれたので、本当によかったと思います。

これで「おいはぎ」は退治できましたが、「ゆすり」「たかり」の方は難しそうです。何しろ本人が納得して迎え入れているからです。

誰が言ったか知りませんが「人生は、自分が作っている」という言葉が身に染みます。

※登場人物は、仮名です。また、「拡張拡大菌」も仮称です。実際にホームページはあるのですが、この言葉から類推して検索すれば、行き着くことができるかもしれません。

「エディット・ピアフ 愛の讃歌」

映画「エディット・ピアフ 愛の賛歌」(オリヴィエ・ダアン監督)を見に行ってきました。

 

ピアフ役のマリオン・コティヤールがすごい熱演で、「そっくりさん」なのかもしれませんが、本物のピアフは、私は声では何度もレコードやラジオを通して聴いていたものの、「動いている姿」はほとんど見たことがなかったので、似ているかどうかは分かりませんが、とにかく、まるで、本物以上に見えました。(すごい日本語ですね)

映画は一人で見たのですが、終わってから、ちょっと人と会う約束をしていたので、あまり泣くわけにはいきませんでした。あまり無様な姿は晒せませんからね。それでも、どうしても我慢できなくなって、感涙にむせぶシーンが何度も出てくるので、困ってしまいました。

年表をみると、ピアフは1915年に生まれ、1963年に亡くなっているので、48歳の若さで亡くなっているのですね。コティヤールは、18歳くらいの小娘から、晩年の亡くなる頃までを演じていましたが、晩年は、酒と麻薬と心労で心も体もズタズタに成り果てて、杖なしでは歩けず、歯もボロボロ、髪の毛も薄くなり、80歳くらいの老婆にみえました。すごいメイキャップです。

この物語の主軸は何なのでしょうかね。歌手として富と名声を得たピアフですが、生まれた頃の境遇や、好きな人が不慮の事故で亡くなったりしたこと(ボクサーのマルセルが飛行機事故)や、これでもか、これでもかというくらい「不幸」が襲ってくることです。ピアフは、それらの不幸に負けないのではなく、どんどん、失意の果てに酒や麻薬に溺れて、どんどんどんどん転落の人生を歩んでいってしまうのです。

救いは彼女の天性の声と歌唱力でしょう。彼女が歌うからこそ、その歌が人生となり、まるで「3分間のドラマ」が展開されるのです。主題曲の「愛の讃歌」をはじめ、「パリの空の下」「パダン・パダン」「水に流して…私は後悔しない」など、彼女の名曲が次々とドラマに合わせて登場します。脳みそがグルグル回るようでした。

あれだけの歌唱力ですから、歌声は本物のピアフのアフレコだったそうですが、コティヤールの声は、随分、ピアフの声に似ているように聞こえました。熱演の成果でしょうが…。

映画の世界にどっぷり浸かってしまったので、何か苦しくて切なくて、見終わっても、溜息ばかり出てきました。