安倍首相よりもナベツネさんの方が上手でした

あらま。Sioriさんという方からコメント頂きました。どうも有難う御座いました。

「失礼があったら…」だなんて…こちらは嬉しい限りです。毎日、北の若大将さんのように、暖簾に腕押しのような感じで書いておりますから、こうして読者様からの反応を頂けると励みになります。

長い間、この渓流斎ブログをお読みになっていらしたら、お分かりかと存じますが、このブログは通勤電車の中でスマホで書いております(笑)。

最近は、どうもワンパターンになっている気がしていたので、まさに救いのお言葉でした。

でも、本当は、電車の中で一人、ニヤニヤしながら書いているのです。我ながら不思議な力が出てきて、筆が勝手に進みます。昨日も本気で北の若大将になったつもりでした。

何か乗り移った感じです。完璧なイタコです(笑)。変なおじさん。コワイですねえ…。

しかし、考えてみましょう。相手の霊が乗り移ってくれるほど、相手の立場を考えない限り、人間は分かり合えないし、お互い「話せば分かる」存在ではないのです。

自分の言動は正しいと思っていても、相手はもっと正しいと思っているかもしれません。国際関係も同じことです。

だから、やたらと「正義」を振りかざして説得しようとしてくる輩や国家は、最初から胡散臭いと思わなければなりません。

いかなるイデオロギーも疑ってかからなければなりません。

こんなことを言えば刺客を送られるかもしれませんが、宗教や聖職者と呼ばれる人たちでさえ、私は構えてしまうところがあります(マイルドな言葉に変換しました)。勿論、法然の残した言葉には素晴らしいものがありますし、キリストの遺訓には感服します。

ただ、そういった権威や力を利用したりカサにしたりして威張りくさったり、他人を支配したりする輩や国家主義者や民族主義者には気を付けなければならないのです。

安倍首相が、自分の信念である憲法改正の理念を表明したいがために、「読売新聞を熟読しなさい」と国会で発言し、マスコミを手玉に取ったつもりで有頂天だったようですが、実際は、読売新聞主筆のナベツネさんが、時の首相を若造扱いにして、まんまと新聞拡張販売員に仕立て上げただけなのです。人生巧者の90歳のナベツネさんの方が一枚も二枚も上手だったということです。

紙が売れればいいのです。どれだけ宣伝効果になったことか!広告代理店様に経済効果を試算してもらいたいぐらいです(笑)。

物事は複眼的に見ないと真相が分からないのです。他人の言うことや報道されていることを一方的に信じ込むのではなく、他の面から考えてみることも一考です。ニュースもドラマもバラエティーもスポーツも、実はスポンサーの意向が大きく働き、視聴者はそれに踊らされていることに気づくはずです。

まあ、毒にも薬にもならないブログですが、たまに覗いてくだされば、もしかして、貴方の知らない驚くべき新発見が見つかるかもしれませんよ(笑)。

北のサイバー攻撃は国家貢献?

北の若大将です。

僕は、国際社会が思っているような独裁者でも愚者ではありません。

トランプ米大統領が仰る通りのスマート・クッキー(頭の切れる奴)です。

お隣の島国の渓流斎が、最高権力者の祖父を批判しているようですが、僕が今あるのはパルチザンだった祖父のお陰です。

何か問題でも?

問題があるとしたら、 本物のパルチザンは暗殺され、祖父は本物に似た影武者だったという噂です。勿論、あれは噂です。そうでなければ、こうして三代続くわけがないでしょう?

ところで、僕が主演する映画「若大将シリーズ」は、2014年の第365作「若大将 ハワイへ行く」で、お隣の島国の「男はつらいよ」シリーズを抜いて、ギネス世界記録を樹立したことは皆さん御存知の通りです。主題歌「レッド・ハワイ」は、我国ではプレスリーの「ブルー・ハワイ」を抜いてナンバーワンを獲得しました。

しかし、ソニーピクチャーズが、僕の若大将シリーズのパロディーで、てゆーか、大胆にも僕を暗殺までする映画をつくりやがったので、サイバー攻撃を仕掛けてやったのです。目には目にを、です。

