欧米語と日本語における比較対照に関する言語学的考察

東京・銀座

昨日、rightは、「右」と「正しい」という二つのまるで違う意味を持つ、と書きながら、英米人はrightと言った時、「正しい右」と考えながら言うものなのかなあ、などと色々と考えてしまいました。

しかし、後でよくよく考えてみますと、話は単純で、全く考えていない、という結論に達しました。

例えば、日本語で考えますと、何でもいいですが、「小川」を例に挙げてみます。♪春の小川はサラサラいくよ♪の小川が本来の意味にしても、名前が小川さんの場合、川のことなどサラサラ考えません。小川さんの顔や声色、仕草などを思い浮かべることでしょう。

日本語には同音異義語が沢山ありますが、交錯しないようにうまく脳が処理してくれます。

ドイツ語で、小川はバッハですが、ドイツ人は偉大な音楽家と川と即座に区別するのと同じでしょう。

rightに関しては考え過ぎてしまいました。

◇濁音は不吉か?
ところで、にんどすさんからのコメントで、「何で、濁流斎になっただあぁぁぁ」との御下問が御座いました。

はい。これも深い理由がありまして、たまに「渓流斎」から「濁流斎」に変身することがあることを、どうか弁えくだされ(笑)。

これまた、言語学的考察ですが、日本語でネガティヴな意味を持つ言葉は、濁音が多いですね。濁流もまさしくそうですが、残酷、地獄、罵詈雑言、ぞんざい…。

それに比べて、やはり、渓流、清風、平安、恋愛、遊興…いいですね。ナイスですね。

欧米語のような表音文字は、言葉そのものを見ても意味を成しません。発音されて初めて意味を持ちます。例えば、フランス語の「たくさん」は、beaucoup ですが、このスペリングに意味を成さないので、英語のようにbocu と綴っても、発音さえしっかりしていれば、意味が通じるわけです。

だから、フランスでは、よく「言葉は意味の影に過ぎない」などと言われたりします。

逆に、日本語や中国語は表意文字ですから、発音されても、意味が良く分からないことがあります。漢字表記を見て初めて誤解していたことが分かったりします。

同音異義語が多いので、パソコンの変換間違いも多くなるわけです。

先日も、大手マスコミの記事の見出しで、政策投資銀行の略称を「政投銀」とすべきところを、「政党銀」と書いて大間違いしておりました。

ネットで記事を愛読されている京都にお住まいの私立探偵さんが発見しました。