退職金疾風録

イタリア・ヴェローナ

個人的に長い間親しくさせて頂いている先輩の北浦さんが、最近長年勤めていた会社を定年退職されて、「俺もこれで『終わった人』だよ」と落ち込んでおりました。

「終わった人」とは、内舘牧子さんのベストセラー小説のタイトルで、今図書館で予約しても300人ぐらいの予約待ちになる本です。

自分で買えばいいのですが、この種の本を読みたい人は大抵が定年退職者で、年金暮らしは、本も買えない貧乏人なので、こういう事案が生じるわけです(笑)。

さて、その北浦先輩から、一昨日の日曜日の夕方に酔っ払って電話がありました。

「おい、渓流斎君や。ゴルフの日本オープンを見たかえ?24歳の松山英樹が初優勝したけど、優勝賞金、幾らか知っとるけ?」

「し、知りませんが…」

「4000万円だで!よ、よ、4000万…。ワシや、40年近く勤めた会社の退職金がその半分の2000万円だで。4日間で4000万円と40年間で2000万円…。情けなかぁ…」

北浦先輩は、酔っ払って、そのまま眠りこけてしまいました。

そこで私も、地震予知のように30年以内に確実に、そう遠くはない将来やってくる定年退職に思いを馳せて、昨日発売の「週刊ダイヤモンド」を710円で購入しました。「退職金・年金」を大特集していたからです。

ちなみに、最近の「週刊ダイヤモンド」は、経済誌を標榜しながら、一見経済誌とは関わりがないような宗教団体を特集したりして読み応えがあります。

いやあ、驚きました。最近の企業の25%近くが退職金を支給しないというのです。これでは、北浦先輩のように、一つの会社を40年も勤めあげる人が減ってくるはずです。

何しろ、退職金の金額は超機密の個人情報ですから、なかなかその実態は分かりませんが、それでもこの雑誌を読むと大雑把なことが分かります。意外と銀行の退職金が少ない。銀行の場合、50歳ぐらいで、執行役員として残れる人と残れない人との棲み分けが決定され、取締役として残った人の退職金は、それはそれは目が飛び出るほど高いでしょうが、残れなかった大半の人の現実は、一般企業と変わらないのですね。

退職金は、銀行に振り込まれますから、退職者はその銀行のカモになることも暴かれていました。何しろ、これまで見たこともないような大金を手にするわけですから、誰でも舞い上がってしまいます。

まず、支店長がわざわざ来訪します。その時は、退職金の話は一切しません。でも、次には若手の営業マンを連れて来て、結局は、高価な金融商品を買わされるというのが、奴らの手口なんだそうです。

例えば、「退職金優遇プレミアム」とか何とかいう金融商品です。これは、年率6%の超高額金利が「あなただけに」「特別に」つくという代物です。今は、マイナス金利の時代ですからありえない数字です。

しかし、営業マンが絶対に説明しない、老眼メガネを掛けても読めない細かい字で書かれている契約書には、ちゃんと金利の優遇期間が「3カ月」と書いてあります。つまり、年率6%を謳い文句にしてと、実質は年率1.5%ということです。しかも、投資した半分は、投資信託に回されると書かれており、その投資信託を購入する際、手数料30万円が「自動的に」差し引かれるというのです。

話を単純にすると、北浦先輩が残りの人生をやり繰りする退職金2000万円をこの「退職金優遇プレミアム」に預けた場合、半分の1000万円に年率1.5%の利子が付きますから15万円を取得。しかし、残り半分の1000万円は、投資信託に回されて30万円手数料で持って行かれます。

購入当初から差し引き15万円も銀行さんに寄付しているようなわけです。

同誌は、このように騙される人を「退職金バカ」と呼び、養老孟司さんのように「バカの壁」を乗り越えなければいけないので、自分で勉強して「金融リテラシー」をつけなければいけない、と主張しておりました。

確かに一理ある話でした。