そして今回。国際社会とやらが徒党を組んで、石炭の輸出入禁止を打ち出して、我国の財政をドン底にまで落ち込ませようという魂胆です。

お隣の島国はかつて、ABCDラインとやらで石油や資源を禁輸されて、まんまと敵の植民地主義者の挑発に乗って自滅しましたから、僕はそんな挑発には乗りませんよ。

我国には世界でも稀にみる超々優秀なITハッカーがいますからね。3歳から鍛えています。我国にはお隣の島国とは違ってブラック企業なんてありませんから、朝から晩まで寝食も忘れて、率先垂範でホワイト企業で働いています。

その優秀な彼らが今回見事にやってくれたのは、ファイアーウォールが甘いベトナムやバングラデシュといった世界30カ国の銀行進出です。

これを、国際社会はサイバーテロと呼んでいるらしいですが、我国では国家貢献と呼んでいます。

今回の彼らの偉業によって、海外口座から90億円ほどの純利益を挙げてくれました。後で彼らには勲章を授与する予定です。我国の立派な資金源になりましたからね。

だから、国際社会が経済的圧力を掛けようが馬耳東風、暖簾に腕押しとはこのことなんですよ。挑発なんか乗りません。僕は、スマート・クッキーなんですから。

ただ、今回の海外銀行への国家貢献で放ったマルウェアは、3年前のソニーピクチャーズで使ったものと照合されて、足が着いてしまったようです。

従って、今、彼らに勲章を授与するかどうか再考しているところなのです。

皆様もどう思われますか?

安倍寛がいたではないか

彩翔亭

フランスは、39歳の中道マクロン氏が、極右政党国民戦線のルペン氏を破って大統領に当選。お隣韓国の大統領選では、革新の文在寅氏が、保守派らを破って当選しました。

いずれの皆様もご当選おめでとう御座います。

特に、マクロンさんは、議員経験もなく、フランス革命後の最高権力者としては、皇帝ナポレオンの34歳に次ぐ若さだそうですね。

中道というのはよく分かりませんが、既成政党ではないので、よく言えばしがらみがないのですが、悪く言えば、基盤がないので議会運営には苦労を強いられることでしょう。

今回の選挙では、大統領になったマクロンさんより、25歳年上の妻ブリジットさんの方に注目が集まりました。

マクロンさんの高校の教師だったそうで、3人の子持ちで夫と別れて、再婚したそうですから、映画みたいな世界です。

プロミエール・ダム(ファーストレディ)となるブリジットさんの実家はお菓子屋さん、というより大きな菓子製造会社だそうで、いわば社長令嬢だったことが新聞記事の隅で報じられていました。

しかも、「売り」が高級菓子として知られるマカロン。銀座では一個2400円もするマカロンが売り出されたと話題になったほどです。

商魂逞しい日本人なら、さぞかし「大統領マクロン」を登録商標して、マクロンのマカロンを売り出すことでしょう。あれっ?マカロンのマクロンかな?(笑)。

韓国の文さんは、日本との慰安婦問題合意を見直すと選挙戦で公言していたので、今後の日韓関係は厳しくなるものと予想されています。

それにしても、中道も革新も保守も、自分で名乗っているのか、メデイアが命名しているのか分かりませんが、こんな名称で、選挙民の判断材料になるのはおかしい気もしています。

なぜなら、こんなあやふやな言い方もないからです。

ルペンさんも、自分のことを愛国主義者とは言っても、極右のレッテルは嫌っていました。

そこで、我が国を顧みてみましょう。

今の安倍晋三首相が尊敬して止まない祖父岸信介は戦後、A級戦犯に指名されながら首相となり、極右とも昭和の妖怪とも呼ばれましたが、戦前は、国民の期待を一身に背負った商工省の「革新」官僚だったわけですからね。

満洲に渡って、ニキ三スケ(東條英機、星野直樹、松岡洋右、鮎川義介、岸信介)の一人として建国間もない満洲の国家運営に八面六臂の大活躍をしたことは皆さんの方がよく御存知でしょう。

航空公園

安倍首相は、この祖父岸信介の背中を追うように戦前回帰の政策(マイナンバー制度、特定秘密保護法、安全保障関連法、そして共謀罪)ばかり打ち出していますが、これはまさしく、皮肉なことに保守ではなく革新なわけですよ。

安倍首相は、滅多に口にしませんが、いつも口癖のように出す母方の岸信介よりも、父方の安倍寛の方を見習うべきではないかと、私なんかは思っています。

安倍寛は旧制四高~東京帝大法卒。東條英機らの軍閥主義を鋭く批判し、勿論、大政翼賛会には参加せず、それでも、無所属・非推薦ながらギリギリ衆院議員に当選して、最後まで反軍閥主義を貫いた保守の政治家です。大政党の金権腐敗も批判しました。

戦中は、恐らく憲兵に監視され、生命の危険に晒されたこともあったでしょう。

戦後は、盟友三木武夫らと日本進歩党に加入し、これからという時に51歳で亡くなった政治家です。

安倍首相は、この父方の偉大な祖父を意識的に避けているように見えます。

讀賣新聞を読もう!

par Keiryusai

昨晩は、飛鳥浄御原の料理店「銀座ろくさん亭」で、検非違使と、ブリュンヒルデ以外の8人のワルキューレらとジビエ料理に舌鼓を打ちました。

昼間の神祇官委員会では、野党のミスター年金がしつこく憲法改正の真意を問い詰めてくるので、「それは宰相として発言したのではなく、与党総裁としての信念を述べただけで、詳細は讀賣新聞を読んでもらいたい」と答えておきました。

讀賣新聞に関しては、「御用新聞ではないか」といったピント外れの批判があるようですが、断じて御用新聞ではありません。我が党の機関紙であり、あたくしのお爺さん以来の信念を代弁してくれる世界最大のクオリティーペーパーであります。

刎頸の交わりである讀賣新聞のナベツネ主筆とは、首相になれなかった我が父が毎日新聞記者時代以来の親友であり、あたくしのことを一番理解してくれております。それは、4月の飯田橋グランドパレス内の「千代田」での密約会談で確認されました。

しかし、讀賣新聞以外の新聞やテレビの中には変なことを言う者があまりにも多すぎます。読むに値しません。何でも「反対、反対」と言って済むと思っている。

par Keiryusai

こんな新聞に限って、あたくしが憲法改正に成功すれば、万歳を三唱してくれますからね。満洲事変以後、部数拡大のために、社説を大幅転換した時と同じです。

あたくしの憲法改正の具体策「自衛隊の明記」と「高等教育の無償化」について、「違憲であり、矛盾する。何も、高等教育無償化を憲法に明記する必要はない」と批判する人がいます。

あたくしも、高等教育無償化に関しては、法律に明記して処理すれば済むわけで、わざわざ憲法に明記することもないかとは思いますが、日本維新の会を取り込むためには仕方がない秘策だったわけであります。

東京オリンピックの年に期限を切ったのも同じです。目くらましになりますからね(笑)。

先人が、治安維持法を通したいがために、普通選挙法を表看板に掲げた同じ手口です。いわば、アメとムチでしょうかねえ。

par Keiryusai

それにしても、渓流斎の野郎は気に食わない。あの野郎は何を考えているのでしょうか。

今、唐軍が白村江に迫ってきてます。唐は最近、世界第2位の経済大国になったからといって軍事費を見たこともないほど増強しております。何度も何度も我が国の領海を侵犯しております。

金氏独裁支配の高句麗情勢がこれだけ緊迫している今日、憲法改正は緊喫の課題です。

他の新聞はどうでも良い。とにかく、讀賣新聞を読んで下さい!

「彩翔亭」は知られざる穴場かもしれません

航空発祥の地

大型連休最終日の昨日は、埼玉県所沢市にあるご先祖様のお墓参りに行って来ました。

もともと、掃台趣味がありますが、歴史に残る有名人とはいえ、所詮、赤の他人(笑)。やはり、自分をこの世に在らしめてくださったご先祖様には感謝を込めて、お参りしなければなりません。

航空発祥の地

まさに、掃台趣味とはよく言ったもので、私のお参りは、お彼岸の時に飾られたお花等の処分やお掃除が目的でした。

霊園は私鉄会社西武が沿線に開拓した広大な敷地を分譲したものです。特定の宗教には限定されていないので、仏教にも色んな宗派があり、キリスト教団のお墓もかなり散見されます。

ウチのお墓の敷地は、かなり広い方だと思われますから掃除が大変です。新緑の季節になり、雑草も生え出して、草むしりも大変でした。

彩翔亭

で、お参りが終わって、霊園の近くの駅に隣接するところに、航空公園があるので陽気に誘われて散策しました。

ここは日本の航空の発祥の地です。詳細はお調べ下さい(笑)。

亡父も志願して陸軍に入隊すると、どういうわけか、航空隊に配属され、この所沢に配属されたことがあるというので、縁が深いところです。

父は、昔は「色盲」と言われた「先天色覚異常」だったため、即、パイロット試験に不合格でした。もし、父が色盲でなかったら、終戦間近でしたから、恐らく、特攻隊にでも採用され、私もこの世に存在しなかったんだろうなあ、と感慨深くなります。

この先天色覚異常は日本人の男性の5%、女性の0.2%いらっしゃるそうですね。遺伝性と言われていますが、私を含む子供である兄弟は誰も遺伝していません。

彩翔亭

父は長じて、運輸省の航空管制官になり、ここ所沢にある航空管制本部で勤務したことがあるので、あらゆる意味で縁が深い土地だったわけです。

私も、この航空公園には、何度も何度も行ったことがあります。週末は大混雑で、駐車場が満杯になりますが、私は既に自家用車は手放してしまいましたので、いつでも行けるのが有難い(笑)。

彩翔亭

昨日は散策し、普段行ったことがない道を通っていたら、見たことがないお茶屋があったので思い切って覗いてみることにしました。

そしたら、あら、ビックリ。

京都と見紛うばかりの立派な雰囲気のある小さな滝も流れる日本庭園まであるではありませんか!看板を見たら「彩翔亭」とありました。

彩翔亭

ただ、看板には何の説明がないので、庭で草むしりをしていた係の人に「こんにちは」と声を掛けて、「この屋敷は、どなたか有名な方の別荘か、所沢市の所有なのですか?」と聞いてみました。

そしたら、「いいえ、(埼玉)県の所有ですなんですよ」と教えてくれました。

へー、知らなかった。こんなところに、こんな落ち着ける茶室と日本庭園があるなんて、わたしとしては大発見です。

彩翔亭

この彩翔亭について、スマホで検索してみましたが、結局、詳しい経緯は不明でした。ただ、ここは日本の航空発祥の地であり、国有地で、埼玉県が無償で借り受けていることが分かりました。

都心から離れていますが、西武新宿線航空公園駅から歩いて程なくしてこの彩翔亭がありますので、皆さんも機会があれば是非。

「文徒アーカイブ」は凄いブログです

par Keiryusai

こうして、毎日、休みなく、原稿料もなく、ボランティアでブログを更新しているというのに、誰にも褒められもせず、苦にもされず、寒さの夏はおろおろ歩いている渓流斎です。

とはいえ、自分のブログは棚にあげて、皆様にご紹介したいブログをある筋からご教示頂いたので、茲でご紹介申し上げます。

「文徒アーカイブス」というブログです。もし、ご興味を持った方は、是非ともご自分で検索して、ご参照下さい。正直、私は、このブログの主宰者御本人は知らない方ですし、勝手にリンクを貼られてもお困りになると思いますので、リンクは貼りません、

このブログの存在をご紹介してくださったのは、名古屋にお住まいの海老普羅江先生です。このブログの主宰者は、海老先生が若き頃、身体を張って、二次団体の若頭として勤しんでいた頃、舎弟筋(直参ではない)として御縁があったそうです。

「文徒アーカイブス」には、驚くほどマスコミの、特に出版業界の裏の裏(となると表じゃん)が暴露されております。見たら吃驚仰天しますよ。

par Keiryusai

海老先生の話によりますと、主宰者の親分筋に当たる人物が赤石憲彦という人です。もう故人ですが、実在した人物です。

赤坂にオフイスを構え、業界誌を刊行し、その筋の世界では睨みを効かせていたドンでした。あの「噂の真相」の発行人で、今は沖縄に隠遁している岡留氏は、その昔、この赤石氏の所で草鞋を脱いで修行し、その後、独立してあれだけ有名になりました。当初、同門の新島某という人物と「マスコミ評論」誌を旗揚げしたのですが、御多分に漏れず大喧嘩して袂を別ち、岡留氏は「噂の真相」を立ち上げて成功したわけです。

 赤石氏は強面ですが、裏表のない人物で、俳人でもあり、終戦直後は進駐軍の通訳もしていたといわれます。ネットを検索しても出てきませんが、戦後の業界誌、総会屋の歴史の生き字引のような人だったと海老普羅江先生は言います。

par Keiryusai

ブログ「文徒アーカイブス」の主宰者今井照容氏も、この赤石氏の下で二十代の時からジャーナリスト生活を始め、全ての基本となる仕事法を、この赤石氏から学び取ったそうです。

「学ぶ」と言っても、手取り足取り教わったわけではなく、赤石氏からはただ罵倒され、殴られるだけで、仕事ぶりを横目で盗み見して真似しただけだと言います。業界誌ともなると、取材先相手からは、唾棄すべきゴキブリ扱いで、名刺を差し出すと目の前でゴミ箱に破り捨てられたことがしばしばあった、とこのブログ「文徒アーカイブス」には書かれています。

今井氏は、このような屈辱と劣悪な環境から発奮して這い上がって情報通として自らの基盤を築き上げたわけですから、そんじょそこらの大手新聞記者上がりの電波芸者とは格が違うわけです。

ついに「ニーベルングの指輪」に挑戦

【5/5(金)のアクセス数】閲覧者数=439PV、訪問者数=214IP、順位=3836位

賢明なる読者諸兄姉の皆々様方は、お気づきでしょうが、ここ1週間、この渓流斎ブログのタイトルの前に書かれたものは、リヒャルト・ヴァーグナー(1813~83年)の楽劇「ニーベルングの指環」のタイトルでした。あらましは以下の通りです。
(1)前夜祭「ラインの黄金」(1854年)
(2)第一日「ヴァルキューレ」(1856年)
(3)第ニ日「ジークフリート」(1871年)
(4)第三日「神々の黄昏」(1874年)

私は青年の頃、大したことはない大志を抱き、いつか、ドイツのバイロイト祝祭歌劇場に行って、この「ニーベルングの指環」を観劇するのが夢でした。

何しろ、ヴァーグナーが音楽家人生の全てを精魂込めて書き上げた大抒情詩の芸術です。構想(1848年)から完成まで26年もの長きに渡って作り上げた大芸術です。北欧神話などを題材にした難解中の難解劇。ニーチェと対等に渡り合ったヴァーグナーですから、作曲家ながら文学にも造詣が深い。そして、自信過剰の鼻もちならない傲岸不遜。

演奏するだけでも、16時間以上掛かるといいますから、実際にバイロイト劇場で公演する際は、休息日を挟み、1~2週間は掛かるとか。しかも、チケットは5年から10年先まで売り切れ、ときたもんですからね。

ヴァーグナーの作品だけは、オペラとは言わず、楽劇と呼ばれます。

このバイロイト祝祭歌劇場は、ヴァーグナーの楽劇を公演するだけのために、パトロンであるバイエルン国王ルートヴィッヒ2世の手厚い庇護で建設されたものでした。「ルートヴィッヒ」は、名匠ヴィスコンティ監督も映画化しましたが、お陰で、バイエルンの国家財政は破綻し、ルートヴィッヒ2世も悲運にも狂死しました。

私も、余命いくばくもなくなってきた今日この頃、現地まで行くという青年の頃の大志を貫徹するには、如何なものかという風合いとなり、それなら、長い休暇が取れたとき、せめて、ビデオでも買って、自宅のサロン(笑)でゆったりと鑑賞しようではないかという野心がムラムラと起き、今年の大型連休を控えた4月に思い切ってDVDを購入して、連休中は一人悦に入って鑑賞しているわけですよ。

いや、「悦に入って」は嘘でした。まるで、千日回峰の修行僧のような苦行に近い苦難に強いられています(笑)。理由は後で説明します。

購入したDVDの演奏は、ダニエル・バレンボイム指揮、イタリア・ミラノのスカラ座管弦楽団。これは超々一流。2010年から13年に掛けて、スカラ座で収録されたもので、恐らく、イタリアの国営放送ライで放送されたものだと思われます。舞台監督はギイ・カシエール。衣装デザイナーがティム・ヴァン・スティーンベルゲン。この衣装が奇抜過ぎて、舞台に溶け込むのに苦労しましたね。何しろ、歌手の衣装はまるで薄汚い古着のようなおかしなものばかりで、気になってしょうがありませんでした。

肝心の歌手さんですが、ジークフリート役のランス・ライアン、ブリュンヒルデ役のニーナ・ステム、ヴォータン役のルネ・パペ、いずれも超有名なんでしょうが、小生、不勉強で知りませんでした。

また、その肝心の歌手さんですが、オペラ歌手というのは、大成するのに、5年、10年どころか20年以上修行しないと一人前と言われないのかもしれませんね。あの肺活量の鍛え方と声帯の使い方は超人的ですからね。コロラトゥーラなんてとても人間業とは思えませんから。

で、何を言いたいのかといいますと、出演されている歌手の皆さんはいずれもお年を召した、なんて口が裂けても言えませんから、かなりのベテランの方々ばかりで、今のビデオのハイビジョン画面は鮮明ですから、皺やシミやホクロなどが丸見えですから、ちょっとフォトジェニックに欠けてしまいました。

特にオペラ歌手は、身体そのものが楽器となるので、デブじゃなかった、縦と横に物理的に拡張された方が多く、ロマンチックな恋の歌を唄い上げておられても、フォトジェニック的には興醒めて少し引いてしまいました。

オペラはよく日本の歌舞伎と比較されますが、オペラ歌手は二の腕が普通の人の胴回りほどありますから、つい関取さんのようにも見え、どうもオペラは、歌舞伎と大相撲の二つの要素が一緒に楽しめる感じでした。

嗚呼、こんなことを書くと、いくら何でも海外の熱烈なファンから殺されるかもしれませんね。しかし、決して、個人を誹謗中傷するために書いたわけではないので、誤解されないように。私は暫し逃げ隠れすることに致します。

DVDは輸入盤だったので、日本語字幕がありませんでした。日本語がないのに、韓国語の字幕があるので不思議に思っていたら、巨人ファゾルト役がベルリン在住の韓国系の歌手ヨウン・クワングチュルという人だったからなんです。何か、日本人にも見える東洋系の人が出演していたので、誰なのかと思いました。私は知りませんでしたが、韓国では超有名人なのでしょう。

ドイツ語はさっぱり分からないので、英語の字幕にしましたが、普段御目にかからない詩語や文語のオンパレードでこれまた苦労しました。千日回峰の修行とはそういう意味でしたが、この苦行を乗り越えれば、とてつもない喜びと悦楽が待っている気がしています。(笑)

サイバーテロ攻撃なのかなあ…?

大型連休の真ん中で、のんびり過ごしています、と言いたいところですが、昨日は、もう20年ぐらい使っているフリーメールのGメールさんから連絡がありまして、「他のユーザーがあなたの(メールの)パスワードを使用しました」と連絡がありました。

ひょっえー、ですよ。

早速、パスワードを変更しましたが、このメールは、20年間、一度もサイバーテロ攻撃に遭ったことがなかったので、すっかり安心しきっていました。

実は、もう一つ、ヤフーメールの方は2回、サイバー攻撃に遭ったことがありました。いや、正確には3回でした。yahoo!ジャパンのメールが2回、米国Yahoo!メールが1回です。

もちろん、パスワードはその度に変更しました。

ヤフーの場合は、不審のアクセス先まで教えてくれて、何と、それは中国からだったんですよ。これにはびっくり仰天。

Googleは、不審なアクセス先まで丁寧に教えてくれませんでしたが、もしかして、また、外国からのアクセスだったかもしれません。

それにしてもです。

油断も隙もあったもんじゃない。嫌な世の中ですね。

私は別に盗み取られるような情報はない…、とまでは断言できませんね。膨大なビッグデータを解析して、私の銀行口座から、家族関係、友人知人、仕事関係、そして、あらまほしけれの恋人、愛人、鉄人、使用人、AIロボットまで暴露されてしまうかもしれません。

三木武吉は、「妾を4人も囲っている」と非難されると、「間違ったことを言ってはいけない。5人だ!」と微動だにせなかったらしいですが、私はそこまで大物じゃないすからね。

もっとも、小生の場合は、このようにブログをやっているので、既に、かなりの線で個人情報が晒されていますからね(苦笑)。

嗚呼、もうブログもやめようかしら。手遅れかあ…。

人間、痛い目に遭わないと分からない動物なのか?

銀座「魚斗」鯛茶漬け定食

昨日5月3日のアクセス数は、閲覧数360PV、訪問者数186IPの5425位でした。普段通りに戻りましたので、本音で行きましょうかね(笑)。

昨日の日本会議の会議で、安倍首相がビデオメッセージで登場して、「憲法改正して2020年に実施」構想をぶちまけました。

何しろ、お爺さんの岸信介(歴史上人物のため敬称略、以下略)以来の悲願なんだそうですね。首相になれなかったお父さんの悲願は二度も達成しましたから、今度は偉大なる祖父の悲願達成に邁進することになったのでしょう。

衆参両院議会では、与党が3分の2の議席を獲得してますから、憲法改正の発議が可能で、机上の空論ではなく、現実味を帯びているわけです。

森友学園の籠池前理事長を運営委員にかつぐ日本会議を始め、改憲派は万々歳、欣喜雀躍です。護憲派左翼は、議会少数派ですし、力も勢いもありません。核実験を繰り返す野蛮な北朝鮮と、慰安婦問題合意不履行の信用できない韓国と、防衛費を増強して東アジア支配と覇権主義を高揚させる中国が追風になって、世論を味方につけていますから、今がチャンスです。

私は、か弱い立憲主義者、護憲主義者ですが、安倍首相の発言を聞いて、驚きはしませんでしたが、こんなあからさまに宣言するとは随分、物騒な世の中になったものだというのが正直な感想です。

そう言えば、安倍首相が4月24日に東京・飯田橋のグランドパレスの日本料理店「千代田」で、讀賣新聞の渡辺恒雄主筆と密談したのは、5月3日付の讀賣新聞にこの構想を掲載して、選挙民の顔色を伺う約束をしていたんですね。そうとは知らず、小生は、翌4月25日の渓流斎ブログに、呑気にも浅はかにも「『千代田』会談」などという唐変木なことを書いてしまいました。

今の国会は、一強多弱の大政翼賛会体制ですから、何でもやりたい放題です。集団的自衛権を認める安保法制という名の戦争法を成立させ、今度は、共謀罪という名の治安維持法を成立させようとしています。

今は、世界的に「自国第一主義」という名の右翼が台頭して、まるで1930年代が復活したような様相です。

ドイツ・ナチスが選挙で政権を獲得したのは、1933年1月(ヒトラー首相、42歳)のことです。

いや、ヒトラーの先輩にはイタリアのムッソリーニがおりました。1925年12月には首席宰相兼国務大臣に就任して独裁体制を確立しました。

そもそも、ムッソリーニは社会主義を信奉する労働者のための政党であるイタリア社会党出身で、独自の政治理論「ファシズム」(結束主義)を提唱しました。ということは、ムッソリーニは左翼?

今でこそ、ファシズムやファシストは、「悪の権化」の代名詞として使われていますが、当時は、最先端の流行ファッションで、あの木村東介も、若き頃、ムッソリーニに憧れて、集団で黒シャツを着て徒党を組んで政治運動をしていたと、自分の著作の中で回顧しておりました。

1920年代から40年代にかけて、世界中の若者がファシズムを人類の救済策として受け入れていたことが分かります。

ところで、問題の2020年を控えて、安倍首相は「東京五輪開催」を大義にして、テロ対策法=共謀罪法、実は治安維持法を成立させてようと必死です。評論家の森まゆみさんは「共謀罪を成立させなければ東京オリンピックが開催できないと、安倍首相が仰るのなら、オリンピック開催を返上したらいい」と大変勇気のある発言をしておりましたが(毎日新聞とのインタビュー)、私も同感です。

どうせ、オリンピックは、競技場やインフラ設備建設で大手ゼネコンが儲けるだけですからね。それと、国際オリンピック委員会(IOC)委員という名の特権階級連中の金城湯池なのです。(庶民は開催してもらわなくても一向に困らない!)

私は、戦前の「隣り組」のような監視社会が再導入されるのは真っ平御免です。

最近思うに、右翼も左翼も軸足が大分ズレてきて、傾向が変わってきたような気がしております。

あの漫画家の小林よしのり氏が、まさか民進党の参考人として、共謀罪反対を表明するとは思いも寄りませんでした。

また、憲法改正論者の大勲位中曽根元首相が、集団的自衛権には反対していたということも意外でした。

世の中、安倍首相が鳴らすラッパに踊らされて、このまま邁進するととんでもない社会になると危惧しています。とにかく、戦後72年。戦争を知らない世代が8割を超え、悲惨な戦争体験者が少なくなってきました。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」では取り返しがつきません。何と言っても、歴史の教訓を忘れてはいけないのです。

忠臣蔵外伝と葛飾北斎

木村東介著「女坂界隈」(大西書店、1976年初版)を読んでいたら、忠臣蔵外伝として意外な史実を教えてもらいました。

この本に所収されている「赤穂浪士討ち入り余話」というタイトルで書かれた短い論考です。

以前にも渓流斎ブログで取り上げましたが、木村東介(1901~92年)は、山形県米沢市出身で、若い頃、中野正剛門下の国粋主義団体「雲井塾塾長」として活動しながら、善隣書院主宰で書家の宮島詠二(大八)に諭されて、古美術商を生涯の仕事として捧げた人です。後年、ジョン・レノンと会って、彼の人柄に触れて、一緒に歌舞伎座で歌右衛門の「隅田川」を見た人でしたね。

木村東介は、文章家としても知られ、何冊かの著作を残しています。

さて、忠臣蔵ですが、言わずと知れた話で、饗応役の高家(こうけ)吉良上野介義央(よしなか)に意地悪された(と思った)赤穂藩主浅野内匠頭長矩(ながのり)が、江戸城松の廊下で、刃傷沙汰に及び、切腹を申しつけられ、赤穂浪士が吉良邸に押し入って仇討ちをして、本懐を遂げるというのが本筋です。

しかし、実は真相が不明な部分も多く、そんな単なる仇討ち話だけではないんですね。

まず、浅野内匠頭は、織田信長と豊臣秀吉(の五奉行だった)に仕えた浅野長政の五代目子孫に当たり、赤穂浅野家は長矩の代で断絶します。

そして、吉良義央は、「忠臣蔵」では悪役ですが、三河国吉良地方の領主としては、新田開発や水利事業などを行い、地元では名君として崇拝されています。

また、高家とは、幕府の儀式、典礼を管掌する位の高いお役目で、吉良上野介は、役高1500石、領地4200石に過ぎないのに、大名(1万石以上)並みに従四位上に任じられていました。一方の浅野内匠頭は、播磨赤穂藩の五万石の大名ながら、従五位下と官位が吉良上野介より低かったのです。

さて、木村東介さんに教えられたことは、元禄15年(1702年)の赤穂事件の38年も昔の寛文4年(1664年)5月のこと。上杉家四代綱勝が、鍛冶橋の吉良邸に招かれ、お茶を喫したところ、腹痛を起こし、手当の甲斐なく死去します。享年27。毒殺説も囁かれました。三〇万石の名門上杉家(関ヶ原の戦い以前は、会津若松120万石!)を恐れての幕府からの差し金説もあったようです。

上杉家は、室町幕府を開いた足利尊氏の生母を輩出する名門。その後、関東管領に任じられ、憲政の代で長尾景虎に家督を譲り、景虎は入道となって上杉謙信と名乗ります。その謙信公以降、景勝ー定勝ー綱勝と続きましたが、四代でお家断絶寸前。

そこで、吉良家が、子息三郎を上杉家の養子として五代目を継がせ、吉良三郎は、上杉綱憲と名乗ることになるのです。後に、上杉家は米沢に移封、そして15万石に減封され、「為せば成る」で有名なあの上杉鷹山(治憲)を輩出したりするわけです。

ということで、吉良家と上杉家との縁が浅からぬどころの話ではありません。

赤穂浪士が討ち入りした時、仇討ちに備えて、上杉藩の剣客小林平八郎を始め、鳥井利右衛門、須藤与一右衛門ら二十数人が吉良家の付人として派遣されたわけです。

そして、どういうわけか、上杉藩の剣客たちは赤穂浪士に大した抵抗をするわけではなく、潔く討ち死にしたといわれます。

もう一つ、意外な逸話として、この上杉藩の剣客小林平八郎の孫娘が宝暦10年(1760年)9月、本所松坂町と本所割下水の間に挟まれた辺りで、男の子を産み、時太郎と名付けられます。

この時太郎こそが、後の天才絵師葛飾北斎となるわけです。

凄い話っだったでしょう?

【追記】

イタリアのファッショ気取りだった若き木村東介が、宮島詠士に初めて会った際、師匠中野正剛の名刺と自分の「雲井塾塾長」の名刺を差し出すと、宮島詠士は、いきなり2枚の名刺をもみくちゃに握り潰してしまった。

その際に言った言葉。

「支那の何万何十万の無辜の民を殺し、幾多有為の日本青年の骨を中国の山河に晒して、一体何の得るところがある。中野の馬鹿者にそう言っておけ」